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The World Savers  作者: 不覚たん
救世編
10/32

地獄の痴話ゲンカ

 志許売の一件から数日が経過した。

 ブラック企業でサービス残業するのにも、だんだんハマってきた。寿命を削られるのは無盡原と一緒だが、ここには佐藤みずきがいない。高橋さんがつらい思いをすることもない。

 オフィスのパソコンでネットサーフィンしていると、コンビニに行っていた同僚が首をかしげながら帰ってきた。

「お帰り」

「ああ……。あのさ、いま外に変な女がいてさ……」

「変な女?」

 オフィス街だ。

 変質者が出るような場所じゃない。

 同僚は席につき、少しぶるっと震えた。

「雨でもないのに傘持っててさ。ずっと地面突いてんの。あれ相当なメンヘラだぞ。誰かのストーカーだったりしてな」

「ヤバそうだね」

 まさかとは思うが、佐藤みずきじゃないだろうな。

 誰かを殺したくてウズウズしてたりして。

 いや、そこまでおかしな女じゃないと思うが。


 俺はひとつ呼吸をしてから尋ねた。

「その女の人、どんなだった? 外見とかさ」

「え、もしかして興味ある? まあでも……普通っていうか地味だったな。ポニーテールにしてて」

「ちょっとコンビニ行ってくる」

「は?」

 あの女、職場まで押しかけてきやがって。

 どうやって特定したんだ。


 俺が外へ出ると、水色の傘で地面をつつく佐藤みずきに出くわした。

「やっと来た」

 にこりともせずそんなことを言う。


 周囲の会社員たちは、もちろん傘など持っていない。雨の予報すらなかった。


 もう日は落ちているから、信号機の切り替わるのがよく見える。

 秋風は、体温を奪うほど冷たい。

 遠からず冬が来る。


「なにしに来たんだ? ていうか、どうやってここが分かった?」

「探偵雇ったの」

「は?」

「結婚を前提にした彼氏だって説明したら、信用してくれて」

「も、目的を言えよ……」

 殺すつもりではないだろう。

 もし彼女が本気なら、いつでも殺す機会はあった。


「無盡原に行こうと思って」

「無盡原? いまから?」

「そう」

 メシをおごれというのなら従ってやってもいい。

 だが無盡原とは……。

「俺に選択肢はあるのか?」

「どうかな」

「行くよ。その代わり、ちゃんとプランを説明してくれ」

「いいよ。タクシーの中でね」

「ちょっと荷物取ってくる」

「逃げないでね」

「分かってる」

 彼女の神経を逆撫でしたところで、俺の得になるとは思えない。


 オフィスに戻ると、同僚が苦い笑みを浮かべてきた。

「見た? 言った通りだったろ?」

「そうだね。俺、今日はあがるわ」

「は? まだ八時だぞ?」

「ちょっと急用。じゃあお先」

 なにが「まだ八時」だ社畜め。

 定時は六時だぞ。

 金も出ないのに。


 *


 タクシーを拾い、無盡原を目指した。

 無盡原というか、埼玉にある屋敷だが。


「そろそろ説明してくれないか?」

 運転手に聞かれないよう、俺は小声で切り出した。

 佐藤みずきはずっと窓の外を眺めていたが、ゆっくりとこちらへ向き直った。

「鬼司を締め上げようと思って」

「し、締め上げる? 本気か?」

「本気よ」

 なにを平然と。

 俺は声が大きくなりそうなのを、なんとか抑え込んだ。

「君も彼女の動きは見ただろ? 普通じゃない。二人がかりでもムリだ」

「別に乱暴なことするつもりじゃないんだけど?」

「じゃあなんだよ?」

「お話しするの。でも私だけじゃかわされそうだし。あなた、口だけは達者でしょ?」

 その通りだ。口だけは達者だよ。

 俺は今度こそ盛大に溜め息をついた。

「招集のときじゃダメなのか?」

「あの日はいつも興奮してるから」

「前回は凄かったな……」

「見なかったことにして。思い出すと恥ずかしいから」

「いいよ」

 自覚はあるようだな。


 *


 タクシー運転手は、本当にこんな場所でいいのか怪訝に思っているようだった。

 だが屋敷が見えると、ほっとして俺たちをおろした。

 料金は佐藤みずきが支払った。


 石燈籠のある屋敷。

 飛石が道を形成している。

 竹林が寒い風に吹かれてざわざわと音を立てる。


 インターフォンはない。

 鍵もかかっていない。

