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The World Savers  作者: 不覚たん
救世編
2/32

殺害予告

 屋敷を出て、現実世界へ戻った。

 自宅への送迎は、黒塗りの高級車がしてくれる。

 人ならざるものが、人間社会でこれだけの福利厚生を提供するのだ。それなりのパトロンがついていると見て間違いなかろう。


 景色はやがて見飽きた日常の街へ。

 電柱、信号機、コンビニ、それにパチンコ屋とラーメン屋。

 だが、以前と違う部分が一点だけある。

 それは、ゴーストが見えること。


 青白い半透明のゴーストが、街の各所にいるのだ。

 いるのだが、人に害をなしているようには見えない。

 彼らはベンチでリラックスしていたり、空へ両手を広げていたり、とにかく世界を満喫している。

 鬼司の話では、これはただの残像であるらしい。

 抜け殻なので動きはない。


 無盡原のゴーストは、近づくだけで不快な気持ちが伝わってくるというか、腹の底がギュルギュルしてくる。だが現実界のこれは、近づいてもイヤな感じがしない。

 もしかすると成仏できた個体かもしれない。


 俺たちが任じられたのは、鬼道師きとうしという役だ。

 かなり古くからあるものらしい。

 いま俺たちの世界に怪奇現象が見られないのは、むかしの人たちが奮闘してくれたおかげなのだとか。真偽のほどは定かではないが、鬼司はそう説明していた。


 青白いゴーストが見えるようになったのは、鬼道師になる少し前。

 はじめ、それはぼんやりとした空間のゆらぎにしか見えなかった。それが日に日に人の姿に見えてきた。目の病気かと思った。

 やがて、鬼司の手のものが自宅を訪ねてきた。

 内容はじつにうさんくさかったが、ゴーストが見えているのは事実だし、ほかに相談相手もいなかったから、俺は彼女の屋敷へ出向くことにした。


 で、今日に至る。

 幼馴染に殺人を依頼されたのは予想外だったが、ほかは特に事件もなくまあまあこなしている……。こなす、というか、俺はぼうっと突っ立ってるだけだけど。


 *


 いくら世界の狭間で人類のために貢献しようと、現実社会に戻ってしまえば、やることは他のみんなと同じだ。

 朝起きて、満員電車に乗り込み、会社で雑用を押し付けられ、サービス残業で日没を待ち、無意味に遅い時間になってから帰宅。

 会社に長時間残っていることが忠誠心の現れ、みたいになっている。

 早く帰ると嫌味を言われる。

 くだらない風潮。

 ちゃんと選挙に行ったほうがいいんだろう。選挙で会社が変わるとは思えないけれど。


 彼女はいない。

 友達も少ない。

 洗濯機を回してメシを食うだけの人生。

 子供のころは、もっと違うなにかになりたかったはずなのだが……。


 *


 数日後、また招集がかかった。

 しかもこのシステムが妙なのは、召集の数日前に通達が来ること。あらかじめゴーストの動向が分かっているとしか思えない。

 神々が、人間とゴーストを使ってチェスをしているとしか思えない。


 白いもやの空。

 干からびた大地。

 無盡原。


 遠方から、青白いゴーストたちが、のたのたと重たい足取りでこちらへ迫ってくる。


 先頭に立つのはジャージ姿の高橋さんだ。

 小柄ながらも機動力を生かし、敵を切り崩してゆく。


 忍者のおじさんは意外と腕力で戦う。というか、ひとつも忍術を使う気配がない。ただ忍者のコスプレをしただけのパワー系おじさんなのだろう。


 佐藤みずきはみんなのカバーだ。やや後方で、仲間が打ち漏らしたゴーストを仕留めて回る。


 で、俺は傍観。

 あらためて確認すると、まごうことなきクソ野郎だ。

 しかしロクに事情も分かっていないのに、刀をぶん回していっぱい殺しちゃおう、というのもどうなのだろうか。

 あいつらは敵、だから殺そう、てなノリだ。

 俺はそんなに無邪気には振る舞えない。


 武器はみんなおそろいの刀。

 素材は分からないが、黒い刀身で、金色の筋が入っている。ゴーストを斬るのに適しているのだとか。


 防具はない。

 触れられただけで侵蝕されるのだから、むしろ身軽なほうがいい。


「行くよ」

 高橋さんが駆けた。

 すると忍者も並走。

 佐藤みずきも慌てて後を追った。


 両陣営が接近し、戦闘が始まる。


 音はない。

 ときおり「仲間たち」の発する声が響くのみ。


 よく耳を澄ますと、遠方からかすかに地鳴りのようなものが聞こえる。

 具体的になにかは分からない。

 向こう側になにかいるのかもしれない。


 最初に衝突のあった位置が戦線となる。

 だが敵の数が多いから、次第にこちらは後退することになる。

 日によっては、ゲートまでだいぶ迫られることもある。


 この場に鬼司はいない。

 だから話し相手もいない。

 俺はただ、みんながゴーストを蹴散らすのを眺めるのみ。


 刀の扱いが苦手だったメンバーたちも、次第に動きがマシになっている。はじめは振り回した拍子に転んだりしていたのに。

 この中では、俺が一番弱いかもしれない。


 *


 やがて銅鑼が鳴り、戦いが終わった。

 あとはメシだ。


 ゲートを抜け、大広間へ入る。


 薄暗い部屋に膳が置かれている。

 米、味噌汁、焼き鯛、煮物、浅漬け。

 形式はよく分からないが、まあ普通のメシだ。鬼司たちも特別なつもりはなく、ただねぎらいにメシを食わせているだけなのだろう。


 沐浴を終え、俺はまたどぶろくをもらった。

 ここで飲んでおけば、帰ってからコンビニに寄る必要がなくなる。


