咎人
数日後、招集。
咎人らしき三人が、大広間に入ってきた。
「やば。泣ける。マジで意味ない」
一人でぶつぶつ言ってる長髪の男。
「姐さん、久しぶり。呼んでくれて嬉しいよ」
顔つきの凶悪なソフトモヒカンの女。
「……」
ペコリと頭をさげただけの、どこからどう見ても普通の中年サラリーマン。
皆、黒刀を手にしている。
鬼司はスッと頭をさげた。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞよろしくお願いいたします」
「意味ない……。意味ないってぇ……」
男はまだぶつぶつ言っている。
が、誰も返事をしないので、きっと無視して構わないのだろう。
ソフトモヒカンがこちらを見た。
「で、あんたが姐さんの? ふぅん、たいした男には見えないけど……」
「冬木一です」
俺は特に反論もせず、自己紹介だけ済ませた。
感想に感想をぶつけると、収拾がつかなくなる。こういうのは言わせておけばいい。動物の鳴き声と同じなのだから。俺が反論するのは、相手が人間のときだけだ。
ロン毛がまだ「意味ないよぉ」と言っているが、完全に無視だ。
むしろ不気味なのはサラリーマンだ。
一言も発していない。
かといって異様な気配を放っているわけでもない。
コメントを求められたときだけ喋るタイプなのかもしれない。
*
無盡原に入った。
乾燥してひび割れた土。
不毛の地。
もし志許売が出てきたら、三名に戦いを任せて、俺は優先して逃げることになっている。
だがもし細胞が現れたら、俺が先頭に立って核を探す。
以上だ。
これで勝てる。
「意味ないよ」
ロン毛が近づいてきた。
なぜか泣きそうな顔になっている。
「なにが意味ないって?」
あまりに顔が近かったから、俺は思わず聞き返してしまった。
男はさらに泣きそうになった。
「ほら意味ないってぇ。だってこんな無価値なザコ……。あ、ごめんね。でもザコなのはホントだから。こんなヤツにも名前がついててさ、いちおう人生とかトラウマとかあるんでしょ? それを俺たちが守るの? 意味なさすぎるってぇ……」
煽りたかっただけかよ。
マウント野郎め。
俺はかすかに溜め息をついた。
「イヤなら帰ればいい」
「ほら意味ないってぇ。帰るとか……。暇じゃん? 牢屋住みだし」
なんだ牢屋住みって。
どこかに収容されてるのか?
まあ咎人だしな。
するとソフトモヒカンが眉をひそめた。
「うぜーぞ山根! すっこんでろ!」
「意味ないってぇ……」
そういえば誰が誰なのか、こちらは名前さえ聞いていなかったな。
ロン毛は山根というのか。
するとサラリーマンが近づいてきた。
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕はね、この界隈じゃ『怪盗パンドロ』で通ってる。正式には『パンドロ・ザ・サード』だけど」
「はい?」
「さっきの髪の長いのが山根クネヒトで、女のほうが林田雷花。おぼえられなかったらまた聞いて。君、たぶん他人に興味ないタイプだろうから、どうでもいいと思うけど」
特にそんなタイプではない。
いや、たしかに興味はない。だがそれも人並だ。みんなだって、他人のことに、それほど興味なんて抱かないだろう。
俺はさっそく質問をぶつけた。
「あのー、パンドロって、どういう……」
「パンツ泥棒だよ。あ、でもそこらのパンツ泥棒と一緒にしないでね。僕、プライド持ってやってるから」
「はぁ……」
咎人というか、ただの犯罪者だな。
こんなのが俺のボディーガードになるのか?
