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豪精霊の心療  作者: たぬ
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一話 プロローグ

轟々と大地を凍らしていく激しい吹雪に人影がある、その事実でさえおかしかった。

そこは魔境。援助なく力を持たない生物では生命活動を続ける事も難しい場所。食料もなく、目印もなく、雪が深く降り積もった地を進むのは自殺行為だ。まず遭難して助からない。

環境でさえ恐ろしく残酷であるその地にはさらに、災害級と呼ばれる魔物が優雅に闊歩している。

人間が死なぬ理由がどこにもない。生命を奪う土地。

それが魔境だ。


死霊雪原、通称【ガルシアン】は世界に2つある魔境のうちの一つだった。

その地は生命を否定し続ける。

全てにおいての生命に慈悲はなく、そこにある暖かな温度は尽く食らいつくされる。生に執着した死霊たちが貴方たちの温もりを奪いに来るだろう。

災害級の魔物も、命があるものは全て奪われてきた。その地にいる魔物は熱源を持っていない。

死霊に、冷たい指先に、奪われ殺される。

そうして死んでいった人間たちは死ぬこともなく彷徨い続けるのだ。熱を取り戻すために熱を奪うという無意味な行為を繰り返すだけ。

そうなりたくなければ魔境を通るのはやめておけ、先人は口を揃えてそう告げる。


けれど、どうしても、そこをどうしても通らなければならないという時は、それは半年に一度ある晴天の日で。

吹雪は止み、太陽の光が雪を解かす。一面は氷上になり、死霊はその下に息を潜めるだろう。

視界は辺りを見渡せるようになり、無駄にデカい災害を発見した瞬間に全速力で逃げれば生き残れるかもしれない。

血を吸い上げて薄桃色に染まった氷上を、ただひたすらに走るのだ___。



「なんて聞いていたけれど…本当になにも見えないじゃない!!」


入ったら最期とされている場所で足を必死に進めながら叫んだのは、女性の人影だった。

深く被ったフードの縁を手で押さえ、吹雪から顔を守る。

絶望的に視界不良な状況に女性と思われるそれは涙目になっていた。

こんなことになっているのも、魔境なんて所詮そんな程度でしょうとタカを括っていた彼女の傲慢さゆえのものでもあるが。今更そんなことを言ってもどうしようもない。


「一回戻って半年に一回を待つ?けど待つのは落ち着かないし…早く材料をとって引き返さないと…でも、どこにあるかなんて検討つかないし~…!!」


悶々と特に意味のない事を言葉に出しながら、ざくざくと雪道を進んでいく。

杖代わりにしている槍に負荷を掛け難なく雪道を歩いて行く様子は登山しているようだ。


彼女__シャルロが探している植物。真っ赤な花を咲かせているのだが、シャルロはその花弁ではなく茎が欲しい。

使用方法は何を隠そう、薬を作る為だ。やましいことは何もない。

その花には並々ならぬ魔力が詰まっているもので、大量の魔力が調合に必要なものをこれまで作れていなかったのだが、その茎があれば魔力を出しながら薬を整える必要がなくなる。ということはその魔力を魔法器具の調節に集中して使うことができ、より高度な薬を創り出すことができるのだ。

魔力が必要なため、魔力を溜めこんでいる茎が有力だろう。

本来ならば弟子という名の助手を育てながら手伝わせることで補う事柄なのだが、如何せんシャルロは弟子を取ろうとしない。

1人でそれを成し遂げるためには、なんとしてでもその植物を手に入れなければならなかった。

魔境にあるという、本当にあるのかも怪しいその花を。


「くやしい~ッ!!魔境なんかに絶対負けるものですか!!材料を揃えて私があの子を、ぅぶッ」


なにか壁のようなものにシャルロは顔面を強打する。そしてそのまま尻もちをついた。

こんな雪原の中で壁なんてあるわけがない、居るのは死霊と化け物だけで、死霊は触ることが出来ない。

ということは、そういうことである。


グオォオオオオオオオォアアアッ!!!!!!!!!


全身がどす黒く覆われた数百メートルあるだろう魔物。唯一他の色がある部位は、不気味に光る赤い双眼だろうか。どこからどう見ても猛獣であり【災害】。

真っ黒な霧に覆われたそれは、死霊ではないが死んでいる魔物だろう。俗にいうアンデット。災害級の魔物がゾンビ化したようだ。

それはシャルロに気が付き、威嚇する咆哮を上げ食らいつきにいく。大きく開かれた口には鋭い歯のような黒がびっしりと詰まっていて、獣のものというよりも獰猛な魚類のそれに近い。

白を黒が食らう。

雪を災害が食らう。

その白に、シャルロの金髪は一本たりとも入っていなかった。


「あっぶない、災害級にしてはペーペーの方でよかったわ…。さすがに上級はしんどいものね」


槍の柄に腰をかけ、余裕綽々と災害をシャルロは見下ろす。

シャルロは飛んでいた。いや、槍が飛んでいて、それにシャルロが乗っているという表現の方が正しいのかもしれない。

杖代わりにしてすでに持っていたのが幸いしたとシャルロはほっとする。


ゴウウゥウゥウウウウウウッッ__


彼らにとって虫けら同然だと思ってる人間に躱された、そう思った魔物は警戒し戦闘態勢に入った。

美しく、傲慢で、残忍であるシャルロはうっそりとほほ笑む。

化け物の鼻先を向けられているにも関わらずその余裕、圧勝できるという策があるのだ。


「ふうん、やるんだ。槍に乗った私とやる気なんだ?ええ、いいでしょう。丁度鬱憤が溜まっていた所です」


シャルロも戦闘態勢へと身体を翻した。槍から腰を浮かせ、今度こそシャルロは自らで空中に浮いている。

それに合わせ槍は悠々とシャルロの隣へと並んだ。

魔境を横断しようとする考え、そしてそれを成し遂げられる存在。


両者の威圧に、吹雪の勢いが少し弱まったような気がした。

先に動いたのは、災害だ。


「この槍に突き穿つことの出来ないものなど無いでしょう。さあ、私の前に倒れ伏し、氷上へ血を奉げなさい!!」


彼女は豪精霊。世界の理である火・水・地に連なる精霊の最高峰にして1つ。湖面に映る太陽のような瞳に睨まれた者はたちまち呑みこまれるだろう。

槍を中心にした、その渦潮に。

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