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The World Savers  作者: 不覚たん
救世編
12/32

天秤にかかるもの

 佐藤みずきは水色の傘を置いて行った。

 忘れ物なのか、故意なのかは分からない。


 数日後、招集。


 俺たちは無盡原へ足を踏み入れた。

 志許売が出てこなければいいのだが。


「真理ちゃんさ、今度遊び行かね? 連絡先教えてよ」

「なんであなたなんかと……」

「そう冷たくしないでさ。おごるから」

「行かない」

「と見せかけて?」

「行かない。もう話しかけないで」


 チャラ男がナンパを始めたせいで、高橋さんの怒りゲージが高まっていた。

 これから命がけの戦闘だってのに、士気を落とすようなマネしやがって。


 性格のねじ曲がった佐藤みずきは、かすかにニヤリと笑みを浮かべていた。

 他人の困惑する姿で喜べるとは、あきらかにこいつのほうがサイコパスだ。


「そろそろ来るぜ。真面目にやったほうがいい」

 俺がそう告げると、チャラ男も不満げながら静かになった。

 高橋さんを怒らせると、敵陣に突っ込む可能性がある。なるべく平常心でいてもらわねば。


 ズダァンと音がして、地面から学校が生えてきた。

 続いてピンポンパンポーンと例のジングル。


『本日は、無盡原高等学校の登校日です。生徒の皆さん、およびゴーストの皆さんは、すみやかに登校してください。繰り返します、本日は――』


 学校に入れということだ。

 入らなければ、槍で串刺しにされる。


 俺たちが歩を進めると、チャラ男は慌てて声をあげた。

「は? 行くの? 罠じゃね?」

「罠なんだけど、行かないともっと悲惨なことになるから」

「マジで?」

 マジなんだよ。


『なお、本日の天候は槍となっております』


 さっそく一本降ってきた。

 俺たちは全力で駈け出した。


 *


 昇降口へ駆け込むと、またダーンとシャッターがおりた。もっと静かにおろして欲しいものだ。

 ともあれ、こうなるとニュークリアスを破壊するまで脱出できない。


「は? なにこれ? 閉じ込められたんだけど……」

 うるさいチャラ男だ。

「ボスを倒せば出られるようになる」

「なんで知ってんの?」

「二回目だからな」


 さて、前回のケースを思い出してみよう。


 この細胞セルは、誰かのトラウマと連動している。

 核を破壊すれば俺たちの勝利。

 核はひとつ。

 核へと続く道に、ゴーストはいない。

 しかし間違ったルートを選ぶと、ゴーストに囲まれる。

 核は取引を持ち掛けてくる。

 応じるか否かは当人次第。


 俺は「仲間たち」へ向き直った。

「誰かこの学校に見覚えのある人は?」

 ビシと手があがった。

 佐藤みずき。

「私の母校よ。道案内は任せて」

 さっそく来たか……。


 *


 ドアが並んでいるだけの殺風景な景色。

 窓の外には白い空。


 三階まであがり、ある教室へ足を踏み入れた。

 机と椅子が並んでいる。

 そして赤黒く半透明な……人の形をした核。


 少女は横たわっていた。

 誰かに蹴飛ばされているらしく、必死で頭をかばっている。

 声は出していない。が、しゃくりあげて泣いている様子。


「これが長谷川さん」

 佐藤みずきはそう教えてくれた。


 そして俺たちは、胸クソの悪くなる話を聞かされた。

 長谷川さんは、不良グループに目をつけられ、金をむしり取られていた。金がないなら体を売れと脅され、実際、そうしていた。金が足りないと暴行にさらされた。


 佐藤みずきは肩をすくめた。

