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The World Savers  作者: 不覚たん
救世編
18/32

人ならざる力

 招集。

 また咎人が来た。


 人間社会は冬になったのに、ここ無盡原はずっと一定の気温を保っている。うすら寒いが、凍えるほどではない。


「今日も志許売が相手かねぇ。もしそうなら手っ取り早くていいんだけど」

「意味ないってぇ……」

「うるせーぞ山根!」

「……」

 ギスギスしている。

 この三名は、たまたま謎の身体能力を有しているだけであって、特に仲間というわけではないのかもしれない。


 パンツ泥棒が近づいてきた。

「冬木さん、老化ってなんだと思う?」

「はい?」

 この男は中年に見えるが、老人には見えない。

 いったい急になんだというのか。

「若いときってさ、今日は絶好調だって日もあれば、そうでない日もあるでしょ?」

「はぁ」

「だけどね、だんだん絶好調じゃない日が増えてくるんだな。いつしかそれが普通になって。なんだか不調だなって日が増えてきて、それも普通になって……。ずっと違和感の中で生きていくことになるのね。僕はね、それが老化だと思うんだなぁ」

「……」

 これから戦闘だってのに、いきなりネガティブな話をしてくる。

「僕ね、誇りをもってパンツ泥棒してんの。絶対にミスしない。家の人間に悟られないように、パンツだけ持ってくの。だけど、たまに不調の日もあって……。難しいよね、人生って」

「はぁ」

 パンツ泥棒を基準に人生を語りよる……。


「ほら! 来るよ! ロックンロールだ!」

「マジ意味ないってぇ……」

 ゴーストが登場して、俺たちも一斉に駈け出した。

 といっても俺だけ足が遅いから、ほぼ置き去りなのだが。


 *


 咎人たちの攻撃は俊敏だった。

 普通に戦っていれば、ゴーストの数に押されて戦線が後退するものだ。しかし彼らの場合、そんなことさえない。むしろガンガン押し込んでいる。

 なにせ刀の一閃で、ゴースト数体を一気に蹴散らすのだ。

 並の技ではない。


 ザンと花の柱が生えた。


 林田雷花が嬉しそうに向き直った。

 彼女にとっては、ただの狩りなのだろう。


 花が咲き、志許売が来た。

 そこまでは、前回と同じだった。


 戦っている林田雷花以外、みんな余裕で見守っていた。


 だが、今日は違った。

 さらに背後から、花の柱が生えたのだ。


 二体目の志許売が来た。

「ぴゃあああああああああっ」

 凄まじいスピードだった。

 ぼうっとしていたロン毛が「意味な」まで言いかけたところで、その首が刎ね飛ばされた。


「ありゃりゃ、死んじゃった」

 パンツ泥棒は慌てて刀を構えた。

 今日は林田雷花も苦戦している。

 志許売の動きが早い。というか強いのか。なんだかいつもと違う感じがする。


 パンツ泥棒はこちらも見ずに告げた。

「君、逃げたほうがいいかもね」

「えっ?」


「がぁッ」

 血まみれの林田雷花が地面を転がってきた。

 まき散らされる血液。

 小さな花が咲いてゆく。

 肩口を食いちぎられたらしい。


「逃げろ冬木! こいつ強ぇぞ!」

 林田雷花はなんとか立ち上がったが、すぐさま志許売に横倒しにされ、地べたに押し込まれてしまった。


 パンツ泥棒も困惑している。

「僕、まだ死ぬ予定じゃなかったんだけどなぁ……」

 これは苦情か?

 それとも別れの挨拶だろうか?


 俺は逃げた。

 恥も外聞も捨てて、みっともなく、一目散に。


 絶叫と怒号が遠ざかってゆく。


 *


 広間に駆け込むと、鬼司も不安そうな表情で待っていた。

「旦那さま! よくぞ御無事で!」

「けど咎人たちが……」

「ええ。それが彼らの役目ですから……」

 すっと抱き着いてきた。

 仲間が殺されたというのに……。

 だが、俺は彼女を受け入れた。彼女は俺を心配してくれて、策を講じてくれたのだ。だから俺は生き延びることができた。


「まさか二体も出てくるとは思わなかった」

「はい。しかも呪術により強化されていた様子。ナミはああ見えて、呪術師としては腕が立ちますから」

 志許売を強化できるのか。

 つまり、本気で俺を殺しに来たというわけだ。


 だが、敵は志許売を使い切った。

 あとは俺が核を破壊すれば、社稷しゃしょくとやらのご登場というわけだ。


 などとしんみりしていると、ズル、と、なにか引きずる音がした。

 志許売だろうか?

 まさか、こんなところにも入ってくるのか?


