夢で逢えたら~眠ることで理想の異世界に行って死にかけた村を復興する~
■だから嫌なんだ
『バキッ』
僕が殴られる音だ。
僕、田中太陽は、めがねのいじめられっ子だ。
何をしたってわけじゃないのに、高校になってもいじめがあるとは・・・
僕がやり返さないからか・・・
同じクラスの数人と目が合えば殴られる日々。
授業が始まる前、休み時間、放課後、ここら辺は毎日。
体育の着替え、移動教室、教師の目が届かないところで「いじめ」というか、もはや暴行が繰り返されている。
学校に行く時間も分単位でギリギリに合わせているし、休み時間になったらトイレに逃げるようにしている。
それでも、そうそう逃げられるものじゃない。
父親はいないので、母親と二人暮らしの母子家庭。
だから、一人息子の僕がいじめられっ子だと知ったら、きっと母さんは悲しむ。
教師にも誰にも知られるわけにはいかないのだ。
教科書は落書きされ、ノートは破られ、上靴はゴミ箱に捨てられる。
これらは痛くなかったけれど、心は痛かった。
こんな日々がいつまで続くのか・・・
『バキッ』
「オラオラ!ジャブ、ジャブ、フック!」
僕をいじめる「スズキ」の今の流行はボクシングらしい。
テレビか何かで見て影響されのかもしれない。
まったく、いい迷惑だ。
クラスで入学した当初は仲良くしていた友達からも話しかけられない。
女子たちも僕を『かわいそうな人』と言う目で見ている。
情けない・・・
いつも思う。
「ここじゃないどこか」に行きたい・・・
自分で言うのも何だけど、僕は負け犬だった・・・
そう、あの時までは。
■夢の扉
その日の夜、早目に床に就いた。
少しでも早くこのリアルから逃避して、良い夢を見たかったのだ。
僕はずっと誰かに頼られるような存在になりたかった・・・
そんなことを考えながら眠りについた・・・
・・・
そこは、山の中だった。
知らない山を歩いていた。
すると、茂みから何かが飛び出してきた。
反射的に手で薙ぎ払ったら、その物体は地面に打ち付けられた。
そこには、絶命したウサギがいた。
そのウサギの頭には、角が生えている。
ウサギって角が生えていたっけ!?
近づいてみたら、ウサギは見事に絶命していて、口から血が出ているのが生々しい。
無意識とはいえ、生き物を殺めてしまった罪悪感がすさまじい。
『テレレテッテー』
頭の中に聞き覚えのある音が響いた。
視界の中央に『レベルが上がりました』と表示されている。
続いて、右上にステータスが表示された。
『レベル:23』
「レベル23って!」
・・・
そこで、目が覚めた。
「レベルが上がりました」って!
夢だし!
異世界だし!
最近、ラノベをよく読んでいるからだろうか。
それとも、RPGもののゲームをよくやっているからだろうか。
思いっきり影響された夢を見てしまった・・・
それにしても、夢の中では強かった。
角ウサギ(勝手に命名)を殴って倒すとか・・・
ただ、生々しい!
口から血が出てたし。
そして、今日も同じ日々が始まる。
母さんは、もう仕事に出ているのでいない。
僕はいつものように、パンを食べて、コーヒーを飲んで、学校に出かけた。
■第2夜
帰宅後、すぐに部屋着に着替えて思った、今日は、2回しか殴られなかった。
割と良い日だった。
ゲームをして、ラノベを読んで、ちょっとだけ宿題をして、気づけば夜の12時。
僕はのそのそと布団に入った。
そう言えば、昨日の夢は面白かった。
今日もまた続きが見れたらいいな。
そんなことを思いながら眠りについた・・・
・・・
あり得ないことに、磔にされた少女が目の前で上下逆さまになって僕の目の前にいる。
少女とはバッチリ目が合ってしまった。
ものすごく怯えているのだけは分かる。
「あ・・・あの・・・あなた様が山の神様でしょうか・・・?」
「え?山の神?ち、違うけど・・・それより、大丈夫?」
少女は致命傷とまではいかないが、傷だらけだった。
金髪ロングで白い肌に、特徴的と言えば耳がとがっている。
エルフだ。
僕は少女に近づき、縛られた手や足の紐を解いてやった。
「いけません!私は人身御供なのですから。」
「ヒトミゴクウ?・・・ああ、生贄のこと?」
「キャー!後ろ!!たすけてー!」
縄を解かれて自由になった少女が急に悲鳴を上げた。
僕は反射的に振り返った。
『ドゴーン!』
振り返った時の僕の裏拳が何かに当たって吹き飛んだ。
昨日の角ウサギ(仮)と同じパターンだ。
ただ違ったのは、大きかった。
地面に転がっているそれは、大きくて真っ黒なドラゴンだった。
『テレレテッテー』
視界の中央に『レベルが上がりました』と表示されている。
昨日と全く同じパターンだな。
『レベル:568』
「レベル568って!」
「ひいい!お助けくださいっっ!!」
少女は小さくなって、ものすごく怯えている。
そりゃあな、僕は血まみれだし、ドラゴンは大きいし。
びっくりしたのだろう。
「大丈夫ですよ。ケガはありませんか?」
出来るだけ落ち着いた声で少女に話しかけた。
「あ、あ、あ・・・」
エルフの少女は完全に腰を抜かしていた。
なんか傷つくな・・・
あんまりなので、手を貸してあげた。
脚がガクガクなりながらもエルフの少女は立ち上がった。
なんかかわいいな。
エルフ少女はこの山の中でなぜか露出が異常に高い服を着ているので、目のやり場に困る。
僕は上着を少女にかけてあげた。
「よかったら・・・」
「あ、ありがとうございます。」
僕はもう一度ドラゴンの方を見たら、『ドラゴンの屍を収納しますか?(Y/N)』
ドラゴンの屍?
ああ、ドラゴンの死体か。
収納って・・・ストレージか。
「Y」っと。
目の前から黒く大きなドラゴンが消えた。
どこかで売れるのかな?
でも、死骸だし・・・
「あの・・・」
今度は少女から話しかけられた。
「はい?」
「あのドラゴンは、山の神様・・・だったのでしょうか?」
「どうだろう?僕も初めて見たし・・・」
「そうだったのですか。でも、とにかく、ありがとうございました!」
ああ、結果的にこの少女を助けたことになるのか。
僕があんな大きなドラゴンを倒せるわけがない。
この少女に「助けて」って言われたからじゃないかな。
待てよ?
と、言うことは、このエルフの少女神様!?
そう言えば、さっき神様がどうとかって言っていた。
この少女に言われたら、僕でもドラゴンを倒せると言う・・・
改めてみたら、このエルフの少女巫女服みたいなものを着ている。
「あの、きみは・・・」
エルフの少女がかかとをそろえ、キリリとして答えた。
「私はビスト村の巫女、エルルです。」
かわいい名前じゃないか。
「あの・・・よかったのでしょうか?(山の神様である)ドラゴン(を倒してしまって)・・・」
「ああ、(ドロップアイテムみたいだし収納できたから)大丈夫だよ。」
「分かりました!村にご案内します!」
???
どんな超展開!?
よく分からないが、案内してくれると言うのならば、着いて行こうか。
少女についていくと、割と離れた村に連れていかれた。
村の入口では、別の少女がいた。
『ガラン・・・くわん、くわん、くわん、くわくわくわくわ・・・』
村の入口の少女が持っているものを全て落とした。
洗濯でもしていたのだろうか、たらいや布のようなものだった。
「エルル!」
「ビスコ!」
2人の少女はひしっっと抱き合っている。
すごく良い場面に出くわしていることだけは分かるけれど、事情はさっぱり分からない。
■エルルの場合
エルルは、村に帰るとビスコに付き添われて、村長のところに行っていた。
「ビ、ビスコ!?どうしてここに・・・やっぱり、山の神様のことが恐ろしくて、戻ってきたのか・・・、それとも、受け入れられなかったのか・・・」
「ち、違います!あの、一緒に来てくれた男の子が山の神様を倒してしまわれたんです!」
「や、山の神様を!?」
「そうなんです!それで、開放してくれて、村まで送ってくださいました。」
「つまり、山の神様よりも上位の神様という事か・・・」
「やっぱり、村長様もそう思いますか!?」
「念のため、山の神様を倒してしまっても大丈夫かお尋ねしたのですが、『大丈夫です』と言ってくださいました。」
「そうか、この村に新しい神様をお迎えしたという事じゃな。」
「丁重におもてなししないといかんのじゃ。」
「丁重におもてなししないといけませんね。」
■太陽の場合
そんな話がされていることなんて、全く知りもしない太陽は、ビスコと呼ばれていた少女と、村長の建物の前で待っていた。
ちらり、ちらりとビスコを見ると、その・・・ケモミミなのだ。
もっふもふなのだ。
犬かな?狐かな?尖った耳が頭上に2つあった。
人間の耳の位置は、髪の毛で隠れてしまっているので見えない。
尻尾も付いている。
付いているだけではなく、動いている。
単なるコスプレとは違うのだ。
「あの・・・何でしょうか?」
ケモミミ少女ビスコから声をかけられた。
もふもふのしっぽは垂れている。
緊張しているのかな?
「あ、すいません・・・その・・・耳が珍しくて・・・」
「ビースト族・・・獣人族は初めてですか?」
「獣人族って言うんだ・・・」
「はい、ここは獣人族の村ですよ。」
「え?さっきの彼女はエルフだったと思うんですけど・・・」
「そうですね、彼女は特別です。」
「やっぱりね!(他人に力を与える)特別な力があるんだよね!」
「(巫女として)そうなんです。」
僕にドラゴンが倒せるわけがない。
この世界では、ドラゴンレベルだと雑魚と言うことも考えたけど、あのエルフの子の力だったんだな。
「あ、エルル出てきたみたいです。」
エルルとは、さっきのエルフの子の名前だよな。
エルルは、年配のケモミミ男性と共に建物から出てきた。
ちなみに、僕が貸した上着の上にマントみたいなものを羽織っていて、露出は抑え気味になっていた。
二人が近くに来ると、地面にひれ伏した。
僕とビスコがびっくりしていると、ビスコも習ってひれ伏した。
なに?なに!?何なの!?
「竜殺し様!山の神様からエルルをお守りいただいたとのことで、誠にありがとうございました!」
またまた~。
エルルさんの力だって知っているくせに、そこに、たまたまいた僕なのに、すごくお礼を言われてしまっている(汗)
あと、なんか物騒な名前で呼ばれたような・・・気のせいだよね?
「いやいや~。」
慣れない待遇に僕はテンパっていた。
村長さんは顔をあげて、続けた。
「そ、それで、この村の飢饉については・・・」
ききん?
あ、飢饉か。
改めて村を見渡してみると、閑散としている。
村長も村人もガリガリだ。
家だったら小麦粉を大量買いしたばっかりだったからあげられるのに・・・
そんなことを考えながら、ポケットをまさぐった。
あ、そう言えば、ストレージ!
ストレージを見ると、小麦粉が見えた。
あ、あるんだ。
特売で買った小麦粉1㎏の袋が2つでてきた。
あと、今朝冷蔵庫で見た食材もいくつか出てきたので、全部村に献上した。
あと、ドラゴンの死体があったな。
ドラゴンって食べられるのかな?
とりえず、ドラゴンの死体も出してみた。
村長も、少女2人も地面に座り込むほど驚いていた。
「そ、村長!山の神様を戴くわけには・・・」
「じゃが、竜殺し様が食べて良いとおっしゃっておられるわけじゃから、お断りするのは返って失礼・・・」
「たしかに!」
なんだか、3人でこそこそ話していたみたいだけど、その日はドラゴンをさばいて料理をふるまってくれたのだった。
残ったドラゴンはストレージに戻して保存してあげた。
この村の人は、とにかく良い人ばかりで見知らぬ僕のために、色々な料理を出してくれた。
メインはドラゴンの肉料理だったけど、それ以外にもいろいろな料理を出してくれた。
全部で50人くらいだろうか、村の中央の広場での大宴会だった。
冒険者っぽくて良いね!
お客さんだからか、僕が一番前で左右に、村長さんとエルルさんが座っている。
僕の前にはとても食べきれないほどの料理が並べられていた。
「それでは、竜殺し様、召し上がったください。」
村長さんが僕に横から言ってくれた。
「すごいごちそうをありがとうございます。」
僕は、いただきます、と言いながら目の前の骨付き肉に手を伸ばし、一口食べた。
うまいな!
調味料が塩しかないけど、それでも美味しい。
ドラゴンってこんな味なんだ。
豚とも牛とも違うけど、これはこれでありだな。
気づいたら、村人がみんなこちらを見ている。
そんなに見られたら食べにくいじゃないか・・・
「皆さんもご一緒に・・・(食べるんですよね?)」
「「「わー!!!」」」
村人から一斉に歓声が起こり、みんなも食べ始めた。
お客さんがまず一口食べる的な?
村独特の風習かもしれない。
なんだか訳が分からないまま、出された料理を楽しんだ。
お腹いっぱいになったのもあるし、出された飲み物を飲んでから急に眠たくなってしまった。
疲れていたのかな。
僕は、村の宴会の途中で寝てしまったみたいだ。
■すっきりした目覚め
今日は、珍しくぱっちりと目が覚めた。
良く寝られたのかもしれない。
我ながら呆れるほどご都合主義な夢だった。
何の力もない僕が巫女様の力を借りて裏拳でドラゴンを倒すなんて!
ニヤニヤしてしまう。
夢なのにニヤニヤして、我ながら気持ち悪い。
でも、いい夢だった。
僕がドラゴンを倒して、エルフを助けて、豪勢な料理を振る舞ってもらえるなんて!
あれ?
今日は色々変だった。
身体が軽い。
質の良い睡眠とは人をこうも快適にするものなのか。
学校まで走っていきたいくらいの気持ちの軽さもあった。
めがねの度数も合わなくなったみたいで、かけると頭がくらくらする。
ない方が良いくらいだ。
ただ、クラスに近づくにつれ、気持ちに黒い靄が戻ってきた。
僕は、いじめられっ子だった。
「スズキ」は机の上に座って、後ろのやつと話している。
僕がクラスに入ってきたのに気付くと、スズキがまっすぐ僕の席に向かってきた。
先生!
早く教室に来てほしい!
「田中~、めがねやめたのかよ~」
スズキはそう言いながら、右手はもうこぶしを作っているし、殴る態勢で近づいてきている。
もう、理由も何もなしかよ。
右のこぶしが!
右の・・・こぶしが・・・
右の・・・
あれ?
スズキのこぶしはゆっくりだ。
言うならば、スローモーション?
今日は、そういう遊びなのか?
あまりに遅いので、スズキのこぶしをひょいと避けた。
この日は、『スローモーションの日』らしい。
スズキは、次々スローモーションパンチを繰り出す、僕は全部避けた。
殴られるよりは随分いい。
きっと、当てたら急に早くしたり、力を入れたりして、痛いはずだ。
ちょっと気になるのは、今日は、クラスのメンバーが集まってきていた。
なに?
スローモーションは昨日何かテレビなんかであったのか!?
今日のスズキのお楽しみは、このスローモーションらしくて、教科書を隠したり、ノートに落書きされたりはしなかったので、被害は少なく、僕的には良い日だった。
僕は少しウキウキしながらネット検索で食料を探していた。
母さんの職場で食料が余っているって話だった。
「フードロス」ってやつだろう。
まだ食べられるのに、廃棄するらしい。
廃棄する費用がかかってしょうがない、と言う話を聞いた。
そんな食材でも、あの村に届けられたら飢饉なんて回避できるのに・・・
■明晰夢と連続夢
自分で夢の中で夢だと気づいている夢のことを明晰夢と言うらしい。
僕の夢は完全にこれだった。
思っている以上にご都合主義で、僕にとって良いことばかりだ。
まあ、僕の夢なのだから、夢の中くらい良いか。
ただ、連夜夢の続きを見ているけれど、「夢の続き」と言うのは言葉がないらしい。
ググっても出てこない。
そこで、僕は「連続夢」と呼ぶことにした。
今日も僕は今日も「連続夢」を期待して眠りについた。
・・・
目が覚めたらあの村だった。
あの宴会の翌日と言う感じ。
僕が寝ている広場にも何人か寝ている。
夜を徹しての宴会と言う感じだったのだろう。
そうだ、ストレージ!
僕はストレージを見た。
ある!
ネットで検索したあの食材がある!