*
遠方から、のそのそゴーストたちが姿を現した。
せっかく咎人とやらが投入されたのに、今日は簡単な労働で終わりそうだ。
「意味ないってぇ」
「ほら、行くよ。あんなザコでも、やんないと終わらないんだから」
「……」
三人は刀を手に歩き出した。
俺もゴースト退治には参加する。もしかすると邪魔になるかもしれないけど。
彼らは、剣の達人というわけではなさそうだった。
だが、身体能力が異常だった。
スピード、ジャンプ力、どちらも人間のそれじゃない。
刀を振るえば、それだけで周囲のゴーストが霧散した。
まさかとは思うが、鬼なのだろうか……。
ある程度追い込んだところで、奇妙な音がした。
背後から。
ピンク色の柱。
花だ……。
スピンしながら放射状に花弁が広がってゆく。
「ぴゃあああああああああああああっ」
四つん這いの志許売が一体、獣のごとく駆けてきた。
まずは花にしがみつき、しっとりとした花弁を食いちぎる。
かつてはここで、閻魔の部下として仕えていた女の一人だろう。
よく見るとひたいに角もある。
「志許売だ! みんな手ぇ出すんじゃないよ! こいつはあたしの獲物だ!」
「意味ないってぇ……」
一人で?
ホントに?
協力しないのか?
まだ状況を飲み込めていない志許売に、林田雷花は正面から突っ込んでいった。
笑っている。
そして黒刀の一閃。
不思議そうに見つめていた志許売の顔面が、大きく裂けた。
「ぎひぃッ!」
飛散する赤黒い血液。
その血を吸って、近くの樹が小さな花を咲かせた。
志許売はいったんひっくり返ったが、すぐに身を起こして自分の敵を探し始めた。
だが、遅い。
すでに林田雷花は、その首筋に刀を突き立てているところだった。
「もらった!」
志許売の喉からは、刃が突き出していた。
もう、声さえ出ないらしい。
ガラスの擦り切れるような音を立てて、ずんと地へ伏した。
銅鑼の音。
ゴーストの撤退。
一方的な戦いだった。
*
大広間でメシ。
「見た? あたしの活躍! 一撃だったね」
「二撃だよ」
パンドロから訂正が入るも、林田雷花は無視だ。
「姐さん、あたしのこと見直したでしょ?」
「ええ。林田さまはとてもお強いですね」
「そうなんだよ。強いんだよ。あたしが男だったら、姐さんと結婚してるのは絶対あたしなのにさ。なんでそいつなんかと結婚したの?」
唐突に失礼なことを言い出す。
俺は反論しない。
鬼司も微妙な笑みを浮かべたまま、かすかに首をかしげている。
「えーと、冬木さんって言ったっけ? どんな手使ったの? もしかしてナニがデカかったりするワケ?」
「残念ながらナニはデカくない。ただマナーを守って彼女に接してただけだ」
「なんだよマナーってよ。ナメやがって」
舌打ちされてしまった。
結論から言えば、俺である必然性はなかった。
鬼司は、たぶん最初に言い寄った男と寝る。
だが少なくとも現代人にとって独特すぎるメイクのせいで、俺しか言い寄らなかったのだ。きっと現代風のメイクをしたら、チャラ男は手を出していたはず。
なにせ引き眉にお歯黒だからな。
白い顔だけがぼんやり浮かんでいるときは、能面にしか見えないこともある。
*
沐浴を終えると、ロン毛は「意味ないってぇ」とつぶやきながら即帰宅した。帰宅というか、収監かもしれないが。
サラリーマンと林田雷花は残って酒を所望した。
「あー、分かる。分かるよ。僕もねぇ、仕事に疲れて入った定食屋で、若い子が『うるせぇうるせぇ』歌ってるの聞いてさ。なにもサラリーマンだらけのところで、そんなの流さなくてもいいじゃないって思ったよ……。おじさんたち、みんな渋い顔してたよ。一人でメシ食ってるときだけが、唯一の癒しの時間なのにさぁ」
パンツ泥棒がめちゃくちゃ話しかけてくる。
