第6話 草原に移動
「さて。じゃあ、見た目も良い感じになったところで、そろそろ仕事に行ってもらおうかな。あとの流れは、そこのクラーラから直接訊いて」
そう言って、魔王様はクラーラさんを見ました。
クラーラさんはこくりと頷きます。
「はい魔王様。かしこまりました」
「あー、あとマジョコ。これ、手付金ね」
「はっ? えっ、手付金?」
魔王様がポン、とわたしの手に何かを握らせてきます。
それはなんと「札束」でした。
「なっ……これ! ど、どうして!」
「これからいろいろと入用になるだろうからね。ああ、成功したあかつきにはさらに報酬を支払うよ」
「えっ、でも……あの……」
たしかに、仕事っていうくらいですからお給料が発生するんでしょう。
でも……それにしたってこれ、けっこう多くないですか? 前払いでこんなにとは……。
札束。
わたしは「魔法」と「美貌」を頂いただけで充分満足してたんですが、さらにこんなものまでもらうことになるとは、思ってもみませんでした。
さすが「魔王様」ってだけありますね。めちゃくちゃ太っ腹です。
「それは魔界でしか使えないお金だけど、全部で『十万マオー』あるからね。遠慮なく使ってくれたまえ」
「十万……マオー」
それって、いったいどれくらいの価値があるんでしょうか?
ていうか「マオー」って、通貨の単位……なんですね。
「10000」って書いてある紙が十枚。それが十万マオーってことは、一枚が一万マオー……ということでしょうか。
日本円だと一万円くらい、でしょうかね? いや、レートは全然違うかもしれませんが。
なにしろ初めて見るお金です。
紙にはすべて、魔王様の顔が描かれてました。だから「マオー」……か。なるほど。
いったいどうやって造られているのでしょう。
細かいところまで、ほぼ同じように印刷されているようですが……この世界にも造幣局とかあるんですかね。
「あ……ありがたく、いただきます。お心遣い、ありがとうございます……」
とりあえず、これは財布に大事にしまっておくことにします。
「ん? あれっ?」
そういえばいつの間にか、わたしの通学バックがありません。
思えばこの世界に来た時からなかった気がします。
あ、あの中には……学生手帳とかスマホとかお財布とか、あと次作……ポエム集とか、あとその他もろもろ……その、大事なものが入ってたのに!
もしかして元の世界に、落としてきちゃったんでしょうか?
だとしたら大変マズイです……。
とくに「自作ポエム集」なんて、誰かに見られたらわたし舌を噛んで死にます!!
そんな風にわたしが顔面蒼白になっていると、魔王様が異変に気が付いてくれました。
「どうしたマジョコ?」
「あ、いえ……」
「ああ、物を入れる袋がないのか」
「いや、まあ……それもありますけど……」
どうしよう、言いづらいな。
でも、そういえば元の世界に戻る時は、連れ去られた時間と同じ時間に戻してくれるって言ってませんでしたっけ。じゃあ、大丈夫……か。
ちょっとホッとしていると、魔王様は袋の事について話してくれました。
「んー、今後もいろいろと装備品とか必要になってくると思うけど、そういう時はだいたい魔界にあるお店で買うか、あとは君の『空間転移魔法』を使って人間界から強奪してくるかのどっちかにしてくれるかな?」
「ええっ?」
「そのための魔法だよー。あ、でも、その『空間転移魔法』で魔界の住人から強奪するのはナシね。人間界からだったらいくらでも構わないけど。そこんとこよろしくね!」
「あ、は、はい……」
わたしとしては同じ「人間」たちから奪うっていうのは……ちょっと、というかかなり良心が痛むのですが……魔王様は今、わたしの上司ですからね。彼がルールです。大人しく言われた通りにすることにします。
とりあえず、魔界の商品を今見せてもらうことはできなさそうだったので、人間界から奪うことになりました。
うう……ごめんなさい。この世界の人間さんたち……。
「ええと……」
ウエストポーチのようなものを、まずは探すことにします。
なんとなく、この魔法があれば大きな荷物を持たなくてもよくなりそうだと思ったわたしは、小さめの可愛らしいものを探すことにしました。
意識を遠方に飛ばします。
すると……。ありました。
人間界のとあるお店の出窓に、いい感じのバッグが飾ってあります。
「えいっ」
気合を入れると、手元に「飴色をした皮製のバッグ」が出現しました。
何の皮なのかはよくわかりませんが……とりあえず、そこにわたしは十万マオーと、意図せずこの世界に持ってきてしまった「ハーレムクラッシャー・ビジョコ」の本を入れます。
腰に巻きつけて、さあ準備万端。
「マジョコ、もういつでも……行けます!」
ビシッと、警察官のように額に右手を当てると、魔王様とクラーラさんはニヤリと笑みを浮かべました。
ああ、これでわたしは完全に魔王側、ですね……。
「よろしい。ではさっそく僕が、今この魔界周辺でうろうろしている勇者のパーティーの位置を探ってあげようかな! さてさて。どこかなーっと」
そう言いながら、魔王様は「魔法の鏡」に手をかざします。
するとそれは、はじめは闇色の渦のままでしたが、だんだんとどこかの景色を映し出しはじめました。
おおーっ!
