表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The World Savers  作者: 不覚たん
救世編
14/32

ブレーキ

 その晩、本当に蛇の白焼きとやらを食わされた。

 味は悪くなかった。

 しかも体が必要以上に元気になった。


 *


 さて、鬼司の夫になったので、いろいろなことを聞き出せた。

 かつて無盡原を支配していたのが、「閻魔」を名乗る男だったこと。もちろん本物の閻魔ではない。あくまで自称だ。

 しかも男というか、少年であったらしい。

 着任早々、男の鬼を追い払い、女だけにした。

 その支配は、やりたい放題であったようだ。


 閻魔ははじめ、鬼司に目をつけた。だが鬼司が固辞すると、姉イシに手を出した。かくしてイシが正妻となった。

 だがまもなく、イシに不貞の疑いがかけられる。

 浮気をしていたという告発があった。

 男の鬼はいなかったのだが、亡者に手を出したということになっていた。

 イシは追い詰められた。そんなことをしていないと訴えたのだが、閻魔は納得しなかった。

 イシは処罰され、志許売に姿を変えられた。

 鬼司は、姉の代わりに正妻となった。


 閻魔は女たちを侍らせながら、見せつけるように交わった。

 閻魔の寵愛を受けないものは、無盡原では志許売にされる。

 しかし寵愛を受ければ、他の女より一段高い扱いを受ける。

 女たちはこぞって閻魔に媚びを売った。


 最終的に、このレースを制したのはナミであった。

 そして鬼司に離縁が申し渡され、その期日が迫ったある日、閻魔は天の裁きを受けた。


 ただ男一人に頼っていた秩序と権威は、一瞬にして消滅した。

 女たちはうろたえた。

 低俗なケンカを始めるものもいた。

 怒りで志許売に変貌するものもいた。


 鬼司はなんとか秩序を取り戻すべく、自分が無盡原を統治すると宣言した。

 するとナミも名乗りを上げた。

 彼女たちは黄泉国の政府に文書を提出し、いくらか修正を受けたのちゲームを始めることとなった。


 それは長い戦いとなった。

 ほとんどの女たちは愛想を尽かし、無盡原を去った。

 いまでは鬼司とナミ、そして自我を失った志許売だけが、無盡原で戦いを続けている。


 *


 山菜と栗の炊き込みご飯。

 俺はホクホクのメシをかっ込みながら、無盡原の行く末を思った。

 あまりにしょうのない戦いだ。


 もう住民などいないのだから、秩序はこれ以上乱れようもない。

 鬼司が守ろうとしたものはすでに存在しないのだ。

 なのに、決め事を交わしてしまったせいで、戦いをやめることができなくなっている。

 不毛としか言いようがない。


 椀を置くと、すすっと鬼司が寄ってきた。

「粗茶をどうぞ」

「ありがとう」

 食事の途中でどこかへ行ったと思ったら、すぐこれだ。

 俺の食事の進み具合を見ながら、あれこれ気を回してくれる。

 それは嬉しいのだが……。


「近ごろ寒くなってきましたので、少し熱めにいれました。お気をつけくださいね」

「うん」

 彼女は俺のためにいろいろしてくれる。

 なのに俺は、彼女のためになにもできていない。


 夫婦とはいったい……。


 *


 もちろん俺も、自由気ままというわけではない。

 まず一点。屋敷から出ることを禁じられた。軟禁状態だ。会社にも行けない。

 そして二点目。ネットができない。禁じられているというわけではないのだが、設備がない。鬼司にお願いしても、なんだか承諾してくれそうな気配がない。


 なので俺は、ネットを遮断されたまま、この薄暗い屋敷で鬼司と二人きりで過ごすしかなかった。

 しかも身の回りの世話はすべて鬼司がやるから、俺はただ生きているだけ。

 寝転がってるだけでメシが食えるのだから、人によっては天国に思えるかもしれない。美人で甘えん坊の鬼もいる。


「旦那さま、なにか食べたいものはありますか?」

「蛇以外ならなんでも」

「ふふふ」

 かわいい。

 だがこちらは冗談を言っているのではない。

 蛇は脂がのっていて旨かった。

 そして体が元気になりすぎる。


 *


 だがある日、鬼司は血相を変えて俺に近づいてきた。

「旦那さま! 旦那さま!」

「どうしたの?」

 敵との戦闘でも始まるのだろうか。

 あるいは予想外の襲撃が?


