本を読むのも一苦労
「…で、お前が噂の救世主か。思ったより平凡以下の見た目だな。」
ウェステリアの王、グラッドは俺を輸送する飛行艇の中でそんなことを言う。
「おい、救世主に対してすっごい失礼だな。俺、仮にもサンレイドをどう纏めるか托されているんだよ?」
「だからどうした?王たる者、如何なる相手にも弱いところを見せるわけには行かないだろう。国の中にだって俺のやり方を嫌っている奴はいるだろう。王はな、弱みを見せた途端に狙われるものなんだ。だから俺は弱そうな姿は見せない。それが例えこの世界の命運を握る救世主であろうとな。さ、そろそろウェステリアに到着するぞ。」
グラッドが指を指すと、黒紫のでっかい十字架が特徴の建物が見えてきた。
「おっ、ちゃんと迎えが来てくれていたか。」
グラッドが安心した顔を見せていると、飛行艇は無事に着陸し、俺は衛兵に囲われながら降ろされる。
「救世主、確かレイとか言ったな?紹介する、国立図書館の司書長、シャドウだ。」
グラッドが俺に紹介したのは仏頂面で眼鏡を掛けた無愛想な女だった。
「初めまして、ボクは司書長のシャドウ。よろしく。」
そして、予想通り無愛想な挨拶をしてきた。
「おう、俺は風通零だ。宜しく頼むぜ、シャドウ!」
俺は挨拶のお手本のように明るく挨拶をする。
「…そう。キミを案内するのがボクの仕事。こっちに来て。」
シャドウは淡々と話し、俺は戸惑う。
「さ、早くシャドウについていけ。」
戸惑っている俺のことを察したグラッドはシャドウについていくように言ってくれる。噂より優しい王様じゃん。
「サンキュー!」
「さんきゅう?なんだそれ?」
「ありがとうって意味だ!」
俺はグラッドに感謝の意を示してシャドウの向かった国立図書館に向かった。
「遅かったね。」
国立図書館に入った俺に対してシャドウは一言言った。
「気遣いありがとう。」
俺も大人げなく言い返す。
「ああ、ここにある本は自由に読んでくれ。」
「分かった。遠慮無く読ませてもらうぜ。」
「いいけど、傷つけるのだけは勘弁願うよ。」
「大丈夫、俺は本は大切にする主義だからな。」
俺は近くにあった本を適当に取って読もうとするが、なんて書いてあるか全然分からなくて読めない!普通、言語翻訳って書物にも対応するだろ!
「なあ、この本ってなんて書かれているんだ?」
「ん?そうか、キミはこことは別の世界から来たんだったか。こうやって会話はできるのに、文字は読めないのかい?」
「ああ、言語翻訳があるから読めると思っていたら、文字に関しては言語翻訳の対象外らしくて、本が読めないんだ。」
「なるほどね。しかし困ったものだ。ここには本ぐらいしかないからね。」
本当に困ったものだ。そう思っていると、新しいスキルが解放される。どうせ大したスキルじゃないだろうけど、一応どんなスキルか確認してみるか。
『一致半壊
効果:解読不能な文字が読めるようになる。』
一応、スキルの詳細を見る限りでは使えるスキルっぽいけど、今までのことを考えるとどうせ致命的な欠陥があるんだろう。とりあえずスキルを発動してみる。すると、書いてあった文字が日本語に翻訳されて読めるようになる。ええ~と、なになに?『相手に存在しない事柄の証明を要求することは、外交において国民性を疑われるため、極めて非効率的ではあるが、個人での会話で使う際には嫌がらせとして機能する。』ってこれ、悪魔の証明に関する本かよ!
「ほう、哲学書に興味があるのかい?」
シャドウは目を輝かせながら聞いてくる。
「まあ、専ら嫌がらせに使うために覚えているだけだけどな。」
「そうか。哲学は真剣に読むと奥が深くて楽しいものだよ。例えばこの『死への探求-ストレリア-』なんて素晴らしいものだよ。高等な知性を持つ生物は数多にいるけれど、自ら死について調べ、探求してしまう、そして最終的には本能の中にある『生きていたい』と『早く死んで楽になりたい』が混ざり合う様、これを追い求めると何時間でも没頭できてしまうよ。」
「なるほど、俺達の世界のデストルドーに該当するものがこの世界にもあるのか。ただ、やっぱりスキルに致命的な欠点があったな。」
そう、確かに文字は読めるようになった。だが、独自の単語は翻訳されない。結局、誰かに聞かないと分からない。
「ん?スキルの欠点とはどうしたんだ?」
「ああ、なんとか本の文法が分かるようになったんだが、単語が分からないままだ。」
「そうか。それなら、キミにはこの本をあげよう。」
シャドウは3,000頁はあるであろう本を俺の前に出してきた。
「なんだ、これは?」
「それは諸国文明録。この世界の様々な単語、固有名詞が記された辞典だ。」
「なるほど、俺達の世界で言うところの広辞苑か。」
「それを読んで、見識を広げるといい。」
「そうだな。これがあれば、読書に困らなそうだな。とりあえず、まずはこの世界の哲学について調べてみるか。」
「どうだい?キミも興味があるならこの国に居る間に突き詰めるといい。」
シャドウの目は俺達の世界にいるバイオレンスとエロスの描写が激しいなんかダイナミックなプロダクションと合作で作品を作りそうな漫画家の描くグルグルとした目玉みたいになっていた。もしかして、シャドウって結構ヤバい性格だった?俺はそんなことを思いながら正義論に関する本を手に取り、読み始めた。