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The World Savers  作者: 不覚たん
散種編
23/32

ビジネス

 数日が経過した。

 屋敷は静かだ。


 俺は薄暗い大広間で、火鉢にあたっている。

 もう招集もない。

 鬼司からは、木箱に入った「命の玉」を渡された。正式名称は「反魂丹はんごんたん」というらしい。が、未使用だ。二つとも、納戸に保管してある。


 俺は死ぬまでここにいることになるから、もう誰とも会うことはない。

 黒服に連れられた高橋真理がどうなったかも不明だし、佐藤みずきと会うこともない。チャラ男も同じだ。結局、彼の名前さえ分からなかった。


 俺は迷っている。

 忍者のおじさんを生き返らせるべきか否か。


 蘇生させたところで、二人は会うことさえできない。

 高橋真理は咎人。

 政府の管理下におかれ、自由行動を禁じられている。


「冷えるのぅ」

 オカッパ少女が入り込んできた。

 たま子だ。

 今日はカレーではなというのに、いったいなんの用だろうか。


「彼女なら奥にいる」

「今日はおぬしと話をしに来たのじゃ」

「命の玉なら、まだ売るつもりはないが」

「べつの話じゃ」

 彼女も火鉢にあたった。

 幼い顔立ちだが、やたら神妙にしているせいか、いつもよりは年長者らしい雰囲気を見せていた。


「おぬし、木の根を掘ったんじゃと?」

「好奇心でな」

 俺は自嘲気味に応じた。

 好奇心など持つべきではなかった。


 人間社会では、謎を解き明かしたものは賞賛を受ける傾向にある。場合によっては、たとえそれが他人のプライベートであったとしても。

 しかしこういうお伽噺みたいな世界では、謎を暴いたものは例外なく理不尽な仕打ちに遭う。

 まさか自分が身をもって体験することになるとは思わなかったが。


 たま子は猫のように目を細めた。笑っているのかもしれない。

「よいのじゃ。おかげで悪意の居場所を突き止めることができた」

「悪意、か……。けど、そもそも鬼司とナミが争わなければ、そんなものは生まれなかったのでは?」

「浅知恵じゃな。そもそも、ここは地獄の入口なのじゃ。よからぬものが集まってくるは必定。むしろ、そういうものを無盡原に溜め込んでおくからこそ、人の世は平和でいられるのじゃ」

 言うほど平和だろうか?

 一番ひどいときに比べればそうかもしれないが。


「じゃあ、二人の戦いとは関係がないと?」

「誰かが無盡原を支配し始めたとき、すでに悪意は潜んでおったのじゃ。じゃから誰も気にしなかった」

「木を掘ったのは俺が初めてなのか?」

「いいや。もちろん掘ったものはおった。じゃが、興味を持てんかったんじゃな。食えるわけでもなし。霊感のあるものにとっては、嫌な感じもするし。そもそも無盡原は、こんな戦いでもなければ、誰も立ち入らぬ場所じゃしの」

「でも閻魔は? 住んでたんじゃないのか?」

 俺が尋ねると、たま子は盛大な溜め息をついた。

「連中が住んでおったのはここじゃよ。無盡原を支配するだけなら、住所はどこでもよいのじゃ。そもそも支配といったって、なにもすることがないしの。せいぜいゴーストが抜け出さんよう、戸締りしておけばいいのじゃ」

 なんなんだ。

 意味がないじゃないか。

「ここはそんな空虚な場所なのか? だったらあの二人は、なんでそんなものを欲しがってるんだ?」

「バカバカしいのぅ? 結局、ただの意地の張り合いなのじゃ。当然、他の鬼どもは愛想尽かして出ていきよった。ま、鬼司にとっては、旦那から引き継いだ遺産でもあるしの。ナミも同様に思うておる」