僕は食材を出してみた。
「ああ、竜殺し様!その食材は!」
村長さんが横で驚いていた。
「あ、この村で使ってください。まだあるんで、食料庫みたいなものがあれば、そこで出しますよ。」
「おおお!ありがとうございます。」
村長の家の裏に小屋があった。
そこが食料庫になっているみたいだった。
中を見たけど、ほとんど空だった。
確かに、飢饉だと言っていた。
では、僕をもてなしてくれた料理たちは、なけなしの食材を使って・・・
何とも言えない感動で僕は内部から震えてしまった。
持ってきた食材を出そう。
ただ、僕が持ってきた食材は、ここには入りきらないみたいだ。
小麦粉、乾燥パスタ、ビーフジャーキー、などの食材、塩、胡椒、マヨネーズ、ケチャップ、これら調味料は出した。
缶詰、レトルトパウチ食品、インスタント食品は説明が必要そうだったので、今回はやめておいた。
すごいな。
僕が見たものだったらストレージに入っているんだ。
さすが夢の中。
さすが明晰夢。
その後、エルルが村を案内してくれた。
村は50人くらいの小さな村だった。
村は柵などで囲われていない。
外敵になるようなものがいないのだろうか。
山々は比較的近い。
エルルが人身御供に出されていたあの山も。
不自然に木が少なく、いわゆる、はげ山に近い。
各家の作りは木造造りが基本みたいだ。
僕らで言う、ログハウスに近いような構造だ。
窓にガラスはない。
障子や壁紙みたいなものはないようなので、日本とは根本的に文化が違うのは分かった。
さすが異世界。
「あの・・・エルルさん・・・」
「いえいえいえ!私など『エルル』と呼び捨てにされてください!」
そんな~、僕にあんなすごい力を与えることができるのに。
村長さんには秘密なのかな?
僕は忖度して『エルル』と呼ばせてもらうことにした。
彼女も立場があるだろうから。
僕だってクラスで「太陽さん」なんて呼ばれたら、困ってしまう。
僕はいつも「田中」なのだ。
「エルル、この村の飢饉について教えてください。」
「はい、この村は・・・」
エルルが教えてくれたこの村の問題は、大きく分けて3つ。
1つは、気性が荒い神様である『山の神様』だ。
毎年、大洪水か大干ばつを村によこすのだそうだ。
今年は、大洪水の後に、大干ばつがあって食料が枯渇したのだそうだ。
日本でも、大雨災害はある。
でも、国土がある程度広いので、別の地域から食材を融通したりすることができるので、食べられなくてどうにかなる、という事はない。
この村では村人のほとんどが、ガリガリになるほど疲弊していた。
『山の神』自体は、エルルの力によって僕が裏拳で倒してしまった。
ただ、僕の考えが正しければ、大洪水や大干ばつはあの黒いドラゴンが原因ではないと思われる。
2つ目は、病気だ。
村には病気が流行っているらしい。
山の神様の祟りと言っていた。
嘔吐や発熱、血を吐いたりする奇病が流行っているらしい。
僕は医者じゃないから、この問題への対応は難しそうだ。
3つ目は、この飢饉だ。
村人の痩せ具合を見るとその深刻さはすごく伝わる。
よく宴会を開いてくれたもんだ。
幸い僕にはストレージがある。
日本で見たものを出すことができる。
当面の課題はこの飢餓だろう。
村人を見る限り待ったなしだ。
この日の僕は、炊き出しをすることにした。
宴会の食事は僕にとっては食べきれないほどの量だった。
でも、村人50人で食べるとしたら全然足りない。
飢餓対策とお礼として炊き出しからのスタートだ。
「エルル、手伝ってくれませんか?」
「はい、もちろんです!竜殺し様!」
「そのニックネームはやめてよ。ぼくは、たな・・・太陽、僕の名前は太陽だよ。」
「はい、太陽様!」
『様』は、付くんだ・・・まあいいか。
村長さんの家から大きな鍋を出してもらった。
そこに、ジャガイモの皮をむいて入れていく。
このジャガイモは芽が出ている。
「ちょっと出ている」どころか、もうちょっと芽が育っている。
ジャガイモは、芽が出ると市場にはでない。
ジャガイモの芽や根には、ソラニンとかカコニンとかって毒があるらしい。
芽と根を落とせば問題ないが、そのまま食べたら吐き気や下痢があるとのこと。
免疫力が下がっているであろう、この村の人たちでは、何かしらの問題が起きてしまうかもしれない。
だから、芽と根は丁寧に切り落とした。
エルルにも注意するように言って、カットしていった。
ニンジンは不格好になっている物ばかりだった。
二股になったり、小さかったり、大きかったり・・・
日本ではJAでの規格があり、そこから外れたものは市場にでない。
味は変わらないので、皮をむいてカットしてしまえば何の問題もない。
肉はドラゴンの肉を出した。
ドラゴンは首としっぽが長いの全長で言えば、25m以上だろう。
食べるところがたくさんあるので、しばらく村人は肉に困ることはないだろう。
これまで干ばつや洪水で苦しめてきたとされていたんだ、今度は村人のために貢献してもらってもばちは当たらない。
水は、村の水を使うのをやめた。
村には井戸があったが、水が茶色いのだ。
この水が身体によくないことは素人の僕でも分かった。
だから僕はペットボトルの水を使った。
水はそもそも賞味期限がない。
だけど、水の賞味期限は2年という事になっている。
これは水が悪くなったりする訳ではなく、蒸発したりして量が減るかもしれないからという事だった。
『2L』と書いている物には、当然2L入っているわけだけど、当然誤差がある。
その誤差から外れたものは違法になってしまう。
だから、水にも賞味期限が設定されている。
ちなみに、通販サイトで賞味期限切れの水を探すと安く出ているので僕もよく買っていた。
消化を良くするため、具は小さめにして、よく火が入るようにして、よく煮込んだ上でシチューの元を入れた。
シチューの元は、賞味期限の2/3が過ぎるとそもそも店頭に並ばない。
メーカーに返されたりして廃棄される。
ちなみに、賞味期限とは美味しく食べられる期間のことで、それを過ぎると風味が落ちるだけで食べられなくなるわけじゃない。
僕が使っているものは、賞味期限内のもの。
だから、普通に食べても風味が落ちている訳じゃない。
でも、賞味期限が1/3以下だから市場からは消えるものだ。
器は各家から持ち寄ってもらい、村のみんなにシチューを振る舞った。
みんな喜んで食べてくれている。
子供たちにも人気だ。
「これはなんて言う料理ですか?竜殺し様!」
「シチューだよ。あと、僕のことは太陽って呼んでください。」
「こんなに肉や野菜がたくさん入った料理、久しぶりに食べました!竜殺し様!」
「そりゃあ、良かったよ。あと、僕のことは太陽って呼んでください。」
「竜殺し様は、お料理も出来るんですね!すごいです。」
「まあ、簡単な料理だけね。あと、僕のことは太陽って呼んでください。」
「竜殺しさまー!ありがとうございますー!」
「・・・太陽・・・」
村人は大人だけじゃなく、子供も気軽に話しかけてくれる。
良い村だな。
でも、みんな口々に僕のことを『竜殺し』なんて物騒なニックネームで呼ぶ・・・(涙)
僕たちシチューを食べていたら、エルルから話しかけられた。
「太陽様、こんなに手の込んだ料理をこうも短時間で作るのは魔法ですか?」
そうか、この世界の人は「シチューの元」を知らないのか。
シチューの元もコンソメも使わない場合、この料理を作るとしたら数時間かかるだろう。
シチューの元を使えば、30分もかからない。
エルルには色々知っておいてもらった方が良いだろう。
「これを使ったんだ。」
「これは何ですか?」
「シチューの元なんだ。野菜を煮た後にこれを入れるだけですぐにシチューになるんです。」
「これは・・・神の国の食べ物ですね!」
神の国って・・・日本を説明するのは難しい。
まあ、それでいいや。
僕は村長にこの村の食糧事情を改善させる約束をした。
この村にしばらく留まることになるので、エルルの家に寝泊まりさせてもらうことになった。
最初は、若い女の子がいる家なんて・・・と思ったけど、客人があったときに身の回りの世話をすることを想定して、エルルの家は大きくなっているらしい。
旅館みたいなものだと理解した。
部屋に通されると急に眠気が襲ってきた。
幸い部屋はベッドがある。
勝手に布団の部屋を考えていたので良かった。
「ごめん、エルル。僕は眠くなったので、休ませてもら・・うよ・・・」
「分かりました。ゆっくり、おくつろぎください。」
その声を聞くや否やベッドに滑り込むと僕はすぐに眠りについた・・・
■続くいじめと少しの変化
目が覚めた。
見知らぬ天井ではなく、見知った天井、僕の家だ。
今日も母さんは既に仕事に出ているようだ。
たまに朝会えるのだけど・・・
異世界の夢は良いな。
なんか、目覚めた時、身体の調子がいい。
なんか空でも飛べそうだ。
「!!」
しまった、調子に乗っていつもより早い時間に学校に着きそう・・・
都合の悪いことに、前をスズキが歩いている。
僕は追いつかないようにスピードを緩めた。
交差点では、青信号に「間に合わないように」スピードを緩めた。
こんな生活嫌だ・・・
信号で青に「間に合ってしまいそう」になりスピードを緩める手段を考えているとき、スズキが後ろを振り返った。
しまった!
目があってしまった。
ところが、スズキはそのまま前を向いて歩いて行った。
ふー、よかった。
朝から、学校に着く前から、スズキに絡まれたのではかなわない。
クラスに着くと、案の定スズキが近寄ってきた。
せっかくアサイチの災難を回避できたと言うのに、教室にはいかないといけないと言う・・・
今日もまたスズキは殴ってきた。
そして、またスローモーションだ。
何だこの変な遊び。
周囲もすごくはやし立ててくる。
煽るなよ。
僕はこの変な遊びに付き合わないといけないのか・・・
スズキがゆっくりこぶしをぶつけてくる。
僕は避ける。
スズキが次のこぶしをふってくる。
当然避ける。
スズキは何か汗だくだ。
何この変な一生懸命。
ジャッキーチェンなのかな?
酔拳は酔えば酔うほど強くなり、その動きはしなやかで遅い。
そんな感じじゃないな。
僕としては殴られなければ痛くないし、まあいいけどさ。
そのうち、スズキの取り巻きヤマダに後ろから羽交い絞めされた。
両肩を後ろからおさえられては僕も避けられない。
スズキはニヤリとしながら近づいてきた。
でも、相変わらずスローモーション。
スズキは何がしたいんだ!?
僕は首だけで避けた。
スズキのこぶしは、ヤマダの顔に当たり、ヤマダは吹っ飛んだ。
あのスローモーションにそんな威力はないだろう。
何この茶番。
コントかな?
何この空気?
空気が硬直しているような・・・
僕は付き合い切れないから自分の席に戻って椅子に座った。
この変な遊びに僕はあとどれくらい付き合わされるのか・・・
まあ、殴られないから良いけど。
■補充する知識
この日は直接家に帰らず、ホームセンターに寄った。
夢の中の異世界では、僕は知っているものは出せるけど、逆に言うと、知らないものは出せない。
細い穴を深く掘る方法は・・・
色々あるらしい。
『穴掘り器』なんてそのまんまの名前の物もあるな。
スコップを2個向かい合わせにしたような、ハサミみたいなやつがあるとは。
これでどれくらいの深さまで掘れるのか・・・
その他、『オーガ』と言う木ねじのお化けみたいなものがある。
これは良さそうだ。ぐるぐる回せばオーガが地中に入っていく。
でも、これも1~2mくらいしか掘れないと思ったら、ある程度掘れた段階で延長できるらしい。
太い塩ビのパイプもいいな。
エンジン式でなければ、僕のお小遣いでも買えるくらいの物だった。
実際に買う訳じゃないけど、何か安心だ。
あと、ポンプ。
『手押しポンプ』とか言うらしい。
よく異世界ものの漫画で出てくる、いかにもっていう感じの物は鋳物でできたもので、割と高いみたいだ。
2万円~4万円くらいか。
ステンレスでできたシンプルなものは5000円くらい。
これならギリギリお小遣いの範囲。
無意識に僕は自分で買える範囲の物を探してしまっていた。
あと、見たものは、石鹸くらいか。
押すと泡が出るものが使いやすそうだ。
欲しいものは大体調べた。
価格帯も大体わかった。
■井戸掘りと病気
村の井戸の水を見ると、水は濁っていた。
こんな水を日常的に飲んでいたら病気になってしまう。
ネットで調べたら、大腸菌とかいるらしい。
下痢、激しい腹痛などの症状があったり、ひどい時には血便が出たりするらしい。
エルルから聞いたこの村の人の症状にも合致する。
濾したり、煮沸したり、色々な方法はあるだろうけど、そこまで気を使っている風でもなかった。
きれいな水を飲むようにするに越したことはないだろう。
井戸の中に棒を差し込んでみたけど、この井戸の深さは多分5mくらいしかない。
ネットで調べた感じでは、浅いところでも水は出るが「上水」とか言って、濁っている水らしい。
山も近いし、時々洪水になるくらいだ、地下に水は多いんだろう。
なまじ水が出る分、深く穴を掘らなかったのだと僕は考えた。
10mくらい掘るときれいな水になると言う不確かな情報を元に元の井戸のすぐ横に新しい穴を掘り始めた。
良いもんだな、労働は。
掘っていると横でエルルが見守ってくれるのは何だか嬉しいな。
きっとエルルの加護があるんだろうな。
土は固いと思ったけど、サクサク掘れる。
5mくらいのところで水が出てきた。
でも、僕はそこでやめなかった。
6m掘り、7m掘り・・・変わらない。
10m掘っても水は濁ったまま。
ネット情報は間違いだったかな。
確かに、場所によって深さは違うってことだったけど・・・
1m掘るのに10分くらいかかっている。
多分、エルルの加護がなく掘ったら10倍以上時間がかかるだろう。
エルルに見守られているのも、心地よいので頑張って掘り進める。
11m掘ってきれいな水が出ない場合・・・12mまで掘るだけだ。
・・・結局16mくらいまで掘り進めた。
ある程度水は出ているから、土は比較的やわらかいのかな。
そこできれいな水が出てきた。
あともう少しだけ掘ったところで、水の勢いが出てきた。
僕は塩ビパイプを埋めて、その中を掘り進めたのでそのパイプにつなぎ、固定してやれば完成だ。
「太陽様、これは?」
「あ、手押しポンプって言うんだ。こうやって、上から水を入れて・・・こう、こう」
僕はレバーを上下に動かして見せた。
そのうち水が出てきた。
「まあ!こんな簡単に!」
エルルが驚いた。
うん、異世界らしい反応。
嬉しいなぁ。
水は透き通ってきれいだ。
ただ、大腸菌などはいるかどうか分からない。
水は一度沸騰させてから使うように伝えよう。
あとは、石鹸だ。
プッシュ式の石鹸ボトルで、押せば泡が出る。
エルルにやって見せた。
「これはどんなに使うものですか?」
「料理の前や、食事の前、・・・外から家に帰ってきたときなんかかな。」
「手が汚れた時に使うものですか?」
僕が石鹸を使って手を洗っているので、そう思ったのだろう。
「見た目がきれいな時でも、洗うんだ。目に見えない汚れが病気の原因の一つなんだ。これで洗えば、見えない汚れも取れて、病気を防げるんだ。」
「見えない・・・汚れ・・・」
菌やウイルスを説明するのは難しそうだ。
ここはこれで納得してもらうしかない。
僕みたいなものが直接伝えるより、エルルと村長に「きれいな水」と「清潔手洗い」を徹底してもらうようにした方が村人も徹底してくれるはずだ。
大きな町などだったら、それも難しいだろうけど、村人は50人ほど。
1クラスの人数よりも少し多いだけだ。
井戸掘りの達成感と、井戸からちゃんときれいな水が出たと言う満足感で、僕は充実していた。
ドーパミンだか、エンドロフィンだか、ドパドパ出ているんだろう。
この村のために出来ることをしてあげたい。
そんなことを考えていたら、エルルは僕が出した道具を見ている。
「めずらしい?」
「はい、こんなに早く、あんなに深く穴が掘れるなんて・・・」
今の井戸も村の力自慢が掘ったのですが、あそこまでで道具が折れてしまうのと、届かなくなってしまうのとで、ギリギリだったのです。」
聞けば、木の道具で掘ったらしい。
確かに、木じゃあなぁ、逆によく頑張ったと言うレベルだ。
元々の井戸は直径2mくらいの大きさで掘り進めていた。
人間が5m下まで行けるようにして掘ったのだろう。
梯子みたいなもので戻ってくるとしても、ある程度の広さは必要だ。
掘った土を地上に上げるのにも大変だったろうし、数人で1週間とか2週間はかかる作業だったろう。
その上、穴が崩れないように穴の内側に石を積み重ねてある。
どれだけ時間がかかったのか・・・
僕が掘ったのは直径30cmくらい。
道具を使うことで細く深い穴を掘ることができた。
その上、エルルの加護か土が簡単に掘れた。
穴が崩れないように塩ビパイプを埋めた。
色々あって、たった1日で井戸ができた。
「やはり太陽様は、神様なのですね!」
「いやいや、これは僕が作ったわけじゃなくて、メーカーが・・・」
「めえかあ?道具の神様のお名前でしょうか・・・」
「まあ、そんなものかな。」
とにかく、僕の手柄ではない。
村の遠くで騒ぎが起きていることに気づいた。
「エルル、あれは?」
「さあ、何でしょう?」
「エルル様―!村のはずれに!!オークが!!」
僕たちは、走ってきた村人が指さす方向に走った。
すると、村のはずれの方に確かにオークが居る!