「教師がね、お金で買ってたの。長谷川さんのこと。共犯だったんだ。悪いよね、ホント。こんなに泣きながら謝ってるのにさ」

 口調は穏やかだ。

 他人事のよう。

 ただ、かなり怒っているはずだった。

 空気を吸い込むとき、かすかな震えがあった。


『お前たち、花を摘みにきたのか?』

 例の老人の声。


 チャラ男と高橋さんが身をすくめた。

 二人とも、これを見るのは初めてだったか。


 佐藤みずきはひとつ呼吸をし、静かに尋ねた。

「花ってなんなの?」

「花とはなにか……。私もそれが知りたい。あの花は……見ることさえかなわない。ゆえに名も知れぬ」

「意味が分からない」

「意味……あるかどうかさえ知れぬ」

「私の願いを叶えて」

 さっそく本題に入った。


 赤黒い人影は、ずっとちぢこまったまま。

 だが、老人の声はいたって普通だった。


「お前はなにを欲している?」

「長谷川さんをいじめていた人間を、みんな殺して欲しいの。クラスのヤツら、教師、ほかにもいればそいつらもセットで」

「お前はなにを差し出す?」

 来たぞ。

 ここで選択をミスれば大変なことになる。


 佐藤みずきはふっと笑った。

「貯金ならいくらかあるけど?」

「私は三人の命を奪ってやろう。いじめを主導していた女生徒二名、そして加担していた教師だ。これに相当するものを差し出せ。命の代償は命だ」


 佐藤みずきは黒刀をヒュンと振り下ろし、赤黒い人影を両断した。

 切断面から、やはり赤黒いものが流れ出した。


「ケチケチしないで無条件でやりなさいよ。これ以上、私からなにを奪うっていうの?」

 口調はかろうじて穏やかだが、表情がこわばっていた。

 老人の返事はこうだ。

「冬木一を差し出せば、それであがなってやってもいい」

「は? こんな二束三文の男で、私の希望を達成しろって言うの?」

「返事は?」

「いいえ」

 ダァンと、床にめり込まんばかりに黒刀が叩きつけられた。

 赤黒い頭部は木っ端微塵となり、あちこちに飛散。


 終わった……ようだな。


 佐藤みずきはこちらへ向き直った。

「代償ってなに? これまでの戦いはノーカンだったワケ? ずいぶんショボいわね」

「後悔してないのか?」

「してるわ。帰ったら鬼司に抗議してやる。さんざんゴーストを斬ってきたのに、なにも手に入らなかったって」

「手伝うよ」

 彼女が「仲間」を売り飛ばさなかったことは、高く評価しなくてはな。


 *


 会話もないまま、俺たちは大広間へ引き返した。

「ご苦労さまでした。お食事をどうぞ」

 鬼司はいつもの調子。

 だが佐藤みずきは、黒刀を手に鬼司へ近づいていった。

「説明しなさいよ。見てたんでしょ?」

「なにか疑問でも?」

「代償ってなによ? ゴーストを斬ってれば褒美があるんじゃなかったの?」

 鬼司はしかし動じていない。

 姿勢よく座したまま、かすかに呼吸をした。

「もちろん褒美は用意していますよ。それは皆さまが敵に勝利したときにお渡しする予定です」

「さっきのとは別に、なにかあるってこと?」

「ええ」

「なんなのか言いなさい」

 ぐっと刀を突きつけた。

 人間を傷つけることはないが、相手が鬼ならどうなるか分からない。


「命の玉ですよ」

「命の玉?」

「どなたかひとり、死者をよみがえらせることができます。ただし、老衰による死者はよみがえりません。対象となるのは、あくまで事故死や戦死など、不慮の死を遂げた人間だけ」

 ダン、と、佐藤みずきは刀を床へ突き立てた。

「そんなゴミがご褒美? 本気で言ってるの?」

「もしご不要でしたら、旧知の古物商をご紹介します。その者に渡せば、十億ほどで買い取ってくれるはず」

「それもゴミだって言ったら?」

「あとはご自由に」


 ゴミ?

 十億が?

