第5話 赤の試験
青空が数日ぶりに現れ、季節を先取りし過ぎた暑さに汗ばむ中、俺はセラとともに冒険者ギルドに向かっている。
「おい、そわそわするな。一応とはいえ魔導の制御ができたのだからお前が落ちる試験じゃない」
つっけんどんな言動が目立つ彼女は、『国家呪術魔道師首席』というお偉いさんだと、昨日知った。一年も知らなかったのかと、ライさんにめちゃくちゃ笑われて恥ずかしかった。
魔導は俺たちがイメージする魔法全般で魔導名さえ唱えれば行使可能なものなのに対し、魔法は行使する時に、言霊で補助をする時にそういうらしい。
言霊による補助は術者の技能に対して、必要な魔力が大きいほど、精度を高めるほど、詠唱が長くなる。暖炉に火をつける程度なら【点火】の一言に対し、広範囲の野原を焼き払うのなら『炎帝の天災』のような長い詠唱が必要になる。ちなみに、セラの得意魔導らしく、火の属性を持つ彼女は持たない人の十分の一以下の難度になる。
この世に生きる人は各々水・火・地・風・光・闇の属性のうちのいずれかは持ち、属性を持っていれば殆どの魔法は魔導として扱えるらしい。しかし、属性の数と世界の魔力との親和性は別物らしく、俺はどの属性も無いに等しいが親和性がかなり高い為、完全にと言ってもいい程魔力の抵抗がなく、魔力さえ足りればどの属性でも使えないことはないみたいだ。ただし、知らない人に全属性持ちだと勘違いされる為、使う魔導は3属性に絞っている。
まぁ、使えないとは言ってない。属性がないから使えないと勝手に思ってるだけ。
「セーレナー!こっちこっち。ケニーとベリアルが呼んでるよー」
カウンターの中からセラを呼んだのは受付嬢のレイリーさん。カースティン孤児院を作った神父さんの娘と教えてもらった。
修道女でもある彼女はアイドルに近い扱いをされていて、とても人気者だ。双子の兄だというライリーさんとは真反対の立場を持って、きっと複雑な心境なんだろうな。愛されてるのは自分なのに見られてるのは自分じゃないなんて。
「分かった。今行く」
セラと別れると、受付嬢のまとめ役であるライラに連れられ、3階の演習場に入った。私立の高校の体育館ぐらい綺麗で広く設備があるそこは、ありとあらゆる防御魔導が張られている。
何人もの人で二重三重と重ねられたそれは有事の際に1人でも残れば結界を維持できるようにするためとのこと。
なんのこっちゃと聞きたいが、魔導を張った人の中の1人でも気絶していなければ護れる、とだけ言われ、何も教えてくれなかった。
「こんにちは、カークくん。『赤の試験』はこっちだよ」
「こんにちは、ノックスさん」
ヒューとは呼んでくれないのか、と揶揄う彼は36歳とかなりの古参で、金ランク昇格を断り続けている変わった人だ。
青と紫のオッドアイを半分隠す奥二重はタレて柔らかな印象を与え、淡い黄色の髪と合わさって、心優しい兄を体現している。
演習場の隣にある会議室で試験の説明を受けると、すぐに試験は始まった。
用意された的を破壊するだけなのだが実践的な攻撃でなければ壊れないそうだ。どう判定しているか気になるが、確認することは難しそうだ。
上には観覧席があり、最前列に灰色の髪の男と長い茶髪の女の子が並び1つ上の席にまた別の灰色の髪の男が頬杖をつきながら眺めている。少し探すとその数列後ろにセラが足を組んで座っていた。
ヒラヒラと手をダルそうに振るセラは興味がないというより対面を取り繕ってないだけのように見えるから、セラの手前に座っているのは気心が知れた人なのだろうか。
「次、mr.Kirk前へ」
あ、呼ばれた。カカシのような的の前に立たされ、10歩戻される。振り返ると、始め!と声が上がった。
手をかざすと的が揺れる。なんだこれ。さっきの人まで切られるまで動かなかったのに。
【地よ、我に仇を破る力を貸し与え給え】
【地槍】
詠唱を始めると地面から右足らしきものが飛び出た。左足の方は地面に埋まったままだけど今にも抜けそうで怖い。魔法を使う間だけ動くのかと思ったがそうではないようだ。急いで今出した土のままの槍を焼き固める。
(【火よ集え。小さく強く集い給え】)
(【火焔】)
左足首まで抜けた。完全に抜けた訳ではないから、呪文に反応しているのか?
陶器となった槍の内側に火薬を仕込み、風で威力を上げる。唸りながら的に刺さると次の瞬間爆散し、見上げるほどの焔が舞い上がった。
・・・火薬入れすぎた。観覧席まであるその焔は魔力の供給を止めても燃え続けるだろう。水をどれだけ出せば良いだろうか。
両手を合わせ、目を薄く閉じて詠唱する。
【水よ、我等を守り給え。我等を敵より遠ざけ給え】
【群青の防壁】
焔を覆い包んだ水壁を小さくまとめ、拳ぐらいの大きさにしてから消した。明らかにやりすぎだな。減点されると思うけど、不合格にならないと良いな。ボンヤリとそんなことを考えていると、騒ぎになっていることに気づかなかった。
「おい。おい、カーク」
「reply me,mr.Kirk!」
ビクゥッと飛び上がった俺に驚くセラと灰髪の女。一本にして垂らされた髪はストレートで青みが強い灰色。青灰に近いそれは照明に照らされ、銀の鞭のようにしなやかに揺れている。
訝しげにこちらを見るツリ目はパッチリとした一重まぶたで、段々と冷たく細くなっていく。その奥から覗く氷のような薄いブルーの瞳は淡々とこちらを観察している。
セラよりも少し低いが俺と同じか高いくらいの身長だ。口を開こうとしたのが見えたが、音を発すること無く一文字になった。
彼女は呆れたような、蔑むような目をすると今度ははっきりと言った。
「戦闘中にボケっとしてると、死ぬぞ?あと、周りの被害考えろ、クズ。もし、防壁無かったら何人死んだと思ってやがる」
それだけ言うと、スタスタと出て行ってしまった。
・・・口悪いけど、案外良い人?