それも4匹、いや、5匹!
その瞬間だった、『カチッ』
僕の頭の中でスイッチが切り替わった音がした。
さっきまで暴れていたオークたちは、スピードがスローモーションになった。
あのスピードなら、僕でもなんとかなる!
何より、エルルの加護があるのだ!
僕は一番近いオークの5mは手前から飛び蹴りで1匹けり倒した。
僕の蹴りは、身長2mはあろうかと言うオークの顔を吹き飛ばし、身体の部分はけいれんしながら地面に打ち付けられている。
2匹目が斧を振りかざしていたが、このスピードなら脅威にはならない。
鳩尾部分にストレートを喰らわせたら、こぶしは肘のあたりまでめり込んでしまった。
急いで手を引き抜き、3匹目に向かう。
右側にいる3匹目は肘を振りかぶって顎部分を砕いた。
4匹目は固まっているので、拾った斧を頭めがけて投げ、5匹目は足払いをして倒し、上から正拳突きで頭をつぶした。
4匹目に視線を戻すと、斧は頭部に刺さって、倒れていた。
ここで、急に周囲の音が聞こえ始めた。
風の音、土の上を歩く音。
エルルが怯えた表情でこっちを見ているのも気づいた。
僕は手を見たら血まみれだ。
右手なんか血が滴っている・・・
こりゃあ、怯えるよな。
でも、エルルの加護があったから・・・
僕が少しうつむいていると、エルルが駆け寄ってきてくれた。
「太陽様!お怪我は!?ありがとうございます!村を救っていただき!」
「ああ、良いんだ。」
僕は恐ろしい対象になっているのか・・・
少し残念な気持ちがあった。
周りを見ると、村人が少しずつ集まってきている。
オークを倒したことが分かったみたいで集まってきている。
「あの、竜殺し様!オークの肉は・・・」
そうか、これも食料になるのか。
「捌いてみんなの食料にしてください。」
「「「わー!!!」」」
村人がわらわらと集まって、オークの血抜きをしている。
大きな包丁みたいなものや、斧みたいなものを持ち寄って、オークの首をはねて血抜きをしている。
うう、僕からしたらグロい・・・
でも、さっき僕もオークの首をはねた。
これは、この世界では生きていくために必要なことなのだ。
ん?そうなると、日常的にそういった光景を見ているエルルは、なぜそんなに怯えた表情をしていたのか?
「あの・・・エルル、ちょっと聞きにくいんだけど・・・」
「はい、なんでしょう?」
「さっき、えらく怯えた顔をしていたみたいだったけど・・・」
「え!?あ!すいません!」
エルルが1歩離れて90度のお辞儀をした。
「いやいやいやいや!そうじゃないんだ。謝ってほしいんじゃなくて、理由が知りたいんだ。」
「あの・・・、オークが居たと思ったら、さっきまで横にいらした太陽様が、次の瞬間にはもういらっしゃらずに、瞬きをする間に5匹ものオークを倒されてしまって・・・」
「瞬きをする間なんて大げさな・・・」
「いえ、あの動きは人では不可能です。太陽様は人間族のお姿ですが、人間族ではないのだと実感しました。」
え?だから、びっくりしていたってこと!?
それよりも、僕がオークを倒すのに数分はかかったはずだ。
瞬きをするのが数秒だとしたら、全然印象が違う。
!?
待てよ!
「あの・・・オークってゆっくり動いていたよね?」
「私程度では速いのか遅いのかは分かりませんでしたが、普通のオークの動きでした。」
しまった、「普通のオークの動き」のスピードが分からない。
「ゆっくりしていなかった?」
僕はスローモーションで斧を振りかざすゼスチャーをして見せた。
「全然そんなスピードではありませんでした!」
そうか。
ひとつわかった。
あの頭の中のスイッチだ。
あれが切り替わったら、相手はスローモーションになる。
いや、僕の知覚が速くてそう感じるだけかな。
僕がスピードアップしている。
『加速スイッチ』と名付けよう。
舌で奥歯のスイッチを動かしたりはしない。
僕が『戦闘モード』だと思った瞬間、自動的に切り替わるみたいだ。
おもしろい。
色々な発見がある。
連続夢は、段々慣れる。
どんどん僕の思い通りになる。
ついに、僕の思い以上に僕の思い通りだ。
また村の食料庫に肉が増えたし、食べきれなさそうな分は僕のストレージに納めたし、満足だ。
ここで眠気に襲われ始めた。
「エルル、ごめん、少し疲れたみたいだ。家に帰って休むよ。」
「はい、かしこまりました。お供します。」
■呼び出し
エルルの家で寝たと思ったら、僕は自分の家で目が覚めた。
何だか変な二重生活をしているような気分だ。
でも、身体はすごく休まっていて、気力も充実している。
学校に行くことだけが気がかりだ。
それ以外は良いのに・・・
そう言えば、めがねはもういらない感じだ。
これまでは一応持って行っていたけど、今日は置いて行こう。
荷物が減って都合がいい。
ただ、この日は朝から学校で嫌なことがあった。
朝からスズキに呼び出された。
それもトイレに。
嫌な予感しかしない。
スズキ、ヤマダのほかに全部で5人もいる。
「田中~、最近調子にのってるなぁ!」
完全な言いがかりだ。
スズキが僕の胸元をつかんだ瞬間、頭の中で『カチッ』と音がした。
加速装置のスイッチが切り替わった音だ。
スズキの右手のこぶしがスローモーションになった。
オークの様に身体を突き破ってしまわないように、手加減してスズキの鳩尾をアッパー気味に殴った。
次の瞬間トイレの床にスズキがのたうち回っている。
他の4人はおろおろしている。
ちゃんと周囲の音は聞こえる。
スイッチは戻ったみたいだ。
「僕に関わらないでほしいんだ。」
僕はそれだけ言い残して、教室に戻った。
あー、こわかった。
他の4人も殴ってきたら、どうしようかと思ったよ。
授業中は平和に過ごせたが、なんだか変な視線と空気を感じていた。
次の事件は、昼休みに起きた。
学食に行って定食を受け取った時だった。
席に向かって歩いているときに後ろから突き飛ばされた。
その瞬間『カチッ』
スイッチが切り替わった。
僕は既にトレイを手放していて、ごはん、味噌汁、から揚げの皿をこぼさずにキャッチするのは不可能だろう。
後ろにいたのは、やっぱりスズキだった。
僕は倒れる前にスズキの後頭部につかみ、床に落ちたごはん、味噌汁、そしてから揚げの上にたたきつけた。
「あちー!!」
出来立てだ。
熱かったのだろう。
僕は、転ばずに済んだけど、床の上にぶちまけられたごはんたちの上にスズキが顔面からダイブした形になっている。
これはひどい。
ご飯が食べられない人たちもいるのに、こんなことをするなんて・・・
かなりカチンと来ていたようだ。
スズキが起き上がる前に、僕はスズキの背後を取って、右腕を背中に回してひねり上げた。
「いたたたたた!わかった!ギブ!ギブ!」
スズキは無残な姿になったご飯たちの上で足をバタバタして暴れている。
「これ以上やるなら、不本意だけど腕を折るよ?」
スズキにだけ聞こえるように耳元で言った。
スズキは静かになった。
「自分でやったんだから、片付けといて。」
僕はそう言い残して定食の列に並び直した。
僕の定食代490円・・・(涙)
母さんが稼いでくれたお金でもらったお小遣いなので、490円でもすごい被害に思えた。
昼休みは居心地もよくないので、校庭の陰で一人で過ごした。
教室に戻った時には、スズキがジャージ姿でいた。
また何かされると思って、にらみつけたら、「ビクッ」としていた。
少しは脅しが効いてくれたのだろうか。
その後は何もされなかったので、僕はそそくさと学校を出た。
ただ、僕は、現実世界でも加速装置のスイッチが切り替わった事実に気づけないでいた。
まだこの時は。
■母の目
この日は、事前に約束していたので、母の職場を見学させてもらった。
母は食品を扱っている倉庫に勤めている。
「どうしたの?急にお母さんの職場が見たいだなんて。」
「フードロスに興味があって・・・」
「へー、そうなの。学校で習ってるのかしら。」
「まあね。」
「それよりも、太陽、あんた少しやせた?」
「そうかな?体重計ってないから分からないけど。」
「背も伸びたんじゃない?」
「さあ、身長を計る機会がないし・・・」
「なんか、引き締まった感じ?」
「そっか、別に運動もしてないけど。」
「あら、そうなの。運動を始めたからめがねをやめたのかと思ってた。」
「いや、なんか少しだけ視力が良くなってきたみたいなんだ。」
「あら、それはよかったわね。」
そんな親子の会話をしながら、職場の倉庫を見せてもらった。
もうね、倉庫っていうよりビル!
ビル全部が冷蔵庫だったり、冷凍庫になっているみたいだ。
部屋ごとに、海の物の冷凍物があったり、加工食品があったり、すごい量だ。
きれいに箱に入った状態できちんと倉庫の中で整理整頓された状態だが、賞味期限切れ問題で捨てられる食べ物がたくさんあることが分かった。
しかも、廃棄の業者が取りに来る瞬間まで冷蔵とか冷凍とかを維持するので、電気代もかかっているらしい。
僕からしたら、食べればいいのにって思うけど、そうもいかないんだろうなぁ。
■魔法の食べ物
まだ数日だけど、村では飲み水の煮沸消毒と石鹸の使用が習慣づいてきているようだった。
食べ物も小麦粉なんかは普通に使ってくれるようになっていた。
と、言うのも最初の内は真っ白の小麦粉が珍しいらしくて、もったいないと言っていた。
村の小麦粉を見ると、少し茶色だった。
小麦の表皮と胚芽部分を残したまま粉にしたもので、全粒粉と言うものになる。
日本では健康食品店などに売られていて割高だけど、この村の物は異物も入っているように見えた。
何でも日本の物が良いという訳でもないだろうけど、この村では病気が流行っているので、原因と考えられそうなものは出来るだけつぶしておきたい。
まずは、村の人の栄養状態の改善が最優先だが、同時に衛生についても改善していこうと思ったのだ。
この日、エルルに「加工食品」について説明していた。
まず、キッチン・・・っていうか台所が大変だった。
燃料が薪だ。
キャンプとしては楽しそうだけど、毎日全ての料理を薪でやるとなると大変すぎる。
ストレージからシステムキッチンを出した。
僕の家にもあるので、容易に想像できる。
電気もガスも水道も異世界にはないのだろうけど、ここは僕の夢の中。
蛇口をひねると水は出るし、つまみをひねるとコンロから火は出た。
僕にとっての常識だ。
「太陽様!こ、これは!?魔法ですか!?」
うーん、否定できない。
誤解だと思うけど、ごまかしておいた。
エルルには、「加工食品」を知らせたくて、スパゲティを茹でて、レトルトのソースをかけてクリームスパゲティを作って見せた。
「え!?もう完成でるか!?こんなに早く!」
5分くらいで作ったので、エルルがものすごく驚いていた。
面白くらい驚いていた。
「さあ、食べてみて。」
・・・むぐむぐ
「太陽様!美味しいです!すごいです!」
「それは良かった。多分説明しないと受け入れてもらえないと思って・・・」
「たしかに。」
「これが箱で・・・大量にあるから、村人にも説明してあげて欲しい。」
「はい、ありがとうございます。」
その後、缶詰について説明すると、エルルの目はキラキラしていた。
あ、これは新しい物好きな目だ!
若干のシンパシーを感じつつ、あんまり色々作ると食べきれないので、カップ麺や袋麺などのインスタント食品の説明は後日にした・・・
ふぅ、と、スパゲティと缶詰のオイルサーディンを食べて満足そうなエルルが切り出した。
「太陽様は、どうしてこの村にこんなに良くしてくださるのですか?」
そうしてって、エルルがかわいいから?
ストレージからいくらでも何でも出てくるから?
やっぱり、頼まれたからかな?
いじめられっ子の僕が頼られる存在になるなんて・・・
いや、全部かな。
「この村のことが気に入ったから・・・かな?」
嘘じゃない。
嘘じゃないよ。
エルル目が超キラキラしてる。
「ありがとうございます!太陽様のご加護があればこの村もきっと甦ります。」
「あ、ああ、うん、そうですね。僕でよければ・・・」
「村長もこのところ体調が悪かったのが、太陽様に来ていただいてから随分良くなったと言っていました。」
食べたからか。
それともプラシーボ効果か。
まあ、よくなっているのならば、そのままにしておこう。
「それに、私は太陽様がいらっしゃらなかったら、山の神様の人身御供になっていた訳ですし・・・」
「こんなかわいい巫女様を要求するなんて、とんでもない神様だったね。」
「かわいい・・・」
エルルの顔が真っ赤になってた。
あれ?脈あり?
それとも、免疫がないだけ?
照れ屋なだけ?
まあ、僕には釣り合わないくらいのかわいいエルフ巫女様だしね。
美少女だよ。
『お人形さん』みたい。
『人形みたい』と言うと、無表情で冷たいイメージになる。
エルルは、『お人形さんみたい』なのだ。
顔は整っているし、金髪も長くてきれい。
しぐさもかわいい。
もしかして、僕の理想が具現化しているのか!?
だとしたら、僕が彼女に惹かれない訳がない。
■じわじわと効いてくる改善
僕がこの村に来るようになって1か月くらいが経ったろうか。
ガリガリの人が多かった村人も、少しづつ肉が付いてきているようだった。
まだ細い人が多いけど。
それよりも、ビーストたちなので、毛並みが良くなっている方が目に見えて分かる変化だ。
そこら中にもふもふがいるので、もふりたいけど、犯罪だろう。
事案になっちゃう。
通報されちゃう。
控えておこう・・・
「太陽様、最近村内の病人が減りました。それに、新しく病気になった者はいません。」
エルルが報告してくれた。
そうか、それは良かった。
僕が持ってきたものだけど、僕の手柄って訳でもない。
分かっているけど、なんか誇らしいな。
僕がこの村に来た時、誰一人働いたりできる状態じゃなかった。
でも、この1か月間で随分みんな元気になった。
銭湯を出したので、村の人たちは毎日風呂に入るようになった。
シャンプーやコンディショナーで髪や毛を洗うようになったので、みんな益々つやつやしている。
ボディシャンプーで全身洗うので、きれいになっている。
エルルの髪もこのところ益々きれい。
光が当たると透けると言うか、輝くと言うか、本物の金髪ってこんなにきれいなんだな~。
金髪好きの人の気持ちが分かった。
僕も、村人たちとも一緒にご飯を食べたりしたので、随分仲良くなれた気がする。
一番は、子供たちだ。
僕は相変わらず「竜殺し様」と言う物騒なニックネームで呼ばれるけど、子供たちは遊んでほしいと寄ってくる。
僕の深層心理の願望なのかな?
子供たちを見ていると、この村を守らないといけないと言う気持ちが膨らんでくる。
実際、村を何度か守った。
以前のオークが5匹攻めてきたみたいに、ワーウルフの群れやスライムの群れ、ゴブリンの群れなど色々なモンスターが迷い込んできた。
何ここモンスター磁石でも置いてるのかよ!?