だがこの「サラリーマンあるある」は、いまやこの屋敷に軟禁された俺にとって、どこか心地のいいものであった。
「俺は若者側なのか、おじさん側なのか、どっちの気持ちで聴けばいいか分かりませんでしたよ」
「いやー、君は若者側だろう? やっぱり年上はうるせぇって思うの?」
「思いませんよ。だいたい、そんなうるさいヤツいます?」
いま目の前にいる気もするが。
それをうるせぇと言い出したら、世間話さえできないと思う。
パンツ泥棒は「うーん」と顔をしかめた。
「どうだろうねぇ。僕よりちょっと上の世代は、わりと景気よかったから。妙に自信満々だったりするよねぇ。自分を成功者だと思い込んでるからさ」
俺の勤務先は間違いなくブラック企業であったが、ベンチャー企業でもあったからか、上司はわりと若かった。だからそういう「バブルあるある」には遭遇せずに済んだのかもしれない。
時代の流れに乗っただけの凡人が、年下に説教をタレているのだとしたら、たしかに「うるさい」かもしれない。
そしてふと鬼司のほうを見ると、なんとセクハラ攻撃を受けていた。
「姐さん、そろそろ認めなよ。どっちでもイケるクチなんだろ?」
「こ、困ります。私には夫が……」
「困ってる顔には見えないけど?」
馴れ馴れしく鬼司の肩に腕を回し、耳元に唇を近づけている。
なぜか鬼司も強く抵抗していない。
「ちょっと! なにやってんだ二人とも!」
俺は思わずドタドタ駆け寄った。
女同士だから平気かと思って放っておいたが、ちっとも平気ではなかった。
この鬼は、相手が男だろうが女だろうが関係ないのか?
すると林田雷花も立ち上がった。
「ンだコラ? ヤんのか?」
目が据わっている。
この女、かなり酒癖が悪そうだな。
「ヤ、ヤるってなんだ。彼女は俺の配偶者だぞ」
「はいぐーしゃ? ナメやがって。テメーみてーなインポ野郎が姐さんと結婚するなんて百年早ぇんだよ! あたしを倒してからにしろ!」
「た、倒す? どうやって?」
「拳で決着つけんだよ。死んだほうが負けだ」
そしてシュッ、シュッ、とシャドーボクシングを見せつけて来た。
あきらかに経験者だろう。ジャブのフォームが美しすぎる。
「やめてください! 私のために争わないで!」
鬼司だ。
俺の気のせいでなければ、かなり嬉しそうである。
こいつはマジで、一回ちゃんと話し合う必要があるな。
しかし――。
「うぐっ」
林田雷花が、いきなりその場に崩れ落ちた。
背後に立っていたのはパンツ泥棒。
なにをしたのかは不明だが、まるで手術前の医者のように手をかざしている。
「僕ね、生身の女性に触れるのは主義じゃないのね。でもこの子、酒癖悪いからさ。仕方ないよね」
「なにをしたんだ?」
「バリツに対抗するために編み出されたパンドロ拳法。その秘伝の一つ。快楽秘孔」
「……」
マジでなにを言っているのか微塵も理解できない。
林田雷花は気を失っているだけで、死んではいないようだった。
鬼司は溜め息をついた。
「仕方ありませんね。奥の柱に縛り付けておきましょう」
*
結局、林田雷花はパンドロに連れられて車で帰っていった。
あのパンツ泥棒と二人きりにしてよかったかは不明だが……。意外と常識人っぽいし、きっと大丈夫だろう。そもそも林田雷花のほうは自業自得だ。
「旦那さま、お寒くありませんか?」
「大丈夫。俺のことはいいから、君ももう寝るといい」
「はい……」
夜、鬼司がもじもじしながら寝室まで来たが、俺は追い返した。
きっと仲良くなるチャンスだった。
だが、ダメなのだ。
俺が潔癖なせいで……。
学生時代の事件が、露骨なトラウマになっている。
俺も早く核を切り裂きたい。
ウソでもなんでもいいから、トラウマから解放されたかった。
(続く)