表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The World Savers  作者: 不覚たん
救世編
11/32

サイコパス

 鍋が供された。

 白菜に豆腐、鶏肉、きのこ、水菜。

 いわゆる水炊きだ。

 椀にはつやのある白飯も盛られている。


「どうぞお召し上がりください」

「……」

 すました顔でメシを勧めてくる。

 ナミはいまだ天井から吊られたまま。


「あのー、彼女はいつまで吊るしておくつもりなんだ?」

 俺が尋ねると、鬼司は微笑のまま首をかしげた。

「気になりますか?」

「なるよ」

「目障りでしたら処分しますが……」

 するとナミは「やめてー」と体をバタつかせた。

 着物の上からとはいえ、麻縄が食い込んで痛そうだ。


 鬼司はかすかに息を吐いたかと思うと、ふところから小刀を取り出し、手首のスナップでヒュンと投げ飛ばした。

「ぎゃん」

 刃は見事に麻縄を切断。

 ナミはゴッと鈍い音を立て、床へ墜落した。

 かなり痛そうだ。


 佐藤みずきは満足そうな顔で、音もなく拍手をしている。

 ここにはサディストしかいないようだ。


「さ、食事にいたしましょう。ですが、もしまだ気になるようでしたら……」

「いや結構。十分だよ」

 鬼司がとんでもないことをしでかしそうだったので、俺もこれ以上は言わないことにした。


 *


 味はよかった。

 薄味ではあったが、鳥と白菜の旨味がよく出ていた。


「ごちそうさま」

「お粗末さまです」

「いつも鬼司さんがひとりで?」

「ええ」

 ここの支配者の妻だったというのに、ひとりで料理を作っている。

 しかも普段は、俺たち人間のためにさえ。


 前時代的と言われるかもしれないが、それでも男は、料理のできる美人に弱い。そんな鬼司に離縁を迫るとは、ここの支配者とかいうヤツは、いったいどういうつもりだったのだろうか。

 あとから来たナミのような若い女が、すべてを覆すのは、どこの昔話にもよく出てくる話ではあるが。


「ちょっと、お歯黒ババア! あたしにも食べさせなさいよ!」

「鍋の具になりたくなかったら、もう少し言葉遣いを改めたほうがいいのでは?」

 いまだに犬猿の仲というわけだ。


 *


 食事が終わると、鬼司はナミの足をつかみ、通路の奥へと引きずっていった。

「なに? どこ行くの? ねえ、人間! 助けてよ!」

 声が遠ざかってゆく。

 しかし乱暴するつもりはないだろう。

 結局、大量の刃物は脅しにしか使われなかった。


 しばらくすると、鬼司が一人で戻ってきた。

「冬木さま、一献いかがです?」

「いや、いいよ。今日は佐藤さんと一緒に帰るから」

「もう遅いですし、お泊りになられては?」

「いやぁ……」

 正直、泊まりたい気持ちはある。

 一人で来ていたなら。


 佐藤みずきは真顔だ。

「そうね。もう帰るわ」

「沐浴はなさいます?」

「いらない。それより車を用意して。もう用もないし」

 まるで召使いにでも命じるような態度だ。

 もっとも、彼女たちの下半身の都合で、こちらは命を危険にさらしているわけだ。こんな態度になるのもムリはない。


 俺が「悪いね」と言うと、鬼司は微笑のままかぶりを振った。

「ではすぐにお車を手配します。しばしお待ちを」


 *


 佐藤みずきの希望で、なぜか同じ車に乗ることになった。

 二台で帰ったほうが効率的なのに。


「私、今日はあなたの家に泊まるわ」

「は?」

 窓の外を眺めていた佐藤みずきが、いきなり奇妙なことを言い出した。

 身勝手の極み。

 彼女は、俺の返事がお気に召さなかったのか、ゆっくりとこちらへ向き直った。

「なにか困るの?」

「客人を招けるような部屋じゃない」

「寝る場所くらいあるんでしょ?」

「ああ。俺の寝るスペースがな」

「ならそこでいいわ」


 そこでいい?