最近では、村を囲うように丸太の杭を打って、壁にしている最中だ。
なぜか村には丸太が大量に置いてあった。
僕は夢の中だからか、丸太を軽々と持ち上げることができる。
うーん、色々ご都合主義で助かる。
食料は僕が提供しているので、心配しなくて大丈夫だ。
村を守るために働ける者みんなで柵を作っている。
多分、あと1か月くらいかかるだろう。
大変だけど、充実した作業だ。
異世界だけどね。
■変わりゆく人間関係
スズキに殴られなくなって、学校が少しずつ嫌でなくなっている。
だけど、人間関係は最悪だ。
薄氷の上を歩くような緊張感が続いている。
教室に行ってもスズキは殴ってこない。
ただ、よく考えたら、スズキが殴られている。
これまでスズキの取り巻きだったヤマダ他数人がスズキを殴っている。
スズキは抵抗せず、されるがままだ。
いじめっ子は一つ間違えば、いじめられっ子なのか。
いつの間にか、僕はいじめの対象から外れていた。
「最近スズキがいじめられてるよな。」
「田中くん、ずっと何もできなくてごめんな。」
イノウエとオオハシだ。
彼らは、クラスの中心人物じゃない。
僕がいじめられる前には、いじめられていたりもした。
正直、スズキがそうなっても僕はもう何も感じない。
だけど、僕がいじめられているのに、何もしなかった彼らにも何も感じない。
慣れ合うつもりがない。
僕はクラスの誰とも話さずに1日を過ごし、授業が終わるとそのまま家に帰った。
■次のステップ
ビスト村の周辺は全部丸太の杭で柵を作った。
50人くらいしかいない小さな村にとって、周囲を丸太の柵で囲う作業は一大事業だった。
ただ、事の重要性は村長さんとエルルが村民に説明してくれた。
朝から夕方まで働ける人間みんなで働いていた。
この一体感は何とも言えない。
昼食はみんなで食べるのが慣例になっていた。
その日の作業場近くの開けたところに集まって、炊き出しをするのだ。
男(オス?)は労働を、女(メス?)は炊き出しをしてくれている。
男が働き、女が食事を・・・と言うと、日本だと男尊女卑みたいに言われそうだが、力が強い男が力仕事をした方が、効率が良いのは間違いなさそうだ。
力自慢の女も作業に加わっているし、男でも炊き出しをしている者もいるので、みんな自分のできることをしているって感じで清々しい。
近くで座って食べていた村人が話しかけてきた。
「竜殺し様、最近のモンスターは全部竜殺し様が倒してくださっているので、今年はけが人が居なくて助かっています!」
「これまでは、どうしていたんですか?」
「村の力自慢たちが武器を持って戦ってました。」
獣人族なので力も比較的あるし、武器も持っていたらモンスターくらい倒せるだろう。
エルルの加護があれば、普通のモンスターくらいは倒せそうだけど。
「そう言えば、僕も剣が欲しいな。」
「村の剣は、安物ばかりです。竜殺し様に使っていただくには恐れ多いし・・・あ!そうだ!山の神様の骸をお持ちでしたよね!」
山の神様の骸・・・ああ、黒いドラゴンの死体、ね。
「はい。割とみんなで食べて後は骨と鱗が大半ですけど。」
「その骨です!村の鍛冶屋に渡せば、神剣とまではいかないまでも、村の剣よりは格段に良いものになりますよ!」
「そうなのですか!それは良いことを聞いた。村長さんに相談してみます。」
「お役に立ててうれしいです。」
「山の神様は気性が荒い神様だったから、こうしてお話ができる竜殺し様がいてくださって本当にありがたいです!」
「あ、それ!気性が荒い神様ってどんなところが、気性が荒かったんですか?」
「そりゃあ、夏になると大洪水か大干ばつって両極端だったんです。他にも、モンスターが頻繁に村を襲うし、病気や飢饉っていつも大忙しでしたよ。」
そうか、大洪水に大干ばつか。
そりゃまた両極端だ。
山の神様が黒いドラゴンだとしたえら、そんなことをしていたとは考えにくい。
いや、ファンタジー世界では、ドラゴンにはそれくらいの力があるのか!?
干ばつは雨が降らず、食べ物もなくなって大変だろうし、洪水は畑も何も水にやられて食べ物が無くなるだろう。
そう言えば、村長の食料庫は、床が高床式になっていた。
漠然と湿気対策だと思っていたけど、水対策にもなっていたのかも。
洪水と言えば、山からの水だろうなぁ。
あの山、変に『はげ山』だから、保水力が中途半端で洪水になるとか?
僕はご飯のお代わりを持ってきてくれたエルルに聞いてみた。
「エルル、あの山がはげ山になっているのは何か知ってる?」
「あれは、領主様が山の木を切って畑にしたらいいとアドバイスしてくださり、村人みんなで伐採した結果です。」
「え?木を伐採したの?」
「はい、毎年この村は食べるのにも困っていましたので、木を切って畑にしたらいいと。」
「へー、それで何を植えたの?」
「とうもろこしです。」
この村でとうもろこしなど1度も見たことがない。
「畑のほとんどは、夏に洪水があって土砂崩れと共に流れてしまいました。」
ん?日本の近くの国でそんな失敗をした話があったような・・・
山を切り開いたら、土砂崩れ対策をするのが必須だ。
その上で畑にしたら特に問題はないだろう。
だけど、対策なしで畑にしたら、木でとどめていた土は流れるし、根がダメになる分、土砂崩れも起きやすくなる。
そして、一度死んだ山は、二度と戻らない・・・
「領主様は、丸太も買ってくださると言うお話だったのですが・・・」
「もしかして、村にあったあの大量の丸太って・・・」
「そうです。結局買っていただけず、村に置いておくことに・・・」
なんだそのダメ領主。
夏に洪水が起きないときは、干ばつになるってことを考えたら、山の一部をせき止めてダムにする必要があるな。
余っているときに水をせき止めて、必要な時に安定的に流せばいいんだ。
畑は、山にあるより、村の中にあった方が絶対作業性が良い。
土砂崩れで流れてしまったのならば、元に戻すのではなく、土砂崩れ対策をした上でダム化しよう。
次のステップの構想ができてしまった。
ダムにするなら、多分コンクリートの知識も必要そうだ・・・
勉強しないと。
村は村で自給自足できるように、畑を作ることを考えていたのに、二つの作業を同時進行しないといけないようだ。
確かに、大変だと思っている自分がいるが、わくわくしている自分もいる。
あともう少しで、この柵の作業も終わるから、村長さんとエルルとに次のステップについて打ち合わせをする必要がありそうだな。
■安全柵完成式
村人は村長さんの家の近くの広場に集まっている。
起きられないような重病人はこの村にはいないので、実質全員と考えて良いだろう。
村長さんは少し高い位置に立って僕とエルルは村長さんの横に控えている。
村長さんが村人たちに演説を始めた。
「皆の者!村を囲う安全柵が完成した。これにより、村を時折襲うモンスターの脅威から解放された。竜殺し様がこの村を救ってくださった!」
「「「おおー!!」」」
エルルを見ると少し寂しい表情をしているのに気付いた。
安全柵ができたら、安心だろうに。
「まだ、これでは安心できないぞ」という事だろうか。
でも、それだと寂しそうな表情は違う気がする・・・
「竜殺し様は、神の恵みで我々を飢えから救ってくださった!
「「「おおー!!」」」
「神の知恵で病気をなくしてくださった!」
「「「おおー!!」」」
「今日は、柵が完成したことを竜殺し様に感謝して宴を開く!」
「「「おおー!!」」」
村人全員が集まっての宴になった。
村長さんも体調はいいみたいで、みんなと一緒に宴を楽しんでいた。
エルルは、周囲の人へ料理やお酒を運んだり、人の世話をしたりしていた。
宴の食材は割と充実していた。
特に肉類は、この村を襲いに来たモンスターの肉があった。
今までは保存が出来なかったけど、今は僕がストレージで保管している。
ストレージ内では劣化も変化もしない。
実に便利だ。
この村は、洪水や干ばつが多かったので、どちらかと言うと野菜より肉を中心に食事をしているようだった。
恐らくビタミン類が足りないはず。
今は僕が持ってきた食料があるから何とかなっているはず。
近い将来、何とかしないとな。
宴が落ち着いたころ、エルルはあのケモミミ少女ビスコと話をしているようで顔を真っ赤にしている。
やっぱり仲がいいんだな。
どんな話をしているんだろう。
僕の横には村長さんが座っていた。
ちなみに、村長さんは男だ。
村長らしく、結構年配だ。
男なのにケモミミって・・・
少し複雑な気分。
僕の中では、ケモミミは女の子に限ると思っていた・・・
あ、そうだ。
村長さんにあのことを聞いてみよう。
「さっき・・・」
「竜殺し様、どうかしましたか?」
「さっき、安全柵が完成したって村長さんの話の時、エルルが悲しそうな顔をしていた気がしたのんですが・・・」
「ああ・・・そのことですか。」
何か知っているようなそぶりだ。
「実は、あの子の父親・・・先代の神主がモンスターに襲われて・・・」
「亡くなったんですか?」
「もう、5年も前になりますじゃ。」
そうか、それで・・・
この安全柵があと5年早くできていれば、エルルの父親はまだ生きていたかもしれなかったのか。
「あの子は、あの子の父親と2人でこの村に来たんですじゃ。」
「・・・」
「エルフの村を追われて逃げてきたそうじゃ。」
「おぅ。」
「エルフの子供は一人じゃったから、村の中でも寂しい思いをしたみたいじゃった。」
「そうか、異世界でもそういうのあるのか。」
「小さいうちから巫女の修行もしていたので、仲のいい子供も少ないようだったですじゃ。」
「村では大切にされているのですか?」
「あの子は自然の声が聞こえるんですじゃ。村でも神に仕える者として崇められています。」
「じゃあ、何で人身御供になんて・・・」
「あれは、あの子が言い始めたのじゃ。気性の荒い山の神様は、今年大干ばつをもたらしました。村の食べ物は底をつき、木の根まで掘り返して食べつくしてしまいました。」
「そんなに・・・」
「あとは、自分の命と引き換えに山の神様に気持ちを納めてもらうことにする、と。」
ここでは、まだ人の心の中に神様へのおそれがあるんだな・・・
エルルが横に来てくれた。
顔は真っ赤だ。
「エルル、ビスコと何を話していたんですか?」
「はひゅ!いっ!いえ!なんでもないんでひゅっ!」
噛んだ。
盛大に噛んだ。
なんか、珍しくエルルがテンパってる。
かわいいな。
でも、僕は、エルルが村人に敬われ続けるためにも、『竜殺し様』であり続けないといけないな。
この日は、夜遅くまで村のみんなと宴を楽しんだ。
■モンスター対策
村に来るモンスターの対策として、村を1周囲うように丸太で安全柵を作った。
村の人たちも一緒に作ったので、大変だったけど、みんな安心感を持ってるはず。
ただ、ポンと渡されるのでは実感が持てない。
自分たちで作った分、愛着のようなものもあるだろうし、安心感もあるだろう。
ただ、実際は、モンスターはまだ来ている。
あのモンスターを村の人たちで撃退できるようにならないと、今後も被害が起きてしまう可能性がある。
出来るだけ安全に、モンスターを撃退できる方法・・・
そりゃあ、柵の上からボーガン的な武器で打つ。
それで倒せれば御の字だ。
ポイントとしては、こちら側は安全な位置にいて、モンスターを攻撃できる点にある。
過去にモンスターが来た方角を考えると、チェックすべき場所は3か所だった。
夜中の襲撃もあり得ることから、夜は順番で見張りをすることにしよう。
他人任せでは安全は得られない。
各自当番をすることで適度な危機感を持つこともできるだろう。
見張り台のやぐらはすぐにできたので、村長に当番表を作ってもらい、24時間監視することにした。
やぐらの上からは、弓を改造したスコルピオンと言う武器で攻撃できる。
これはボーガンの先祖みたいなものだろう。
歴史の授業で習ったので、絵を見た。
昔の物なので、僕でも作れそうだなと思ったらストレージの中に入っていた。
少し練習すれば、かなりの確率で的に命中させられるうえに、テコの応用で弓を弾けるようになっているので、力もそんなに要らない。
それでも、剣の練習も必要だろうから、最低限の武装と攻撃の練習だけは村に定着させることにした。
■土砂崩れ対策
エルルと山まで散歩に来ていた。
村長は足が弱っているので、村でお留守番だ。
エルルには、大自然の驚異と神様のつながりについて知っておいてもらいたかったのだ。
ドラゴンを山の神様として崇拝しているエルルやこの村の人にとって、自然現象をどれほど受け入れてくれるか・・・
話し方が難しく少し緊張してしまった。
「エルル・・・」
僕たちは、歩きながら話しかけた。
「はっ、はひゅっ!いえ!はい!」
なぜ噛んだ?
「これまで、村は洪水と干ばつに苦しんできたじゃないですか。」
「はい。」
「山の神・・・と言っていた黒いドラゴンは倒してしまった。これで、洪水や干ばつは無くなると思うかい?」
「・・・いえ、次の山の神様が・・・いらっしゃるのではないかと。」
ある意味正解かもしれない。
「山にはある程度の水が溜められるんだ。でも、一定以上を超えたら、土と一緒に流れ落ちてしまう。理解できるかな?」
「はい、分かります。」
「山の木々は、水の流れを緩やかにしたり、保水力を高めたりしてくれていた。」
「・・・」
「木が少なくなった今、仮に大雨が降ったら、また土砂崩れや洪水が起きるかもしれない。」
「はい」
「僕から言わせたら、洪水は、神様よりも木を切れと言った領主様の方が起こしているようなもんなんだ。」
「はい」
「僕は、村を守るために洪水が起きないようにしたい。」
「はい、でも・・・どうすれば・・・」
「この山とあの山の間・・・谷になっているところは、ちょうど村まで一直線につながっているだろう?」
「はい」
「言うならば、水の道になっているんだよ。」
「はい。」
「だから、適当なところで壁を作るんだよ。水が流れないように。頑丈な壁を。」
「そしたら、余計に水が貯まってしまって、いつかものすごい量の水が流れてきてしまうのでは・・・」
「そうだね。だから、予め水門を作っておいて、水がある程度の量になったら、流すんだ。」
「なるほどですね。」
「大雨が降っても、村まで一気に水が行くことは無くなるし、干ばつの年は、水門を開ければ水が流れてくる。」
「まあ!」
「それでも、絶対に土砂崩れを防ぐことは出来ないけど、その時は神様のお怒りという事で理解してもらえないかな?」
「はい、理解できます。」
「物事には、『道理』ってものがあるんだ。それを超えた時が神様の出番なんだ。まずは、人の手で洪水や干ばつが起きにくい様にしよう。」
「はい、分かりました。またご指導いただけますか?」
「もちろんだよ。村のために一緒に頑張ろう。」
やけにあっさり、話が通じた。
これでよかったのだろうか?
「神様に背く・・・とかにはならないかな?」
「もちろんです。気性が荒い山の神様を倒された竜殺しの神様が言われることです。間違いないに決まっています。」
あ、そういう風にまとめてしまったんだ。
まあ、いいか。
ちゃんと対策が取れれば。
それにしても、エルルが僕に言葉か何かで強化魔法的なものをかけて、あのドラゴンを倒させたと言うのに、エルルも人が悪いなぁ。
僕を持ち上げてくれているのかな。
なんとなく2人とも納得した顔で、ダム建設のための青写真を描くのだった。
「デートだと思って来てみたら、視察だったのね・・・私ったら・・・」
エルルがつぶやいた。
僕は難聴系の主人公じゃないから、しっかり聞こえたぞ。
でも、エルルは僕とデートだと思っても着いてきてくれたんだ。
嬉しいな。
そりゃあ、少し歩くからと思って、お弁当は持ってきたけど。
そりゃあ、仕事の邪魔にならないようにと思って、休みの日に来たけど。
そりゃあ、女の子と2人になるって分かってたから、少し良い服に着替えたけどもな。
デートなのか!?
これは、デートだったのか!?
僕は顔のニヤニヤがとまらない。
エルルには見つからないようにしないとな・・・
■提体作り
ダムって外から見たら壁みたいなものがあるくらいにしか思った事がなかったけれど、よく考えたら、堤防みたいに壁だとある程度以上の水が貯まると壊れてしまうだろう。
ネットで調べたら、あの壁は「本堤」とか言うらしい。
普通に壁を作るのではなく、穴を掘って、固い地盤まで掘り進めてからその上に壁を建設するらしい。
更にその固い地盤に穴を掘って、杭を埋めてコンクリートで固定する。
これが地盤や本堤の滑り対策になるので、省略できない。
そんなものこの村の今の技術力で建設することは出来ない。
村人だって子供まで集めても50人ほど。
とても建設するには人が足りない。
ただ、知っている物なら僕は完成品を出せる。
リアル世界で建設中の堤防を見てきた。
エルルが僕に力を与えてくれれば何でもできるはず。
だから、今回もエルルを連れて谷まで来ている。
「エルル!さっき言ったみたいにお願いして!」
「太陽様!大洪水と大干ばつの問題を解決してください!」
よし!エルルに頼まれたら僕は何でもできるはず!
「アイテム召喚!ダム!」
『ゴゴゴ・・・』と言う音と共に、目の前にダムが出現した。
しかも、水も適度に貯まっている。
「まあ!こ、これがダムですか!?」
「そうだね。僕が知っているダムです。」
ダムは水を流す開門と水を止める閉門がある。
自動で行われるかどうか、しばらく見る必要はあるが、まずは、大洪水と大干ばつは回避できたはずだ。
僕は観察の意味でもダムの堤防の上をエルルと一緒に歩いた。
「ダム・・・すごいですね。山の中に湖ができたようです。」
「僕の国では作りすぎが問題になったりもするけど、この村の場合は必要だったと思うよ。」
アルルがその場で跪き、頭を垂れて言った。
「偉大なる太陽様、また我が村を救っていただきありがとうございます。」
冗談・・・じゃないよな、ガチ!?ガチか!?
