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不思議不可思議短編集

蜂針

掲載日:2021/08/05


 花と蝶の舞い踊る世界。


 風は響き、歌は弾む。


 遠く夢見た理想の森羅。



 そこに人の善性はなく、自然の理があるのみ。


 幸福は我が手の内にしかなく、人は我しかいない。



 群体としての獣性は消え、我もまた獣と等しくある。



 弄ぶほどの権威はなく、愛するほどの権利もない。



 指に止まる蝶に感謝を述べるのみ。



 しかしながら、我が憎悪はかの忌々しき羽音に向かう。

 


 危険な音色。踊り、飛び、刺し殺す殺意の塊。


 生命を脅かす勝ち気な翅。



 たかが指先ほどの存在に脅かされる屈辱に、我は腹が立っていた。



 存在は指先ほど、脅威はその指先のまた末端だけ。


 

 自由と支配を司る蜂。


 死と殲滅を手繰る毒針。



 どうしてくれようかと、我をその夥しきまなこで見つめる。


 生かそうか、殺そうか。


 奴はそんな気まぐれを起こしてるようにすら見える。



 霊長たる人間を推し量ろうとは。


 権利はなくとも、権威はなくとも、人としての我が傲慢なれども我を押し上げる。



 潰そう。


 危険は討って然るべき。



 はたき落としては、泥をかけ、その上から踏み潰す。



 あの忌々しき羽音も今は泥濘の下、死後の世界へと埋まる。



 何が毒虫か。


 何が危険か。



 悶え苦しみながら死ぬのは貴様の方だ。


 朝も晩も、我の花畑に飛び散る悪しき針め。



 ここを誰の花園と心得るか。



 祭儀の踊りを苛烈に踊るようにかけた泥を踏み鳴らして、我は命を殺す。



 殺す。


 殺す。


 殺す。



 虫の音は泥の怒りの中に絶えた。


 音を奏でるのも我のみとなった。



 風と雨と我だけが歌を歌う。



 日に照らされて、泥に塗れた手を蒼天に翳す。


 指指の間から漏れる光に瞼を思わず閉じる。



 足の裏から痛みが現れた。


 思わず足をひっくり返してみる。



 泥に塗れた足の裏。


 ちっぽけな毒針が刺さってた。


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