第2話 隠す者と隠されたモノ
眩しいな。木漏れ日の中で目が覚め・・・え、俺死ななかったのか?
手の中にはひび割れ今にも割れてしまいそうな義眼。先週の切り傷すらない滑らかな肌。痣の消えた手足。達也達に付けられた傷跡は1つも見つからなかった。
ガサ、とポケットから擦れる音がした。何か持ってたかな。ガサゴソうるさい紙を引っ張り出すと質の悪い紙に『白川海斗殿へ』と書かれていた。
「なんで俺の名前が・・・てかそもそも、ここどこだよ」
今更の疑問も、これには書かれているのだろうか。封を開けると、僅かに温かい封蝋からインクの匂いに混ざった花の匂いを感じた。夢でも嗅覚はあるんだな。
***
拝啓 残暑の候、私共の勝手な判断でこのような不幸に遭わせてしまい深く反省しております。
私は貴方が今いる世界『アゲイル』の統治神にございます。神とは言ってもただの調整者であり、世界に干渉する権利はほぼございませんのでどうぞお気になさらず。『アゲイル』は貴方方の世界の反転世界であり、それぞれシーソーの端と端に乗りバランスを取り合って存在する世界です。
貴方が何故そこにいるかという疑問もございますでしょう。結論から申し上げますと、私と地球側の統治神の都合にございます。生物に宿る魂には多かれ少なかれ力がございます。本来なら使い切ると同時に死に絶えるのですが、貴方の場合は力が強すぎ、世界を曲げる可能性がありました。
力の天秤が崩れる前に、反対側に乗せる事でバランスを取ることにいたしました。その為、完全に死に絶える前に世界を渡り、魂の形が元に戻ることなく、元の形のまま残り、記憶を所持してしまっています。
こちらの世界でなら、ある程度自由に振舞って貰っても構いません。その力で釣りありをとりますので。ですが、力を使い過ぎると器が耐えきれないのでお気をつけて。
敬具
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何だよこれ。訳わかんない。つまりお前らの都合でこっちの世界に飛ばしたってことかよ。美月に会えると思ったのに。
ふざけんな。なんで俺がこんな目に……
待てよ。『反転』世界ならこっちの美月は生きてるんじゃないか?なら、こっちの美月に会いに行こう。もしかしたらがあるかもしれない。
そうと決まったなら、まずはこっちの世界での名前を決めよう。どっかのアニメ映画みたいに真名を取られると服従させられるとかがあると困る。
そもそも、ここは日本なのかどうかだよな。日本なのか英語圏なのか、それ以外かでも名前変わってくるんだけどな。いや、中国語とかフランス語とかだったら詰むよ。どっかの厨二病患者みたいにドイツ語やロシア語習得してないんだけど。イタリア語ならローマ字だしワンチャンあるか・・・そもそも、言葉は通じるよな?
嫌なフラグを建ててしまった。もしそうなった時は山奥で暮らす覚悟を決めよう。取り敢えず、日本と英語っぽいので2つぐらい名前作っといた方がいいな。
木に寄りかかり、落ちていた枝で地面に書いていく。フルネームを一文字ずつに分けて並べ替えたり、崩したりしていくが、あまりいい名前は来ない。大地とかの一般的な名前は殆どクラスメイトの名前だから使いにくい。それに、あまりありがちな名前だと偽名がバレそうだ。
『海斗』を逆にすると「斗海』だから、『トミー』でいいか。
仮候補の名前を書いていくが、日本名の方は全然思い浮かばない。『海川角斗』・・・なんか変。角、カク、カーク。『カーク』と地面に書き足す。『トミー・カーク』を二重の箱で囲んで、ホルンやマレと言ったボツ案を消していく。
平民に苗字はあるのか。いや、取り敢えずでも考えておく方がいいだろう。かいと、といか、いとか、いとかわ、かくか。・・・パス。
美月から名前貰おうかな。気がひけるけど、貰うなら美月からがいいな。
『みつきかいと』を入れ替えて『賀井時光』だ。
何故かするりと出てきた。体感で5分。周りには糸川や、糸塚、瀬戸加良斗の他、伊月美都華や美希といった女ものの名前まで幅広く書いた名前がビッシリとあった。
気づいてもらえなくていい。俺が美月に優しくされる筋合いはないんだから。
2つの新しい名前も消して立ち上がり、服についた土を払う。この服はどこから持ってきたのか中世ヨーロッパの農民が着てそうな服だった。川沿いを歩けばいつか村か街に着くだろう。そしたら、適当に話を聞いてみよう。出来れば、身分の高そうな人の使用人になれればいいな。
それが甘すぎる考えだと気づくのは次の日だった。
♢◆♢
街道に出てからはただひたすら歩いた。村はあるが猫一匹いないのは不安で、この山を超えたら、次の山を超えたら、と進むも全ての村が空っぽだった。次で五つ目の村。流石にもうおかしいと思う。
「・・・・・・・・まい・・こ。か・・・手を・・・・るぐる。いーっぽい・・・・・・てひーとり・・・・12・・・」
なんか聞こえる。小さな女の子の声。近くにいるのかもしれない。声のする方に行くとよりはっきりと聞こえてきた。
「ひーとりぼ・・・マイペース。い・・・ゆっく・・・いてる。いーっぽいっぽ・・いさ・・いーつもひ・・・ある・・だ」
近くにいる。子供がいるなら大人にも会えるかもしれない。そしたらきっと、きっと何か情報があるはずだ。
「・・・・の子ーはせっかちで、・・・も一人で走・・る。いーっぽいっぽ・・・やくて、いのちのろうそ・・やしてる」
こっちを見た女の子はひどく怯え、ボールをポンポンとどこから持ってきた!と聞きたくなるほど投げてくる。そのうちの一つが当たると視界が黒く染まり、元に戻る頃には女の子の姿は無かった。
何だ、今のボール。あと、そんなに不審者っぽいのか俺は。
そして着いた村もまた空っぽでたった今全員逃げ終えたかのように生活感のある村だった。
腹が空いたが貨幣がないので、店のテーブルに砂金を一粒置く。唯一魔法が成功した砂金は何回作ろうとしても二粒目はできなかった。
丸いパンを5つ程抱えて次の村へと歩く。あの女の子以外誰も会っていない。おかしい。絶対おかしい!
また山を超えて、パンが最後の一つになった頃、人の気配がした。じっと何処からか見られているような気がして、周りをじっと見渡すけれど、視線の元は見つからない。
バッと駆け出し、大きな岩に隠れながら移動する。後ろから土を踏みしめる音が確かに聞こえた。
足音の主とは反対側に移動しつつ、木に登って観察する。背は160よりちょっと高いぐらいで、体格は女っぽいけど、振る舞いは男っぽい。踝まである青灰色のローブを着ていてフードもしっかり被ってる。
こっちを見たな。顔はシャープな卵型で、ややツリ目のアーモンドアイに力強い青灰色の瞳が収まっている。髪はとても短い赤茶の髪。俺と同じか少し若そうだ。