第7話 待ち伏せ
コウモリが! 黒いコウモリがわたしのことをじっと見下ろしています!
「な、なにこのコウモリ……!」
「マジョコ、私です。クラーラですよ」
「えっ、く、クラーラさん?!」
その艶っぽい声は、たしかにクラーラさんのものでした。
コウモリは帽子から飛び立つと、上空でくるりと方向転換してまた戻ってきました。そして、パタパタと目の前でホバリングをします。つぶらな「金色の瞳」がウインク。
「この目……! クラーラさんと同じ……」
ただのコウモリにはこんな飛行の仕方や、「ウインク」なんて芸当は絶対にできません。
ですからやはり、このコウモリは「クラーラさん」なのでしょう。
「ふふ。私はサキュバスですからね、このように『幻術』でコウモリの姿になったりすることができるんですよ」
「これが、幻術……。クラーラさん、さすがはサキュバスですね……」
「あら、サキュバスについてよくご存知なんですか?」
「ええ、まあ……」
普段読むファンタジー系のラノベにも、よく出てきます。
サキュバスというのは、人間が眠っている間にエッチなことをして、その精力を奪い取るという恐ろしい「悪魔」なのです。
そのエッチな部分を想像しようとすると、そういう方面に「うとい」わたしには、頭がすぐ真っ白になってしまうのですが……。
なるほど。
クラーラさんはわたしのサポートを、こういう形でしようとしていたんですね。
「でもどうして……コウモリの姿に? 別にさっきの姿のままでも、勇者を虜にしたりするのに良さそうでしたけど」
わたしは最初から思っていたことをクラーラさんに訊いてみました。
「それですと、やはり警戒されてしまうでしょう。美しい人間が二人も、しかもこんな辺鄙なこんなところにいるのですからね。どう考えても、魔族のたぐいだと疑われてしまいます。幸いにもあなたは人間です。でしたら、それを最大限活用しませんと」
「はあ……」
たしかに、言われてみればそうですね。
すぐに魔族だと見抜かれて、戦闘になったら面倒くさいですもんね。
あ、でも万が一「鑑定能力」みたいな力を持った人間が勇者のパーティーにいたりしたとしたら? それはそれで、いろいろと厄介ではないでしょうか。
クラーラさんがいくら人型でも、「サキュバス」だとすぐに見抜かれてしまったら……。
「でも、クラーラさん? こんなに人になつくコウモリもあまりいませんよ。行動も少し変だし……そのことも相手に不信感を与える要因になるのでは……?」
わたしはパタパタと不自然に飛んでいるクラーラさんを見て、不安になっていました。
「そこはマジョコ、あなたがわたしを使い魔にしているという『設定』にすればいいんですよ」
「設定?」
「そうです。あなたは今、たまたま魔女のような格好をしています。そして、魔王様からも実際『強力な魔法』を授かりました。ということは、魔女と名乗ってもなんら問題ないということです。その魔女が私のような使い魔を従えている。それはとても自然なことでしょう?」
「そ、そうでしょうか……」
「ええ」
わたしはさらに不安になりました。
「ハーレムクラッシャー・ビジョコ」はたしかに魔女です。
でも、わたしはそのなりを模しただけで、本当は普通の人間なのです。仮に今「魔法を使える女」であるとしても、さっき使えるようになったばかりの新米なんです。
そんなハッタリ、果たして通用するのでしょうか……。
「まあ、勇者どもを信じ込ませるには、あなたの演技力が非常に重要になってくるんですけどね」
「で、ですよねー」
自信、ありません!
わたしは演劇なんて、からっきしなのです。
すぐにボロが出て結局戦闘になるのがオチじゃないですか?
ああ、そうした場合どうしたらいいのでしょう。最悪、相手を殺したりしなきゃならなくなるのでしょうか?
