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The World Savers  作者: 不覚たん
救世編
22/32

謝肉祭(カルナバル) 後編

 柱が、スピンしながら大輪の花を咲かせた。

 これまで見てきたどの花よりも巨大で、優雅で、やわらかく、そして美しい。


「秘密を暴いてはならない」

「秘密を暴いてはならない」

 赤ん坊たちが、口々にそんなことを言い出した。


 逃げるべきだ。

 よからぬことが起こる。

 なのだが、俺はつい様子を見てしまった。

 なにが起こるのか、気になってしまったのだ。


 痛みが来た。

 ふくらはぎを齧られている。どうやって移動したのかは不明だが、赤ん坊の頭部が、足に食いついていたのだ。

 俺はまず引っ張ろうとしたのだが、あまりに歯が食い込んでおり、引くことができなかった。

「クソッ」

 拳を叩き込むと、ようやく噛むのをやめた。


「秘密を暴いてはならない」

「秘密を暴いてはならない」


 どいつもこいつも敵意を剥き出しにして、俺たちを狙っている。


「は? なんで? 終わったんじゃねーのかよ?」

 肩を噛まれたチャラ男が、苦痛にうめきながら叫んだ。


 そう。

 終わったはずなのだ。

 しかし俺の好奇心と、佐藤みずきの攻撃性が合わさった結果、地獄のような光景を見るハメになってしまった。


「みんな! 撤収だ! 噛まれたら容赦なく攻撃しろ!」

 俺は声を張った。

 この状況を引き起こした責任は、俺にもある。


 赤ん坊の頭部は、バッタのように跳ねて移動を始めた。

 俺は黒刀を手に、そいつらを薙ぎ払った。手加減などしていられない。じっとしていたら食い殺される。


 佐藤みずきも応戦を開始。

 だが、逃げ出す様子はない。

 ただ戦っている。

 目的は不明。


 チャラ男は蜂に追われた人間がそうするように、なにかを叫びながら頭を抱えて逃げ帰った。

 おそらく彼の行動が正解だろう。


 高橋真理は……。

 姿が見えない。

 もう帰ったか?


