事故
『……トンネル内を走行中、土砂崩れが発生し、当列車は……』
夫が急に出張になったというものだから、予定もなく退屈な土曜日。
適当なニュース番組を聞き流しながら、軽くゲームをしていると、ニュースから聞き覚えのある名前が聞こえてきた。
夫が乗ったはずの列車だ。
どうでもよかったニュースが、どうでもよくなくなって、私の耳に入って来る。
けれど私はそれを受け入れられなくて、近付いてきたニュースの声は、また遠ざかって行ってしまう。
嘘よね。
嘘なのよね。
嘘に、決まっているのよね……。
あの人が事故に巻き込まれただなんて、私、そんなの絶対に信じないわ。
だって明日の夜には帰るからって、今朝、私にキスをしてくれたのよ?
窓を叩く雨が、私の不安を煽る。
でもこの程度の雨で土砂崩れが起こっていたら、夏なんか、毎日毎日土砂崩れよ……。
台風でも来てるって言うなら、危険だって止めたかもしれないのに。
それか、土砂崩れではないけど、吹雪だってそれは危険だって言うわ。
だけど雨が降っているから、山を通る電車は危なくて乗っちゃ駄目だなんて、心配性だって笑われて終わりに決まってる。
「どうしてその列車じゃなくちゃいけなかったの? ねぇ、神様、どうして私たちの幸せを奪ってしまうの? 幸せになることは、許されないことなの……?」
特別、信仰している神がいるわけではない。
宗教なんて入っていないけれど、今だけは、信仰する神がいたらいいと思った。
そうしたら、神に祈れば、助かるだとか、本気で信じられるのよ?
たとえ帰ってくることがなかったとしても、死んでしまったとしても、救われたのだとか信じることができるのよ?
ねぇ神様、信じるものは救われるって、ひどいものだとは思わない?
ねぇ仏様、あなたはそんな冷酷なことは言わないわよね?
お願い助けて。
私の愛するあの人を、助けてください。
普段は信じていないのに、貢物はおろかお祈りだって捧げたことがないというのに、こんなときだけ神様を信じるなんて言っても駄目よね。
いくらなんでも虫がよすぎるって、それはわかっているの。
だけどお願い、助けて。
私、わるい子ではないでしょ?
あの人だって、わるい人でないの。
特別、立派なことをしてきたわけではないけれど、人に憎まれるようなこともしていないわ。
後ろめたいことだってないの。
これまで正直に生きてきた。
これまで必死に生きてきた。
やっとたどり着いた幸せだから、お願い……奪わないでよ。
確かに私もあの人も、戦争を経験していながら、記憶にも残っていないわ。
だけどそんなのって、仕方がないと思うの。
だって私たちが赤ちゃんのときに、終戦を迎えちゃったんだもの、そんなのって仕方がないことだわ。
もう少し下の世代は、戦争を知らないで生まれてきたのよ。
ねぇ、憶えていないことが、そんなにいけないことなの?
苦しみを味わうことなく生きることは、そんなにも罪深いことなの?
お願い、助けて。
私の大切な人を守って
私の幸せを守って。
だれだっていいの、どうかお願い。