26 道草を食べたばかりに
その太刀は、いつにも増した鋭い眼光で紳士クンを見下ろし、
喉笛をかき切られてしまうのかと思わせられるような鋭い口調で口を開いた。
「残念だが、時間切れだ。勢いに任せて突っ切ろうとしたのは見上げた根性だが、
そんな事で私の木刀をかいくぐれるなど、思わない事だな」
それに対して紳士クンは、太刀の怒りを何とか和らげようと下手な作り笑いを浮かべ、
その怒りの矛先を少しでも他へ向けようとこう返す。
「あ、あはは、そんな訳、ないじゃないですか。
そ、それより、今日は木比篠先生は、御一緒じゃないんですね」
「木比篠先生は早朝の職員会議に出席されているから、
今日は私一人で遅刻者の取り締まりを行っていたんだ」
紳士クンの狙いが功を奏したのかどうかは分からないが、
太刀は紳士クンのお腹にめり込ませていた木刀を背中にしまってそう言い、
左手に持っていたクリップボードの遅刻者名簿のプリントに、
紳士クンの名前(ここでは蓋垣乙子)を書き込みながら言った。
「それにしても、お前が遅刻とは珍しいな。
いつも撫子と一緒に早めの時間に登校しているのに」
「今日はちょっと、寝坊をしてしまって・・・・・・」
太刀の木刀から解放され、ホッとしながら紳士クンがそう言うと、
太刀が怖くて紳士クンの背後に身を隠していた好子が急に息を吹き返し、
ズイッと太刀の目の前に進み出て、声を張り上げた。
「違うんです!乙子さんは時間に余裕を持って学園へ向かっていたのに、
途中で私と一緒になって、私が通学路で色々と道草を食べてしまったばかりに、
乙子さんも巻き添えで学園に来るのが遅くなってしまったんです!
だからここは、乙子さんは見逃していただけませんでしょうか?
遅刻者としての罰は、私が受けますので!」
それを聞いた太刀はほのかに目を細め、口元に薄く笑みを浮かべてこう返す。
「ほう、遅刻をしたのは自分のせいだから、乙子は見逃して、
自分が二人分の罰を受けるというのか?
それは聖母様もさぞお喜びになりそうな、立派な自己犠牲の精神だな。
自分の友人を身を呈して庇うという姿勢は、私も嫌いではないぞ」
「そんな、大層な事ではありません・・・・・」
太刀の静かな迫力に、しぼんだ花のように言葉を途切れさせる好子。
しかしこれを好都合とばかりに、自分だけ助かろう等と考える紳士クンではないので、
好子の肩に手を置きながら声をかける。
「僕は自分で好子さんの道草に付き合ったんだから、
僕だけ見逃してもらうなんて、筋違いだよ。
それに好子さんは、色んな人の手助けをして遅刻しちゃったんだから、
聖母様もきっとそんなにお怒りにはならないと思うよ?」
「そう、でしょうか。ですが、自分のやりたい事を優先して、
大切な人に迷惑をかけてしまうのは、やっぱりよくないと思います・・・・・・」
好子が申し訳なさそうに紳士クンにそう返すと、
『好子』という名前に反応した太刀が、好子の顔を覗き込むようにして言った。
「好子・・・・・・もしかしてお前は、乙子と同じ一年菫組の、日都好子か?」




