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The World Savers  作者: 不覚たん
救世編
17/32

古物商

 それからの数日は平和なものであった。

 初冬になったのであろう。

 外の竹に積もったらしい雪が、ときおりどさと落ちる音がした。


 朝食を終えると、鬼司は水屋に入った。

 彼女はいつもなにかを作業している。

 ずっと働きっぱなしだ。たまには休んで欲しいのだが……。


 俺は広間で、ただ闇溜まりを見つめるのみ。

 ここではほかにすることがない。

 たまに刀を振るってはみるものの、手本がないから、いびつな我流になる。変なクセがつきそうだ。ただ、金属を振り回しているのだから、少しだけ腕力はつくかもしれない。


 ともあれ、今日は座っているだけだ。

 話し相手さえない。

 鬼司はずっとこんな環境で暮らしていたのだろう。人恋しくなるのも分からなくはない。


 ふと、コケシのような少女が迷い込んできた。

 ナミではない。

 両手に風呂敷包みを持ち、しかも体にまで風呂敷を巻きつけた大荷物の子供。どこからか家出でもしてきたのだろうか。それとも座敷童か?


「鬼司はおるか?」

 少女はそんなことを言った。

「奥にいるけど……。君は?」

「わしか? わしは古物商のたま子じゃ。ちぃと邪魔させてもらうぞい」

 それだけ告げると、奥へ行ってしまった。

 ややすると、鬼司の小さな悲鳴。

 しかし事件性のあるものではない。急に顔を出したから驚いたのだろう。


「あ、あの、違うのですよ? この方、なんの連絡もナシに来たから、ちょっと驚いてしまって」

 鬼司はやたら焦った様子で、少女の手を引っ張りながら戻ってきた。

 すでに荷物はない。

「なんじゃなんじゃ。わしが悪者みたいではないか。おぬしが持ってこいというから持ってきたのに」

「そ、そうですね。たま子様は悪くありません。悪いのはすべてこの鬼司です」

 焦りすぎている。

 なにか隠し事でもあるのだろうか。

 まさかあの荷物、また黄泉国の大蛇ではなかろうな……。


「ほら、たま子さま。お座りになって。いまお茶をお出ししますから」

「抹茶がよいのぅ」

「ではそのように」

 鬼司はなにかを誤魔化すように、しきりに頭をさげつつ通路の奥へ消えた。

 怪しすぎる。


 俺はつい、たま子に尋ねた。

「彼女はなにを隠してるんだ?」

「気になるか? しかしわしの口から言ってよいものやら……」

「じゃあ聞かずにおこう」

 すると彼女は、ぎょっとした顔でこちらを見た。

「いまなんと? わしの聞き違いか? 『じゃあ聞かずにおこう』とな?」

「そう言ったが……」

「なんてことじゃ。好奇心は猫をも殺すというのに。それを抑え込んだというのか……」

「あるようにあれ、だ。知るべきときがくれば、知ることになる。知らないままなら、それもまたそれ」


 これはただ事実であり、そしてなかば強がりだ。

 誰しも、すべての秘密を知ることはできない。相手が望まないときは特に。

 だから自分にこう言い聞かせ、俺は「知らない」という選択をする。


 たま子はポリポリと頬を掻いた。

「気味の悪い人間じゃの……。まるで悟りを開いた坊主じゃな」

「そんな高尚なものじゃない。金庫を開くには鍵がいる。鍵がないならこじ開けない。単にマナーの問題だ」

「なるほど。ただのめんどくさい男じゃったか。鬼司もようこんなのと一緒になったな」

「……」

 そこまで言わなくていいぞ。

 俺だってちゃんと分かってるからな。


 だが、彼女はどうしても言いたいらしかった。

「でもわしが教えると言ったら、おぬしも聞きたいじゃろ?」

「まあ、教えてくれるのなら」

「ふむふむ。よい心がけじゃ。知りたいんだの? そうだの? もう坊さんのようなことは言わぬの?」

「ああ、言わないよ」

 ウソだが、とっとと聞き出すには肯定するしかない。

 俺も人のことを言えないが、この子供もとんでもなくめんどくさい。


「ふむ! では教えて進ぜよう! あれはな、わしが持ってきたのはコスプレ衣装なのじゃ。おぬしが最近冷たいというので、特別に用意してやったのじゃ」

「コスプレ……」

「安心してよいぞ。わしは古物商じゃが、新品も扱っとるでな。旧知の針子に作らせた」

 これは聞かないほうがよかったかもしれない。

 コスプレか……。

 きっと夢のある話に違いない。だが、それでも彼女は引き眉でお歯黒のままだろう。幽霊のコスプレ以外、似合うはずもない。


 するとたま子は、いきなり仰向けになってドタドタ暴れた。

「なんじゃそのリアクションは! わしがせっかく教えてやったのに! 反応が薄くて哀しいぞい!」

「ああ、悪かった。とてもスッキリしたよ。教えてくれてありがとう」

「もっとじゃ! もっと感謝するのじゃ!」

「なんだよ、めんどくせーな……」

 おっとつい本音が。


 たま子の動きもピタリと止まった。

「ほう。ついに本性を現したの、人間よ」

「本性?」

「目の前でちびっ子が泣きわめいていても、めんどくせーの一言で済ますその根性じゃ! きっとやや子ができても、そんな態度じゃぞい! DV夫じゃ!」

「いまのは誰がどう見てもめんどくさいだろ」

「ほらそれ! 『誰がどう見ても』じゃと? 自分の感想を、さも世界の総意のように言う! わしが一番嫌いなタイプじゃ!」

 まるでネットのレスバみたいな言い様だ。

