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The World Savers  作者: 不覚たん
救世編
16/32

咎人

 数日後、招集。


 咎人らしき三人が、大広間に入ってきた。

「やば。泣ける。マジで意味ない」

 一人でぶつぶつ言ってる長髪の男。

「姐さん、久しぶり。呼んでくれて嬉しいよ」

 顔つきの凶悪なソフトモヒカンの女。

「……」

 ペコリと頭をさげただけの、どこからどう見ても普通の中年サラリーマン。

 皆、黒刀を手にしている。


 鬼司はスッと頭をさげた。

「ようこそいらっしゃいました。どうぞよろしくお願いいたします」

「意味ない……。意味ないってぇ……」

 男はまだぶつぶつ言っている。

 が、誰も返事をしないので、きっと無視して構わないのだろう。


 ソフトモヒカンがこちらを見た。

「で、あんたが姐さんの? ふぅん、たいした男には見えないけど……」

「冬木一です」

 俺は特に反論もせず、自己紹介だけ済ませた。

 感想に感想をぶつけると、収拾がつかなくなる。こういうのは言わせておけばいい。動物の鳴き声と同じなのだから。俺が反論するのは、相手が人間のときだけだ。

 ロン毛がまだ「意味ないよぉ」と言っているが、完全に無視だ。


 むしろ不気味なのはサラリーマンだ。

 一言も発していない。

 かといって異様な気配を放っているわけでもない。

 コメントを求められたときだけ喋るタイプなのかもしれない。


 *


 無盡原に入った。

 乾燥してひび割れた土。

 不毛の地。


 もし志許売が出てきたら、三名に戦いを任せて、俺は優先して逃げることになっている。

 だがもし細胞が現れたら、俺が先頭に立って核を探す。

 以上だ。

 これで勝てる。


「意味ないよ」

 ロン毛が近づいてきた。

 なぜか泣きそうな顔になっている。

「なにが意味ないって?」

 あまりに顔が近かったから、俺は思わず聞き返してしまった。

 男はさらに泣きそうになった。

「ほら意味ないってぇ。だってこんな無価値なザコ……。あ、ごめんね。でもザコなのはホントだから。こんなヤツにも名前がついててさ、いちおう人生とかトラウマとかあるんでしょ? それを俺たちが守るの? 意味なさすぎるってぇ……」

 煽りたかっただけかよ。

 マウント野郎め。


 俺はかすかに溜め息をついた。

「イヤなら帰ればいい」

「ほら意味ないってぇ。帰るとか……。暇じゃん? 牢屋住みだし」

 なんだ牢屋住みって。

 どこかに収容されてるのか?

 まあ咎人だしな。


 するとソフトモヒカンが眉をひそめた。

「うぜーぞ山根! すっこんでろ!」

「意味ないってぇ……」

 そういえば誰が誰なのか、こちらは名前さえ聞いていなかったな。

 ロン毛は山根というのか。


 するとサラリーマンが近づいてきた。

「そういえば自己紹介がまだだったね。僕はね、この界隈じゃ『怪盗パンドロ』で通ってる。正式には『パンドロ・ザ・サード』だけど」

「はい?」

「さっきの髪の長いのが山根クネヒトで、女のほうが林田雷花はやしだらいか。おぼえられなかったらまた聞いて。君、たぶん他人に興味ないタイプだろうから、どうでもいいと思うけど」

 特にそんなタイプではない。

 いや、たしかに興味はない。だがそれも人並だ。みんなだって、他人のことに、それほど興味なんて抱かないだろう。


 俺はさっそく質問をぶつけた。

「あのー、パンドロって、どういう……」

「パンツ泥棒だよ。あ、でもそこらのパンツ泥棒と一緒にしないでね。僕、プライド持ってやってるから」

「はぁ……」

 咎人というか、ただの犯罪者だな。

 こんなのが俺のボディーガードになるのか?