「佐藤さん! なにやってんだ! 撤収しよう!」

「うるさいわね。命令しないで」

「は?」

 彼女は肉を食うわけでもなく、かといって俺のような好奇心があるわけでもなく、ただこの場に留まっている。

 目的が分からない……。


 鬼司が駆け込んできて、俺の周囲の赤子を一掃した。

「旦那さま! なにをしているのです!? 早くお戻りください!」

「けど、みんなが……」

「皆さまも!」

 鬼司が乱入してくるということは、相当な事態なのだろう。

 だが、俺はみんなを置いて逃げる気になれなかった。まださほど命の危険を感じていないというのもあるが。


 ざば、と、血の池から音がした。

 大輪の花の下で、なにかが動いたのだ。


「あれは?」

「おそらくは悪意、その具現化した姿……」

 刀の柄を握る鬼司の手が少し震えた。

 ヤバいヤツなのか。

「俺が木の根を掘ったから?」

「ええ」

「君はこうなることを知っていたのか?」

「いいえ。悪意がどこに潜んでいるのかは、いまのいままで私にも分かりませんでした。まさか木の根元とは……」


 悪意――。

 社稷の死骸。

 残酷に殺され、調理され、捨てられ、そういったものが怨念を募らせて無盡原に潜んでいたのだ。


 好奇心で掘り起こしてしまった。

 いや、それだけならまだしも、佐藤みずきの破壊衝動を制御できなかった。

 偶発的な事故とは言えない。

 人為的なミス。


 花が、ずるずると血の池に引きずり込まれた。

 かと思うと、全長数メートルはあろうかという赤黒い人影が、のたのたと這うように現れた。


 志許売ではない。

 何者でもない。

 怒りの総体。


「秘密を暴いてはならない」

 老人の声がした。

 かと思うと口を開き、大量の血液を吐いた。それは槍となり、こちらへ襲い掛かってきた。


 俺はついぼうっと眺めていたが、鬼司に突き飛ばされたおかげで回避できた。

 彼女も回避したらしい。

「逃げて!」

「君を置いていくわけにはいかない」

「私も逃げますから! 早く!」


 だが、それでも俺は逃げることができなかった。

 見てしまったのだ。

 悪意の前に立つ、佐藤みずきの姿を。


「あなたが悪意なの?」

「秘密を暴いてはならない」

「会いたかったわ、ずっと」

「秘密を暴いては……」

 言いかけた顔面に、黒刀が炸裂した。

 しかし頭部は泥のように裂けて、また泥のように復元した。

「秘密を暴いてはならない」

「うるさい! 死ね!」

 攻撃が通用していない。

 なのに、佐藤みずきは我を忘れたように斬りつけた。

 このままでは殺されてしまう……。


「佐藤さん! 戦うな! 逃げろ!」

 精一杯声をかけたが、彼女は振り向きもしなかった。

 死ぬつもりなのか?


 悪意の顔面が回復するたび、彼女は刀で斬りつけた。

「なんでッ! 私のッ! 願いをッ! 叶えてッ! くれないのッ!」

 そうまでして長谷川さんの復讐を?

 だからといって、なにもここまで……。

 悪意と戦ったところで、願いが叶うわけではないというのに。


 悪意が、のそりと手を持ち上げた。

 叩き潰すつもりだ。

 佐藤みずきは自分の攻撃に必死で、まったく気づいていない。


 俺は思わず駈け出した。

 ノミのように跳ねる赤子の頭部を斬り捨てながら。

 悪意のもとへ駆け寄り、持ち上がった腕を叩き斬る!