 奥から姿を現したのは、しかし志許売ではなかった。

 瀕死の林田雷花を抱えたパンツ泥棒。二人とも血まみれだ。

「はぁ……死ぬかと……思った……」

 そうつぶやいて、パンツ泥棒は床へ倒れ込んだ。


 *


 外から黒服やら医者やらが駆け込んできて、二人は車で運び出された。

 パンツ泥棒はともかく、林田雷花は助からないかもしれない。


 俺は食事を先送りにして、沐浴を済ませた。

 恐怖で体が震えた。

 何度もタオルを落としてしまった。


 大広間に戻っても、食欲は回復しなかった。

「旦那さま、ご無理なさらず、本日はお休みになってください」

「うん。悪いけど、そうさせてもらうよ」

 例のコスプレ衣装は、まだ出番がない。

 きっと鬼司も恥ずかしがって言い出せずにいるのだろう。

 俺たちはいま、特にいい雰囲気というわけでもないし。


 *


 その後、林田雷花が九死に一生を得たという話を聞いた。

 しかし戦いに参加できる状態ではないらしい。


「敵陣はもう志許売を使えないはずですが、しかしどんな手を使ってくるか分かりません。そこで、次回も四名で作戦にあたっていただこうと思います」

 ある昼、鬼司は俺にそう言ってきた。

「四名って?」

「おそらくは旦那さま、鈴木さま、佐藤さま、高橋さまになろうかと」

「鈴木さん?」

「咎人の一人です」

 あのパンツ泥棒か。

「チャラ男はクビなのか?」

「クビではありませんが。彼はまた出動を拒否するかもしれませんので」

 サボっていても、もらえるものは同じだ。

 彼にとっては悪い話ではなかろう。


 俺は溜め息をつき、ついでに話題を変えた。

「あの咎人たち、なんであんなに強かったんだ? 改造手術でも受けたとか?」

 すると鬼司は、不審そうに目を細めた。

「なぜそのようなことに興味が?」

「いや、普通疑問に思うだろう。あきらかに人間の動きじゃなかった」

「……」

 言いたくなさそうだ。

 だが彼女は、意を決したような表情でこちらを見た。

「分かりました。本来なら、時期が来てからご説明するつもりでおりましたが……」

「つまり、俺たちの仕事と関係があるんだな?」

「はい。彼らは、鬼の肉を食ろうたのです。人としての自由と引き換えに」

 鬼の肉を食った?

 いったいどういう経緯で……。


 鬼司は忌々しげに溜め息をついた。

「じつは彼らも鬼道師なのです。旦那さまと同じように、この戦いの参加者でした。社稷を破壊すると、御馳走が用意されます。それは鬼たちを潰した肉。もし口にすれば、人ならざる力を手にすることができるというもの」

「いったい誰がそんなものを……」

「黄泉国の規定でそうなっております。課題をクリアしたものには、人ならざる力を授けるべきだとかで。バカバカしい風習だとは思うのですが」

 つまりあの咎人たちは、社稷を破壊し、鬼の肉を食ったということだ。

「もし食えば、自由を制限されるのか?」

「旦那さま、どうかそのような蛮行に興味をお持ちにならないでください」

「食わないよ。ただ、事実を知りたいだけだ」

 残りの人生を牢屋で暮らすなんてまっぴらだ。


 鬼司は観念したようにうなずいた。

「人ならざる力を有すれば、もはや人ならざる存在も同じ。人間社会で自由にさせておくことはできませぬ。これは私個人の判断ではなく、日本政府との合意でもあります」

「つまり政府の施設にぶち込まれるってことか?」

「同じ家で暮らせなくなります」

「それは困るね。俺は食わないよ。約束する」

 だいたい、鬼の肉など食欲がわかない。

 鬼司は意外とうまそうな体をしているが。本当に食ったらただのサイコパスだ。

 もし俺が、日頃から力に飢えていたらどう判断したかは分からない。しかしいまのところ、特にそんな気分でもない。


 ただ、佐藤みずきと高橋真理の考えは分からない。

 あの二人は力に飢えている。

 のみならず、人間社会の秩序に辟易している。

 鬼の肉に手を出してもおかしくはない。

 俺にはそれを止める権利さえないのだが。


 虚しい話だ。

 世界を救うなんてお題目を信じて、みんな鬼道師になった。

 しかし生きたまま最後を迎えられないものもいる。人の道を外れるものもいる。俺のように、この屋敷を出られなくなったものもいただろう。

 はたして、なにごともなく、日常生活へ帰れたものはいたのだろうか。

 この戦いの果てに、みんなどこかしらこじらせたのでは、という思いがする。


「旦那さま、なにか食べたいものはございますか?」

「たまにはカレーとか……」

「まあ。では奮発してハンバーグもお付けしましょう」

「ありがとう。嬉しいよ」

 なんとなく、ずっと和食ばかりだった。

 頼めばちゃんとカレーも食わせてくれるのだ。

 俺が勝手に制限されていると思い込んでいるだけで、じつはずっと自由なのかもしれない。


「なあ、鬼司さんよ。たまには外出とかもしてみたいんだけど……」

 俺がそう言いかけると、微笑していた彼女の顔から、すっと表情が消えた。

「なぜ?」

「え? いや、気分転換とか……」

「必要なことですか?」

「あー、うん……まあ、どうだろうな……あはは……」

 ダメみたいだ。

 外出はできない。

 なぜなら彼女は、過去、それで男に逃げられているからだ。

 あんまり言うと、そのうち柱に縛り付けられるかもしれない。口は災いの元だ。


「あ、そうだ。カレーには、福神漬けもあると嬉しいな」

「福神漬け? そんなおめでたいものを鬼が用意するとでも? たくあんで我慢してください」

「はい」

 たくあんも悪くはない。

 彼女の漬けたものは特に。味が強すぎないし、歯ごたえもある。

 ここにいる限り、食事の心配はないのだ。世話もしてくれる。だが、このままここで一生を終えるのかと思うと、それも不安になる。


「鬼司さん、怒ってる?」

「いいえ。怒ってません」

 能面のごとき無表情。

 これは怒ってるな。

 あとでなんとか挽回しなければ……。


(続く)

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