普段の生活で、他人に目の前で跪かれるようなことはないから僕もきょどってしまう。
しかも、エルルの強化の力だよね!?
でも、そういう役割なのだと忖度して僕は返した。
「そなたの村を思う気持ちの賜物である。今後も益々精進するように。」
「賜ります。」
ここで空気を変えよう。
「じゃあ、エルル、そろそろお弁当にしようか・・・お腹減っちゃって。」
エルルが笑顔で顔をあげて言った。
「はい!」
今日も準備してくれたお弁当を囲むのであった。
堤防の上って道みたいになっていて、とても快適だ。
周囲はダムの堤防こそあれ、自然でいっぱいだ。
気持ちいい風が吹き、心地よい陽が降り注ぐ。
エルルの作ってくれたお弁当は豪華な感じだ。
以前頼まれたので、お弁当の本をあげた。
その成果が活かされているな。
僕とエルルは楽しい時間を過ごした。
■畑づくり
ダムづくりはこの村の技術力ではできないので、人を割くのは得策ではない。
大規模な公共事業は、小さな村単位では対処ができない。
一方、今から村人とともにやろうと思っているのは、畑づくりだ。
元々あった畑は、干ばつで干上がってしまっている。
水は井戸を掘ったし、山からの水を今後村に引き込めば、干上がって食べ物が無くなるという事はないだろう。
今日は村長さんも含め村人にたくさん集まってもらっている。
畑を作るためだ。
エンジン式の耕運機もストレージから出せそうだけど、とりあえず、鍬を人数分出した。
鍬は先端だけ金具になっていて、手に持つ柄の部分は木になっている。
この村には鉄がないみたいなので、この鍬だけでもイノベーション(技術革新)だろう。
先端金具が長方形になっている、平鍬を多く出した。
これで土を耕すのには十分だ。
後で出す肥料と土を混ぜるのにも使いやすい。
ただ、畑には意外にも石が多い。
今までは、木の鍬だったろうから、取り出せなかったのだろう。
先端が3つ又になっている備中鍬もある程度出して数に困らないようにした。
これは、石を砕いたり、掘り出したりするのにも便利だ。
もしかしたら、僕の力ならば完成した畑すら出すことができるかもしれないが、そうなると、村人にとってはありがたみがない。
ヘリコプターで山頂に登る登山のようなもの。
技術協力はするけども、一緒に登山するような方法を選んだのだ。
村ではモンスターや獣の肉を食べるにしても、野菜を自給自足するとしたら、1人当たり50m2は畑の広さが必要らしい。
真実かどうかは分からないけれど、ネット情報だ。
万が一足りなければ、僕がストレージから出せばいい。
みんなで畑を作って、そこからなる食物を食べて生活できるようになることが重要なのだ。
50m2って・・・縦×横で50m2になる広さってことか。
よく考えたら、小学生2年の掛け算の問題か。
7x7で49(m2)になるから、縦横7mちょいで1人分の畑か。
それが50人分となると、50m2×50人=2500m2。
逆に考えると、√2500すれば、50の2条で2500だから、縦横50mの畑が必要という事か。
よく考えたら、最初に50×50して2500になっているのだから、ルートみたいな中学生の知識は必要なかったか。
小学校、中学校で習った事なんて一生使わないと思ったけれど、実は生きていくためには色々必要なのかもしれない。
僕は予てから面積の出し方など人生において不要だと考えてきた。
ある日突然、テーブルの表面積が知りたくなったりしないし、風呂の水の体積が知りたくなったりもしない。
風呂の水なんて、ボタン一つで、適量で、適温のお湯が湯舟に溜まるのが当たり前だったけど、水桶に水が流れ込むようなことを考えたら、流れ込む量と、あとどれくらい水桶に水が入るかを計算したら、何分後に水が貯まるか予想したりできる。
昔は必要だったのかもしれない。
とりあえず、畑は、失敗することも考えて、2倍量の5000m2を耕すことにした。
√5000だから縦横70.7mだけど、おおざっぱに「70mくらい」で十分だろう。
縦横それぞれ25mプールの約3倍の広さなので、結構広いな。
50人でも耕すのは一苦労になりそうだ。
次に肥料だ。
この村の畑は、何度も干ばつや水災にあっていたので、とにかく痩せているし、乾燥している。
僕はホームセンターで調べた肥料を出した。
これを耕すときに土に混ぜていく。
肥料は基本的に食物の根に直接当たらないようにするみたいなので、先に耕して、その上に肥料を混ぜ込むようにするのが良いみたいだ。
肥料ってどの程度土に混ぜたら良いのか割合が分からない。
これまでそんなことを考えたこともなかったからだ。
興味がなかったと言うか、自分の日常の周囲には畑がそもそもなかった。
コームセンターに行くこともなかった。
今では毎週末、ホームセンターに色々勉強しに行っているほどだ。
仕上げにミミズを畑に放つことにした。
ミミズはどこに行ったら手に入るのか、見れるのか、これまでまったく気にしなかった。
ネットで検索したら、釣り具屋さんにいるらしい。
ミミズも日本だけに100種類以上いるらしく、釣りに使う「シマ」と言うやつが、シマミミズらしく、畑にいても有効そうなみみずらしい。
その他、フトミミズも釣り餌として売られているみたいで、これもいいらしい。
まさか、ミミズについて調べる日がくるとは・・・
でも、1か月かけて村人総出で畑を耕した。
耕しただけですごく大変だった・・・
でも、畑としてはまだスタート地点にも立っていない。
農家の人って本当に大変だなぁ。
■畑に植える植物
畑に植えるものは、大豆、さつまいもからにした。
これらは、育てるのが比較的簡単な上に、種植えから収穫までが早い。
大豆で80~90日くらい、さつまいもは5か月くらい。
だいこんは収穫まで2か月くらい。
にんじんは収穫まで3か月くらい、じゃがいもは収穫まで4か月くらいだが、植える時期が少しずれているみたいだ。
もう少し後に植えたい。
本当は、考えて耕す必要があったのだろう・・・
こういう失敗は来年に活かせばいいだけだ。
ネット情報だと、農家の人は気温と土の温度で種植え時期を見ているのだとか。
温度計がないこの世界では、「勘」だけに頼っていることになる。
早速、温度計をだして、使い方を村長さんとエルルを通して拡散した。
■第1回ビスト村女の子会議
この日は村人総出で畑の草取りをしていた。
もう少しで最初の収穫となるため、みんな絶対に作物を枯らさないようにしていた。
村娘のビスコも草取りに精を出していた。
ちょうどすぐ横をエルルが休憩用のお茶を持って通りかかった。
「あ!エルル!」
「ビスコ、お疲れさま。」
「休憩にしましょうか。」
「そうね。みんなにも声をかけるわ。」
草取りの作業は意外に重労働だ。
中腰やしゃがんでの作業が中心なので、見た目以上に腰に来る。
長時間作業を続けるのではなく、適度に休憩を入れるのが疲れすぎないコツだ。
村人民は休憩で広場に座っている。
エルルはみんなにお茶を配ったりしていた。
一通りの仕事が終わったら、エルルは仲のいいビスコの近くに座った。
「エルル、今日は竜殺し様はいらっしゃらないのね。」
「うん、今日は山の神様に洪水と干ばつを起こさないようにお願いに行かれたわ。」
実際はダムの様子を見に行かれたのだけれど、間違いではない。
「へー、神様同士も色々あるのねー。」
「そうね。」
「あ、エルル寂しそう!」
「え、そんなことないよ。それに夕方にはお戻りになられるし。」
「第一回ビスト村女の子かーいぎ!」
「なにそれ?」
「ビスト村女の子会議では本当のことだけを話すのよ。」
「え?あ、うん。」
エルルはビスコの勢いに圧倒されて、なんとなく返事をしてしまったが、まだどういう状況か全く理解していない。
「エルルは、竜殺し様のことが好きになっていますね!」
「え、ええ!そりゃあ、私は巫女だし、神様にお仕えすりゅみだし。」
「そうじゃなくて!一人の男性としてよ!」
「え!?あ、それは、その・・・」
相変わらずの勢いに完全に押されている。
しかも、ビスコの質問で一気に顔が真っ赤になっている。
これでは、肯定しているのと同じだった。
「でも、相手は神様だし・・・」
「それでも、ちゃんと村にいらっしゃるじゃない!獣人族でも、エルフ族でもない、人間族のお姿で!」
「そうっ、そうだけど。」
「エルルはアピールしてないの?」
「その・・・」
「あ!してるんだ!どんなの?どんなの?」
「視察にご一緒させていただくときに、お弁当を作ったり?」
「もー、かわいい!エルルかわいい!女の子の顔してる!私が男ならほおっておかないよ!」
ビスコはエルルに抱きついてほおずりを始めた。
エルルにとって、ビスコのこの人懐っこさは救いだった。
村にただ一人エルフ族が住んでいるのだ。
なんとなく輪の中に入りにくい時期もあった。
そんな時でも、ビスコはこのようにいつでも垣根を作らずに接してくれた。
エルルにとって、ビスコは親友と言う言葉では収まらないくらい感謝している存在だった。
「その・・・ビスコはどうなの?太陽様・・・」
「うーん、そうねぇ。竜殺し様は神様なんで、正妻のほかに側室や妾がいてもおかしくないでしょう?それだったら・・・」
「え?え?そうなの?」
ビスコのびっくり発言に、思わぬライバル出現かと焦るエルル。
「だってー、神様に見初められたら、一生安泰でしょう!」
ビスコは神様相手でも打算的だった。
「うっそー、竜殺し様を取っちゃったら、愛するエルルが悲しむから!」
またビスコはエルルに抱きついて、ほおずりしている。
「じゃあ、またはじめっか!」
村の誰かの掛け声とともに、作業が再開された。
「ビスコー、巫女様をあんまりいじめたら、竜殺し様のばちが当たるぞー!」
「もう、そんなんじゃないってー!」
村人にからかわれながら、ビスコも作業に戻っていく。
少し胸をなでおろすエルルだった。
■ここは本当に異世界?収穫祭
もはや、ここが異世界なのか何なのか分からないくらい環境が整ってきた。
村には畑ができ、早いものから実を付けるようになってきた。
食糧事情も徐々に改善してくるだろう。
現状は僕がストレージから出す食料で潤っているから、食糧事情は悪くない。
肉はモンスターと獣がある程度の頻度で村に現れるのでスコルピオンなどで討伐している。
討伐した肉は、村人の食料になる。
村人みんなで作った丸太の柵が村を守っている。
安全な位置から攻撃をしているので、大きなけがをした話は聞かない。
良い肉が手に入った日は、村中でちょっとしたお祭りのような宴を開いている。
単調になりがちな日々の生活に適度なガス抜きになっていて良い感じみたい。
これまで夏には大洪水か大干ばつに見舞われ、村の食糧事情は最悪だったが、今年は山にダムを作ってきた。
貯水量はほとんど自動でコントロールしているみたいなので、ほぼ放置だ。
多めが降ったり、日照りが続いたりしたら見に行こう。
心配していた病気は、衛生問題でほとんど改善できたみたいだ。
水や食料を衛生的にしたし、石鹸を使うようにした。
よく分からない伝染病などじゃなくてよかった・・・
元々野菜が手に入りにくい環境だったので、ビタミン不足もあっただろう。
大豆は若いうちに収穫すると枝豆だ。
枝豆を食べてビタミンの補給ができている。
さらに、枝豆のもやしを作ることで腸内環境も良くなってきているのだろう。
免疫力が上がっている分、病気になる村人をほとんど見ない。
村人の人間関係も良好で、老朽化してきた各家は順番に建て直したり、修繕したりしている。
なんだこれ。
環境が整っている。
ここでの生活が快適に思って来ている自分に気づく。
僕が慣れたのか、この村が良くなったのか、何の不満も不便もない。
本当に異世界なのかと思えるほどだが、村人を見たらケモミミがいるし、エルフ巫女がいる。
それを見たら、やっぱり異世界だなぁと癒される。
さすがに年頃の人の頭やしっぽは触れないが、子供が懐いてくれている。
子供のケモミミをもふもふしたり、頭をなでたり、それなりに楽しんでいる。
こっそり楽しむべきかと思ったが、子供は僕に抱っこされると病気にならないとか、元気に育つとか、そんな噂ができて、子供を見たら親の方からだっこさせるために連れてくるようになっている。
うーん、天国だ。
ユートピアだ、パラダイスだ、極楽浄土な楽園シャングリラだ!
昔話だったら、ここで「幸せに暮らしましたとさ、めでたし、めでたし。」で終わるのではないかと思っていた。
あの夢を見るまでは。
でも、僕はこの時まだ収穫祭の宴を全力で楽しんでいた。
今日は枝豆とさつまいもの初めての収穫を祝う宴の日だ。
ちょっとしたやぐらが組まれ、簡単な神殿が出来上がっていた。
僕はそこに祭り上げられ、目の前にたくさんの料理と共に今回摂れた大豆やさつまいもの料理が並んでいる。
村長さんと巫女であるエルルが料理を挟んで反対側にいて、その後ろに村人が座っている。
入りきれない村人は、外で同様に座っている。
あれ?これって完全に神様の席?
何で僕!?
最初に祝詞のような神にささげる言葉がエルルから述べられた。
どんなことを言っているのかはよく分からない。
『竜殺し』とか『太陽神』とか聞こえたが、スルーしていいよね?
スルーするしかないよね?
次に村長さんが僕に感謝の言葉を言っていた。
「竜殺し様、我が村の新しい神様、この度はこの村にとって新しい食物を賜り誠にありがとうございます。」
僕は、『神様役』を演じないといけないと忖度した。
「この村の人々の努力の賜物である。今後とも精進せよ。」
「「「ははー。」」」
村人が全員頭を下げた。
ナニコレ。
その後、村長さんの掛け声とともに宴が始まった。
僕もようやく美味しそうに並んだ料理に手を出せる。
この村の文化だと思うけど、料理は僕が最初に口にして、「どうぞ」と言わないと他の人は誰も食べ始めない。
僕はまだどこか『お客さん』扱いされているようで小さな疎外感を持っていた。
なにはさておき、宴は始まり、エルルの舞いを見せてもらったり、村人の歌を聞いたり、すごく楽しい時間が続いた。
多分、これは一晩中続くタイプの宴会だな。
宴が落ち着いてくると、エルルは僕のそばに来て料理を取り分けてくれたり、飲み物を注いでくれたりしていた。
「今日は、これまでで一番大きな宴じゃない?」
「はい、村人全員太陽様に大変感謝していますので。」
「何だか本当に神様になった気がしたよ。」
「もちろんです、私たちは大変に良い神様に恩恵を頂けるようになりました。」
ん?なんか変な感じ?
「これも、エルルのおかげだよ。」
「とんでもございません。私もこのように神様のおそばに仕えることができて、本当の巫女になれたと身に余る思いです。」
「でもさ、ここだけの話、エルルが僕に力をくれたから、あの黒いドラゴンだって倒せたわけだし、エルルの力を与える力のお陰だよ。」
そう言うと、エルルがきょとんとしている。
あれ?
「え?いつもエルルが僕に力を貸してくれているんだよね?」
「私にはそのような力はありませんよ?」
「ええ?あの黒いドラゴンの時だって・・・」
「あの時は、山の神様が人の姿で現れたのかと思いました。あの山に普段人が踏み入ることはありませんので。」
「でも、助けてって言ったよね?」
「はい、たしか。後ろから黒い影が近寄っていたので危ないと思って。」
何か誤解が!?
「あのー、念のために、時間がゆっくりに感じるようにする力とかは・・・」
「太陽様のお力ですよね。」
「物をストレージから取り出す力は・・・」
「空間からものを創造なさる太陽様のお力ですよね。」
「え、じゃあ・・・じゃあ・・・」
待てよ。
確かに、これまでエルルから力をもらって、その力を発揮しているだけだと思っていたけど、『加速装置』も僕の力?竜を裏拳で倒すのも僕の力?
