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The World Savers  作者: 不覚たん
救世編

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20/32

登校日

 数日後、無盡原。

 もし細胞セルが出現すれば、この戦いも最終局面ということになる。


 参加メンバーはいちおう四名。

 ただし、女性陣は最初からピリピリしていた。


 まず一点目。

 なぜか前回の戦いから外されていたこと。

 彼女たちからしてみれば、自分たちに落ち度がなかったにも関わらず、一方的にチームから外された格好だ。

 とはいえ、志許売が二体も立て続けに襲ってきたとなれば、間違いなく後悔していたに違いないが。


 そして二点目。

 今回新たにパンツ泥棒が参加していること。

 パンドロ氏は自己紹介のとき、律儀にも己の犯歴まで開示してしまった。おかげで女性陣は、なぜこんなヤツがと不信感をあらわにしてしまった。

 まあ同性の俺から見てもどうかと思うのだから、彼女たちが顔をしかめるのもムリはあるまい。


「パンドロさん、ちょっと空気をさ……」

 俺もつい苦言を呈してしまった。

 彼の存在は、間違いなく社会悪だ。しかし意外と会話が成立することもあり、話せば分かるのではと思ってしまう。なにより、彼は命がけで俺を守ってくれたわけだし。


 だが彼は肩をすくめるばかり。

「いいんだよ。パンツ泥棒が嫌われるのは当然のことなんだから」

「あえて言わなくてもよかったんじゃ」

「いや、じつは僕もね、僕自身のことを快くは思っていないんだ。なにせパンツ泥棒だよ? 恥ずべき存在さ。裁かれるべき存在なんだよ」

「でももう、牢屋に入れられたんでしょ?」

「政府の管理下におかれてはいるが、それは犯罪によってじゃない。謝肉祭カルナバルに敗北したせいだ。パンツを盗んだ罪はね、いまだにひとつも裁かれていないんだよ。この世界は間違ってる。僕は失望を禁じ得ないよ」

