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初恋なんてしたくなかった!!   作者: 空図
初恋なんて信じない
15/26

15

「ひょえー!!!」


 翌朝、僕を見た母が悲鳴を上げる。


「光佑、おでこ、やばい」


 大げさだなと呆れながら洗面所へ向かうと、鏡の中のおでこは赤黒く不気味に腫れていた。お化け屋敷の幽霊の特殊メイクのようにしっかりと気持ちが悪い。昨夜冷やさずに寝たことが悔やまれる。


「病院行く?」 


 リビングに戻ると母に訊かれる。


「いい。そのうち治る」


 たんなるこぶに病院なんて贅沢で面倒だ。


「そう。とりあえず救急箱の中に軟膏あったから、これでも塗って、痛かったら病院に行くのよ。お金ここに置いておくから」


 母がテーブルの軟膏の横に、財布から抜いて五千円札と保険証を置く。


「平気だって」

「でもこれからもっと腫れるかもしれないし、もし一人で行きたくないんなら、母さん遅刻しよっか?」

「いいから早く行きなよ。万が一何かあったらお店に電話するから」


 渋る母を玄関まで送って、遅い朝食をとってから、もう一度寝た。眠れなかった最近のつけがきたみたいに眠たくて仕方がなかった。


 電話の音が聞こえたけれど、階下まで行くのが面倒で無視する。一度切れて、もう一度しつこくかかってきたので、大事な用かもしれないとリビングへ下りた。


 受話器を上げた瞬間に呼び出し音がぶちっと切れて腹が立つ。電話の着信履歴を見ると、知らない番号だったので無視する。冷蔵庫から麦茶を出して飲んでいると、また電話が鳴った。


「もしもし」

「もしもし、高橋くん?」

「へっ、りっちゃん」


 間抜けな声が出た。


「うん。なんか閃が何回かかけたみたいなんだけど」


 階段を転げ落ちてでも出るべきだったと後悔する。


「ああ、さっきシャワー浴びてて」


 意味のない嘘をついてしまう。


「そっか。それでね、閃の用事なんだけど」

「うん」

「閃が高橋くんに何かお礼がしたいって言ってて」

「うん」


 お礼なんて考えてもいなかったけれど、そう言われると嬉しくて顔がにやける。


「それで今晩て、急なんだけど、用事ある?」

「いや、ないけど」

「よかった。じゃあ、今日うちで閃の全国大会お疲れさま会やるから、高橋くんも来てくれないかな?」

「え、いいの?」

「うん。もちろん。閃が呼んでほしいって言ってて、うちの両親もぜひって言ってるんだ」

「じゃあ、行こうかな」

「ありがとう。閃、喜ぶと思う。じゃあ七時くらいに来てくれる?」

「うん」

「じゃあ、ばいばい」

「ばいばい」


 思わぬ誘いに頬の辺りがひくひくした。

 まだ十時前だけど、とりあえず本当にシャワーを浴びようとお風呂場へ行って思い出した。


 おでこの幽霊級のこぶ。


 それでシャワーのあとに、昨日もらった名刺の病院へ行くことにした。

 近所の病院でもいいかと思ったけれど、一から説明するのは面倒だし恥ずかしい。それで目深にキャップを被り、わざわざ電車に乗って、病院へ行った。着いたはいいけれど、午前の受付は終了していて、午後の受付まで二時間も空いてしまう。

 持ってきていた本を読む。

 昨日、頭をぶつけたおかげか、昨日まで頭を素通りしていっていた文章がちゃんと頭に入ってくる。再び読書の楽しみを手にした僕はあっという間に持っていた読みかけを読み切って、病院のとなりの本屋へ走った。財布の中には母から預かった病院代の五千円札のほかに札はなかったけれど、我慢できずに新作文庫を二冊買って、千三百円支払った。病院の受付の前で夢中になって、物語の世界を楽しんだ。


 午後一番で窓口に先生の名刺を出すと、その先生の外来は午前中だけだったと言われてがっかりする。

 その様子を不憫に思ったのか、受付の女性が先生に電話をしてくれて、看てもらえることになった。


「お、本当に来たんだね」

「はい。すみません」

「痛むの?」


 僕はキャップを脱いで先生に見せる。


「いえ、この通り見た目がひどくて」


 先生は消毒した手で僕のこぶを念入りに触ってから、レントゲンも痛み止めの飲み薬もいらないな、軟膏だけ出しておくからと言った。


「さ、もう行っていいよ」

「あの、今日、これから大事な用事があって、それでこれ、どうにかしてもらいたくて来たんです」


 僕はこぶを指さす。


「そう言われてもね」

「お願いします」

「デート?」

「違いますけど、それに近い気持ちです」

「そうか、大げさになってもいい?」

「はい。これが隠せればなんでもいいです」

「了解」


 先生は普段は看護師さんに頼むんだから特別だよと言いながら、ぼくの額を包帯でぐるぐる巻きにしてくれた。もちろん包帯の下には薬もたっぷり塗って。


「ありがとうございます」

「お大事にね」


 先生のおかげで今日の夕食会には参加できそうだった。ちょっとではなく、かなり大げさになったけれど。


 会計待ちの間も電車でも帰宅してからも本を読んだ。

 本の中で恋が始まっても、僕は南を思い出しただけで、読書を中断させるほどには邪魔されなかった。



 僕がこうして日常を取り戻した理由はわからない。



 ただ僕は初恋を頭だけで考えるのをやめた。




 時計の針が六時半を指したら、僕は着替えて南に会いに行く。






ここで光祐目線は終わりになります。

次章の理沙目線は恋がもっと動きます。登場人物はあまり変わりませんので、読んでいただけたら幸いです。

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