 木戸を開け、玄関に入ってから声をかける。


「こんばんはー! 冬木でーす! 鬼司さーん! いますかー?」

 声は、木造家屋に吸収されるように消えていった。

 静謐。

 竹林のさざめきだけがいつまでも聞こえてくる。


 ふと、薄暗い廊下の奥から鬼司がやってきた。

 料理でもしていたのだろうか、割烹着だ。


「おやこれは冬木さまに佐藤さま。ようこそいらっしゃいました。お揃いでおいでとは」

 鬼司はイヤな顔ひとつしない。

 一方の佐藤みずきは遠慮がなかった。

「聞きたいことがあるの。あがっていい?」

「かまいませんが……。じつは先客がありまして」

「誰?」

「ナミと申す小娘です。我々の敵ですよ」

 こないだ言ってた女のことか。


 すると佐藤みずきは靴を脱ぎ、許可も得ずにあがり込んだ。

「お邪魔するわね」

「ええ、どうぞ。冬木さまも」

 強行突入だな。

 俺も「すみません、お邪魔します」と靴を脱いだ。


 *


 大広間に入ると、一人の少女が麻縄で吊るされていた。

 床には様々な刃物。

 まさか、これから拷問でも始まるところだったのだろうか。


「あ、人間! 助けて! 殺されちゃう!」

 コスプレだろうか。

 黒髪ツインテールに巫女装束。額には角が二本。

 目はパッチリとしており、顔立ちも整っている。この世のものとは思えぬ美貌。

 歳は大人とも少女ともつかない。


 鬼司はうっすら笑みを浮かべた。

「殺される? 不思議ですね。あなたは死ぬことができるのですか?」

「うるさい、お歯黒ババア! 逆恨みの粘着であたしのこといじめて! 鬼! 悪魔!」

「鬼なのはあなたも同じでしょう」

「同じ? 角もないくせに? 男のために角まで取ったのに、結局フラれちゃってさ! みじめな女! バーカバーカ!」

 外見はともかく、中身はクソガキだな。


 佐藤みずきもややイラついている。

「この子が、こないだの……」


 ナミは急に得意顔になった。

「そう! それもあたし! びっくりしたでしょ? あそこで志許売を出したら、みんな一気に殺せちゃうかなーって……あ、ウソウソ! 違うの! そんなつもりじゃなくて!」

 俺たちが威圧したわけでもないのに、彼女は急に釈明を始めた。

 鬼司が刃物を選び始めたせいだが。

「なにが違うのです?」

「ホントに違うの! 事故事故!」

「ナミさん、私は志許売を出すなと言っているわけではありません」

「会えて嬉しかったでしょ?」

「志許売ならほかにもたくさんいるはず。なのに、なぜ姉を出すのです?」

 ノコギリを手に取った。

 あれは姉だったのか?

 いや、それはいいが。残酷な拷問をするなら、俺たちが帰ってからにして欲しいな。


「待って! ホントに! もうしないから!」

「以前も同じ言葉を聞いたような」

「なんでもするから! お願い! 助けてよ! 今日はお説教だけって約束だったじゃん!」


 このままだと、本当に解体ショーが始まってしまいそうだ。

 俺は思わず横から口を挟んだ。

「えーと、そもそも、お二人はどういったご関係なのかな?」

 ナミがなにかを言おうとしたが、ノコギリがギラリと鈍い光を放ったため、「ひっ」と息をのんだ。

 鬼司は微笑のままだ。

「かつてこの無盡原は、ある男の支配下にありました。私たちは、いずれもその男に仕えておったのです。仕える、といっても、まともな主従関係ではありませんでしたが」

「その男は、いまどこに?」

 俺の問いに、鬼司は力ない笑みを浮かべた。

「もうこの世におりません。いえ、あの世にさえおりませんが。天の怒りに触れて、存在ごと消し飛ばされたのです」

「じゃあ、あんたとあの子で、ここを支配してるのか?」

「正確には、支配権を争っている状態です。この数百年、ずっと」

「俺たちはその駒ってワケか」

「ええ」

 じつに素直に教えてくれるものだ。


 ナミがまたジタバタと暴れ出した。

「でもその女はフラれたの! だからあたしが支配者なの!」

「口を縫い付けて欲しいのですか?」

「待って! 静かにするから!」

 戦えば、一瞬で決着がつきそうな気もするが。


 鬼司はやれやれとばかりにかぶりを振った。

「はじめは姉が妻として迎えられたのです。しかし不貞が発覚し、醜い志許売に変えられてしまい……。代わりに私が妻となりました。しかし男は、私だけでは満足しませんでした。次々と女たちに手を出し、ついにはナミにまで……」