 *


 遠方から、のそのそゴーストたちが姿を現した。

 せっかく咎人とやらが投入されたのに、今日は簡単な労働で終わりそうだ。


「意味ないってぇ」

「ほら、行くよ。あんなザコでも、やんないと終わらないんだから」

「……」

 三人は刀を手に歩き出した。

 俺もゴースト退治には参加する。もしかすると邪魔になるかもしれないけど。


 彼らは、剣の達人というわけではなさそうだった。

 だが、身体能力が異常だった。

 スピード、ジャンプ力、どちらも人間のそれじゃない。

 刀を振るえば、それだけで周囲のゴーストが霧散した。

 まさかとは思うが、鬼なのだろうか……。


 ある程度追い込んだところで、奇妙な音がした。

 背後から。


 ピンク色の柱。

 花だ……。

 スピンしながら放射状に花弁が広がってゆく。


「ぴゃあああああああああああああっ」


 四つん這いの志許売が一体、獣のごとく駆けてきた。

 まずは花にしがみつき、しっとりとした花弁を食いちぎる。


 かつてはここで、閻魔の部下として仕えていた女の一人だろう。

 よく見るとひたいに角もある。


「志許売だ! みんな手ぇ出すんじゃないよ! こいつはあたしの獲物だ!」

「意味ないってぇ……」

 一人で?

 ホントに?

 協力しないのか?


 まだ状況を飲み込めていない志許売に、林田雷花は正面から突っ込んでいった。

 笑っている。

 そして黒刀の一閃。

 不思議そうに見つめていた志許売の顔面が、大きく裂けた。


「ぎひぃッ!」


 飛散する赤黒い血液。

 その血を吸って、近くの樹が小さな花を咲かせた。


 志許売はいったんひっくり返ったが、すぐに身を起こして自分の敵を探し始めた。

 だが、遅い。

 すでに林田雷花は、その首筋に刀を突き立てているところだった。

「もらった!」

 志許売の喉からは、刃が突き出していた。

 もう、声さえ出ないらしい。

 ガラスの擦り切れるような音を立てて、ずんと地へ伏した。


 銅鑼の音。

 ゴーストの撤退。

 一方的な戦いだった。


 *


 大広間でメシ。

「見た? あたしの活躍! 一撃だったね」

「二撃だよ」

 パンドロから訂正が入るも、林田雷花は無視だ。

「姐さん、あたしのこと見直したでしょ?」

「ええ。林田さまはとてもお強いですね」

「そうなんだよ。強いんだよ。あたしが男だったら、姐さんと結婚してるのは絶対あたしなのにさ。なんでそいつなんかと結婚したの?」

 唐突に失礼なことを言い出す。


 俺は反論しない。

 鬼司も微妙な笑みを浮かべたまま、かすかに首をかしげている。


「えーと、冬木さんって言ったっけ? どんな手使ったの? もしかしてナニがデカかったりするワケ?」

「残念ながらナニはデカくない。ただマナーを守って彼女に接してただけだ」

「なんだよマナーってよ。ナメやがって」

 舌打ちされてしまった。


 結論から言えば、俺である必然性はなかった。

 鬼司は、たぶん最初に言い寄った男と寝る。

 だが少なくとも現代人にとって独特すぎるメイクのせいで、俺しか言い寄らなかったのだ。きっと現代風のメイクをしたら、チャラ男は手を出していたはず。

 なにせ引き眉にお歯黒だからな。

 白い顔だけがぼんやり浮かんでいるときは、能面にしか見えないこともある。


 *


 沐浴を終えると、ロン毛は「意味ないってぇ」とつぶやきながら即帰宅した。帰宅というか、収監かもしれないが。

 サラリーマンと林田雷花は残って酒を所望した。


「あー、分かる。分かるよ。僕もねぇ、仕事に疲れて入った定食屋で、若い子が『うるせぇうるせぇ』歌ってるの聞いてさ。なにもサラリーマンだらけのところで、そんなの流さなくてもいいじゃないって思ったよ……。おじさんたち、みんな渋い顔してたよ。一人でメシ食ってるときだけが、唯一の癒しの時間なのにさぁ」