 佐藤みずきが来た。

 俺は体の向きを変えたが、彼女は構わず近づいてきた。

「冬木さん」

「なんだよ……」

 こっちは座っているのに、向こうは立ったままだから、妙な威圧感がある。

「そろそろ、みんなと一緒に戦わない?」

「メリットがない」

「なにメリットって? 自分勝手。ひとつくらい私の言うことを聞いてもいいんじゃない?」

「それを他人に強制する権利があるのか?」

「強制ってなによ……」

 不満そうではあるが、まだ怒りを表には出していない。

 わりとネチこいタイプだ。

「俺は俺の考えがあって傍観してるんだ」

「それも例の思想信条?」

「そうだよ。もし人の思想信条に変更を加えたいなら、それなりの判断材料を示してくれ。俺がガキのころ、あんたにしたことは謝ってもいい。だがそのカードは取っておきたいんだろ?」

「……」

 彼女は謝罪を要求してこない。

 交渉のカードに使おうとしているからだ。

 だから俺もあえて付き合って、謝らずにいた。もし要求があればいくらでも謝罪する。土下座してもいい。


 彼女はどっと床に腰をおろした。かと思うと、俺の手をつかみ、徳利を動かせないようにした。ちょうど飲もうとしていたのに。

「ちゃんと聞いて」

「聞いてるよ」

 うるさそうに返したのに、彼女はなぜかニヤリと笑みを浮かべた。

 俺の「聞いてる」という言葉を引き出すのが目的だったかのように。

「そう。ならいい。本題に入るね」

「本題?」

「次もサボるようなら、あなたのこと刺そうと思う」

「は?」

「本気だよ?」


 刺す?

 あの刀で?


 佐藤みずきはいつもの表情。

 なぜ普通の顔してそんなことを言えるのか。


「殺害予告かよ……」

「そう、殺害予告。私ね、もし願いが叶うなら、死んだ子の仇をとりたいの。だから絶対に成功させたい」

 ゴーストとの戦いぶりが認められれば、望みがひとつ叶う。

 これはチーム戦だから、もし叶うときは、傍観してる俺の願いも聞き届けられる。


 それにしても、彼女の望みが人殺しだなんて。

「穏やかじゃないな」

「もしあなたが死ねば、ほかの誰かが補充されるんだって」

「鬼司が言ったのか?」

「そう。だから戦いに参加するか、いますぐ死ぬか、どちらかにして?」

「……」

 究極の二択だな。

 痛くないなら死んでもいいが、絶対に痛いだろうし。それに、人間誰しも一度は死ねるが、生き返るのは不可能である。つまり片道切符だ。タイミングはよく考えたい。


「俺が死んだら謝罪の機会を失うぜ?」

「そのときはどちらにしろスッキリするからいいわ」

「嫌われるのは慣れてるけど、まさか殺したいほどとはね」

「用件は伝えたから。あとは行動で示して」

 もはや蹴られてシクシク泣いていたあの佐藤みずきではない。

 怖い女になってしまった。


 *


 彼女が去ってから、俺はひとりで酒を続けた。

 静寂。

 家鳴りもないし、行燈あんどんも音を立てない。


「なあ、鬼司さんよ」

「はい?」

 じっと虚空を見つめていた彼女は、スイッチが入ったようにこちらへ顔を向けた。


 引き眉でお歯黒。

 一見、怖い。

 だがベースが美形すぎる。

 いちど現代風のメイクでご尊顔を拝したいものだ。


「さっきの、どう思う? あの子、本気かな?」

「さあどうでしょう」

「鬼司さんはどうなの? 俺が戦わないの、正直、こころよく思ってないんじゃない?」

「いいえ。どのような行動をとるのかは、各人の心持ち次第ですので」

 本気か?

 全員がサボったらどうするつもりなんだ?

 まあどうでもいいのかもしれない。

 よく分からない。


 俺は徳利からどぶろくを一口やった。

「むかしの人たちはどうだったの? 俺みたいなヤツ、いた?」

「いいえ。慎重な人間や、臆病な人間はいらっしゃいましたが、ここまでやる気のない人間は初めてですね」

「そう……」

 できれば「慎重な人間」に分類して欲しかったところだが。


 俺は話題を変えた。

「まあいいや。んで、ちょっと考えたんだけどさ。もし願いが叶うとして、あくまで参考としてなんだけど、あなたを俺のものにすることはできるのかな? あくまで参考ね、参考」

 かなり恥ずかしいことを言っている自覚はある。

 酒を飲むとクソになる人間はたまにいる。それが偶然、俺だったようだ。


 彼女は手で口元をおさえ、くすくすと笑った。

「わたくしに、夜伽の相手をせよと?」

「一晩だけじゃない。永遠に」

「命が尽きるまで?」

「まあ、そうなるかな。あくまで参考にね」

 なごやかな談笑。

 いい雰囲気なのでは。


 鬼司は愉快そうに目を細めたまま、こう応じた。

「せっかくの願いを、そのようなことに使うのはもったいないこと。なぜなら私は、その気になれば、あなたの人生を一瞬で終わらせることもできるのです。たった一夜の欲のために、命を落とすなど」

「一瞬で死ねるのか?」

「ええ、本人も気づかぬ間に」

「最高だな」

 やる気が出てきた。

 褒美につられて戦うのはダサいが、脅されて戦うのはもっとダサいからな。比較的マシなほうを選ばねばならない。


 人生において、自分で自分を納得させるというのは、じつに大事なことだ。

 というか人類は、だいたいそれしかやってない。もし失敗すればみじめになるし、成功すればノーダメージを気取っていられる。

 人は精神衛生のために、バカみたいに金を使う生き物だ。心は無料じゃない。

 本当に、大事なことだ。


(続く)

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