蜂針
花と蝶の舞い踊る世界。
風は響き、歌は弾む。
遠く夢見た理想の森羅。
そこに人の善性はなく、自然の理があるのみ。
幸福は我が手の内にしかなく、人は我しかいない。
群体としての獣性は消え、我もまた獣と等しくある。
弄ぶほどの権威はなく、愛するほどの権利もない。
指に止まる蝶に感謝を述べるのみ。
しかしながら、我が憎悪はかの忌々しき羽音に向かう。
危険な音色。踊り、飛び、刺し殺す殺意の塊。
生命を脅かす勝ち気な翅。
たかが指先ほどの存在に脅かされる屈辱に、我は腹が立っていた。
存在は指先ほど、脅威はその指先のまた末端だけ。
自由と支配を司る蜂。
死と殲滅を手繰る毒針。
どうしてくれようかと、我をその夥しきまなこで見つめる。
生かそうか、殺そうか。
奴はそんな気まぐれを起こしてるようにすら見える。
霊長たる人間を推し量ろうとは。
権利はなくとも、権威はなくとも、人としての我が傲慢なれども我を押し上げる。
潰そう。
危険は討って然るべき。
はたき落としては、泥をかけ、その上から踏み潰す。
あの忌々しき羽音も今は泥濘の下、死後の世界へと埋まる。
何が毒虫か。
何が危険か。
悶え苦しみながら死ぬのは貴様の方だ。
朝も晩も、我の花畑に飛び散る悪しき針め。
ここを誰の花園と心得るか。
祭儀の踊りを苛烈に踊るようにかけた泥を踏み鳴らして、我は命を殺す。
殺す。
殺す。
殺す。
虫の音は泥の怒りの中に絶えた。
音を奏でるのも我のみとなった。
風と雨と我だけが歌を歌う。
日に照らされて、泥に塗れた手を蒼天に翳す。
指指の間から漏れる光に瞼を思わず閉じる。
足の裏から痛みが現れた。
思わず足をひっくり返してみる。
泥に塗れた足の裏。
ちっぽけな毒針が刺さってた。