「ここが、今僕たちがいる城。で、その周りにある魔界の森が、ここら辺まで広がっていて、で、その一番外側……魔界の森から外れたこの草原のあたりに、勇者たちがいるね」
魔法の鏡には、広大な景色が空から俯瞰するように映し出されていました。
それを、魔王様は指でひとつひとつ指し示しながら説明していきます。
やがて、草原の一角が徐々に拡大されていくと、小さな人間たちの姿が見えてきました。
あれがどうやら勇者のパーティーのようです。
「こいつらはもう一週間もこの草原をぐるぐるぐるぐる、歩き回ってるだけなんだ! 森には絶対入ってこないしさ。あーっ、もう! やつらの精神攻撃だっていうのはわかっているんだけどさ、まったくイライラするよ!」
「ですね」
魔王様とクラーラさんは、そう言ってぷるぷると肩を震わせています。
本当に、こんないやがらせをするためだけに来てるんでしょうか、この勇者たちは。
仮にも「勇者」って称号がついてるのに。
呆れてものが言えません。
「じゃあ、さっそく頼んだよマジョコとクラーラ!」
「はい」
「かしこまりました」
わたしとクラーラさんは魔王様に向かって元気に返事をします。
さて、いよいよお仕事開始です。
うまくできるでしょうか……。
「では、マジョコ。空間転移魔法を、あなた自身と私とにかけてください」
そう言って、クラーラさんがわたしの側にやってきました。
「は、はい……」
「まだいろいろと教えることがありますからね、あとは現地でお話ししましょう。そうですね……勇者たちからは少し先の位置に移動してください。そこで待ち伏せることにします」
「待ち伏せ……。わ、わかりました……!」
「間違えて、私だけ変なところに飛ばさないでくださいね?」
「あ、ああっ、そ、それは! だ、大丈夫です。頑張ります!」
そんなことを言われると、逆に緊張してしまいそうでしたが、それでもなぜか失敗だけはしないような気がしていました。
この魔法を実際に使ってみるとわかるのですが、まるで息をするように自然に物を移動させることができるのです。
なんででしょう。根拠のない自信が湧き上がってきます。。
真島妖子であったときには一度も覚えることのなかった感覚です。
「じゃあ、い、行きます!」
先ほど魔王様に見せてもらった、勇者たちの場所から……少し先の地点をイメージして。
「えいっ」
わたしは「空間転移魔法」を発動させました。
* * *
声を発すると同時に、景色がぐるりと変化します。
薄暗い広間から、なだらかな草原と黒い森がどこまでも広がっている場所へと――。
わたしはぐるりと見回すと、すぐに目的地だとわかりました。
「や、やりました! 成功しましたよ、クラーラさん!」
喜んで声を上げると、後方からクラーラさんの声がします。
「そのようですね。では私も、さっそく姿を変えておくことにしましょう」
「へ?」
クラーラさんはボンッと白い煙を発生させると、一瞬で姿を消してしまいました。
「え? く、クラーラさん!?」
あわてて辺りをキョロキョロすると、頭の上に何かがポスッと落ちてきます。
「マジョコ、ここです。ここ」
「えっ?」
見上げると、わたしの帽子の縁から一匹の黒いコウモリが顔をのぞかせていました。