 手ごたえはあった。

 赤黒い腕は切断され、そのまま泥沼に溶けた。

 が、もちろん本体はノーダメージだ。ミチミチと音を立て、切断面から腕が生えつつある。

「佐藤さん! いい加減にしろ! こいつは倒せない!」

「うるさい!」

「このままじゃ死ぬぞ!」

「死にたいのよ! ほっといて!」

「……」


 聞き間違えならよかった。

 だが、彼女はハッキリと断言した。

 死にたい――。

 俺はどう受け入れたらいいのか、まったく分からなくなってしまった。


 鬼司も参戦した。

 素早い斬撃でドロドロの身体を攻撃し、敵の注意を自分に引き付けている。


 もう状況がよく分からない。

 こうなった原因の一端は自分にある。

 だが、逃げれば助かる。

 だが、逃げないヤツがいる。

 おかげで俺も動けなくなった。

 バカみたいに、思考がループし続けた。


 突如、悪意の胴体が破裂した。

 原因は不明。

 一瞬のうちになにかが起こり、ヤツは真っ二つになって赤黒い沼に落ち込んだのだ。


 かたわらには、いつの間にか高橋真理が立っていた。

「誰も死なせない」

 全身が血液にまみれている。

 武器はない。

 もしいまの一撃が、彼女の攻撃によるものだとしたら……。


 悪意は沼でもがきながら、なんとか体を再生させようとしていた。

 高橋さんは歩を進め、その正面に立った。

「悪いヤツは、倒さないといけない。私は正義のヒーローだから」

 鋭い回し蹴りが炸裂。悪意の頭部は、水風船のように破裂した。


 これは人の力ではない。

 彼女は肉を食ったのだ。

 咎人だ。


 できれば考えたくなかった。

 この状況を作り出したのは俺だ。

 だから、彼女が鬼の肉に手を出したのだとしたら、それは俺の責任でもある。


 まさか、こんなことになるとは思わなかった。

 そんなダサいセリフだけが頭の中でリフレインした。


 佐藤みずきは力なく刀を落とした。

「ヒーローってのは、助けを望まない人間まで救うの?」

 高橋真理は強い表情。

「例外なんてない。誰かは助けて、誰かは助けないなんて、そんなの私の目指すヒーローじゃない」

「暴力を手にした人間はみんなそう。ただの自己満足なのに、理由をつけて暴力を正当化する」

「気に食わないなら、私を倒したら?」


 高橋さんがどれほどヒーローにあこがれているのか、いままでよく分からなかった。

 そもそも、なぜヒーローなのかさえ。

 ただ、それは俺たちが踏み込まなかっただけだ。

 彼女の表情を見れば分かる。

 これから佐藤みずきがぶつける苦情を、すべて粉砕できるほどの意思をもってそこに立っているということを。


 これはべつに、高橋さんの考えが正しいという意味じゃない。

 人は例外なく、誰しもパラノイアを起こしている。

 そのパラノイアの強度が、すこぶる高いということだ。


 佐藤みずきが拳を叩き込むが、高橋真理は片手でキャッチした。そのまま軽くひねって投げ飛ばす。

「がッ」

「私は強いの。それがもっと強くなった。止めるには、力を使うしかない」


 たしかに強い。

 が、若い。

 力を使わずとも、止める方法はある。


 俺は二人の間に立った。

「待て。いまは『仲間』同士で争ってる場合じゃない」

 しかし反論は地面から来た。

「仲間? 笑わせるわね。あなた、私たちのこと仲間だと思ってたの?」

 佐藤みずき。

 さすがに見抜かれている。

「内心どうあれ、便宜上は仲間だ。気に食わないなら、別の言葉に言い換えてもいい」

「面倒だからそのままでいいわ。演説を続けて?」

 では遠慮なく。


「高橋さん。俺は君の考えを否定するつもりはない。ただ、この場は俺の提案を受け入れてくれ」

「提案って?」

「みんなで帰るんだ」

「帰るよ。こいつを殺してからね」

 悪意はまだ、血の池でのたうっている。

 回復速度はあまり早くないようだ。


 鬼司が近づいてきた。

「帰りましょう。これを倒すのは現実的ではありません」

 すると高橋さんは、不審そうに目を細めた。

「どういうこと?」

「この無盡原をご覧になって。あちこちに木が生えているでしょう? それらすべてに命の実が宿され、すべてが地下でつながっている……。もし悪意を滅ぼそうと思えば、これらすべてを処分する必要がある」

「それでもやると言ったら?」

 鬼司は神妙な表情でうなずいた。

「戦いが一区切りつきましたので、門はしばし閉ざされることになります。もし残るのであれば、あなたは行き場を失うことになるでしょう」

「無盡原に閉じ込められるの?」

「ええ。帰りましょう。食事の用意は済んでおります」


 *


 大広間には、誰も欠けることなく到着することができた。

 いや、欠けるどころか、増えていたくらいだ。

 黒服どもが集まっていた。


「高橋真理。事前に通告した通り、身柄を拘束させてもらう。抵抗すれば……」

 男たちがぞろぞろと。

 スーツの内ポケットに手を伸ばしているものもいる。

 きっと銃で武装しているのだろう。


 だが、鬼司がずいと前へ出た。

「まだお食事が済んでおりません」

「食事だと? そんな悠長な……」

「大事なことです。それに、ここは私の屋敷。もし狼藉を働くつもりなら、こちらも容赦いたしませんが……」

 彼女は凄んだりしない。

 ただ静かに事実を告げるだけ。


 黒服は悔しそうに顔をゆがめた。

「分かった。だが、終わったらすぐに連れて行く」

「ええ。そのように。それまでは、お外でお待ちください」


 *


 黒服どもは素直に出て行った。

 みんなで食事だ。


 会話はない。

 せっかくウマいメシだというのに。

 ゴボウによく味が染みている。


 沈黙を破ったのは佐藤みずきだった。

「そういえば、命の玉とかいうのもらえるのよね?」

 鬼司はしかとうなずいた。

「のちほど進呈いたします」

「それ、いらないからさ。私のぶん、冬木さんに渡しといて」


 思わず溜め息が出た。

「ひとつ十億だぜ? そんなポンと人によこすもんじゃない」

「なに? いらないの?」

「見ての通り、俺は軟禁状態だからな。金なんてあっても使い道がない」

 すると佐藤みずきは、ふんと鼻で笑った。

「お金の使い道はなくても、命の玉の使い道はあるでしょ?」

「それは……」


 あるのだろうか。

 忍者のおじさんを生き返らせる。

 だがほかには?


 俺が答えられずにいると、また会話が途絶した。

 すべての戦いを終えて、四人とも生き延びて、たぶんハッピーエンドだっていうのに……。


(続く)

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