 動物がエサを引っ張り合っているようにしか思えない。

 その間に別のことをしたほうが、はるかに有意義だろうに。


 だが、当人がそうしたいと思っている以上、そうさせるほかない。

 たぶん。


 たま子はごろりと横になった。

「ところでおぬし、わしのことは好きか?」

 なんだこいつは。

 勝ち誇った顔をしているから、肯定的な返事が来ると確信しているのだろう。

「嫌いと言ったらどうする?」

「泣きわめくぞ」

「その必要はない。別に好きでも嫌いでもないからな」

「つめたいの。ま、照れ隠しとでも思うておくわい。わしのことが好きなんじゃから、当然、わしの仕事を手伝いたいと思うておるよな?」

 ツラの皮が厚すぎて、つい吹き出してしまった。

「俺がこの屋敷を出られないのは知ってるよな?」

「もちろん。それを承知でお願いしたいのじゃ。鬼司のことはわしが説得する」

 久々に外出できるのか。

 それはやる気の出る話だ。


「仕事の内容は?」

「黄泉国の役所へ、ある書状を送って欲しいのじゃ」

「黄泉国? 正気か?」

 いくらその権限があるとはいえ……。

 無盡原を突っ切って、奥のほうへ行くことになるだろう。


「鬼司に頼めばいいんじゃないか?」

「それができぬからおぬしに頼んでおる」

「ヤバい仕事なのか?」

「言ったじゃろ。書状を運ぶだけじゃ」

「どんな書状なんだ? 内容を教えてくれよ。相手の機嫌を損ねるような手紙を運んで、恨みを買いたくはないからな」


 言葉というのは、いつでも争いの種になる。

 だいたい、暴力沙汰のほとんどは、まずは言葉の応酬から始まるのだ。

 ある有名な本にもこんな一説があったはずだ。「はじめに言葉があった」と。


 たま子は露骨に顔をしかめた。

「内容は言えぬ……」

「なら断る。言うまでもないと思うから言わなかったが、俺は平和主義者なんだ」


 そのとき音もなく鬼司が入ってきた。

 盆に大福と茶を載せているから、たま子の来訪には気づいていたのだろう。


 たま子は顔面蒼白になりながらも、特になんでもないような顔で視線を泳がせた。

「おお、鬼司。おったのか?」

「ええ。いつでもおりますよ。私の屋敷ですから。それでたま子さま、本日はどのようなご用向きで?」

「あ、うーんうーんうーん……。えーとえーとえーと……。そうそう! 夕飯じゃ! 久々におぬしの手料理が食いとうなったのじゃ! よかろ? の?」

 どこからどう見ても不審だ。

 しかし鬼司は、うっすらと慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

「そうでございましたか。もちろん歓迎いたします。腕によりをかけませんとね」

「具は普通のがよいの」

「ええ、もちろん」

 怖い。


 鬼司は微笑のまま、音もなく奥へ消えた。

 普段から白装束だから、亡霊にしか見えない。


「はぁー! 危なかった! てか、いまの絶対聞かれとったじゃろ!」

「そうだろうな」

「あやつ、怒ると怖いからのぅ……。怒らなくとも怖いが」

「いや、怒らせなければ優しいぞ」

「じゃが前に男を寝取ったときには、危うく具にされそうになったぞい」

 ぞいじゃない。

 よく具にされなかったな。

 これで身持ちがカタいってんだから恐れ入る。


「いや、鬼司も悪いのじゃ。五人も六人も同時にはべらせおって。じゃから一番ブサイクなのを拝借しただけなのに」

「……」

 所詮は鬼と畜生のすることだ。

 咎めるだけバカらしい。


「とにかく、内容を言えないなら、仕事は受けられない」

「秘密は暴かん主義じゃなかったのか?」

「プライベートの話ならともかく、これは仕事の話だ。せめてリスクは把握しておきたい」

「しょうがないのぅ」

 たま子は鬱陶しそうな顔で、大福に手を伸ばした。


 彼女の話はこうだ。

 鬼司とナミの戦いは、すでに五百五回ほどおこなわれており、そのうちすでに鬼司が四百勝している。結果は見えたようなもの。もう終わらせるべき。

 そんな内容だった。


「四百勝!? そんなに勝ってるのか?」

 圧勝だ。

 なんならあと百年で決着がつく。

「バカらしかろ? 互いにムキになっておらんで、もうやめればよいのじゃ」

「でも起請文が……」