エルルから光がどーんと、みたいなのは確かになかった。
いつも力をもらっていたと思い込んでいた。
大干ばつの村に食べ物を出して、畑を作って、ダムを作って、洪水と干ばつ対策をして・・・
「そんなの神様じゃん!」
「はい、私たちの大切な神様です。」
「ちなみに、エルルの力って?」
「私は神様にお願いする力です。本当にお願いするだけなので、微々たるものですが・・・」
「えーーーー!?」
ちょっと呆然としてたら、村長さんがちょうどやってきた。
「竜殺し様、本当にこの村のためにありがとうございます。竜殺し様がいらっしゃってからこの村は本当に生き返りました。」
「・・・」
「その上、村にずっといてくださることで、村人の安心感たるや!」
「・・・」
「それでも、これだけ問題が解決してしまうと、今度は不安に思う者も出てきております。竜殺し様がこの村を発って行ってしまわれるのではないか、と。そこで、このエルルを嫁に娶って、ずっとこの村にいていただけないでしょうか。」
「え!?ええ!?」
「幸い、エルルも竜殺し様を心からお慕いしているようですし、なんとかお願いしたいのですが・・・」
エルルの方を見たら、顔を真っ赤にしてうつむいている。
指はもじもじしてる。
かわいい。
あれ?
縁談が進んでる?
なんだか僕が把握していたものと全く違う事実が存在していたみたいで、困惑していた。
大人の世界ってすごい。
大人の世界って怖い。
エルルは僕の理想だ。
好きだと思われていて、悪い気がするわけない。
嫁にと言われたら、いわゆる二次元嫁ではなく、リアル嫁なので、躊躇するけど、お付き合いはぜひしたい!
「・・・前向きにお願いします。」
「おお!これはめでたい!めでたいぞ!」
村長さんが大騒ぎしながら村人の方に行ってしまった。
「竜殺し様がエルルを娶ってくださるぞ!ずっとこの村にいてくださるそうじゃ!」
「「「おおーーーっ!!」」」
なんか外が大騒ぎになっている。
もう、あれを止められる人なんていない。
エルルがこちらを向いた。
「不束者ですが、よろしくお願い申し上げます。神様に嫁がせていただくなんて分不相応ですが、この身の全てを太陽様に捧げます。」
あれー?なんか、すごいことになってしまった!?
僕に出来ることなんて、そんなにないぞ!?
あ、エルルが手を伸ばしてきた。
僕は、反射的にその手を取った。
エルルの顔は最高潮に真っ赤だ。
僕の顔も間違いなく真っ赤だ。
しかも、この突っ張りは・・・ニヤニヤだ!
僕は完全ににやけている!!
え?僕はこのお人形さんのような美少女エルフ、いや、金髪美少女巫女エルフの彼氏!?夫!?旦那さん!?
ヤバイ、嬉しくて走り出しそうだ!
あの山まで走って行って帰って来れる自信がある。
その後僕たちは、神殿で座ってなんでもない話をした。
これまでとは違っている点は、僕たちは手をつないだままだったことだ。
少ししたら、村娘のビスコが花を1輪持ってきてエルルに渡していた。
祝福なのだろう。
そして、エルルと抱き合って泣いていた。
僕ってそんなに付き合う価値のある人間だったろうか。
なんだかむず痒い気もしながら、嬉しい気持ちも隠せないでいた。
■実力確認
僕は2つのことを確認しなければならなかった。
1つ目は、僕の戦闘能力だ。
今までは、エルルに力をもらっていると思っていたので、僕は戦ってこれた。
だけど、実はそれが僕の力だと言う。
では、実際に戦って確かめるしかないのだ。
いつか倒した黒いドラゴンの骨で作ってもらった剣を持って行った。
竜の骨で作った剣なので『竜神の剣』と名付けた。
天の祭壇には行ってないけれど、それなりの試練は超えた・・・はず。
村から出て森に行ってみた。
オークが出たが、瞬殺だった。
『加速装置』は通常通りに働いた。
オークは5匹来ても瞬殺にした経験があるので、当たり前だった。
しかも、今回は竜神の剣もある。
「ステータスオープン!」
『レベル:629』
空間にステータスが表示されている。
まあまあなレベルだけど、いくつでカンストなのか、これが高いのか、低いのかも分からない。
異世界ものなのに冒険者ギルドも他の冒険者も出てこない話だし。
『鑑定』能力があれば、他のモンスターの能力を知ることができるのだろうが、その能力があるかどうかも分からない。
オークはきっと雑魚モンスターだろうから、今度は中堅モンスターにトライしたい。
まあ、黒いドラゴンを裏拳で倒している時点で、それ以上のモンスターがいるかどうか分からないけれど・・・
森にはそれほど強いモンスターはいないみたい。
ワーウルフの群れも倒した。
20匹くらいなら全く問題ない。
名前は知らないけど、ゴリラのモンスターも倒した。
1日森を歩いてみたけど、ゴリラのモンスターよりも強いやつはいなかった。
とりあえず、村に帰ることにしたが、村人の食料が増えただけだった。
まあ、いいことだ。
僕は、村の周辺に来るくらいのモンスターならば、一瞬で倒せると言うことが分かった。
もう1つは、エルルのこと。
エルルが本当に僕と付き合ってくれるのか、確かめたい。
いや、言い方を間違えた。
イチャイチャしたいんだー!
学校でも友達らしい友達もいない僕が彼女として、嫁として、エルルとイチャイチャできるだろうか・・・
手は、この間の宴の時につないだ。
もう一度手をつなぎたい!
僕は、エルルの家の中で、エルルの部屋の前に行った。
『トントン』
「はい。」
エルルの声が聞こえた。
「あの、エルル、ちょっといいかな。」
「え!?太陽様!?は、はい!ただいま!」
『ドスン』『バタン』『ガンツ』『ゴロゴロゴロゴロ』
・・・なんか、部屋の中から色んな音が聞こえるんだが・・・
『ガチャ』
「はい!太陽様っ!何かご用でしょうか!?」
エルルが部屋から慌てて出てきた。
こんなキャラだっけ?
でも、かわいいからOK。
「あの・・・用って程ではないでんですが、その・・・デー・・・一緒に出掛けませんか?」
「は!はいい!ぜひ!おねがいしましゅっ!」
僕たちは外に出た。
「あの・・・」
「はい。」
「いや、なんでも。いこうか。」
「はい。」
・・・手をつなぎたかった。
この村でデートできそうなところと言えば・・・市場くらいか。
基本的に自給自足なんだけど、それで全てが賄えるわけじゃない。
日用品などは市場で買えるようになっている。
小さな村なので、すぐに着いてしまう。
市場と言っても常設じゃないから、開いているときはそれなりに活気がある。
「お!竜殺し様!ようこそ!見ていってください!」
絨毯等を売っている出店の店主に声をかけられた。
「お!エルル様もごいっしょで!お似合いですよ!」
「!」
エルルが真っ赤になってしまった。
今日は串焼屋も出ている。
肉自体は村単位で仕入れる形になっているが、焼くのが上手なものが店を開いていることがある。
食べたいときに食べられるのもこの店の存在意義になっている。
「エルル様!新しい味付けを思いついたんです!評判もいいんで食べていってください!」
「ありがとうございます。いただきます。」
エルルが串焼きを2本もらっていた。
1本は僕用かな。
お好み焼きの様な料理も流行っている。
僕が小麦粉を大量に持ち込んだので、小麦粉料理が発達したみたいだ。
日本と違って、しょうゆベースのソースみたいで香ばしくして食べる料理なので、お好み焼きとはちょっと違うかもしれない。
野菜は刻んだものをのせて、小麦粉生地は2つに折るので、日本の料理で言えば一銭洋食とか、海外で言うとトルティーヤに近い料理かもしれない。
座ってテーブルについてゆっくり食べると言う文化があまりないので、持って食べるように進化したのだろう。
僕の夢の世界なのに、この異世界は僕の想像がつかない方向に進化・発展している。
面白い。
「「「わわーー!」」」
子供たちも元気に走り回っている。
この村では、厳しい環境で暮らしていたこともあって、みんな協力して生きてきた。
嫌な人はおらず、みんな友好的だ。
「エルルさま!これあげる!」
子供の一人がエルルに編んだ花のブローチのようなものを手渡した。
「ありがとう。エコル。」
子供はエコルと言うのか。
子供一人一人の名前が出てくるあたり、エルルとこの村人の関係も伝わる。
僕なんか、数人しか名前を憶えていない。
元々コミュ障なんだろうな。
クラスの友達だって数人しか名前を覚えてないし。
エコルは子供たちにもらった花のブローチを胸のあたりに付けた。
「かわいいな・・・」
つい、つぶやいていた。
はっとしたが、エルルの胸のあたりをガン見していた!
「あ!ご、ごめん。」
「ああ!いえ!とんでもないです。」
「あははは!竜殺し様もエルル様にかかったら、初々しいですね!」
お好み焼き屋にからかわれてしまった(汗)
この村だと、市場はここだけなので、次は、柵に沿って歩いてみた。
1周まわっても数キロしかないはずだ。
全部回ると大変なので、門があったり、モンスターが良く来る場所などを中心に歩いた。
「お疲れ様です!竜殺し様、エルル様。」
「「お疲れさまです。」」
門では、門番に声をかけられた。
「竜殺し様、エルル様の手は握って差し上げないのですか?」
「え?あ、いや、その・・・」
エルルと目が合った。
「あの・・・」
僕は手を出した。
エルルはそこに手を添えてくれた。
僕はなんとか手を握ることができた。
ナイス!門番!
エルルを見ると、頭のてっぺんから『プシュー』と音がしそうなくらい、真っ赤になっている。
「じゃ、じゃあ、行こうか!」
「は、はい。」
僕らは手をつないだまま、歩いた。
村長さんの家の近くの広場に戻ってきた。
ここにはいつか掘った井戸がある。
水の濁りも特になく、きれいな水が出ている。
山も比較的近いし、地下水は豊富なのだろう。
広場には神殿も近い。
先日の宴で僕がいた場所は、言うならば玄関。
その後ろに僕のための家が建設中だ。
時々は僕も手伝っているけど、基本村人で作ってくれるのだそうだ。
村長さんの家も立派なのだけれど、神様の家よりも立派だとよくないという事で、僕の家の建設が始まったのだ。
僕はエルルの家にお客さんとして住まわせてもらうので十分だと思っていたのだけど・・・
建設している村人から話しかけられた。
「あ、竜殺し様!こんにちは!建設は順調ですからね!」
「あ、はい。心配はしていませんよ。それより、すいません。お任せしっぱなしで。」
「いえいえ、竜殺し様には感謝してもしきれません。みんなすすんで作業やってますよ。」
「ありがとうございます。」
「エルル様と仲がいいですね」
「あ、いや、これは!」
ここでもイジられてきょどってしまった。
ふと気づけば夕方になっていた。
どこに行っても、なぜか、エルルとの仲が既に公認の仲になってしまっている(汗)
ビスト村は、近くに他の村や町はないので、村内を歩いて回ることになってしまった。
どこに行っていいのか分からず、結局、単なる視察みたいになってしまった。
リアルで陰キャな僕は、異世界でもデートでどこに行っていいのか分からないのだった・・・
エルルも嬉しそうだし、僕もエルルと手をつなげたし、良しとするか・・・
僕はエルルを部屋まで送って行った。
ドアの前に着いた時、エルルはピタリと止まりこちらを振り返った。
なんだろう?
なにか言い忘れたことがあったのかな?
そう思った次の瞬間、エルルが僕の腕の中にいた。
僕の胸に頬を当てている。
ふわっと、エルルの良い臭いがした。
「今日は、ありがとうございました。」
それだけ言うと、そそくさと部屋に入ってしまった。
ちょっとあっけにとられてしまった。
僕も自分の部屋に戻ろうと踵を返した。
後ろから『キャー』とか、『ゴロゴロ』とか、『ドスンバタン』とか、聞こえているけれど、流石にそれはスルーした。
今日は、視察みたいになってしまったけれど、エルルとは1歩仲良くなれた気がした。
■村人が変わっていく
僕は村にいる時間が長くなっていた。
最初の内はすぐに眠くなってしまって、寝ると、リアル世界で目が覚めていた。
最近では、寝ようと思わないと起きていることができたので、数日起きたままだったりもしたのだ。
それでもリアル世界では丸1日寝て過ごしたりすることはなかったので、時間軸は1対1ではないようだ。
この日は疲れたのかな。
部屋でうとうとしてしまった。
そこでは夢を見た。
夜、僕は遠くからビスト村を見ている。
村の上空には紫色の雲が立ち込めている。
これが良くないものだと何となく僕は感じている。
雲の中から大きな紫色の手が出てきた。
その手は、そのまま下に向かい、村のある家を持ち上げ、雲の中に取り込んでしまった。
僕は何もできずに見ているだけだった。
家が雲に消えると、次は、さっきの家と形は同じだけど、紫色の家をさっきの家の位置に戻した。
紫色の雲は霧散していき、いつもの静かな夜になった。
「はっ!」
ここで僕は目が覚めた。
どうやら夢を見ていたようだ。
異世界のエルルの家の僕の部屋だった。
なんか違和感。
これまでは、眠るとリアル世界で目が覚めていた。
今回は、うとうとしていたとは言え、夢まで見ていた。
変な夢だった。
印象的には良くない夢だったと思う。
念のため、僕は村の中を見回りして、異常がないことを確認してから眠り、この日は終わった。
■村で起きたもめ事
久々にトラブルみたいだ。
エルルが呼び出されたみたいで、それに気づいたので僕も同行する形になった。
なんでも村で喧嘩があったらしい。
しかも、流血騒ぎだ。
この村は基本的にみんな友好的だ。
厳しい環境にあったので、協力し合わないと生きていけなかった。
最近、目の前の脅威が去ったから、もめ事も起きるようになったのかな、などと思いながら現場に向かった。
村長さんが割と年配なので、エルルは神の使いの他に、調停役までになっているのか。
交番にいるお巡りさん的な?
そんなのんきなことを考えながら、着いていったのだけど、現場について驚いた。
一人が紐で縛り上げられている。
それも、手も足も縛り、それを後ろでつなげて、全く身動きができないほど縛られていた。
なに、この村ってやるときやるスタイル!?
「どうしたんですか!こんなに縛って!」
エルルが珍しく大きな声を出した。
察するに、日常的ではないらしい。
場所は市場なのだが、10人ほどが集まっていた。
数人がケガをしていて、血も見える。
既に包帯を巻かれた人もいるが、血がにじんでいるあたりそのケガの大きさを感じさせた。
「エルル様!違うんです!こうでもしないと手が付けられなくて!」
「何があったのですか!?」
「どうもこうもないんです。この店の料理がまずいと難癖をつけたかと思ったら、急に殴りかかってきて。その後は、誰彼構わず殴りかかってきて・・・」
「そうそう!最初は取り押さえたんですが、振り払ってまた暴れ始めて・・・それがすごい力で。」
「ヤオルさんは普段こんなことをする人じゃないんですが・・・」
大多数の人の言うことが一致していて、縛られているヤオルさんと言うのが、今現在も暴れている様なので、事実の可能性は高いな。
このヤオルさんどうしちゃったんだろう。
その後も落ち着くことなく暴れ続けるヤオルさんだったので、しょうがないので縛ったまま部屋に軟禁することになった。
一晩したら収まるだろうと思ったのだ。
「太陽様、ご同行ありがとうございました。」
エルルからお礼を言われてしまった。
「いやいや、全然。それにしても喧嘩なんて珍しいね。」
「はい・・・ヤオルさん暴力を振るうような方ではないのですが・・・」
みんな口々にそういうのでそうなんだろう。
単なる暴力事件だったのだが、なんとなく嫌な予感がした。
翌日、嫌な予感は的中した。
ヤオルさんは、暴れ続けていた。
拘束しているので被害はないが、縄で縛った手や足は血がにじんでいる。
目が尋常じゃない。
どこも見ていないと言うか、見えていないと言うか・・・
この日はもっと異常だった。
また暴力事件だ。
今日は2人。
本人も傷つけないように紐で縛るのではなく、簀巻きにしてエルルの家の僕の部屋の隣に転がしておいて。
1日前のヤオルさんも同様にした。
僕の力ならばいくらヤオルさんが暴れても鎮圧できる。
それよりも、この「異常」が拡大しているのだ
エルルに聞いても、過去にこのようなことはなかった。
病気を調べてみても該当するものがなかった。
『狂暴化する』と言うキーワードから、『狂犬病』を疑ったが、そもそも狂犬病とは人に感染しても犬の様に狂って暴れ出す症状ではなかった。
しかも、あの力は尋常じゃない。
普段の力以上の力で暴れている、暴れ続けている。
病気だとしたら、そもそも僕に診断ができない。
魔法か?
呪術か?