 まあそうかもしれない。

 こいつはいいんだろう。

 だが、俺がよくない。


「そうやっていつも男の家に転がり込んでるのか?」

 俺はそんな言葉を返した。

 イヤな気分にさせてやろうと思ったのだ。

 彼女はうっすらと笑みを浮かべた。

「するわけないでしょ?」

「なら、なんで俺だけ」

「気づいたの。自分より弱い立場の相手に、偉そうに振る舞うのって、楽しいなって」

「仕返しってことか。つまり君を家に泊めれば、もう過去を清算したってことでいいってわけだな?」

「それはあなたの良心の問題ね」


 じつにいいところを突いてくるな。

 いまの俺は、ガキのころと違って良心の塊だ。

 そう言われちゃ、応じないわけにはいかない。


「分かった。ただ、もう人殺しなんて依頼しないでくれよ」

「しない。そっちは鬼道師の仕事で叶えてもらうから」

「もうひとつ。ちょっと散らかってるけど、苦情は言わないでくれ。俺のせいじゃないからな」

「はい?」


 *


 というわけで、渋々ではあったが、佐藤みずきを自宅へ招き入れた。

 雑然とした我がアパートへ。


「まあ散らかってるけど、べつに歩けないほどじゃないじゃない」

「うん……」

 彼女にソファをすすめて、俺はクッションに腰をおろした。

 飲み物を出したりはしない。出せるようなものもない。

 だから途中でコンビニに寄った。


 佐藤みずきはしげしげと室内を観察している。

「バイク好きなの?」

「いや」

「でも雑誌もポスターもバイクばっかり」

 古びた棚、古びた雑誌、古びたポスター。

 どれも俺のセンスじゃない。

 俺は素直に応じた。

「前の住人のだよ」

「えっ?」

「といっても、俺が追い出したわけじゃない。居抜き物件……って言っていいのかな。夜逃げしたらしくてね。値段が安かったから、そのまま使ってる」

「えっ?」

 さすがにドン引きしているな。


 それがどんな住人だったのかは、じつは俺も知らない。

 きっとバイク好きだったんだろう。

 工具とヘルメットも置きっぱなし。

 エロ雑誌もあった。

 日用品は男物ばかり。


「俺、好きなんだよね、こういうの。人の家に勝手に住んでるみたいでさ」

「実際、人の家に勝手に住んでるんでしょ?」

「ちゃんと契約してるよ」

「信じられない。気持ち悪くないの?」

「気持ち悪いし、気に食わないところだらけだね」

「じゃあなんで住んでるの……」

 ソファに座るのも不快になったのか、佐藤みずきは立ち上がってしまった。


「なんでだろうなぁ。たとえば人類が滅んだあとにさ、サヴァイヴするとしたら、こんな感じかなって思うんだよね」

「本気で世界を滅ぼしたいの?」

「想像するだけだよ。もしこの地上から全人類を消そうと思ったら、とんでもない大仕事になる。そんな努力をするくらいなら、普通に金稼いで楽しんだほうがマシだろ」

「当たり前でしょ……」

 身をちぢこめている。

 もう帰りたそうだ。

 実際そうしてくれるなら、こちらとしてはありがたい。


「やっぱりサイコパスだった」

「違う。もし俺が追い出したんならそう言われても仕方ないけど。これはちゃんと合法なんだ。非難されるいわれはない」

 俺はペットボトルの麦茶を飲んだ。

 ほっと安心する味わい。


 佐藤みずきは観念したのか、ソファに腰をおろした。

「はぁ。やっぱりああいうタイプの子供は、こういう大人に育つんだ……」

「俺に言わせりゃ、君のほうがどうかしてるよ」

「どこが?」

「好きでもない男の家に泊まるなんて」

「は? 好きだけど?」

「は?」

 鼻から麦茶が出そうになった。


 好き?

