第7話 敵の心『ギセイシャ』知らず
最近気に入らない奴がこのギルドに出入りするようになった。そいつの名前はトミー・カーク。私の2つ上で18歳。背は私と同じか少し低い。あとは、金髪金眼で龍眼ってことぐらいか。この目の持ち主は非常に稀で、カリスマ性があり高貴なオーラが漂うとか言われるらしいけど、こいつはせいぜい金魚の糞だろう。目尻は吊り上ってはいるが顔全体が優男の雰囲気だから畏怖とかそういった感情は湧かない。
黙って本でも読んでいればいい男なんだが、こいつの言動はガキ臭いし、嘘臭い。ストレートティーすら飲めないって、なんだそれ。8つのガキでも飲むぞ。
おまけに私の嫌いなセネットの使用人兼弟子。魔導はまだ使えないが、魔法の才能はあるらしく、黄ランクのくせに『赤の試験』を受けるそう。ふざけるな。私は5年も修行してやっと去年受かったのに。本当にふざけるなとしか言えない。
今回、唯一魔導師として受験するそいつは噂では攻守ともに出来る3属性持ち。神様はなんて不公平なんだろうか。私は水系呪術だけなのに。
観覧席の空いたところに陣取り、噂を確かめるつもりでジト目で見る。反対側の席に兄さんとレイと、チャニングが座っている。レイが私を手招くが周りのクズ3人と関わりたくないから手を振り返し、視線を外す。
下を見れば、ちょうどあいつの番。魔導師の魔力で標準を合わせた瞬間からカウントダウンが始まり、最初の一撃、もしくは20秒経過で攻撃される。倒すこと自体に時間制限はないが、経験則で言えば基本五分を過ぎると不合格。魔導師は近接戦で逃げながら魔導を打てる奴は少ないから最初の2、3撃で倒さないとほぼ不合格も同然。
さて、あいつはどうなるか。槍の内側に火種を入れるカークは不自然な量の魔力を注いでいる。何を考えている。そう思った瞬間、的に突き刺さった槍が爆発し、私の頭より高く燃え上がった。
「な、なんだ……これは」
炎帝系や不死鳥系の魔導と違い爆散する破片も利用した魔導なんて知らない。なんで、なんであんなぽっと出が新しい魔導を開発できるだよ?!ふざけるな!!
そもそも、あいつは3属性だろうが。槍の地属性に、爆発の火属性、投槍の捻りと爆発の補助の風属性。どうやって火を消すつもりだ。
ランク剥奪されちまえ。そう思いながら呪術で火の存在を水に書き換えていく。フル詠唱でないと消せないと感じ、再度消そうとすると、火が水の中で燃えていた。私の魔力ではない。向こうの金ランクと首席組は属性を持ってないから違う。レイはそもそも魔法を使えない。
じゃあ、誰だ?ふと下を見ると、カークが魔導で水の幕を分厚くさせようとしていた。4属性持ち?まさかな。4属性持ちなんてラモーナ様しかいない筈だ。
水の幕は壁になったが、不安定だな。ようやく消えた火は熱気だけを残した。嗚呼、そうだ、この汗は暑いからだ。そうに決まってる。
2階分の高さのある観覧席から一瞬だけ足場に水を出しながら降りる。私が降りたところで向こうからもアイツらが降りてきた。兄さんは地系魔導の足場を水で降ろしながら、セネットは風で、クズは飛び降りる瞬間小爆発を起こして衝撃を和らげる荒技で、と三者三様の降り方だった。
邪魔だ。特にセネットとクズ。貴族の坊ちゃんは坊ちゃんらしく飯を食わせてもらって、大人しく勉強してやがれ。カビたパン押し付けて、干し肉持っていくクズはサッサと死んでくれ。そして兄さんを返せ。お前のせいで兄さん苦労してんだよ。
ライにでも強請るネタ探してもらおうかな。まあ、とにかく後だ。
「おい。おい、カーク」
「reply me,mr.Kirk!」
なーにボウっとしてんだよ?ああん?ふざけてんのか、テメェ。
……違うな、こいつは馬鹿だけど失敗したことだけは分かる馬鹿だ。どうせただの説教だと思ってんだろ。こんな馬鹿に怒るのは時間の無駄だ。
「戦闘中にボケっとしてると、死ぬぞ?あと、周りの被害考えろ、クズ。もし、防壁無かったら何人死んだと思ってやがる」
それだけ言って、演習場を後にした。セネットもアイツも嫌いだ。自分が歩く道が舗装されて安全なら隣の道で野垂れ死ぬ奴に気づきもしない。パン屑一つにすら縋り付くひもじさを知らない奴は下の者の命なんて気にしない。
「おい、心網。トミー・カークを知ってるか?」
ギルドを出て、何時もの場所にいた情報屋『心網』のライを見つけ、てっとり早く話を聞く。私の視線より数センチ高い位置で揺れる焦げ茶のミディアムヘアは猫っ毛で光の加減で薄い茶髪のように見える。ややタレた目は紺に近い紫の瞳を包み、微笑んでいるようで睨んでいるようで表情が読みにくい。
「ああ。確か『赤の試験』を受けているから演習場にいるんじゃないか?」
聞きたいのは居場所じゃない。だが、それを怒鳴り散らすのは八つ当たりだ。
「そいつの弱みが欲しい」
眉を顰めたライは、何故?と低く囁く。私も声を潜めて、再度伝える。
「トミー・カークの弱みが欲しい。アイツは邪魔だ。アイツは出しゃばって来るに決まってる!あれが芽吹く前に摘みたい。ただでさえ、頼みの糸が切れかけているんだ。少なくとも再来月の献上戦まで表に出てこられないような、そんな情報は、何かないのか!あるだろう、ライ!金五つだ。悪い話じゃないだろう」
声を荒げないようにしたいが怒りが強く、段々と声が抑えられなくなってきた。
「ライ!アイツの情報を寄越せ!」
私を見下ろすライはステロイドの人形のように表情がなかった。引き下がるわけにはいかない私は無機質なその目を睨み続ける。
「パーディッタ・カースティン、落ち着きなさい。彼には表舞台から遠ざけられるような弱みがない。
彼は何処から来たのかすら分かっていない。つまり、恋人や家族と言った関係のある人間はおらず、弱みも殆どないだろう。今の私にできる事はない。
いちおう調べてはいるが君の願いは叶えられない。契約不成立だ」
裏路地に入ったライは一瞬で姿が見えなくなった。クソったれ!私が壁を叩きつける音が響き、私もまた別の路地に姿を消した。