いずれにしても僕の弱い分野だ。
弱ったな。
ひとつ気になるのは、僕が夢を見たことだ。
あの紫色の雲から手が出てきて、村の家を1件丸ごと空の上に持ち去るのだ。
その後、紫色の家を元あった位置に戻してしまう、不吉な夢。
悪いことに、この『狂暴病』は続いた。
最初は1人、次の日に2人、5人、10人と増えていった。
たった4日で村人の約40%が狂暴病になっている。
この調子で行けば、あと数日でこの村はとんでもないことになってしまう。
この狂暴病が『どこから来たか』などはこの際どうでもいい。
問題は『どうしたらいいか』だけだ。
手掛かりはあの夢の紫の雲と紫の手だろうか・・・
■消える異世界
今日の狂暴病は、20人以上みたいだが正直数が把握できないくらいになっていた。
相手がモンスターなら倒すことは出来るが、村人となるとそうもいかない。
本人は暴れるのだが、本人自体もケガをさせないようにしていたので、拘束具も考えないといけないし、場所もそれなりに必要だった。
一通り村を見て回って気づいたことがあった。
僕が夢で見た紫色の手が家をすり替えてしまったあの家は、狂暴病の最初の感染者ヤオルさんの家であることを。
そう考えると、2番目、3番目の家が取り換えられるのも、狂暴病にかかった人だ。
その後の夢は見ていいないが、無関係とは考えにくい。
夜になっても、狂暴病の村人は暴れている。
狂暴病になっていない人は全員神殿に集まった。
「竜殺し様、今日にも全員が狂暴病になってしまうんじゃ・・・」
「確かに。」
「太陽様・・・」
みんなが不安なまま身を寄せている状態だ。
この中の誰かが狂暴病になってしまいかもしれないのだ。
ゾンビ映画ってこんな感じか。
狂暴病が伝染るものなのか、個別に原因があるのかすら分からない。
そもそも病気かすら分からないのだ。
エルルは僕のすぐ横に座っていた。
僕もエルルの手を握ったままいた。
僕も少しづつ眠気がさしてきていた。
もうすでに目は開いていなかったが、周囲の村人が立ち上がり、暴れ始めたのを気配で感じた・・・
■目覚めるリアル世界
異世界で眠りについたと同時にリアル世界で目が覚めた。
嫌な夢だった。
全身汗でびっしょりだ。
手のひらも・・・手を見ると、手が握られている。
手を握っているのか!?
横を見たら、エルルがいた。
あれ?ここは異世界!?
ガバッと起き上がった。
確かに、エルルがいつもの巫女服で僕の横にいる。
そして、僕の手を握ったまま眠っている。
ナニコレ!?
アニメでいうと10話か11話で、もうエンディングになったと思っていたのに!
いきなりの超展開!
『起承転結』の『転』だとしたら、ここにきて『転』過ぎるだろ!
なにあの狂暴病!
全然、どうにかできる気がしない!
「ん・・・」
エルルが目を覚ました。
「太陽様、おはようございます。」
目を覚ましたエルルが身を起こした。
「おはよう・・・」
エルルが僕と目が合ったらにっこりしてくれる。
相変わらず、かわいいなぁ。
エルルが周囲を見渡して不思議そうにしていた。
「ここは・・・」
は!?エルルが僕の家に!?
現実世界に!?
「えーーーーーーーー!?」
「え?え?どうされたんですか?」
僕もエルルも違う意味でテンパった目覚めだった。
・・・落ち着こう。
とりあえず、落ち着こう。
僕はいつものように、テーブルのイスに座って、焼いたパンを中心にした朝食を準備した。
エルルは僕の向かいの席に座っていて、とりあえず、パンと牛乳を出した。
「とりあえず、食べようか。」
「はい。いただきます。」
「パン!太陽様!これパン!焼き立てですか!?温かいです!」
「え?パン!?そう!パン」
エルルがパンに食いついた。
ダブルミーニングで。
「やわらかいです!美味しいです!」
そう言えば、村にパン持って行ってないな。
小麦粉とか、素材ばかりで完成品は持って行ってなかった。
しかも、村のパンは固いパンだった。
ハードパンってやつ。
「こんなに柔らかいパンがあるなんて!」
エルルが感動している。
喜んでくれているみたいだし、いいか。
「あ!このとうもろこしのスープに入った四角く小さいのもパンですね!」
クルトンか。
確かにパンだな。
エルルって、パンが好きなのかな?
「この白い飲み物って、もしかして、乳!なんの乳ですか!?」
「牛乳だよ、牛、牛の乳。」
そう言えば、賞味期限が短いから牛乳は異世界に持って行ったことなかった。
大騒ぎしながら(主にエルルが)食事を食べ終えた。
「「ごちそうさまでした。」」
「ふー、エルルここは・・・」
「分かります。ここは神々の世界ですね!」
神々の・・・大きな間違いではないから、まずはそれでいいか。
「ここは、僕の家だよ・・・その、本当の。」
エルルが、目をキラキラさせながら周囲を見ている。
あんまり見ないで、お金持ちじゃないし、狭いし・・・
「僕は・・・ビスト村では神様かもしれないけど、ここでは僕はたくさんいる人の中の1人に過ぎないんだよ・・・」
「・・・。」
エルルって僕のことを神様だと思っててくれたので、失望したよね・・・
「太陽様みたいな神様がたくさんいらっしゃる!感激です!」
エルルが目をキラキラさせている。
壮大な勘違いがありそうだな・・・まあ、エルルがそれでいいなら、いいか。
「僕はこの世界では、ステータスを表示することすら・・・」
『レベル:633』
!!
ステータス表示!?
リアル世界で!?
「ストレージ!」
ストレージ一覧を見たら、バチバチに色々入っている。
「竜神の剣!」
呼び出すと、僕の手には、あの竜神の剣が握られていた。
「あれ?」
戻すとストレージに戻った。
そう言えば、いつかは教室で『加速装置』を使えた!
村に最初に行ったときの僕のレベルって確か『23』とかだったと思う。
今が『630』くらいだった。
約30倍!?
いつの間にか強くなったのか!?
は!学校!今日は平日だ!学校に行かないと!
いや、こんな時だ。
休むか!?
僕は学校になんだかんだ言って皆勤賞だったし、このままだと将来は立派な社畜になるだろう。
あり得ない状況になって、異世界のエルルがリアル世界にいると言うのに、僕は学校に行こうとしているのか!?
それよりも、ビスト村の狂暴病対策を考えないと!?
でも、きっともう村人全員・・・
「太陽様・・・」
「あ!はいはい!なに?」
そうだよね、エルルの方が不安なはず。
いきなり知らない世界に飛ばされたわけだし。
「あの、これどうやたら消えるのでしょうか?」
エルルの前にステータス・ウインドウが浮かんでいる。
『レベル:43』
僕のステータスじゃないみたい。
エルルのか。
閉じると考えたら、エルルのステータス・ウインドウが消えた。
「あ、消えました。」
言うならば、僕とパーティを組んでいるから、僕がウインドウを表示させたら、エルルのも出て、エルルもそれを見ることができたのかもしれない。
うーん、僕が学校に行くとしたら、エルルは家で待っててもらうか?
それだと退屈だろうし、どこかで時間をつぶしてもらうか?
ただ、見知らぬ世界で一人ってのは絶対心細いはず。
なんだかエルルが真っ赤になって照れている。
そう言えば、色々考えていたら、エルルをガン見していた。
そこで、ふと思った。
『実体』だよなぁ。
エルルの肩に手を触れてみた。
ちゃんと手ごたえがあった。
よかった、エルルはここに『いる』。
エルルが身を寄せてきた。
勘違いしたのだろう、でも嬉しいな。
エルルを両手で抱きしめた。
よし!行ける所まで行ってみよう!
エルルはいつもの巫女服だ。
流石にこれは目立ちすぎる。
エルルには僕の服を着てもらうことにした。
僕の服の中で、エルルが着てもおかしくない服・・・
ジーンズとTシャツくらいしかなかった・・・
金髪美少女エルフなのだ、着こなしが難しいジーンズとTシャツ(しかも男物)でもバッチリかっこいい。
でも、夢なものとを見てダメだと分かった。
その・・・ポッチが・・・
昔、気の迷いで買ったピタTを肌着代わりにしてもらって、改めてTシャツを着直してもらった。
うん、これなら外に出せる・・・はず。
念のために「エルフ Tシャツ ジーンズ」と言うキーワードで検索したが、エルフの着こなしを紹介するサイトなんて1つもなかった。
そりゃあそうだろう。
エルフがこの世界に1人もいないのだから・・・
コスプレの写真くらい出てくるかと期待したのだけれど・・・
念のため「エルフ 着こなし」でも調べたが、欲しい情報には到達できず、僕の検索力の低さに頭痛がした。
もう、これでいい。
これで行ってみよう。
僕はいつもの制服に着替えた。
「まあ!太陽様!凛々しいです!」
エルルが喜んでくれた。
制服ってピッシリした印象だしね。
それぞれ、身支度を終えて、学校に出ることに。
「いざ!」
外に出ると、エルルが周囲を見渡して少し怯えている。
僕の腕にすがり付いている。
これはこれで嬉しいなぁ。
高層ビル群という訳ではないけど、僕の住むのはアパートだけど、周囲には適度にマンションがあったり、高い建物もある。
「こんな高い建物が・・・王都にもこんな高い建物はありません。」
異世界には、お約束で王都があったんだな。
適度に建物について説明したので、手をつなぎながらいつもの通学路を進んでいく。
いつもの通学路が、それまでと全く違うように見える。
なんと言っても、横に、エルルがいる。
超絶美少女なのは、僕だけの主観ではなかったようだ。
歩いていると、すれ違う人が必ず見ていくし、振り返っているのがビンビンわかる。
2度見や3度見は当たり前なので、なんだか僕までむずむずする。
そもそも金髪で目立つのに、これだけの美少女だ。
エルフの耳は髪の毛で良い具合に隠れているので、それほど目立たない。
多分、エルルの見た目で注目されているに違いない。
ホクホクで歩いていると、目の前にスズキの後ろ姿が見えた。
途端に嫌な気分になる。
それを察したのか、アルルが僕の腕にしがみつく。
スズキは後ろを振り向いたが、僕の顔を見た瞬間学校に走って行ってしまった。
そう言えば、スズキは最近ヤマダ達にいじめられていたな。
もう僕をいじめることはないだろう。
校門が見えてくると、ヤマダ達に会った。
「あれ?田中?田中じゃん!すっごいかわいい子を連れてるから分からなかったわ。」
「すっげ!ちょーかわじゃん!」
「金髪!紹介してくれよ!」
いじめっこ3人と言う感じだ。
エルルは怯えて、僕の後ろに隠れる始末だ。
「あれー?隠れなくていいじゃない。」
ヤマダが僕の後ろに回り込もうとする。
僕は反射的に、ヤマダの首をつかんで持ち上げた。
「うぐ!この野郎!なにしやがる!」
テンプレ的なチンピラか。
「僕の周りにいるのは別に気にしない。だけど、僕や僕の周囲に手を出すなら・・・」
そこまで言うと、僕はヤマダの首を引き寄せて、耳元で言った。
「首をへし折るぞ。」
そのまま地面に投げ捨てると、ヤマダは『ひいい』と言いながら尻餅をついたかと思ったら、その他の2人(名前すら憶えていない)を置いて後者の方に走って行った。
人がリアルに「ひいい」と言うのを初めてみた。
お前らもかと、他の2人をギロリとにらみつけると、後ずさりして逃げて行った。
「エルル。」
「はい。」
「僕は考え違いしていた。きみだけ置いて僕一人学校に行くことはできない。行こう。」
僕は、エルルの手を引いて歩き始めた。
■調べもののために図書館へ
とりあえず、制服なのに学校をさぼることを決めたので、学校から離れた。
「あの・・・よかったのでしょうか?」
「え?何が?」
「太陽様、どこかに行くことを予定しておられたみたいですので・・・」
「ああ・・・学校ね。勉強しに行くつもりだったけど、エルルの方がもっと大切だから今日はやめた。」
「そうなんですか・・・それは、すいません。そして、ありがとうございます。」
とりあえず、服屋だ。
見れなくはないけど、エルルにTシャツとジーンズと言うのは、なんかもったいない。
近所のモールに直行した。
これまで女の子の服なんて見たことがなかったので、どんなものを見て良いのか分からないけど・・・
「行こう。」
「はい。」
手を引くとエルルは着いてきてくれる。
モールの入口でエルルが止まった。
「ん?どうしたの?」
ドアがひとりでに開きました。
ああ、自動ドアか。
異世界にはないだろうし、珍しいのかな。
「近くに行くと、ひとりでに開くから。」
『透明の扉』とか『意思を持ってひとりでに開く扉』とか仰々しい単語がいくつか聞こえたが、危険性はないから、通ってもらおう。
モールには平日なのでお客さんは少ない。
ただ、男女構わずみんな目が合う。
エルルがかわいいからと言うのもあるだろう。
きょろきょろしながら歩いているのもあるだろうけど、そんな人もいるだろう。
やたら目立ているのは、エルルの見た目のせいだろう。
「太陽様、神々の街は大きくて広いですね・・・」
「ああ、ここは街じゃなくて、お店だよ。」
「お店!こんなに大きいのに!」
「まあ、僕が住んでいる市だけでも人口で言ったら20万人くらいだったと思うんで、ビスト村と比べたら4000倍くらいだからかな?」
「4000倍!」
「ただ、ここは地方の小さな町だから、都会に行ったらもっとたくさん人はいるよ。」
ちょっとエルルの理解が及んでいないのが分かったので、あまりこの話は膨らまさない方が良いみたいだ。
モール1階は食品などが多いので、2階に移動しようとエスカレーターに向かうと、エルルがここでも止まった。
「た、太陽様!階段が!階段が動いています!」
そうか・・・子供でも初めてエスカレーターを見たら、乗るタイミングが分からない子もいる。
エルルは当然エスカレーターを初めてみただろうし、かわいいなぁ。
なんだか、ほっこりしてみてしまった。
「太陽様、なんだかお顔が意地悪です。」
「ごめんごめん。動く階段じゃなくても上の階に行けるからそっちにしよう。」
僕は、エスカレーターをあきらめて、エレベーターに移動した。
また、ドアが自動で開くことは驚いていたみたいだけど、乗る前と乗った後で景色が違うことにものすごく驚いていた。
「てっ、転移!転移魔法ですか!?」
あー、そうなるのか。
まあ、そんなもんだよね。
どの服を買うと言うのは決まっていないので、女性ものの服を置いている店を歩いて見ていく。
今まで、興味がなかったのだけど、同じ女性服のお店でも、ミセス用・・・要はおばちゃんようと、子供用と、ティーン用、OLさん用と・・・店によって置いてある服が違うのか。
どのお店が良いのか、見渡していると、エルルの目がキラキラしているのに気付いた。
何か琴線に触れるものがあったのかな。
ショーウインドウに飾られた、ふあふわした服を見ているようだった。
ロリータと言うタイプか。
たまたまショーウインドウに飾られている服が、白ベースで、赤のアクセントが所々に入った感じの服で、膝までのミニスカートであるものの、どことなく巫女服にデザインが似ている服だった。
エルルは目がハートになって、その服に吸い寄せられている。
ゴリゴリのゴスロリでもなく、ロリータと言っても少しソフトなロリータ服。
巫女服が似合っていたエルルなら、似合うんじゃないか?
お店に入ると悲鳴が聞こえた。
「きゃー!!!お客様いらっしゃいませー!かわいーーー!!!」
テンションがやたら高い女店員が近寄ってきた。
「きゃー!かわいい!外人?外人なの?ジャパニーズ・オーケー?」
エルルが圧倒されている。
なんかすごいキャラが出てきちゃったよ・・・
「言葉は分かります・・・」
「きゃー!かわいい!!言葉が通じるなんて最高!!」
最高潮のテンションで店員は続けた。
「私、バイトなんすけど、学校は服飾で!ロリータ大好きなんです!!イメージぴったり!割引するので、ぜひ着てくれませんか!?写真撮って良いですか!?」
割引してくれるならありがたい。
写真くらい大丈夫かな?
