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The World Savers  作者: 不覚たん
救世編
1/32

The Ghost Is Here

 分かってる。

 分かってる。

 たぶん分かってる。


 自分がなにをしているのか、よく分かってる。


「数が多すぎるって! あんたも見てないで手伝ってよ!」

「言うだけムダだ。俺たちだけでやるぞ」

「ムカツク!」


 善が悪と戦っている。

 あるいは悪が善と戦っている。

 あるいは何者でもない存在が、何者でもない存在と戦っている。


 選ばれた戦士たち。

 頑張れば英雄になれる。

 もし興味さえあれば。


 俺は「仲間たち」の戦いぶりを、ただぼうっと眺めていた。

 彼らは、迫りくる無数の「ゴースト」たちを、それぞれの武器で派手に切り裂いている。

 右へ行ったり左へ行ったり。


 虚ろな白い空。

 乾いた大地が延々と広がっている。

 ここは無盡原ムジンハラ

 この世とあの世の狭間。


 異界の「悪」が現世になだれ込んでこないよう、こうしてゴーストの駆除をする必要があるらしい。

 頑張れば褒美もあるのだとか。


 俺は……しかし興味を持てなかった。

 いや、興味を持たないようにしていた、というのが正しいか。

 褒美のために暴れるなんて、俺の目指す人間の姿じゃない。


「右! 抜かれそう!」

「任せて」


 しがない会社員の俺。

 自称「正義のヒーロー」の少女。

 忍者みたいな格好のおじさん。

 むかしいじめてた女。

 よりによってこんなメンバーだ。


 三人とも頑張ってゴーストと戦っている。

 青白い半透明の、人型のぬぼーっとしたヤツだ。動きは遅いが、触れると侵蝕される。侵蝕というのは……まあ死に近づくことだ。だから武器を振り回して殺さないといけない。


 もし俺たちが作戦を失敗するとどうなるか。

 ゴーストが現世へ入り込み、触れた人間を次々と死へいざなうのだとか。


 俺は、べつにそうなってもいい。

 まあ止めてもいい。

 どっちでもいい。


 誰が人選したのか知らないが、この俺を選んだということは、まあそういうことになる。

 俺がやらなくとも、どうせ残りの三人が勝手にやる。


 だけど俺は聞きたいよ。

 みんな、本気で世界を救いたいと思っているのか?

 楽しいのか?

 褒美が欲しいだけか?