 パンツ泥棒がめちゃくちゃ話しかけてくる。

 だがこの「サラリーマンあるある」は、いまやこの屋敷に軟禁された俺にとって、どこか心地のいいものであった。

「俺は若者側なのか、おじさん側なのか、どっちの気持ちで聴けばいいか分かりませんでしたよ」

「いやー、君は若者側だろう? やっぱり年上はうるせぇって思うの?」

「思いませんよ。だいたい、そんなうるさいヤツいます?」

 いま目の前にいる気もするが。

 それをうるせぇと言い出したら、世間話さえできないと思う。

 パンツ泥棒は「うーん」と顔をしかめた。

「どうだろうねぇ。僕よりちょっと上の世代は、わりと景気よかったから。妙に自信満々だったりするよねぇ。自分を成功者だと思い込んでるからさ」

 俺の勤務先は間違いなくブラック企業であったが、ベンチャー企業でもあったからか、上司はわりと若かった。だからそういう「バブルあるある」には遭遇せずに済んだのかもしれない。

 時代の流れに乗っただけの凡人が、年下に説教をタレているのだとしたら、たしかに「うるさい」かもしれない。


 そしてふと鬼司のほうを見ると、なんとセクハラ攻撃を受けていた。

「姐さん、そろそろ認めなよ。どっちでもイケるクチなんだろ?」

「こ、困ります。私には夫が……」

「困ってる顔には見えないけど?」

 馴れ馴れしく鬼司の肩に腕を回し、耳元に唇を近づけている。

 なぜか鬼司も強く抵抗していない。


「ちょっと! なにやってんだ二人とも!」

 俺は思わずドタドタ駆け寄った。

 女同士だから平気かと思って放っておいたが、ちっとも平気ではなかった。


 この鬼は、相手が男だろうが女だろうが関係ないのか?


 すると林田雷花も立ち上がった。

「ンだコラ? ヤんのか?」

 目が据わっている。

 この女、かなり酒癖が悪そうだな。

「ヤ、ヤるってなんだ。彼女は俺の配偶者だぞ」

「はいぐーしゃ? ナメやがって。テメーみてーなインポ野郎が姐さんと結婚するなんて百年早ぇんだよ! あたしを倒してからにしろ!」

「た、倒す? どうやって?」

「拳で決着つけんだよ。死んだほうが負けだ」

 そしてシュッ、シュッ、とシャドーボクシングを見せつけて来た。

 あきらかに経験者だろう。ジャブのフォームが美しすぎる。


「やめてください! 私のために争わないで!」

 鬼司だ。

 俺の気のせいでなければ、かなり嬉しそうである。

 こいつはマジで、一回ちゃんと話し合う必要があるな。


 しかし――。

「うぐっ」

 林田雷花が、いきなりその場に崩れ落ちた。

 背後に立っていたのはパンツ泥棒。

 なにをしたのかは不明だが、まるで手術前の医者のように手をかざしている。


「僕ね、生身の女性に触れるのは主義じゃないのね。でもこの子、酒癖悪いからさ。仕方ないよね」

「なにをしたんだ?」

「バリツに対抗するために編み出されたパンドロ拳法。その秘伝の一つ。快楽秘孔」

「……」

 マジでなにを言っているのか微塵も理解できない。

 林田雷花は気を失っているだけで、死んではいないようだった。


 鬼司は溜め息をついた。

「仕方ありませんね。奥の柱に縛り付けておきましょう」


 *


 結局、林田雷花はパンドロに連れられて車で帰っていった。

 あのパンツ泥棒と二人きりにしてよかったかは不明だが……。意外と常識人っぽいし、きっと大丈夫だろう。そもそも林田雷花のほうは自業自得だ。


「旦那さま、お寒くありませんか?」

「大丈夫。俺のことはいいから、君ももう寝るといい」

「はい……」

 夜、鬼司がもじもじしながら寝室まで来たが、俺は追い返した。

 きっと仲良くなるチャンスだった。

 だが、ダメなのだ。

 俺が潔癖なせいで……。

 学生時代の事件が、露骨なトラウマになっている。


 俺も早く核を切り裂きたい。

 ウソでもなんでもいいから、トラウマから解放されたかった。


(続く)

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