そこからファッションショーが始まった。
店員おすすめのロリータ服に次々着替えて、見せに来てくれる。
店員は次々写真を撮っていく。
どれもかわいいので、甲乙つけがたい。
幸いお財布の中は、まあまあに温かい。
お小遣いはそこそこ持っているので、服代は何とかなるだろう。
色々見た結果、エルルは、最初にディスプレイで見たあの服が良かったらしい。
「よし、それを買おう!かわいいよ。」
「え?いいんですか!ありがとうございます。太陽様!」
これまで着ていたTシャツとジーンズはもらった紙袋に入れて持ち歩くことにした。
エルルはロリータ服に満足のようだ。
ついでに下着も一緒に買った。
本人がいるのだから、下着も何とか買えた。
僕だけだったら、絶対無理だった。
僕たちは、フードコートで軽く食事をとって、コーヒー(エルルはオレンジジュース)を飲みながら、打ち合わせを始め・・・たかった。
ちなみに、軽食には、僕はローストビーフサンド、エルルはサンドイッチを食べた。
その後、ケーキとシュークリームを買ってきた。
しばらく、これが何という食べ物で、どのように食べるのか説明する所からスタートだった。
打ち合わせ・・・
「エルル、僕はあの狂暴病が何なのか調べてみたいんだ。」
「はい・・・この『しゅーくりーむ』というものは、中にやわらかい物が入っていて、これがあまいです!」
そうな、クリームな。
「それで、やわらかい物は、白と乳白色の2種類あって、私はどちらも好きです。」
そうな、カスタードクリームと生クリームな。
「それで・・・」
話を続けようとしたら、じーっとエルルが僕のケーキを見ている。
「食べてみる?」
「いっ、いいのですか?」
「どうぞ、どうぞ。」
女の子は異世界もリアルも関係なく、やっぱり甘いものが好きなのかな(苦笑)
一通り、スイーツが無くなるまで「打ち合わせ」は保留になっていた。
■情報の宝庫
僕たちはまだモールのフードコートにいた。
「それで、改めてこれからの話だけど・・・」
「はい・・・大変失礼しました。」
エルルがしょんぼりしている。
我を忘れて、甘いものに集中していたのを反省しているらしい。
「そんなに、しょんぼりしないで。初めての物ばかりだししょうがないよ、うん。」
仕切り直そう。
「それで、これからなんだけど。」
「はい。」
「日本には、知識と情報の宝庫があるんだよ。」
「知識と情報の宝庫・・・」
「今からそこに行って、調べものをしたいと思って。」
「はい、私もお供します。」
「それには、一つだけ問題があって・・・」
「村のためです。私はどんなことでも受け入れます!」
「それが・・・歩いていけないんだ。」
「では、どうやって・・・?」
・・・
「きゃーーーー!無理無理無理無理!」
エルルが内またで僕にしっかりしがみついている。
ここは、地下鉄の中。
地下に降りるときも一悶着あったのだけど、地下鉄はかなりダメらしい。
概ね予想通りだった・・・(汗)
轟音と共に地下を走っているので、それがダメらしい。
「あの・・・、地下の魔王のところに着いてしまうという事は・・・」
「大丈夫だよ、駅にしか着かないし、魔王なんていないから・・・」
エルルは僕の夢の中の住人。
僕が思えばエルルは存在できるのだから、エルルが思えば魔王もいるのかもしれない。
まあ、駅に着くけどね。
駅に着き、歩くこと15分。
周囲の人に注目されるのも慣れてきた。
ただ、あそこに近づくにつれ、人が多くなるのか、目が合う人の数が増えてきた。
しかも、ロリータ服のエルルは殺人的にかわいい。
超絶かわいい。
途方もなく、かわいい。
みんながじろじろ見るのとか、遠目でひそひそ話すのとかは見慣れてしまった。
そう、僕たちはここに来たのだ!
人類の叡智の結晶!
図書館!
「わーーーーー!何ですかこれ!」
エルルは安定の驚きを見せた。
ただ、本の多さに圧倒はされているが、そもそも『本』が何なのか知らないらしい。
色々な情報について書かれていることを教えてあげると、めちゃくちゃ感動していた。
『知識を記録する手段』が異世界ではないらしい。
実際には、王都(まだ見たことはないけれど)などにはあるのかもしれないけど、ビスト村レベルでは本も含め記録媒体がなかった。
そう言えば、紙も見たことがない。
エルルは、言葉も話せるし、日本語の本も読めるらしい。
どこにどんな本があるかを簡単に教えたら、一人で探しに回って読み始めた。
本来優秀な人なのだろうな。
人っていうか、エルフだけど。
さて、『狂暴病』について調べよう。
そもそも『狂暴病』って名前は、僕が勝手に付けた名前なので、検索ワードに入れても何も出てこない。
「怒りやすくなる病気」などはあるみたいだけど、症状は全く違う。
人の能力を超えた力で暴れる人・・・
リミッター解除した力で・・・みたいなのを考えた時、リミッターをかけているのは脳みそだ。
僕の夢の中だから、僕が生み出したものだと考えた方が良いだろう。
村で見た夢の空から降りてくる紫の雲とそこから出てくる巨大な紫の手・・・
夢占いの本を読んでみたが、『紫の手』とか『紫の雲』とか夢占いの本には出てこなかった。
そんな異常な夢を見る人がこれまでいなかったのか・・・
夢の中からエルフが出てきた人もあまりいないだろうな・・・
ドラッグ的な薬で本来以上の力が出るような物がないか調べてみたが・・・それもなかった。
図書館なので、健全な情報しかないのか、脳のリミットを解除できたとしても、我を忘れて暴れ続けるってのは・・・
そう言えば、エルルは?
ちょっと目を離していたけど、トラブルになってないよね?
図書館をぐるっと回ったら、「自然科学」との頃にいた。
なんか、本をすごい勢いてパラパラやっている。
「エルル、大丈夫?」
「あ、太陽様!ここすごいです!知りたいことが、たくさん書かれています。」
「でも、速読が出来るわけでもないだろうし、そんなにパラパラやっても読めないでしょう。」
「確かに。読めないので、こうして覚えておいて、後でゆっくり読もうかと・・・」
「は?どういうこと?」
「見て覚えるじゃないですか。それを後でゆっくり読もうかと・・・」
「ん?見て覚えられるもの?」
「はい・・・出来ると思いますけど・・・」
ためしに、そこら辺の本を1冊取り出して、適当なページを見せた。
「これを見て。」
「はい。」
僕は本をこちら側に向けて、聞いてみた。
「何ページだった?」
「58ページと59ページでした。」
「13行目の書き出しは?」
「ニホンカワウソが絶滅した原因として考えられ・・・」
「46行目は?」
「オニコディクティオンは、カンブリア紀に生息していた葉足動物の1属であり・・・」
なに!?どういうこと!?
瞬間記憶能力者!?
「エルル、その能力はすごいよ。」
「そうなんですか?昔からそうだったので、すごいとは感じたことがなかったですが・・・ありがとうございます。」
エルルなら、テストも楽勝だろうな。
テストの時に『教科書のあそこに書いてあったはず』とか思ったら、見直せるわけだ。
いいなー。
敗北感と脱力感で、僕の緊張の糸は切れた。
とりあえず、帰るか・・・。
ちなみに、帰りがけも地下鉄に乗ったのだけど・・・
「無理無理無理無理―――!太陽様助けてください!」
さっきから電車内で大騒ぎするエルル。
金髪美少女に話しかける人がいるはずもない。
1人ならまだしも、僕の手にビッタリしがみついているのだし・・・
「『としょかん』は好きですが、『ちかてつ』は嫌いですー。」
「いやいやいや、魔王とかいないから。妄想だから。それに僕が横にいるから!」
妄想?
心が生み出したもの?
怖いと思う気持ちが見せた幻影・・・
何となくもう少しで思いつきそうなんだけど・・・
色々考えながら、エルルとは手をつないで家に帰った。
家にあんなイベントが待っているとは予想もせずに・・・
■お母さん
『ガチャ』
「ただいま。」
いつも家に帰っても誰もいないのが普通だ。
ところが、今日は返事が返ってきた。
「おかえり、太陽。」
ふと見ると、母親がキッチンにいる。
当然、僕の横にはエルルがいる。
母さんの視線は、僕とエルルのつないだ手に下がる。
「まー!いらっしゃい、あがって!あがって!あがって!」
エルルがすごい勢いで部屋の中に案内される。
「まーまーまーまー、こーんなかわいらしいお嬢さんがうちにー。」
もう既に察しているみたいだけど、概ね間違えていないだろうから、僕は何も言えない・・・
「金髪は染めてるの?きれいねー!」
「そのお洋服どこでかったの?わかいいわねー!」
「頭ちっちゃいわねー!もう、これくらい!」
「か、母さん・・・エルルが困ってるからっ。」
「あ、あ、あらあら・・・」
何とか母さんの暴走を止めた。
既にエルルの前には、水と、お茶とコーヒーと紅茶と羊羹がでている。
なぜか、バナナも出ている。
どうしたかったのか・・・
エルルが居間のテーブルの横で、正座で、三つ指ついて母さんに挨拶をした。
「いつも太陽様には大変お世話になっております。この度、太陽様と契りを交わさせていただくことになりましたエルルと申します。」
母さんも向かいに正座しているが、少しのフリーズの後、我に返って答えた。
「この子のことをよろしくお願いします。」
なんか2人で頭を下げ合っている。
こういう場合、僕は、どの立場で何を言ったら良いの!?
頭を下げある二人、おろおろする僕と言う、取り止めのない無限ループがしばらく繰り広げられていた。
一息ついたら、女同士の関係の発展は早かった。
母さんが夕飯を、と言って料理を作り始めようとするや否や、一緒に手伝うと言って手伝いをかって出るエルル。
後ろからおろおろする僕。
なんやかんやでエルルは泊まっていくことになった。
狭い部屋なので、雑魚寝のようになるのだけれど。
まあ、エルルはビスト村にしか家がないから帰れないけどね。
なんで今日に限って早く帰ってるんだよ、母さん。
「彼女紹介イベント」をノー準備でいきなり実行された僕の心のダメージは、かなり大きかった。
夕食後には、少し落ち着いて話ができた。
「お母さんね、びっくりしたわ。あなたは、どちらかと言うとおとなしい方だから、彼女さんを見れるのは、まだまだ先だろうって思ってた。最近、調べものをしたり、私の職場を見たいと言ったりしていたのは、きっと彼女のためなんでしょうね。」
うーん、当たらずとも遠からず。
母親ってすごいな。
顔を合わせない日もあるし、話をしない日もあるのに・・・
「エルルさんもありがとうね。太陽と一緒にいてくれて。」
「とんでもないです。太陽様は、私だけじゃなくて、村人みんなの救世主様なんです。」
話は変な方に行きそうだから、適当にごまかした。
夜、お客様用の布団を使って、3組布団を並べた。
ここでも一悶着あった。
通常ならば、僕は窓際に布団を引き、入り口側に母さんが布団を引いていた。
今日は、入口から、『母さん、僕、エルル』の順番に寝ることにしようとした。
そしたら、母さんがもっとエルルと話したいとエルルの横を希望した。
そうなると、『僕、母さん、エルル』の順番になってしまう。
僕とエルルが離れるのはおかしいだろうと、主張すると、『母さん、エルル、僕』案が浮上したが、僕を差し置いて中心で寝ることは出来ないとエルルが力強く辞退。
わいわいやってるのは楽しかった。
どうも母さんは精神的にも若い感じで、友達3人って感じになっていた。
寝る前に、異世界のこと、エルルのこと、自分のこと・・・色々考えたら寝られなかった。
『地下には魔王がいる・・・』
『横に僕がいる・・・』
『エルルの能力・・・』
ニヤニヤしながら今日エルルと話した内容を思い出していた。
エルルは、きっと僕の理想の女の子だ。
めちゃくちゃかわいい。
母さんともウマがあうのか、今日は一緒に料理を作ってた。
ああいうのなんかいいな。
なんか嬉しいな。
異世界の全部は僕の思った通りとは限らない。
だって、知らない料理が存在したし。
ただ、想像できないような料理はなかった。
あの『紫の雲』と『紫の巨大な手』だけは想定外。
異世界が僕の夢の中なら、夢の中で夢を見た時に出てきた。
僕が思えばエルルがリアル世界に現れた。
地下鉄でエルルが魔王を思っても、僕が否定したから魔王は出なかった。
じゃあ、僕もエルルも同じことを思ったら!?
あの夢の中では僕は身体が一切動かせなかった。
夢の中ではよくあることだろう。
僕は夢に落ちながら、横で寝ているエルルの手に手を伸ばした。
■再び夢の中へ
僕とエルルはビスト村にいた。
「太陽様、これはどういう・・・」
「そうなんだ。僕が寝ると、ビスト村で起きるんだ。」
村は、いつも通りの様子に見えた。
狂暴病のことなど誰も知らないみたいに・・・
エルルと手をつないで市場に行ってみた。
「お!竜殺し様!ようこそ!見ていってください!」
絨毯等を売っている出店の店主に声をかけられた。
「お!エルル様もごいっしょで!お似合いですよ!」
エルルがあっけにとられている。
串焼屋も出ている。
「エルル様!新しい味付けを思いついたんです!評判もいいんで食べていってください!」
「ありがとうございます。いただきます。」
エルルが恐る恐る串焼きを2本もらった。
お好み焼きの様な醤油味のトルティーヤみたいな料理の店も出ている。
すぐ横を子供たちが走って行った。
「「「わわーー!」」」
子供の一人がエルルに編んだ花のブローチのようなものを手渡した。
「ありがとう。エコル。」
エルルが僕の方を向いた。
「太陽様、これはどういう・・・」
「きっと、僕にはあの『狂暴病』はどうにもできなかったんだ・・・でも、狂暴病が始まる前だったら・・・」
「なにか予防する方法があるんですか!?」
「実は・・・」
僕は、夢の中で見た『紫の雲』と『紫の巨大な腕』の話をした。
「私に出来ることはありますか?」
「エルルには・・・危険かもしれないけど、あの夢に僕と一緒に行って、僕を応援してほしい。」
「もちろん、お供します!」
僕は、いや、僕らはあの日の様に眠りについた。
あの日の転寝の様に。
僕はビスト村を上空から見ていた。
横にはエルルがいる。
エルルは空が怖いみたいで、僕の手にしがみついている。
「大丈夫だよ。これは夢だから。僕とエルルが大丈夫だと思えば、大丈夫から。」
「・・・」
やっぱり怖いものは怖いみたいだ。
しょうがないだろう。
足の下には何もなくて、地上数十メートル上空にいるのだから。
「エルル、僕を信じて。」
「・・・は、はい。」
半信半疑と言うところもあるだろう。
でも、信じて横にいてくれる。
内またになっているし、僕の手にもしっかりつかまっているけども。
他人が慌てると自分が落ち着くことってないだろうか。
エルルが慌ててくれることで、僕は逆に冷静になってきていた。
しばらく様子を見ていると、あの紫色の雲が辺りに立ち込めてきた・・・
雲が広がったかと思ったら、雲からあの紫色の巨大な腕がのびてきた。
「エルル。」
「はい!」
エルルが祈りのポーズで僕に「お願い」してくれる。
「太陽様!どうか、村を守ってください!」
僕は次の瞬間、竜神の剣を握っていた。
そして、そのまま、あの紫色の巨大な腕にめがけて飛んでいき、その腕を切り落とした!
切り落とされた巨大な腕は、地面に落ちることなく、紫色の雲と一緒に霧散して無くなった。
次の瞬間、僕とエルルは目を覚ました。
そこは、エルルの家の僕の部屋。
二人ともうたた寝していたような格好だ。
いや、単なる夢落ちじゃない。
確かに、実感がある。
僕たちは村長さんをはじめ、最初の感染者ヤオルさん、市場にいるみんな、を見て回った。
誰にも何にも変化はなく、普通通りの日常が繰り広げられている。
エルルと目が合った。
手はつないでいる。
何となく笑いが込み上げてきた。
■エンディング
いじめられっ子だった僕は、現実に失望していたし、夢の中の異世界にはわくわくしていた。
いつしか、リアルか、異世界か、選ばないといけないと考え始めていた。
僕は、ビスト村と関わることで、食材を手に入れたい一心で、フードロスの食材が集まる場所や使い方を調べた。
眠ることで、現実世界と異世界を行き来できるようになった。
ビスト村に行って、必要とされることで、人は頑張れることも知った。
エルルは、リアル世界にも来てもらった。
母さんにも紹介しちゃったし、時々はまた来てもらわないと困ってしまう。
ビスト村は、自給自足も進んだので、食糧問題は解決しつつある。
ビスト村以外にも困っている村はいくらでもあるだろう。
もっともっと集めて、困っている人に提供しよう。
それは、リアル世界でも同じはず。
もちろん、海外の知らない国の貧しい地域の人も食べられないだろう。
だけど、日本の中でも実は貧困がある。
2016年のデータでは子供の7人に1人が貧困だという事だった。
本当なのだろうか。
実際に自分の目で見て確認したい。
高校生のうちは、ボランティアでも構わない。
僕が大人になったら、フードロスを無くしたり、貧困の子供を助けるような、そんな仕事を始めたい。
異世界は異世界で僕がいた方が村は安心だ。
突然、見知らぬモンスターが出現するかもしれないし。
手放しに安定的に安全な状態にはならないだろう。
僕も、あの村が好きだ。
エルルと共にあの村にいたい。
そして、リアル世界にも興味がわいてきた。
学校の教室の狭い世界だけが全てじゃなかった。
むしろ、それ以外の方が面白いことがたくさんある。
もっと見たいし、もっと人を助けたい。
そして、僕は決めた。
これからも僕は2重生活を続けていくことにしたのだった。