 ひとつだけ、可能な限り、願いをかなえるという。

 可能な限り、というのがどのくらいかは分からないが。


 案内役とかいう女に、俺は尋ねたことがあった。

「もし世界を滅ぼしたいと言ったら?」

 すると彼女は暗い顔にかすかな笑みを浮かべ、こう応じた。

「不可能よ」


 そう。

 不可能だ。

 この程度の約束もできない相手のために、世界を救うなんて。


 甲高い悲鳴があがった。

 少女がゴーストに腕をつかまれたのだ。それを忍者のおじさんが急いで救い、別の女がカバーに入った。

 いいチームワークだ。

 連携してピンチに対応している。


 ときおり吹き抜ける風が体温を奪ってゆく。

 体温というか、命まで奪われそうな冷たい風だ。


 ここの空気は乾燥している。

 太陽もあるのかないのか分からない。

 人の生きられる環境じゃない。


 ただ、ところどころに草木がある。

 この場に似つかわしい、おどろおどろしいシルエットの、立ち枯れした木々。

 いかにも人の血をすすって育つような木だ。


 ジャーンと銅鑼の音が鳴った。

 二度、三度。


 誰が鳴らしているのかは不明だが、これがゴーストたちの帰りの合図となる。

 現世へのゲートを目指していた半透明の連中が、足を止め、向きを変え、ぞろぞろと引き返してゆく。

 これにて勤務時間終了。


「大丈夫だった?」

「うん。ちょっとつかまれただけだから」

「なにかあったらすぐ言ってね?」

 女同士で慰め合っている。

 忍者のおじさんも心配そうに見守っている。


 みんな、たまにこちらを見る。

 けどなにも言ってこない。

 俺が非協力的な傍観者であることを、もう受け入れたのだろう。


 *


 巨石を積んだだけの門を抜けると、やがて広間に出る。

 板の間というか、だだっ広い木造の道場みたいな場所だ。等間隔に置かれた箱型の照明が、室内をうっすらと照らしている。


 ここでは食事が供される。

 悪に打ち勝った英雄たちに、好き放題飲み食いさせてやろうというのだ。

 もちろん俺も食う。

 戦っていないからといって遠慮することはない。時給だって、仕事の内容ではなく、拘束時間に対して支払われるものだ。


 一人にひとつ膳があり、座布団が敷かれている。

 俺は腰をおろした。


 案内役の女――鬼司おにつかさが待っていた。

「ご苦労さまでした。どうぞお召し上がりください」

 長い黒髪をばさと伸ばした白装束の女。

 眉を引き、お歯黒にしている。

 もしなんらの説明もなければ、彼女をゴーストだと勘違いしてもおかしくない。

 ただ、びっくりするほど美人だった。


 俺は特に断りもなく、箸をとり、椀のフタをとって味噌汁をすすった。

 コクのある白味噌。塩分は控えめ。じつに「品のいい」味付けだ。まあこれは皮肉だが。


「いかがでした?」

 鬼司の問いは、戦っていない俺へも向けられていた。

 差別しないのが彼女のいいところだ。

 だが、味噌汁の感想しか答えられない俺が口を開いても、「仲間たち」の機嫌を損ねるだけだろう。ここは沈黙が一番。


 少女がかすかに溜め息をついた。

「一瞬、腕をつかまれちゃって……」

 名前は……たしか高橋なんとか。みんなからは高橋さんと呼ばれている。俺も呼ぶ機会があったらそう呼ぶ。


 鬼司は心配そうに目を細めた。

「それは大変でしたね。のちほど沐浴なさってください。さすれば身も清められるでしょう」

 なにが「清められるでしょう」だ。

 風呂に入ったくらいで死を遠ざけられるなら、誰だって苦労しない。


 *


 せっかく湯を沸かしてもらったので、俺も沐浴した。

 戦いもせず、メシを食い、風呂を浴び、そして帰るというわけだ。


 入浴後、俺は広間に戻って酒をもらうことにした。

 ついではくれないが、鬼司は徳利をつけてくれる。特に会話はない。が、俺が飲み終わるまで彼女はじっと座っている。

 きっとこの世のものではないのだろう。

 飽きもせず闇溜まりを見つめている。

 もし互いに気を遣おうとすれば、これは息の詰まる空気になっていたかもしれない。だが、俺は気にしないし、彼女も気にした様子はなかった。

 たとえば駅のホームで、ただ居合わせているだけの他人。存在を気にしなくていい相手。景色の一部だ。


 俺は猪口なんか使わず、徳利からそのまま飲む。あまみのあるどぶろく。やわらかな口当たりだが、いつの間にか回っている。

 意味もなく自分を酔わせるだけの時間。

 いったいなにがしたいのか、自分でも分からない。


 ふと、身支度を済ませた「仲間」の女が近づいてきた。

 佐藤みずき。

 歳は俺のひとつ下のはずだから、二十五ってところか。

