29 悪魔の条件
しかしこの状況では物理的にも精神的にも、
紳士クンは太刀の腕の中から逃れる事はできそうにない。
そしてそれを傍で眺めていた好子も、太刀のその研ぎ澄まされた迫力に、
助け舟を出す事ができなかった。
そんな中太刀は、唇の端をわずかに歪め、あたかも悪魔がそうするように、
紳士クンの耳元でそっと囁いた。
「だが、この場でお前だけを遅刻者扱いにするほど、私も悪魔じゃない」
(絵面的には悪魔みたいだけど・・・・・・)
というツッコミを入れたい衝動に駆られた紳士クンだったが、
それを何とか喉の奥でこらえていると、
太刀は悪魔の囁きのような調子でこう続ける。
「もし、私が今から言う条件を飲めば、
ここは日都好子と同じように、見逃してやってもいい」
「じょ、条件って、何ですか?」
紳士クンがそう尋ね、ゴクリと唾を飲むと、
太刀は好子にも聞こえない程に声を潜めて言葉を続けた。
「次の月曜日の放課後、私は生徒会執行部を率いて、
とある事件を解決する為の作戦を実行しようと計画している。
そして乙子にも、その作戦を手伝って欲しいのだ。
これは下手をすれば命にかかわるかもしれない程に危険な作戦なのだが、
やってくれるか?」
「え、あの、命にかかわるほど危険な作戦って何なんですか?」
聞き捨てならないキーワードを聞き取った紳士クンは改めてそう尋ねたが、
太刀は問答無用に
「そうか、やってくれるか。それでは詳しい事は次の月曜日の昼休みに話す。
なのでここでの遅刻の件は見逃してやる。二人とも、もう行っていいぞ」
と言い、紳士クンの肩に回していた腕を解き、その手で紳士クンの腰をポンと押した。
それに対して紳士クンはもう少し詳しく説明を聞きたい所だったが、
早く行かないと朝のホームルームに間に合わないので、
「は、はい・・・・・・」
と煮え切らない返事をし、好子とともに校舎へ向かって走り出した。