 いや、過去に俺がそう言われたわけではないが……。


 通路の奥から盆を手にした鬼司が戻ってきた。

「あの、なにか揉め事でしょうか?」

 ところが数秒前まで暴れていたたま子は、さっと座布団に座り直し、衣服を整えた。

「いや、揉めてはおらぬ。ちと世間話をしておっただけじゃ」

「ならよいのですが」

 世間話ってレベルじゃなかったけどな。


 盆には大福と抹茶があった。飾りつけは、外からとってきた笹だろうか。とても趣がある。

「ふん、やはり大福を隠し持っておったな。わしは知っとるのじゃ。おぬしが毎夜、こっそり大福を食らっておることを」

「な、なんのことやら……」

 鬼司は露骨に目を泳がせた。

 いや、特に隠さずとも、堂々と食ってくれていいのだが。

 たま子は作法など知らんとばかりに大福をわしづかみにし、もう片方の手で抹茶をズルズルとすすった。

「うまい! 鬼にしてはいい茶をたてるのぅ」

「お粗末さまです」


 だが俺は気になった。

 用意されたのは俺とたま子の分だけで、鬼司の分がない。

「君は食べないのか?」

「ええ」

「いや、それは哀しいだろう。ほら、半分食べなよ」

「ですが、それは旦那さま分ですので」

「君が食べてないのに、俺だけ食べるわけにはいかないよ。もしイヤでも、我慢して半分食べてくれ」

「そ、そうですか? では……」

 彼女は隣に来たかと思うと、竹串で切って、品よく口に放った。

 目を細めて、とてもうまそうに食う。


「カーッ! 見せつけてくれるのぅ! アツアツではないか。夫婦仲がさめ切っとるというから、せっかくわしが……げふげふ。じゃというのに、なんなのじゃこのザマは……。もっとギスギスしとるところが見たかったわい」

 たま子は不貞腐れてしまった。


 だが、夫婦仲がさめているというのは、おそらくそんなに間違った指摘ではない。

 鬼司は俺の態度を不安がっているし、俺はその態度を変更できていない。

 俺が悪い。

 なにもかも。


「旦那さまは召し上がらないのですか? お抹茶がさめてしまう前に」

「ああ、そうだね。もらうよ」

 彼女に抹茶を供されるのは初めてだ。

 いつもは急須で入れた茶ばかり。


 たま子はもちゃもちゃと大福を食った。

「で、鬼司よ。今年はどれくらいを見込んでおるのだ?」

「はい?」

「タマタマじゃ」

「命の玉でございますか? この調子ですと、七つほど」

 そういえばこの古物商は、命の玉を商材にしているのだったか。ひとつ十億円とか。

 たま子はズズーッと抹茶をすすった。

「咎人どものはタダ同然で召し上げるとして、あとはどうなんじゃ? わしに売ってくれそうなのは誰じゃ?」

「さあ、皆目見当が……」


 俺は忍者を生き返らせるのに使う。

 だから売る気はない。


 佐藤みずきは売るかもしれない。

 捨てるかもしれない。

 ちょっと読めない。


 チャラ男は売るだろう。

 なにせ十億だ。


 高橋さんは……。

 生き返らせたい人間がいるのだろうか。

 もし忍者が父親だと知れば、そうするかもしれないが……。俺はあえて言う必要はないと思っている。


 たま子はふんと鼻を鳴らした。

「業つくばりの成金どもが、まだかまだかとうるさくての。ひとつ百億。それでも欲しがる。誰だって死にたくはないからのぅ」

 俺たちから十億で買い取ったものを、さらに十倍の値で売り払っているのか。

 じつに大層なビジネスだ。


 俺もズズーッと茶をすすった。

「もし百億用意すれば、俺でも買えるのか?」

「ふぅむ? 特別に売ってやってもよいが……。誰か生き返らせたいものでもおるのかの?」

「いや、別に。聞いただけだよ」

「気味の悪い男じゃの……。鬼司よ、男はちゃんと選んだほうがよいぞ。わしはこの男、なんじゃか好きになれん」

 可哀相に、ぷるぷる震えている。

 そんなに怯えることもなかろうに。


 鬼司は袖で口元を覆い、くすくすと笑った。

「ちゃんと選びましたよ。私にぴったりの旦那さまを」

「はぁ。おぬしはいつもいつも……ちゃんと選んどるのか選んどらんのかよう分からんの。まあいい。わしゃちぃと横になる。夕飯になったら起こしてたもれ」

 メシを食って帰る気だ。

 とんでもなくツラの皮が厚い。


 俺は隣の鬼司に尋ねた。

「彼女は、なんなんだ? 古い付き合いなのか?」

「ええ。ああ見えて、私より長生きですよ」

 人は見かけによらないな。

 いや人でさえなさそうだが。


 鬼司が空になった盆をさげようとしたので、俺も腰を上げた。

「手伝うよ」

「いえ、私がやりますので、旦那さまは座っていてください」

「なんでそう頑固なんだ?」

「外ではどんな風習か知りませんが、ここではこのやり方ですので」

「……」

 そう言われては、座っているほかない。


 しかしそうなると、脇腹をぼりぼりかきながら横たわる古物商を眺める以外、特にすることがなくなってしまう……。

 こんな少女が莫大な金を動かしているとは。

 金をしこたま溜め込んで、いったいなにに使う気なのだろうか。


 いや、すでに手段と目的が転倒していてもおかしくない。

 金は「溜めるのが目的」というものもいる。

 使いもせず、ひたすら数字を増やし続けるのだ。

 長く生きていると、ほかに楽しみもなくなってくるのだろう。


(続く)

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