 あまり長くない髪をポニーテールにしている。ガキのころはぶちゃむくれていた気がするが、いまは十人並みの容姿になっている。


「なに飲んでるの?」

 帰る前にちょっと世間話でも、といった態度。

 笑顔ではない。だが、無表情でもない。気を遣う必要のない相手への、ただの呼びかけ。


 俺はつい反射的に体の向きを変えた。

「酒だよ」

「おいしい?」

「まあまあだな」

「ふぅん」

 一秒でも早く立ち去って欲しい。

 この女は怖い。


 しかし彼女は、まったく立ち去る様子を見せなかった。

 立ったままこちらを見下ろしている。

「これ」

 バッグをあさり、なにかを投げ渡してきた。

 誰もキャッチしなかったから、それは床へ落ちた。キャッシュカードだ。

 俺が黙っていると、彼女はこう言葉を続けた。

「私の全財産。暗証番号は誕生日」

「やらないって言ったろ」

「ウソつき。あなたはこう言ったはずよ。『やってやるから全財産よこせ』って」

 言った。


 *


 幼少期、俺は彼女をいじめていた。

 後ろからいきなり攻撃して、痛いかどうかを確認していたのだ。何度も泣かせた。

 彼女は小学校にあがるころ、よそへ引っ越した。だから二十年近く会っていなかった。


 学生時代、彼女のクラスメイトがいじめにあっていたらしい。

 卒業するまでは耐えたのだが、就職してすぐに自ら命を絶ったのだとか。


 佐藤みずきは、俺が幼馴染だということに気づくや、こう話を持ち掛けてきた。

「あの子を追い詰めたヤツらを殺して欲しいの」

 だから俺はこう尋ねた。

「俺になんの得があるんだ?」

 このときまでは余裕だった。

 条件を出せば、黙ると思ったからだ。


 だが、彼女は黙らなかった。

「あなたはきっと私に謝罪したいでしょ? でも謝罪なんてされても嬉しくないから、代わりに手を汚して欲しいの。もちろんタダとは言わない。できる限りのことはする」

 幼いころ、俺が彼女を蹴っていたのは事実だ。

 まだ謝罪さえしていないが。

 だがそれでも、代わりに人を殺す理由にはならない。


 俺はまた黙らせようと思い、こう応じた。

「そうかよ。いいぜ。やってやる。やってやるから全財産よこせ。それが条件だ」

 そのとき彼女は、返事もせず向こうへ行ってしまった。

 追い払えたと思った。

 なのに、本当に全財産を差し出してくるとは……。


 *


 俺はなんとか咳払いをした。

「俺の思想信条は前に説明したよな?」

「ジ・オーダー」

「そう、秩序。世界にはそれが必要だ」

 すると佐藤みずきが、ガシャンと膳を蹴飛ばした。

 徳利は手に持っていたので、特に被害はなかったが。

「動物が秩序なんて言葉を口にしないで……」

 怒っているふうはない。

 ただの威嚇なのだろう。こういう、静かに怒りをコントロールしているヤツは怖い。

「君も動物だろう」

「面倒な定義の話をするつもりはないの。あなたが口先だけの卑怯なウソつきなのか、それ以外なのか、それだけ教えて」

 その質問には秒で答えられる。

「見ての通り。口先だけの卑怯なウソつきだ」

 カードを拾い、スッと差し出した。

 すると彼女はそのカードをふんだくるように回収して、広間を出て行ってしまった。


 今度という今度こそ、気まずい雰囲気になった。

 それでも酒は飲む。

 たいして好きでもない酒を。


「なあ、鬼司さんよ」

「はい?」

 顔をこちらへ向けるだけでも、動きのしなやかさが分かる。

「さっきの、どう思う? 人を殺せってさ」

「人の世のことは、人がなさればよろしいでしょう。どうぞご自由に」

「ありがとう。参考になったよ」

 どうでもいいんだな。


 だが、だったらひとつ疑問がある。

 ゴーストと戦い、現世を守るのが俺たちの使命だという。

 それが為されたとして、鬼司になにかメリットがあるのだろうか?

 人の世のことなんてどうでもいいのに。


 俺は酒を一口やり、こう続けた。

「ところで、どっちに勝って欲しいんです? 人間側と、ゴースト側と。あなたの率直な感想を聞いてみたいな」

 すると彼女はうっすらと微笑み、口の隙間からお歯黒を見せた。

「もちろん人間側でございます」

「理由は?」

「知らぬが仏……」

 袖で口元を覆ってくすくすと笑った。


 ハナから怪しいのは分かっていた。

 おそらく、バカ正直にこいつの駒として働いたところで、好ましい結末になるとは限らない。


 ゴーストが悪で、人間が善だと、誰が決めたのだ。


(続く)

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