何かをなそうとして家を出るよりなんとなく出た時の方がたいてい大きなことが起きる。
朝、僕は目覚める。今日は学校がない。だから今の時間は9時だ。部活?今日は休み。学校がない日は帰宅する必要がないからね。
彼女?何それおいしいのとかベタなことは言わない。だって彼女いるもん。
名前は鹿島凛子幼馴染で昔から好きだったから告白したらオッケーをもらえた感じ。友達もそんなに多くないし取り柄もない僕を認めてくれた女の子で僕にはもったいないくらいの美人。おまけに才色も兼ねるといった具合だ。会いたい。
でも今日はむこうが部活だからデートはなし。付き合い初めて2ヶ月と半月。そろそろあんなことやそんなことをしたいなぁって思う今日この頃。
「海斗!いつまで寝てるの!ご飯食べちゃいなさい!」
そんなことを寝起きに考えて時間を潰してたら我が家の女王がお怒りのようで仕方なく、自分の部屋を出てリビングがある下の階へと降りる。
「おはよ〜」
下に降りてきた僕は母に挨拶をする。父親は休日出勤でいなくて兄弟は一人っ子なのでいない。
下の部屋にはアナウンサーの声がしてる。
『またもキャトルミューティレーション。狙いは主に男性です。誘拐というにはあまりにも規模が大きく操作は難航しています。引き続き警察は捜査を続けるそうです。続いてのニュースは…』
「はい。おはよう。ご飯片付かないからさっさと食べちゃってくれる?この後予定あるのよ。」
「あーいいよ。自分で片すわ。」
「そう?じゃあ私もう行くわね。」
「うぃ。いってら〜。」
いつもなら母がやるというなら母にやってもらうだろう。でも今日は機嫌がいいから自分でやる。
理由はそう。予約していた新作ゲームソフト「竜のお願いⅪ」通称ドラクエが発売されるのだ!こういう日は無性にいいことがしたくなる。 キャトルミュなんとかなんて本当どーでもいい。
この気持ちわかるよね?早くやりたい。予約しているお店が10時開店なので、そろそろだ。ご飯を秒で食べ終え、片付けも終えた。
「よし、行くか。」
いつもは出かけるにしてもギリギリまで家にいて中々家を出ない僕だけど今日ばかりは違う。
意気揚々と家を自転車で出発して駅前まで向かう。駅までは5分くらいで行ける。便利な家だなぁ。
順調に進んでいたが、信号につかまる。となりにはウォーキング中のおじさんとかおばさんも信号待ちをしてる。休日外に出るとつい友達とかいないかなぁって、キョロキョロしちゃう。 車道を挟んで反対側の横断歩道には地元の中学生3人。そのうちの1人が中学の時の後輩だった。
「おっす。」
「あ!先輩!どこ行くんすか?」
「ちょっと出かけにね。そっちは部活?頑張れよ〜」
「うぃっす。また今度部活顏出してくださいね!」
「おっけーおっけー。」
少しだけ足を止めてするこんな何気無いやりとりが結構好きでキョロキョロしちゃうんだよね。
まあ5分とはすぐなもんで駅前のゲームショップに着く。自転車を前に止めて開店時間を少し過ぎた店に入りそのままカウンターへと赴く。
「すみません、予約していた。木野と申しますが。」
「はい。お待ちしておりました。商品はこちらでよろしいですか?」
といったやり取りを終え無事にゲームをプレイするために外に出る。
自動ドアを出て目の前に広がる光景。見慣れた駅前。病院、警察署、タクシー、普通の車、子ども、中年、カップル。
これらが行き交う街並み。いつもとなんら変わることはない。ただ一つを除いては。
「うそだろ。」
僕は知り合いを探してつい周りをキョロキョロしてしまう。もう癖で治しようがない。
だから見つけてしまった。見つけなくてよかったのに見つけてしまった。駅構内へ消えて行く人並みの中に僕のよく知る顔があるのを。
良く知っている。だけどそこにいるはずがない人。女性。部活があるはずで、僕が一番愛してる女性。ついさっきも思い出してしまうほどに考えてしまう女性。鹿島凛子その人だった。
そして隣には僕らと同じか一つ上くらいの男がいて手を繋いでいた。
頭が真っ白になる。思わず駆け出してしまいそうになる足を必死に抑えるだけの理性らしきものが残っていたことに驚く。
すぐに携帯を取り出して凛子に電話をかけてみる。出るはずはない。だけど一瞬しか見えなかったから何かの間違いだろうと決めつけたかった。
電話には誰も出ない。
気づかなかったのかもしれない。だがたとえ気づいたとしても出れる訳はない。午前中を部活に費やしているはずの彼女は僕の電話には出ないだろう。 もしもただの見間違えで彼女が部活に出てたとしたら電話になんて出れないだろうから。
だから確かめようがないため電話はしまい、一度冷静になった状態で走り出す。確認するために。凛子は浮気なんてしてないことを確認するために。見間違えであったと。
どんっ。
誰かにぶつかる。
「あ、すみません。」
「世界を変えてみないか。」
その誰かは一方的にそういうと、もう一度走り出そうとする僕のポケットに紙を入れた。
僕は気にしてる余裕などないので再び走り出した。今度こそ彼女の潔白を証明して自分を取り戻すために。
だが、見間違いでもなんでもなく、改札を抜けホームへと向かう凛子とその隣に寄り添う男を僕はただ立ち尽くして見ることしか出来なかった。
ここが僕、木野海斗としての人生最大の分岐点。
あの時もう少し遅く家を出てれば。ごはんを食べるのを終えるのがもっと遅ければ。信号につか待ってなければ。後輩と話す時間がなければ。そんな光景を見なくて済んだ。
そんなことを今の僕は毎日のように思い出すんだ。でも後戻りはできない。そんなどうしようもないことを考えたって止まれやしない。
どんな選択肢を選べば良かったなんてものは存在しない。世界は誰も置いてけぼりになんてせずに強制的に廻る。廻り続ける。
だから僕も戦い続ける。世界の自転に身を任せて、為すべきことを為す。誰にも邪魔させやしない。
世界からリア充を撲滅してやるんだ!