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 翌日のこと。


 私は笑顔で病院へ行ったの。

 もしかしたらなんて思ったけれど、私の淡い期待は消えてしまった。あの人が戻ってくれていただなんてことはなかったわ。

 戻ってなんて、くれないの。


 ここから創り上げたところで、どうしても、あの人になってくれるようなことはない。

 あの人が戻ってくれるだなんてことは、ない。

 どんなに上手く彼を洗脳できたとしても、あの人にはならないのよね。

 想い出だって共有はできない。


 こういう考えは最低だとわかっているから、病室に入ったら馬鹿に笑顔だけにして、何も考えないであなたに会うわ。

 あの人のいない世界で、私が生きていく道も、そうしたら見つかるかもしれないじゃないの。

 あなたの中にあの人がいることは事実でしょ?


「こんにちは。今のあなたが好きかはわからないけれど、あの人が好きだったものを持って来たわよ」

「あぁ、ありがとう。すまないね」


 一々、謝るなんて止めてちょうだいよ。

 お礼を言ってくれるのは、紳士的だわと笑えるけれど、謝られたら居た堪れなくなるじゃないのよ。

 だって私、当然のことをしたと思っているくらいなのよ。

 妻としてこれくらいのこと、して当然じゃないのよそうでしょうよ。


 好きだった雑誌を手渡してみれば、嫌がっている顔は見えない。

 まぁ、嫌だなんてことはないでしょうし、それはそうかしら。

 嫌だったとしても、そんなことを、警戒する相手に表情で見せるような人ではないわ。


「この雑誌、子どもの頃から、……たぶん読んでいたものだと思うよ。よく知っているんだね」

 よく知って、って……。

 感情が出てしまいそうだったので、リセットする。


 何も考えはしないわ。

 ここにいる間の私は、過去なんて何も持っていない。


「えぇ、そうなの。あなたの中の失われた記憶、もうあなたの中にはいないあなたと、私は仲がよかったのよ。あなたが憶えていないところには、私が詰まっているの」


 これじゃあ愈々洗脳だわ。

 自己嫌悪が起こりそうだったけれど、そんなことは、やっぱり駄目なのよ。

 何も考えはしないのだもの。


 いいえ。何も考えないなんて、やはり無理よね。

 何か考えそうになってしまったなら、何も考えないのだということを、考えながらあなたの隣にいることにしましょう。

 それに慣れたら、私も馬鹿になれるはずだもの。


「本当にそうなのだろうね。こうなってしまった後でも、付き添ってしまうほどに、傍にいたいと思ってしまうほどに、過去の私を愛していたのだろう」


 過去の私だなんて、わざとらしい言い方をするね。

 私の知っているあの人は、そんなに嫌味らしく、私を傷付けようとするような優しさは持ち合わせていなかったはずだわ。

 冷たいふりの優しさはあっても、それはなかったじゃないの。


 それとも、あなたの中にあの人を探す私を、非難しているのかしら。

 失礼な私を、追い払おうとでもしているのかしら。


 本当に私と別れたいと思っていて、私のことを、縛りだとでも思っているの……?

 これがあなたの本心なのか、私の弱さなのかわからなかった。


「根性なんてないわよ。どうせ私は温室育ちだわ」


 呟いてしまったから馬鹿らしい。

 馬鹿ね。どの方面で見ても、私ったら馬鹿みたい。

 馬鹿らしくって、いけないわ。


「何かほしいものはある? 記憶なんてなくても、やっぱり私はあなたが好きよ。あなたとしては迷惑な付きまとう女だとでも思うかもしれないけれどね、私はあなたに好きになってもらいたいわ」

「そうだな、私はきみのことが好きだよ。こう冷たい私に温かく接してくれて、嫌な思いなんてするはずがないだろう」


 あぁ、なんて言い方をするのかしら。

 本当に今のあなたは、わざと私を傷付けようとしているみたいね。


 私のことを遠ざけたいと思っているみたいね。

 作られた冷たさによるあなたの優しさなら、そんなものも見抜けない私ではないわ。


 嘘吐きなあなたも、消えてしまったあの人も、結局は尽くせない私も、




 最低。

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