9 令太と郁子
「ぼっちゃん、いかがいたしますか?」
不安そうに尋ねる世場守千庵に、令太は落ち着き払った声でこう返す。
「車を端に寄せて停めてくれ」
そして世場守千庵が車を車線の端に寄せて停車させると、
それを取り囲んだバイク達も車の前後にバイクを停車させ、
前方のバイクに乗っている郁子が、
左手で令太を招くようなジェスチャーを送って来た。
それを見た令太は険しい目つきをして呟いた。
「どうやらあいつは、俺に用があるらしいな」
「警察に通報しますか?それとも凄木家のSPに救援の手配を・・・・・・」
「いや、しなくていい。
下手な動きをすればお前にも危険が及ぶかもしれねぇ。
ここは俺が出て行く」
「しかし、こんな危なそうな輩に、ぼっちゃんを引き渡す訳にはいきませぬ!」
「確かに危なそうな奴らだが、こいつらがどういう意図でここにやって来たのか、
いささか心当たりはある」
「そ、そうなのですか?」
「ああそうだ。だからお前は俺を降ろしたら、素知らぬ顔をして屋敷に戻れ。
大事にするつもりはねぇから、これは口外無用だ。
用事が済んだらまた連絡するから、その時また迎えに来てくれ」
令太はそこまで言うと、後部座席のドアを開けて外の歩道へと進み出た。
その背中に世場守千庵が
「ぼっちゃん、どうかご無事で」
と声をかけ、令太は頷いてそのドアを閉めた。
そしてバイクを降りて令太の前に立ちはだかった人物を鋭く睨みつけ、
敵意を込めた声色で言った。
「俺に何か用かよ?」
それに対して郁子はヘルメットを取り、何処か嬉しそうな笑みを浮かべてこう返す。
「話に聞いてた通り、凄木令の妹様は、男を凌ぐほどのはねっ返りだねぇ。
これじゃあアタイの方が何ぼかおしとやかなくらいだ」
「俺の事を知っているならいちいち自己紹介する必要はねぇな。
で、お前は一体誰なんだ?」
「アタイはあんたの通う学園の界隈を縄張りにしている、
烈怒刃威悪憐主のリーダーの羽馬郁子だ。以後夜露死苦」
「誰がお前みてぇなヤンキー女と夜露死苦やるかよバカ野郎。
それより今すぐその邪魔なバイクをどけろよ。俺は今から行く所があるんだよ」
「知ってるよ。あんたが歪んだ恋心を抱くお友達の所だろ?
だがあいにくそれはお断りだ。
アタイらはある男に頼まれて、今日一日あんたを、
適当な場所に閉じ込めておく事になってんだ」
「ある男ってのは、伴兆太郎の事だろ?」
「それはあんたのご想像に任せるさ」
「それで俺をここで足止めして、
自分は蓋垣との距離を一気に縮めようって魂胆か。
いかにもあのホモ野郎らしいコスイ考えだな」
そのコスイ考えで、令太も伴兆太郎と全く同じ事をやっているのだが、
そんな事はハシゴでも持って来なければ届かないような高さの棚に上げ、
拳の関節をボキボキ鳴らしながらこう言った。
「分かってると思うけどよ、
俺はどうしても蓋垣の家に行かなきゃならねぇんだ。
それを邪魔するんなら、例えお前が暴走族のリーダーだろうと、
張り倒してここをまかり通るまでだ」
それに対して郁子は首をすくめ、おどけるようにこう返す。
「おお怖い怖い。
男勝りって言葉は、あんたみたいな女の為にあるんだろうね。
けど、そんな脅しでアタイがビビると思うなよ?
ここであんたとタイマン張ってもいいが、今日の目的はそれじゃない。
大人しくアタイらについて来てもらうよ」