「じつは用事ができて、半日ほど留守にせねばなりません」

「あ、出かけるの? いいよ。なにかできることある?」

 鬼司は広間の雑巾がけやら、風呂掃除やら、いつも体を動かしている。俺もひとつくらい手伝うべきだろう。

 だが、彼女は血走った目でこう応じた。

「いいえ! なにもしないでください!」

「なにも?」

「経験上、私が留守にしていると、例の小娘が必ず入り込んできます。ですので……」

 コソ泥みたいな女だな。

 だが俺も、彼女たちの決め事については少し学んだ。

「大丈夫だよ。丁重にお引き取り願うから。戦闘もしない」

「ええ、まあ、それはそうなのですが……」

「ほかにもなにか?」

 鬼司は視線を泳がせまくっている。

 この上ない動揺。

「で、ですから、その……」

「直接の戦闘は禁止なんだよね? 分かってるよ」

「いえ、ですから色仕掛けでですね……」

「えっ?」

 ぷるぷると震えている。

 拳を握りしめ、感情はいつしか怒りへとシフトしたようだった。

「あの阿婆擦れ、隙あらば人の男を寝取ろうとしてきますので!」

「寝取る……」

「その毒牙を逃れた男は、これまで一人もおりませぬ……」

「……」

 みんな寝取られたのか。

 なら彼女が怒るのもムリないな。


「安心してくれ。俺は君の夫なんだぜ。よその女には手を出さない」

「みんな口ではそう言いました……」

「誓いを立てる。まずは君に誓う。そして俺自身に誓う。俺はサークル・クラッシャーみたいな女は好きじゃないんだ。ジ・オーダーに反するからな」

「もし約束を破ったら?」

「鍋の具にしてくれ」

 俺は自分でも驚くようなことを言った。

 特に根拠もないのに大丈夫だろうか。


 鬼司は身を寄せてきた。

「旦那さま! 私のことをそこまで……!」

「君は安心して出かけてくるといい」

「はい! 信じてますね、旦那さま!」

 瞳を潤ませている。

 よほど切実な問題なのだろう。

 というより、過去の男たちよ、こんないい子を泣かせちゃダメだろうが。どいつもこいつも。


 *


 かくして鬼司は支度を済ませ、家を出た。

 例の古物商と、なにやら大事な商談があるのだという。


 さて、あとは俺が留守をつとめればいいだけの話。

 俺はただの凡夫だが、それでも無盡原で戦ってきた。いまやゴーストに臆することもない。志許売の襲撃も生き延びた。みずから鍋の具になるほど愚かではない。命の捨て所はここではない。


「ね、人間! えっちしよ?」

「貴様ァ……」

 普通に入ってきた。

 ヘソを隠す気もないブラウス。ギリギリすぎるミニスカート。

 なぜ制服姿なのであろうか!

 いつもの巫女装束はどうした!?


「え、なんでそんな怖い顔してんの?」

「残念だが、あんたと話すことはなにもない。お引き取り願おう」

「ふぅーん」

 にぃと笑みを浮かべて、顔を近づけてきた。

 かわいい。

 というより、この子は顔だけはいい。


 彼女はくるりとターンした。

「ね、見てよこの服! かわいいっしょ? 男の人にウケるんだって? 人間も欲情する?」

「しない。失せろ。用はない」

「えー、なんでそんなつめたいの? 怖いんだけど」

「俺は鬼司を裏切る気はない」

 彼女の表情を思い出す。

 すがりついて、瞳を潤ませていた。

 彼女は過去に何度も裏切られて来たのだ。せめて俺くらいは……。


 だが、ナミは余裕の笑みだった。

「えー? でも人間が裏切られてる可能性はないの?」

「ないな」

「言い切れる? 古物商と商談とか言って、どこの男と会ってるかも分からないのに?」

「そんな女じゃない」

「ぜんぜん分かってない。あたしら、鬼なんだよ? 欲望のまま生きてんの。だいたい、この戦いに選ばれてる男たち、なに基準で選ばれてるか分かってる?」

 なにか基準があるというのか?

 ナミの答えはこうだ。

「結婚したい相手をピックアップしてんの。分かる? お歯黒ババア、この戦いを婚活に使ってんの! あいつも結構な阿婆擦れなんだから」

「勝手なことを言うな」

「勝手じゃないよ。最近入ったイケメンいるじゃん? あれに言い寄られたら、たぶん秒でオチるよ」

「証拠は?」

「あるよ」


 *


 俺はナミの黒い石から、過去の記憶を見せてもらった。

 それによると鬼司は、そのとき将来を約束していた男がいたにも関わらず、言い寄ってきた男全員と関係を持っていた。悪びれた様子もなく。


「ウソだろ……」

「ウソじゃないよ。これが鬼の本性。理性なんて、ほとんどないんだから。だって、きもちぃほうがいいもんね。だから人間、あたしとえっちしようよ?」

「……」

 いや、それはない。

 鬼司がそういう人物だからといって、俺が同じことをしていい理由にはならない。

 ならないが、俺は心の底から嫌悪をおぼえた。


 フタをしていた感情が、溢れ出しそうになる。


「きゃっ」

 俺はナミの角をつかみ、横倒しに投げ飛ばした。

「失せろ。いますぐ」

「ぼ、暴力はルール違反だよ……」

「いいから失せろ。ルールとかどうでもよくなりかけてるから。いまから刀を取ってくる。もし戻ってきたときにまだいたら、お前を殺す」


 誰しも欲には勝てない。

 それは分からなくもない。

 俺もいま殺意に飲まれそうになっている。

 人はしばしば心の交通事故を起こす。

 だが、その前段として、人はこういう事故を、ちょっとした努力で防止できるはずなのだ。なのに、防止しようとさえしないのであれば、あらゆるものを失う覚悟でいて欲しい。

 感情の屋台骨は、いっぺん抜いてしまえば、あとからハメ込んでも元には戻らない。


 *


 刀を手にして戻ると、ナミはまだそこにいた。

 いたが、ちんまりと土下座していた。


「ご、ごめん人間! まさかそこまで怒ると思ってなかったから! でもあの映像はホントなの! あたしが勝手に作ったんじゃないよ? 鬼ってそもそもそーゆーものだし……」

「そこは怒ってない」

「じゃあ、なにが不満なの? 人間を誘惑しようとしたこと?」

「そうだな。けど、きっとそれだけなら、俺ももっと冷静でいられた……」

 鬼司という女が、もっと理性的な女であったなら……。


 俺は刀を放り、座布団に腰をおろした。

「頭をさげている相手を斬りはしない。けど、頼むから帰ってくれ。心の整理がつきそうにない」

「う、うん。ごめん。帰る。今日のことは、お互い忘れようね」

「……」

 忘れられるものか。

 鬼司、本当に君は、男なら誰でもいいのか……。


 ナミは身を起こすと、苦笑いを浮かべたまま、そろりそろりと帰っていった。

 じつにくだらない策だった。

 過去の男たちは、こんなのに乗せられて、ナミに手を出していたのか。


 男も女も、みんなクソだ。

 ブレーキの利かないヤツは例外なく。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