「かわいいからね! 仕方ないね!」

 吊られた状態でよくそんなことが言える。

 顔のよさだけで乗り切ってきたタイプかもしれない。


 鬼司は溜め息だ。

「ナミの進言により、私は離縁を申し渡されることとなりました。ですがその離縁の日が来る前に、男は天に罰せられ……。以降、この状態に」

「ほかの女たちは?」

「とうのむかしに無盡原を出ました。いまここに残っているのは、私とナミだけ」

 つまりは地獄の痴話ゲンカってわけだ。


 佐藤みずきが目を細めた。

「じゃあなんなの? 私たちは、あなたたちの権力争いのために、寿命を削って無償奉仕してるってこと?」

 俺も無償奉仕には慣れているが、あらためて言われるとクソみたいな状況だな。

 鬼司はしばし沈黙したが、やがて静かにうなずいた。

「ええ。しかし結果として、ゴーストが人の世に出る可能性があるのは事実。もしこれを誰も止めなければ、人の世に災いが降りかかりましょう」

「え、じゃあご褒美は? あれもウソ?」

「ウソではありませんよ。課題を達成した鬼道師には、願いを叶える権利が与えられます。なんでもというわけにはいきませんが……」


 すると佐藤みずきは、なぜか俺を睨みつけてきた。

「冬木さん、あなたの願いはなんなの?」

「なんだよ急に」

「言いなさい」

「まだ決めてないよ」

 世界を滅ぼすことも、鬼司と結婚することも、どちらも拒否されてしまったからな。いま代案を検討中だ。

 佐藤みずきはまだ睨んでいる。

「なんなんだよ。そういう君はどうなんだ?」

「悪い人間を殺す」

「そいつは立派だな。応援するよ。だからもう俺には依頼しないでくれよ」

「死ね」

 返事が怖いんだよなぁ。


 彼女は、今度は鬼司に向き直った。

「願いはいつ叶うの? 課題の達成ってなに?」

「あなたが、あなた自身のニュークリアスと出会ったときに」

「あの肉塊のことよね? いつ会えるの?」

「それはあの子の気分次第でしょうね」

 この言葉が出た瞬間、俺は次の展開を予想できた。


 佐藤みずきはハサミを拾い上げ、ナミの顔に近づけた。

「次は私の核を出しなさい? いい?」

「出す出す! 出すからいじめないで!」

「もしウソをついたら、思いつく限りの方法であなたを傷つける」

「ウソなんてつかない! あたし生まれてからいままでウソついたことないもん!」

 もっとも信用ならないセリフが出た。


 だが、佐藤みずきはハサミをひっこめた。

 代わりに、そっとナミの頬をなでた。

「いい子ね。約束よ?」

「うんうん! 約束! えへへ……」

 いちおう鬼のはずだが、縛られてしまえば、人間に命乞いもするというわけだ。


 俺は佐藤みずきからハサミを取り上げた。

「で、本題は? 鬼司さんに聞きたいことがあったんだろ?」

 この問いに、彼女はにまぁっと不気味な笑みを見せた。

「もういい」

「え、いい?」

「いつ願いが叶うか聞きたかっただけだから。もう完全に把握できた」

「そう。ならよかった」

 俺たちはそろそろ撤収してもよさそうだな。


 鬼司も愉快そうに目を細めている。

「せっかくいらしたのですから、こちらで夕餉ゆうげでもいかがです? そろそろ釜の湯も煮えたころでしょうし」

 その釜は、いったいなにに使う予定だったんだ。

 ナミも不安そうにキョロキョロしている。

 ちゃんとした料理ならいいのだが……。


(続く)

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