第一話 釣りの道一日にして成らず
この物語は「リトライ魔王の勇者攻略」の続編となります。
前作を読んでいなくても十分楽しめるなどということはありませんので、ご注意ください。
俺の名前はオーマ。絶賛記憶喪失中の勇者だ。
人族の国『リアン』の国王によって勇者召喚という名目で拉致されてきた一般人だが、召喚されたとき記憶が無かったので生活を安定させるためにとりあえず勇者となった。現在魔王討伐の旅の最中である。
「さあ、釣りですオーマ」
正面からにこりと笑ってシンプルな形状の一本竿を手渡してくる娘は、名をヒメ=レーヴェン。リアン国の王女様。俺が勇者として召喚されたすぐ後に彼女の兄が魔王に攫われてしまったため、兄を助けるために俺の旅に同行している。記憶がなく常識に欠ける俺を、世間知らずながら何かにつけて手助けしてくれる優しくも勇敢な少女。戦闘と男女関係と寝起きの悪さに関してねじが数本ぶっ飛んでいることに目をつぶれば、間違いなく良い子と言い切れる。
「遠い目してますけど大丈夫ですか?」
ヒメが行ってきた数々の奇行を思い出してしまい、ブルーになり始めていた俺の顔を覗き込んで心配そうに言ってくるヒメという名の元凶。今朝も寝ぼけたヒメによってえろい目にあった。間違えた、えらい目にあった。
「朝のトラウマが長引いてるんじゃないっすか」
ヒメの後ろでずばり正解を言い当てた女の子がシャルロット=ウィーチこと通称シャル、魔法使い。俺が無自覚に周囲に撒き散らしていた膨大な魔力を、俺自身で制御できるようにするため、という理由で旅に同行している。
何かにつけて異常な俺たちを正道に戻そうとするが結局は失敗して一緒に道を外れてる押しの弱い常識人。・・・・・と思っていたのだが、今朝、ヒメにえらい目にあわされていた俺を目撃したシャルの反応は、無視して立ち去るというものだった。実はそれなりの強かさも持ち合わせている世間慣れした子だ。
「トラウマですか? 心配です。少し休みましょうか」
「いや、大丈夫」
ヒメの言う休むが別の意味のご休憩に聞こえてしまってそんな自分にさらに憂鬱になってくるが、昼も過ぎていないうちから一休みしている場合でもないので気を取り直す。ヒメが引っ込めようとしていた銅色の釣竿を受け取った。
「それで例の魚、アカネザケはここで釣れるんだよな」
肩に釣竿を担ぎながら、これから行うことに間違いのない様にヒメとシャルの二人に確認する。場所はリアンに属する町の一つミツメの町、その中を東西を分かつように通る川、そこにかかった橋の上。そこに釣竿を持って立ったならやることは一つ。もちろん釣りである。
「依頼にはここで釣れる書いてあるっすね」
今朝俺たちのギルド『白獅子の剣』で請け負ったいくつかの依頼のうちの一つ、依頼内容が記してある紙を見ながらシャルが教えてくれる。
『求む!一竿釣千の釣り人』
アカネザケが食いたいのう。10匹ほどあればええかのう。釣ってきてほしいのう。釣れる場所はそうじゃのう。そこら辺の川でええんじゃないかのう。食いたいのう。食べたいのう。飯はまだかのう。
アカネザケ 0/10
というのが依頼の概要。
冒険者へ向けた依頼として出されたはずだが、その内容につい苦言を呈したくなる。
「魚屋行けよ」
冒険者の仕事じゃないだろ。
「依頼人が魚屋さんの可能性」
ヒメが可能性の一つを挙げる。
「なるほど仕入れか」
「いえ、依頼人の好物みたいで晩御飯に10匹平らげてるみたいっす」
「じゃあ魚屋行けよ」
「この町に魚屋はないっす。道具屋でも魚は売ってないっすからね」
「まじか。なら仕方ないな」
そういえば町に来た時案内されたのは、武器屋、防具屋、道具屋、宿屋、酒場、教会、そして冒険者ギルドの本部ぐらいだったか。道具屋が食材などを売っているらしいが、そのアカネザケが売っていないなら冒険者に頼むのも一つの方法か。
「ちなみにこの依頼毎日出されてて、デイリークエストって呼ばれてるっす」
「毎日同じ魚を? 偏食家だな」
「冒険者の間ではぼけ老人と呼ばれてるっす」
クライアントに酷い言い草だった。
「まあ、金がもらえるならどうでもいいか。うっし、釣るぞ」
依頼内容にいつまでも文句を言っていても仕方がないので、俺は気合いを入れつつ釣竿を握り、竿に繋がる針と餌を川に投げ入れようとする。
ーーぶんっ
俺は聖剣を振っていた。
ん?
ーーぶん
ーーーぶん
ーーーーぶん
んんん?
続けざまに三連撃を放った俺はその体勢で硬直してしまう。
「釣りの仕方教えましょうか?」
ヒメが出番が来たとばかりににこやかに聞いてくる。
「い、いや、流石に釣りの仕方ぐらいわかる。わかる・・・・はず」
よし、ひとまず落ち着こう俺。釣竿を振りかぶったと思ったら聖剣で4連撃を決めていたぐらいなんだというのだ。いまさらこの程度で驚くことはないだろう。俺はすでに数々の異変を突破してきている。こういうときはあれだ。装備だ。装備すればいいんだろう? つまり! 釣竿を! 聖剣ではなく、釣竿を!
俺はアイテム欄を開き、中から『釣竿』を選択し『装備』しようとする。
ーーー釣竿は装備出来ない!