 なんなんだこいつ……。価値観がどうかしている。


 *


 最悪の雰囲気で食事を終え、沐浴となった。

 檜風呂に溜められたぬるい水で、身を清めるだけの行為。


 俺はいつもさっさと済ませる。


 タダ酒でも飲もうかと思い、大広間で腰をおろすと、まだ髪の濡れたままの高橋さんが近づいてきた。

「あの……」

「ん?」

「これ……こないだ見つけて、つい買っちゃって」

「ああ、ぺもんぬ。まだ売ってるんだ」

 スポーツバッグに新しいキーホルダーがついているのを見せてくれた。

 古いのもついている。

 すると彼女はその場にしゃがみ込み、新しいキーホルダーを外した。

「でも、二つもあると絡まっちゃうから、冬木さんにあげようかなって。あ、もしいらなかったら、その……処分してもいいんで」

「え、もらっていいの?」

「うん。ほかにぺもんぬ知ってる人もいないし……」


 だが、彼女の背後からぬっと佐藤みずきが現れた。

「いるわ、ここに一人ね」

 髪をほどいている。

 今日も幽霊みたいだ。

「ひっ。佐藤さん……」

「私も知ってるわ、そのペキモンってやつ」

「ぺもんぬ……」

「似たようなものでしょ? 私にはないの?」

 高橋さんが言い終える前に、佐藤みずきは言葉をかぶせてきた。

 この女はホントに……。


「あつかましいな。君の分はないぞ。欲しかったら自分で買ったらどうだ?」

 俺がそう告げると、佐藤みずきはすんと澄ました顔になった。

「そうね。十億あったら工場ごと買えるかもね」

「金の使い道ができたじゃないか」

「ええ。嬉しいわ」

 怖いから帰ってくれないかな。


 すると高橋さんが「わ、私もう帰るね。バイバイ」と行ってしまった。

 可哀相に。


 佐藤みずきは俺のすぐ隣に腰をおろした。

「私、考えたんだけど」

「これから酒なんだ。景気の悪い話なら次回にしてくれ」

「十億あったら、あなたに殺人を依頼することができるかなって」

「やらないって言ったろ」

「殺し屋ってどこで雇えるの? 教えてよ?」

「知るわけないだろ。勘弁してくれ」

 いったいなんだと思ってるんだ。

 それに、一度ヤバいヤツに仕事を頼むと、簡単に手を切れなくなる。そんな連中に十億なんて見せびらかしたら、理由をつけてぶんどられるのがオチだ。


 彼女はぐっと距離を詰めてきた。

「そのキーホルダー、どうするの?」

「持ってるよ」

「カバンにつけないの? あの子、喜ぶんじゃない?」

「言っておくけど、狙ってないからな」

「十億手に入ったらなにに使うの?」

 なんでこんなに踏み込んでくるんだ?

 一晩泊まっただけで彼女ヅラか?


 俺は溜め息をついた。

「十億は手に入らない。忍者のおじさんを生き返らせるからな」

 ヒャアと甲高い笑いが響いた。

「なにそれ! ウケるわね! それもう『偽善者』通り越してただの『善人』じゃない! なんとかとなんとかは紙一重っていうけど、善人とサイコパスも紙一重なの?」

 自分をそうだとは言わないが、彼女の指摘も一理あるかもしれない。

 サイコパスと言われる人たちは、必ずしも悪を為してるつもりはないはずだ。

 個人にとっての善が、社会にとって悪である場合、悪い言葉でののしられる。しかし、たまたま両者の善が一致している場合、賛辞が贈られる。両者の差はそれだけ。いや「だけ」ってのも短慮だが。大別すればそういうことだ。


 俺は思わず笑った。

「なら君は聖人君子だな」

 彼女も彼女の善を為そうとしている。


 なにか反論があるのかと思いきや、佐藤みずきは身を乗り出してきた。

「これから飲みに行かない? 私、おごるから」

「タダ酒ならここでも飲める」

「ここのは嫌い」

「俺は嫌いじゃない」

「あっそ。つまらない男ね。じゃあいい。ひとりで飲むから」

 急にさめた目になって、彼女は行ってしまった。


 べつに俺のことを好きじゃないのは分かる。

 他者をコントロール下に置くことで、心の安定を図りたいだけなのだ。

 飼ってるペットが、勝手に動き回るのが気に食わない。エサを出したのに、なつかないペットが気に食わない。

 きっとそんなところだろう。


 少しくらいなら相手してやってもいいが、いまはダメだ。

 ここで静かに酒を飲まないと、今日という日が終わらない。

 鬼司に軽くあしらわれて、帰って一人で寝るのだ。

 そしたらまた明日を始められる。


(続く)

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