 冗談というより、もはや愚弄に近いな。

 ここがアメリカだったら、裁判か、もしくは銃撃戦になっているところだ。


「クソみたいなジョークをさ……」

「違う。ジョークじゃない。好きなの」

「本気で?」

「この世界に現存する男の中で、一番好き」

「……」

 消去法、というわけか。


 いちおう告白っぽい感じなのだと思うが、彼女に照れた様子はない。

「でも、あなたは私を好きになる必要はないわ。私は立場を利用して、あなたを追い詰めてるだけだから」

「いじめだな」

「そうよ。いじめてるの。でも私は優しいほうよ。相手が泣いたら許してあげるんだから」

「泣けばいいのか?」

「いまはやめて。帰りの電車ないんだから」


 頭がどうにかなりそうだ。

 愛の告白のはずなのに、まったく興奮しない。

 邪魔としか思えない。

 ウザい友人が、予定外の時間に泊まりに来た感じだ。


「君の考えが理解できない」

「当然でしょ。誰だって、他人の考えなんて理解できないんだから」

「でも普通、推測くらいはできる。君の場合は、推測さえできない」

「寝てる間になにしてもいいけど、赤ちゃんできたら責任とってね」

「安心してくれ。そんな気はない」

 倫理観がぶっ壊れている。

 まあ、ナメられているだけの可能性もあるが。

 それでも、ナメられるだけで済むなら安いものだ。


 *


 その晩、もちろんなにごともなく終わった。

 彼女はソファで、俺は布団で寝た。

 性欲はまったく湧かなかった。

 頭が混乱してそれどころではなかったのだ。


「起きなさいよ。いつまで寝てるの?」

 朝、目覚ましが鳴る前に、佐藤みずきに起こされた。

「何時?」

「六時半」

 まだメイク前ではあったが、彼女は一通り身なりを整えていた。

 本来ならあと二十分は寝られるところだ。

「分かった。起きるよ」

「なにか食べたいものある? 買ってくるけど」

「じゃあおにぎりでも。財布はそこにあるから」

「いい。私が払うから」

 行ってしまった。


 *


 顔を洗っていると、彼女が戻ってきた。

「ただいま」

「お帰り」

「いまの私、なんか彼女ヅラしてる勘違い女みたいじゃない?」

「奇遇だな、俺もそう思ってたところだ」

 認知能力まではぶっ壊れていないらしい。


「これ、おにぎり。鮭と梅とツナマヨ。あとお茶」

「ありがとう」

「ひとつ残しておいてね。私も食べるから」

「先に選んでいいよ」

「じゃあツナマヨ」

 ぐっ、それは俺が食おうと……。


 朝のニュースを眺めながら、俺たちはもそもそとおにぎりを食った。

 想像通りの味。

 質は悪くない。だが値が高い。こっそり量も減らされている。最近のコンビニは、庶民の店というよりは、一人暮らしの会社員向けになっている。


「佐藤さんよ、昨日のことなんだけどさ」

「うん?」

「俺と付き合いたいとか、そういうことじゃないんだよな?」

「違う」

「じゃあなんなんだ」

「今後もたまに泊まりに来るから」

 テレビを観ながらそんなことを言う。

 まったく答えになっていないのだが……。


「彼氏、作らないのか?」

「作ってもいいけど、だいたい都合のいい女としか思われないから」

「そんな男と付き合うなよ……」

「でも一人は寂しいじゃない?」

 そんな理由で……。


 一瞬、トラウマがフラッシュバックしそうになり、俺は慌てて記憶にフタをした。

 記憶、というか、感情に。


「俺は、過去を清算したいとは思ってるんだ。そのためなら、まあ泊まるくらいなら受け入れてもいい。けど、それ以上はさ……」

「べつにいいよ。特になにも期待してないし」


 閉じたコミュニティ内で「男女の関係」が発生すると、他の関係性まで壊れることがある。いわゆるサークルクラッシュだ。ジ・オーダーとは対極の状態。

 無盡原の対立だって、それが原因だろう。

 だから俺は、相手を探すときは、なるべく輪の外へ目を向ける。秩序の破壊というリスクを負ってまで、わざわざ輪の中から相手を選ぶ必要はない。

 鬼司に手を出すのはギリギリでアウトな気もするが……。結果として相手にされなかったわけだから、セーフということにしておこう。


 テレビのニュースは相変わらず。

 愛くるしい動物のニュース、危険な煽り運転、海外の災害、生活の知恵と称した新商品のアピール、ミュージシャンが映画のタイアップで新曲をリリース、本が何万部売れたのどうのこうの、お笑い芸人のワイプ……。

 政治の話はほぼナシ。

 能動的に調べようとしない限り、社会構造に興味を持つ機会さえ与えられない。


 空疎な気持ちのまま、俺は左上の時刻を眺めるだけ。

 今日もまた、ブラック企業での勤務が始まる。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