 ご高説をカマしやがる……。

 なぜこんな人間がパンツを盗むのだろうか。

 真面目なヤツほど逸脱したくなる、というアレなのだろうか。

 いや俺は逸脱したくなったことがないから分からないが。


 ザンと地面から学校が生えてきた。


『本日は、無盡原高等学校の登校日です。生徒の皆さん、およびゴーストの皆さんは、すみやかに登校してください。繰り返します、本日は――』


 親の声より聞いたアナウンス。


 しかし俺は思うのだ。

 いまの日本は、三人に一人が高齢者だ。

 なのにトラウマとして前に立ちはだかるのは、ほとんどが学校ばかり。まあ俺たちは高齢者ではないけれど。

 テレビやゲームを見ても、主人公は十代ばかりだ。

 俺たちはもう、子供のころの「後悔」を、ずっと引きずりながら生きるほかないのだろうか。

 これだけ社会が高齢化してなお、みんな十代のことしか思い出さないなんて……。


 無秩序な動物の群れ。

 やる気を失った教師たち。

 教科書に書いてあること以外、学ぶべきことはなにもない。

 現場には「ヤった」「ヤられた」の原始的な成功体験があるだけ。

 そしてその成功体験を胸に、少年少女は社会へ出て、歳だけ食って中年になる。


 *


 学校へ駆け込むと、ダーンとシャッターがおりた。

 このシャッターをおろしてるヤツは、マジで一度マナーというものを学んだほうがいい。人をイラつかせる才能はあるのかもしれないが、決して実生活で活用すべきではない。


 佐藤みずきがこちらを見た。

「で、今日は冬木さんのトラウマを拝見できるワケ?」

「たぶんな」

「楽しみだわ」

「……」

 かつての幼馴染が、こんなサディストになっていたとはな。


 俺は階段を無視し、廊下を進んだ。

 一年生の教室。

 ニュークリアスはすぐに見つかった。


 彼は廊下から、教室を覗き込んでいた。

 彼というか、当時の俺の姿なのだが。

 ハタから見ると、だいぶ変態っぽい。


「え、なんで廊下にいんの? ハブ?」

 佐藤みずきが愉快そうに尋ねてきた。

「ま、ハブといえばハブだな。だが締め出されたんじゃない。遠慮して中に入らなかっただけだ」

「なに? いじめられてたの?」

「中に彼女がいたんだ。いや、俺が勝手に彼女だと思い込んでた女がな……」

 すると佐藤みずきは、ぎょっとした顔つきになった。

「え、なに? ストーカー?」

「違う。ちゃんと告白して、相手の承諾も得た。問題は、告白したのが俺だけじゃなく、しかも彼女は誰でも承諾してたってことだ……」


 そう。

 彼女の倫理観はガバガバだった。


 同じクラスの少女だった。

 少し地味で、髪型もファッションも量産型で、失礼を承知で言えばスレンダーではなかった。なんというか、さらに失礼な言い方をすれば、俺でも付き合えそうな外見だった。


 付き合い始めたのは二学期の中盤。

 だが、その後、いきなり上級生に呼び出された。

「大事な話があるから、あとで来てくんね?」

 難癖をつけられて、暴行を受けるのではないかと危惧したが……。俺は自分に問題はないと信じていたので、堂々と乗り込んでいった。


 人気のない場所で待っていたのは、運動部に所属する三年生だった。

「あのさ、知らなかったら悪いんだけどさ」

「はい……」

 相手は一人だったが、口の中がカラカラに渇いていた。俺はケンカが強いわけでもない。しかも相手は年上。

「お前、〇〇と付き合ってるの?」

「はい」

 殴られそうになったら、全力で逃げようと思った。

 しかし彼は意外にも、気まずそうな表情を浮かべて見せた。

「マジかぁ……。いや、ごめんな。俺、知らなくてさ。あいつに声かけたらオーケーしてくれて……」

「えっ?」

「あーでも俺だけじゃねーんだわ。なんか、ほかのヤツらとも付き合ってるらしくて。わりとヤりまくってるらしいんだ。動画とかも出回ってて……。もしかしてお前だけ知らねーんじゃねーかと思って」

「……」

 頭が真っ白になった。


 俺は彼女と付き合ってから、なんとなく公園で話をしたり、本屋に立ち寄ったり、そんなことしかして来なかった。手さえ握らず、いまにして思えば「清い交際」をしていた。

 なのにその間も、彼女はそこらの男と片っ端からヤりまくっていた。


 先輩は気遣うような顔になった。

「いや、悪い。べつにさ、いじめたくて呼んだんじゃねーんだわ。ただ、もし知らなかったらナンだと思って……。ま、そんだけだから。あんまショック受けんなよ? な? いい女なんてほかにいっぱいいるしよ。てことで、話はそれだけだから……」

 そのときの俺は、かなり悲惨な顔をしていたのだと思う。

 先輩は終始申し訳なさそうな態度で、自転車を飛ばして去っていった。


 いまにして思えば、かなり親切な先輩だった。

 ありがた迷惑と言えなくもないが。


 その後、俺は、教室で男子生徒とイチャつく彼女を見つけてしまい、廊下でカタまってしまったというわけだ。


 腹の中が、ドス黒い感情でいっぱいになった。

 吐きそうだった。

 その感情をどこへ向けたらいいか分からなくて、最初は自分を責めた。

 しかし自分を責めるのにも限界があったから、やがて世界を責めた。

 この世界にはクソしかいねーな、と。

 俺はこのクソみたいな世界に生み出された、少数派の、善良な人間なのだと思うほかなかった。

 いちどそう思い込んでからは、世界のどこを見ても、もはやクソにしか見えなくなった。なにかの手違いで動物園にぶち込まれてしまった唯一の人間だ。周囲では、野生のサルが、サルの倫理観でギャーギャーやっている。