「ああ、安心してください。あなたは終始、黙っていればいいんですよ」
「黙る? ど、どういうことですか?」
「マジョコ様は『恥ずかしがり屋』で、あまり人と話したがらないということにすればいいんです。そうすれば、ずっと使い魔の私がしゃべり続けていればいいんですからね」
「そ、そんな大変な役目……。く、クラーラさんに、お願いしてもいいんですか?」
わたしはドキドキしながらそんなことを訊きました。
そうです。わたしはコミュ障で、普段から他人とまともに話せないのです。そんなわたしの代わりに、クラーラさんが話してくれたらどんなに助かるか!
でも、なんだか悪いな……というのも本音です。
「なんのために私がサポートに入ったと思ってるんですか? あなたはやつらの懐に深く入り込み、やつらの信頼を得、そしてそれぞれの絆を断ち切らせることが『使命』なんです。そしてそれを滞りなく遂行させるのが、私の役目……!」
「く、クラーラさん……!」
マジかっこいいです。
有能過ぎて何も言えません。ああ、この人が側にいてくれて本当に良かった!
「ありがとうございます。く、クラーラさんがいるから、わたしもなんとかやれそう……だって思えたんです」
「そうですか。そう思ってくれたんだとしたら、私も嬉しいですね。サポートの『し甲斐』があるというものです」
ふふっ、とクラーラさんは、うっとりするような微笑みを浮かべられました。
クラーラさん……いえ、「師匠」!
わたし、あなたについていきます!
「ほ、他に……何かわたしが気を付けることはありませんか、クラーラさん」
熱心な弟子のような気持ちで、わたしはクラーラさんにそう質問しました。
「そうですね、『ミステリアスな雰囲気を出すこと』を心掛けてくれませんか? できるだけ堂々として、感情をあまり表に出さないようにふるまうのです。できますか?」
「えっと……は、はい。頑張ります!」
感情も何も……緊張しすぎて顔を能面みたいにすることしかできなさそうですけどね……。
でも、クラーラさんの期待に応えるべく、努力してみようと思います。
「あと、あなたは一応『魔界の森に生える薬草を取りに来た』という設定になっています。ですから、『どんな理由でここにいるのか』などの質問をされても、できるだけ黙っていて下さいね」
「えっと……あの、さっきからその、よくおっしゃってる『設定』っていうのは、なんなんですか?」
「ああ、これはすでに、魔王様とみっちり練りあげた作戦があるんですよ。なので、その作戦に沿った設定をお話しています」
「そ、そうですか……」
わたしが来る前から、なにかいろいろと決まりきっていたようですね。
至れり尽くせり、です……。
「まあ戦闘など想定外のハプニングが起きたりしたら、私がその都度『念話』という魔法で指示していきますので、安心していてください」
「ね、念話……?!」
聞こえますか、聞こえますか……。今あなたの脳内に、直接語りかけています……。
っていう例のあれですか!
うわあ、すごい! なんか、それ聞いてすごくワクワクしてきました。
「じゃあ、そんな感じでいきますので、よろしくお願いしますね」
「は、はい……! こちらこそ、よろしくお願いします……!」
わたしはコウモリ姿のクラーラさんに深くおじぎをしました。
これから……出会う勇者たちは、いったいどんな人たちなのでしょう。
風紀の乱れきった、どうしようもない人たちなのでしょうか。
わたしは「ハーレムクラッシャー・ビジョコ」に憧れて生まれ変わった存在、「マジョコ」です。
クラーラさんを使い魔に従え、この魔界の森に薬草を採りに来たという設定の魔女--。
そのわたしが、どこまでやれるのか。
まだ見ぬ勇者たちの姿を思いながら、わたしは草原の果てをじっと見つめていました。
そして――。
「あっ、もしかしてあれが勇者たち……ですかね?」
しばらくすると、なだらかな丘の向こうから勇者たち一行が姿を見せはじめました。
百メートルほどは離れているでしょうか。
ここからでもよく聞こえるほど、彼らはぺちゃくちゃと楽しそうに話をしています。
ああ、あれは絶対スクールカーストの上位にいるような人たちです……!
すぐにわかります。
甲高い女性の笑い声。遠くからでも肩を叩きあうとか、ごく自然なボディータッチの応酬。
わたしは……嫌な汗を背中に掻きながら、彼らが来るのを静かに待ちかまえていました。