「管轄しとる役所に届ければ、内容を変えることもできる」

「命の玉はどうなる?」

「……」

 無言になった。

 考えてなかった、なんて顔じゃない。

 そこに踏み込むな、という顔だ。


「たま子さんよ、裏があるなら説明しといてくれ。俺は誰かに利用されるのはまっぴらでな」

「か、考えすぎじゃ。だ、だいたい、なんでいまタマタマの話をする必要があるのじゃ?」

「戦いが終わったら鬼道師は不要になる。すると玉も配布されなくなる。あんたは困るよな? どうする気なんだ? 考えてないワケないよな?」

 たま子は、仰向けになってドタドタし始めた。

「うるさいのじゃ! わしゃなにも悪いことなんぞ企んどらんわい!」

「騒ぐならビジネスの話はしない。俺は大人としか取引しないからな」

 すると手足がピタリと止まった。

 たま子は身を起こし、ズズーと茶をすすり、また大福をもちゃもちゃと食べた。

「おぬし、容赦ないのぅ……。分かった。わしの負けじゃ。たしかに裏はある。いまから説明する」


 反魂丹は、じつは鬼道師の活躍とは無関係に配布される。

 それは無盡原の管理者に奉じられる給料なのだ。

 毎年八つ。

 鬼司は、それを鬼道師への報酬として使っている。

 つまり戦いが終われば、鬼道師を雇う必要もなくなり、鬼司は反魂丹を持て余すことになる。

 たま子は、それを安く買い叩こうという計画だった。


「わしにとってもウマい話じゃが、それはおぬしらにとっても同じであろ? 無益な戦いをせずに済むのじゃ」

「一理ある。だが、なぜ鬼司は渋るんだ?」

「戦いが終わってしまえば、もはや婚活ができんからのぅ」

 大福をむさぼりながら、ふてぶてしいツラでのたまう。

「冗談はよしてくれ。こっちは真面目に聞いてるんだ」

「真面目じゃよ。あやつがどれだけ男に飢えとるか、もうなんべんも説明したじゃろ。おぬしはあと五十年かそこらで死ぬかもしれんが、鬼司はそうではない。おぬしにとってバカらしい話でも、あやつらにとっては大事な話なのじゃ」

「……」

 説得力はある。

 鬼司は、かなりの男好きだ。

 いま俺だけで済んでいるのが奇跡みたいなものだ。いや、俺が気付いていないだけで、ほかにもいるのかもしれないが。


「ちょっと考える時間をくれ」

「うむ、よかろう。できれば夏までに頼むぞい。次の戦いが始まってしまうからの」

「そんなにかからない」

 半年も先じゃないか。

 長生きしていると、半年でもすぐなのかもしれない。


 たま子は俺の大福に手を伸ばした。

「無盡原を突っ切ることになるから、いちおう護衛をつけるぞい」

「また例の悪意と戦うハメになるのか?」

「もし寝とらんかったらの。ゴーストも湧いとるかもしれんし、どこかの誰かが意地悪すれば、志許売も出てくるやもしれん」

「地獄だな」

 これまでの危険が勢ぞろいだ。

 たぶん書状を届ける前に死ぬ。


 俺が渋い顔で茶をすすっていると、たま子は余裕の笑みでこう返してきた。

「安心せい。咎人をつける」

「可能なのか? 日本政府の管理下にあるんだろ?」

「そうじゃ。だからこそ可能なのじゃ。なにせわしには金があるからのぅ」

 賄賂かよ。

 そこまで腐敗してるのか。


 たま子はすんと澄ました顔を見せた。

「なんじゃその顔は? 汚い金とでも思うておるのか? わしはあくまで、とある慈善団体に寄付をするだけじゃ。するとなぜか政府が咎人を貸してくれる。ウィン・ウィンというわけじゃ」

「賄賂だろ」

「なんとでも言うがいいわい」

「護衛のメンバーは指名できるのか? もし可能なら、高橋さんと話がしたいんだが」

 するとたま子はニヤリと笑った。

「JKをご指名とは、いやらしいのぅ」

「なんとでも言え。俺にとっては大事なことだ」

「よかろ。ほかには?」

「佐藤みずきを呼べるか?」

「あれは咎人ではなかろう……」

「ムリならいい」


 せめて一度、きちんと話し合っておきたかった。

 ずっとくすぶっている。

 彼女の目的――。

 命を捨てたがっていた。

 なぜなのか、理由が知りたかった。

 できれば止めたい。

 俺にその資格があるかは分からないが……。


(続く)

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