 俺はこの世界に、秩序をもたらさねばならないと思った。


 以上の顛末を「仲間たち」に説明したところ、みんな返事もなく黙り込んでしまった。

 ま、あまり踏み込みたくない話ではあるだろう。


「お前たち、花を摘みに来たのか?」

 核から老人の声がした。

 いつもの鳴き声。

 俺は興が乗ったので、応答してやることにした。

「もしイエスならどうで、ノーならどうなんだ? 毎度その質問を投げてくるってことは、ちゃんと答えも用意されてるんだろうな?」

「私を試すのか?」

「仮にも人間の言葉を喋るなら、ロジックを示せってことだ。それとも内容もなく、ただブヒブヒ鳴いてるだけのブタなのか? ん? もしそうなら手加減してやるぞ?」

 いまの俺は、少し興奮しているのだろう。

 感情を制御しきれていない。


 核の主張はこうだ。

「私は尋ねているのだ。答えるものではない」

「おいブタ。俺はお前のナゾナゾに付き合う趣味はないんだよ。次の話題に移ってくれ。俺の願いを叶えてくれるんだよな?」

「なにを欲している?」

「些細なことだ。たまには屋敷の外を出歩きたい。こちらはいくらか寿命を差し出す」

 あのまま屋敷に軟禁されていたら、きっと精神がもたない。

 不満を募らせた俺は、あるいはナミかたま子の口車に乗せられて、不義を働く可能性もある。そしたら寿命が縮むどころじゃ済まなくなる。

 大人には、己のストレスをマネジメントする責務があるのだ。


 だが、核の返答はこうだ。

「それは私の管轄外だ。鬼司と交渉せよ」

「では死ね」

 俺は刀を振り下ろし、廊下から教室を覗き込む赤黒い塊を叩き斬った。

 過去の自分との決別。


 いや、実際のところなにも解決などしないのだが、そうとでも思うほかなかった。

 俺はこれを斬り捨て、過去を忘れるのだ。

 忘れたことにするのだ。


 *


 口には出さないが、みんなが俺を気遣っている感じがした。

 ちっとも救いのないトラウマ話だった。それだけに、みんなの同情を買うことはできたらしい。ま、これくらいダサいと、いっそ底辺という感じがして、みんなも素直に憐れむことができるのだろう。

 本当に、なにひとついいところがなかった。


 大広間では、鬼司までもが慈愛に満ちた笑みを向けてきた。

 確実に上から目線だ。

 いまは私がいるから安心してください、とでも言いたげな。


 この世界は、性的弱者に厳しい。

 なぜか全人類が一律にマウントを取ってくる。

 悪いことなどなにもしていないのに、必ず低く見られる。


 人には得手不得手がある。

 普通は、しかしその差を発見したところで、急に攻撃したりしない。


 たとえば腕力。

 もし母親相手に「腕力が強いから俺のほうが偉い」などと豪語するものがいたら……。間違いなくみっともない。老人や子供相手でも同じ。ま、そういうみっともない人間は、わりと実在するのがつらいところだが。

 実在するにしても、それは社会通念上、許されないことになっている。


 ところが、性的弱者だけは別なのだ。

 みんな当然の権利かのように、揃いも揃ってマウントをとってくる。

 自分のほうが上だとばかりに。

 ガバガバだとなにか偉いのだろうか。

 チンパンじみた価値観だ。いい加減、人類はこういう次元から卒業して欲しいと俺は思う。

 ま、こんなことを公言したところで、また陰キャ呼ばわりされるのがオチだが……。


 俺は少しムキになっているかもしれない。

 それもこれも、パンツ泥棒が俺を憐れんでいるせいだ。

 なぜこんな犯罪者に同情されねばならぬのだ……。


 いつもならからかってくる佐藤みずきも、さすがにいじったらマズいといった様子で斜め上を見ている。

 だが、口元だけはニタニタしているから、頭の中で何度も反芻して楽しんでいるのだろう。


 この世界はクソだ。

 間違いなく。


(続く)

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