12 水落衣に視えた明日の様子
一方の紳士クンは、およそ十分の間水落衣に熱い眼差しで見つめられ、
熱湯風呂につかっているかのごとく、全身が熱くほてっていた。
水落衣の眼差しは時間を経るごとに熱を帯び、
今や恋する乙女のように情熱的になり、このままキスでもされそうな勢いである。
(ま、まさか、本当にそんな事にはならないよね?
水落衣さんは真剣に練習に取り組んでいるから、
無意識にこんなにも顔を近づけてくるだけだよね?)
紳士クンは自分にそう言い聞かせてみるものの、
実際問題水落衣と紳士クンの唇同士の距離はもはや十センチを切っていて、
それは更に少しずつ近づいているように思えた。
なのでとうとうこらえきれなくなった紳士クンは、
水落衣の両肩に手を置いてその細身の体を押し返し、
顔をそむけながらこう切り出した。
「きょ、今日はもうこのくらいでいいんじゃない?
水落衣さんも充分力のコントロールはできているみたいだし」
すると水落衣はサクランボのように火照った頬でにわかに息をはずませながら、
少しばかり残念そうに
「そう、ですか・・・・・・」
と呟いて一旦引き下がったが、再びグイッと紳士クンに顔を寄せてこう言った。
「なら、今度は乙子さんの少しだけ先の未来を覗いてみてもいいですか?
相手の近い未来や遠い未来を意識的にコントロールして視る練習も、
もっとしておきたいので!」
「えぇ?ま、まぁ、少しだけ先の未来なら、いいけど・・・・・・」
「なら、乙子さんの明日の様子を、少しだけ視させていただきますね」
水落衣はそう言うと、また熱い眼差しで紳士クンの瞳の中を覗き込む。
それに対して紳士クンは、恥ずかしさで目をそらしたいのを何とかこらえながら、
水落衣の瞳を見詰め返す。
と、それから十秒も経たないうちに、
何かしら視えた様子の水落衣は急に青ざめた顔になり、
やにわにベンチから立ち上がり、二、三歩後ずさる。
「え、ど、どうしたの?」
紳士クンが目を丸くして尋ねると、
水落衣は両腕で自分の体を抱きしめるようにし、
にわかに声を震わせながら声を漏らした。
「乙子さんが、数多の男の人や女の人と、
くんずほぐれつの乱痴気騒ぎをしていました・・・・・・」
「えぇっ?ら、乱痴気騒ぎ?それってどういう・・・・・・」
と、紳士クンが更に詳しく聞こうとすると、水落衣は
「乙子さん、破廉恥です!」
と叫び、踵を返して走り出す。
それを見た紳士クンは
「ちょ、待ってよ水落衣さん!」
と呼び止めたものの、
水落衣は立ち止まる素振りすら見せずにそのまま走り去ってしまった。
そしてそれを見た香子も、
「どうしたの水落衣ちゃん!待ってぇ~っ!」
と叫びながら、水落衣の後を追って走り去って行く。
紳士クンはそんな二人の後姿を眺めながら、
「な、何なの、一体・・・・・・」
と呟きながら、呆然とそこに佇む事しかできなかった。




