3 今日は真子の用事
「まったく、乙子にも静香お姉様にも予定があるんだから、
そんなの当たり前じゃないの。
それに今回は私が乙子に用事があって来たんだから、尚は引っ込んでて」
「はい・・・・・・」
真子にピシャッとそう言われ、素直に引き下がる尚。
屋敷では尚がお嬢様で真子がメイドという関係を知っている紳士クンにとって、
そのやり取りは何とも奇妙なものに見えたが、
それは口に出さず、紳士クンは真子に尋ねる。
「真子さんが僕に用事だなんて珍しいですね。一体どうしたんですか?」
すると真子は尚に聞こえないくらいの小声でボソッと、
しかし限りなくその声に力を込めて紳士クンに言った。
「敬語とか要らないから」
「え?あ、うん」
真子の言葉に気圧されるように頷いた紳士クンは、改めて問い直す。
「僕に用事って、何?」
それに対し、表情は相変わらず無愛想なものの、幾分気を良くした様子の真子は、
コホンとわざとらしい咳払いをしてこう切り出した。
「実はね、次の授業が古文なんだけど、うっかり教科書を忘れちゃって。
あんた持ってない?」
「あぁ、持ってるよ。えぇと・・・・・・」
と、紳士クンは自分の机を見やったものの、
両手と小脇に抱えた世界史の資料に気が付き、
一瞬どうしたものかと困った表情を浮かべた。
と、その時、困っている人を感知すると放ってはおけない、
クラス委員長の日都好子が、実にさり気なく、
かつ絶妙のタイミングで紳士クンに声をかけてきた。
「乙子さん、その資料、私が返して来ます。
乙子さんはそちらのお友達に、古文の教科書を貸してあげて下さい」
「え、でも、悪いよ。それにこれ、結構重たいよ?」
「大丈夫です。この前のおばあさまのリュックよりは、数段軽いですから」
申し訳なさそうな紳士クンの気持ちを和らげるような笑顔でそう返し、
世界史の資料を受け取った好子は、意気揚々(いきようよう)と教室を出て行った。
「とても、親切なご友人ですのね」
尚の心からの言葉に、紳士クンも心からこう返す。
「はい、とても親切な友達です」
すると焦れたように真子が再び口を挟んだ。
「で、教科書を貸してくれるの?くんないの?」
「ああ、そうだったね、今、取って来るよ」
紳士クンはそう言うと、小走りに教壇を下り、自分の席へと向かった。




