第二話 昇級任務
「はぁはぁ……す、すみません」
「惜しいな、あとすこしで店を閉めるところだったのに」
溜息交じりではあるが、初老の鍛冶職人は対応してくれた。
「それで、どうした? 修理か? 点検か?」
「これ……見てもらえますか」
息を整えつつ、ホルスターから魔銃を抜いて手渡す。
「魔導金属の純度が低いみたいなんです」
「純度が? どれ、見てみよう。ついてきな」
急に顔つきが険しくなり、職人は奥へと入っていく。
それのあとをついて向かうと、熱気に包まれた鍛冶工房につく。
職人は道具の散乱した作業机を腕一本で乱暴にスペースを作ると、魔銃を金槌で軽く小突く。
甲高い音が工房に響き渡り、職人の表情がしかめっ面になった。
「……たしかに、こいつは酷いな」
「今のでわかったんですか?」
「あぁ、音を聞けば大体わかる。こいつは酷い混ざりもんだ」
「やっぱり!」
円華が言っていたように、魔導金属の純度が低かったみたいだ。
「まさか、まさかだな……」
この半年、適正のない武器の訓練を必死にやっていたなんて。
なんてことだ。
「……よし、ちょっと待ってな」
工房を抜けて隣の部屋に向かうと、すぐに戻ってくる。
職人が持ってきたのは、一つの水槽。
それは銀色の液体で満たされていて、一目で液体の魔導金属だとわかった。
「高純度の魔導金属だ。この俺が保証する。こいつで本当の得物を造りな」
「ありがとうございます……ちなみに幾らくらいかかりますか?」
「はっはっは、心配するな。不運なお前さんから金は取らねぇよ。代わりにその不良品の出所を教えてくれ。金はそっちに請求するからよ」
「はは、わかりました。じゃあ、遠慮無く」
水槽に手を翳す。
高純度の液体魔導金属に魔力が浸透し、俺に相応しい形状へと変化する。
それは液体金属の水面から浮かび上がり、その姿を見せる。
独特の波紋、濡れたような刃、反りのある刀身、それは銃とはまったく違う形状の日本刀だった。
「これが本当の……」
俺の適正武器。
「よし、いま鍔と柄を着けてやる」
作業机の引き出しから鍔と柄の部品が取り出され、手早く取り付けられる。
出来上がった刀を受け取り、その刀身に目を奪われる。
「良い出来だ。研ぐ必要もない」
刀身を眺めていると職人のお墨付きをもらう。
「これならデビルハンターを続けられるかも」
不思議と手に馴染むその刀を、職人にもらった鞘に納める。
それから礼を言って、俺が最初に魔銃を造った工房を職人に教えた。
「ありがとうございました」
「あぁ、切れ味が悪くなったらうちに来い。昼間にな」
鍛冶屋を後にし、帯刀したまま帰路に付く。
「よかったねぇ、やっぱり可笑しかったんだよ」
「あぁ、そうみたいだな。まさか、まさかだ」
魔銃が適正武器じゃなかったなんて。
まだすこし妙な気分がしている。
本当は夢じゃないかと思うほどだ。
「あ、そうだ。折角だから試し切りしようよ! 近くに公園もあるし、ゴーレム出したげるからさ。決まり! ほら、行こ!」
「お、おい、ひっぱるなって」
手を引かれて公園へと向かい、円華が杖でゴーレムを召喚する。
地面に魔法陣が描かれ、無骨なデザインの巨人が立ち上がった。
「怪我しないようにねー」
円華の合図でゴーレムが動き出す。
どっしりとした力強い動きでゆっくりと近づいてくる。
俺もそれに合わせて地面を蹴り、鞘から刀を引き抜いた。
抜き身の刀身を思うがままに構えて駆け、ゴーレムの間合いへと飛び込む。
煉瓦を互い違いに連結させた巨大な拳が握り締められ、身を仰け反るような大振りで殴打が繰り出される。
それを躱して懐へと跳び込み、背後に振動を感じながら握り締めた刀を振るう。
一閃となって駆け抜けた剣撃が、ゴーレムを袈裟斬りに両断する。
上半身と下半身が離れて、二つの大きなガラクタになった。
「わーお」
塵になって消えていくゴーレムを見て、円華から驚いたような声が出る。
「召喚したのかなり硬めの奴だったんだけどなー」
「花を持たせてくれたんじゃないのか?」
やけにあっさり斬れたけど。
「違うよ、何度も打ち込めたほうがいいと思って。でも、まさか真っ二つとはねー」
そう良いながら円華は杖を一振りして、消えかけのゴーレムを掻き消した。
「尊人の今後が楽しみ」
「楽しみか……」
夜空に刀身を翳して月を二等分にする。
月光を受けて鈍色に輝く刃は、より美しく見えた。
「賭けてみるか」
ラストチャンスまであと一週間。
どうやっても付け焼き刃にしかならないけど、当たらない魔銃で挑むよりマシのはず。
この一振りに人生を賭けよう。
それだけの手応えはあった。
「でも、今日のところは帰ろう。もう遅い」
「だね」
納刀して公園をあとにし、帰路につく。
「感謝してよねー」
「あぁ、今度またなにか料理を振る舞うよ」
「やった、なににしようかなー」
それから俺は剣を扱うための訓練に勤しんだ。
§
デビルハンターが利用する訓練場の一つである剣術訓練場は俗に道場と呼ばれている。
伝統を重んじる古き良き木造建築が由来だとか。
俺は昇級任務までの六日間をこの道場と共に過ごした。
「おい、見ろよ。あれ」
「あれ? あいつがどうかした? 見ない顔だけど」
「知らねぇの? ほら、万年五級の」
「あー、あの。ん? なんで道場にいんの?」
悪い意味で有名人な俺が道場に顔を出せば奇異の目で見られるのは明らかだった。
それでも恥を忍ぶしかない。
「よう! ついに射撃場を追い出されたのか!?」
「そりゃ、しょうがねーよな! あんな下手くそじゃあ!」
当然のように馬鹿にされたし、ちょっかいを掛けられた。
「ほら、差し入れだ!」
リンゴを投げられたこともある。
刀で貫いて受け止めたけど。
「どうも」
嫌がらせのリンゴを囓って、ずっと刀を振るい続けた。
一太刀ごとに感覚が研ぎ澄まされ、刀が不思議と手に馴染む。
そんな奇妙な手応えを感じながらも、瞬く間に昇級任務の時が来る。
「――悪いけど、キミとは一緒に行動できない」
だと言うのに現地について早々、仲間に見捨てられた。
「お前の評判は聞いてる。当然悪い奴な」
「最近、得物を変えたみたいだけど、付け焼き刃だろ? それ」
「すまないな。こっちも昇級が掛かってる。あんたみたいに万年五級って馬鹿にされるのはごめんだ」
好き放題言って、彼らは俺を置いていってしまった。
「はぁ……まぁ、しようがない」
これまでの自分の行いが招いた当然の結果だ。
心が泣きそうだが、涙を流している余裕はない。
「よし、行くか」
一人でも行くしかない。
大丈夫、俺ならやれる。
そう言い聞かせて、俺も止めていた足を動かした。