「馬鹿な!?」
「あの、オーマ様?」
頭に浮かんだ言葉にこの世の終わりとばかりの驚愕の声を上げた俺から、シャルが距離を取り始めた。引かれている。端から見れば釣竿を持って橋辺に立つや聖剣で4連撃を空に放ち、しばらく沈黙した後「馬鹿な!」と叫んだ変人だ。
「だだだ大丈夫だとも。釣りくらい出来るとももも」
「・・・・・・」
ふふふ、俺としたことがまんまとしてやられたというわけだ。この場合は『装備』ではなく『使う』の方だったか。これはまいったな。
俺は再びアイテム欄を開くと『釣竿』を選択して『使う』を選択する。
ーーー『釣竿』はここでは使えない!
「ふこおおおお!」
「オーマ様が壊れたっす」
「釣り・・・だろ? 餌を川に投げ入れて、魚が食いつくまで待って、食いついたら引き上げる・・・分かるよ、分かってるよ?」
誰に向けているのか弁明を始めた俺に、ヒメが慈愛と憐憫の情をたっぷり含んだ声色で優しく語りかける。
「オーマ」
「なあ、教えてくれよ、ヒメ! 何が違うんだ? 何が間違っているんだ? 俺はただ普通に釣りをしたいだけなんだ! それなのに、それなのに!」
「釣りのチュートリアルを始めますか?」
「お願いします!」
「Bボタンです」
「え?」
「水場に向かってBボタンです」
「そんな・・・・ことで?」
「そんなことでいいんです」
「B・・・・ボタン」
ーーーちゃぽん
俺は頭のなかでBボタンを思い浮かべることで無事川に釣糸を垂らすことに成功した。
Bボタンが何なのかなど、当然俺が知る由もない。だが普段からメニューを開くCボタンの扱いには慣れていたためBボタンを受け入れることに難は無かった。
もちろんCボタンが何なのかもわからないけど。
そっか、そのパターンだったかと、納得した俺に対してヒメが説明を続ける。
「しばらくしたら『!』が出ますのでタイミング良くAボタンです」
「ちょっと待て。エクスクラメーションマークが出るってどういうことだ」「!」
「今です!」
「え、え、今!?」
ーーーぱしゃっ
ーーー餌を取られてしまった
「・・・・・・・」
失敗したらしい。餌を戻してみると釣り針しか残っていなかった。
餌を取られたというのに全く引きを感じなかった。これ本当に釣れるのか? いや、恐らくはヒメの言うエクスクラメーションマークがカギだ。しかしそんなものどこに出たというのだ。
「少し遅れてしまいましたね」
残念そうに言うヒメ。
「エクスクラメーションマークは?」
「頭の上に出してたじゃないですか」
「誰の?」
「オーマの」
「そうか。俺の頭の上か。ふーん・・・・。俺見えないんだけど」
「え、でもオーマの頭の上に出てるんですよ?」
「だからなんだよ。俺が出してるわけじゃない」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
だいたい何だよ頭の上にエクスクラメーションマークって。そんなもん出る筈が。
ーーーピコン「!」
ーーーぱしゃっ
ーーーシャルロットはアカネザケを釣り上げた!
頭の中に流れた言葉に反応してシャルの方を見てみると、たった今釣り上げた魚を針から外して魚籠に入れ再び川に釣糸を垂らすシャルがいた。
「・・・・」(ちゃぽん)
「・・・・」
「・・・・」
そんなシャルを俺とヒメがしばし見守る。
ーーーピコン「!」
ーーーぱしゃ
ーーーシャルロットはアカネザケを釣り上げた!
「出てるな。エクスクラメーションマーク」
シャルの頭上には確かに「!」が浮かんでいた。怖い。何あれ。
「・・・・」(ちゃぽん)
「それにしてもあいつ手慣れてるな」
餌を付けたり、魚を外したりの手際がいい。もともとこの依頼を受けようと言い出したのはシャルだったか。
「目的の魚だけの入れ食い・・・・間違いなく玄人です。多分私たちの何倍もの挫折と苦難を経験してきてるんです。この場に五体満足でいられることが奇跡というほどの修羅場をいくつも」
ヒメが悲哀を込めてシャルの実力を語る。
「釣りの?」
「釣りの」
ーーーぱしゃ
ーーーシャルロットはアカネザケを釣り上げた!
「・・・・」(ちゃぽん)
「それに良く見ればあれは・・・『賢者の釣竿』!」
シャルが握る翡翠色の釣竿にヒメが驚嘆する。
「賢者の? 凄いのか?」
「凄いなんてもんじゃないです。最大溜めで釣糸を垂らせばこの世のすべての魚を、ヌシさえも入れ食いに出来る伝説の釣竿です!」
「賢者も暇だな。このままシャルに任せるのもなんだし俺たちも釣ろうぜ」
「そうですね」
そうして俺たちはわいわいはしゃぎながら釣りを続けた。
~釣果~
オーマ
長靴 3
流木 1
ドザえもん 1
シャルロット
アカネザケ 30
ヒメ
幻のヒヒイロガレイ 1
幻のアダマンダイオウ 1
「なあ、ヒメ」
「はい?」
「なんで釣りしてたら戦闘が始まったんだ?」
「釣った魚が魔物だったからです」
「あの、ヒメ様」
「はい」
「なんでこの釣り場に棲息しないヌシが釣れるんすか?」
「たまたまです!」
もう釣りはしたくないな。
明らかに川幅より頭のでかい十本足の魔物と平べったい緋色の魔物と知らない男の死体を見ながら俺はそう思った。
どうしようこのドザえもん。