第5話 魔神パワー、メイクアップ!
「じゃあ、例の儀式を始める前に。一応こういう姿になりたい、っていう希望があるなら聞いておくけど」
魔王様は両手の指をぽきぽき鳴らしながら、さらに素敵なことをおっしゃいました。
わたしはちょっと考えた末に、一つだけ質問します。
「うーん。その前に……それってずっと、その変わった姿のままになっちゃうんですか?」
一応親からもらった大事な体。
元に戻らなかったら……顔向けができません。
というか、お父さんは「何勝手に整形してやがる!」って怒って面倒くさくなりますね。
お母さんの方はけっこう無関心だから案外、「あら、いつのまに? 良い感じになったじゃない?」なんてさらっと受け入れそうですね。
まあとにかく、そこを確認しておくのは大事です。
「ああ、んー、いや? 勝手に元の世界に帰ったりしない限りは、僕が戻してあげられるよ。区切りのいい時点で、また別の顔に変えたいって言うなら、そこでもまた変えられるしね。でもちょっと……あの、申し訳ないけど変えたくないっていうのはその、困るんだよね。なんていうか、今のままだとね」
「あー……」
言いたいことはなんとなくわかります。
わたしの顔はまずパッとしませんし、体型もガリガリで、胸はなんと「まな板」ですからね。ハーレムをぶち壊す役としてはあまり適していない見た目と言えるでしょう。
ええ、それはもう、自分の事ですからね。ちゃあんと把握しておりますよ。
だから魔王様、そんなに言いづらそうにしないでください。逆にみじめです。
「だからこっちとしては、今どうしてもテコ入れしておきたいっていうか。できるだけ、君の希望通りにしてあげるからさ! でも、どうしても嫌だって言うんなら、断ってもいいけど」
「い、いやっ、ぜーんぜん、そんな! 嫌なんかじゃないですよー。むしろ嬉しいっていうか。あ、あの、じゃあ……ここ、これ! これで、お願いします!」
わたしは魔王様の気が変わらないうちに、急いで手元のラノベを差し出しました。
「ん?」
「この絵の後ろの方にいる、ピンク色の髪の女の人みたいにしてください!」
それは「ハーレムクラッシャー・ビジョコ」七巻の表紙でした。
ビジョコのフォルムを見せると、魔王様は立ち上がって、ものすっごくニヤニヤしてきました。
「ほほーう。うーん、いいねいいね、コレ。美人だし、色気もある。うん、いいよー! センスあるねマジョコ、いけるよこれは!」
「そ、そうですか? ふふっ、ふひひっ……」
魔王様は大絶賛です。
一方わたしは、そんな大げさに褒められたことが今までなかったので、なんだか変な笑い声が出てしまいました。
魔王様は、わたしのラノベの表紙をまじまじと覗きながら、やがてビシッと両手を天に突き上げます。
「じゃあ、いくよー!」
すると天井のシャンデリアの照明が消え、あたりがかなり暗くなりました。
「魔を総べる、偉大なる我が魔神よ……。我の願いを、魔王の願いを叶えたまえ。この者に空間転移魔法の能力と、彼の者が思い描く理想の姿を、与えたまえ!」
魔を総べる……から、なんかめっちゃ低い声になってます!
これが、こっちが本当の魔王様の姿、なんでしょうか……。
こっちの方が威厳があっていいけどなあ、などと思いながら、わたしは天井から奇妙な黒い光が差し込んでくるのをじっと眺めておりました。
これが真っ白い光であれば、「わっすごい、神々しいー」なんて思ったんでしょうけど、これはその真逆ですからね。ザ・闇の光って感じがして、ぞくぞくきます。
「さーて、どーなるかなー」
魔王様は疲れたのか、もう腕組みなんかして、また椅子に深く腰掛けていました。
クラーラさんはというと、事の成り行きを無表情のまま見守っています。
わたしは……その光が、だんだんと天井から降りてくるのを見ていました。そして全身が徐々にその光に包まれていきます。
そして……体の内側から何か熱いものがこみあげて――。
「あっ……あああっ、熱いっ! 熱いいいっ!」
その熱はやがて体全体に広がっていき、全身が火であぶられたようになりました。わたしは思わず身もだえします。
「う、うわあああああっ!!!」
耐え切れず絶叫しましたが、熱は引いていくどころかどんどん熱くなっていきました。
「ああっ、あああああああーっ!!」
叫び続けていると、突然何かが切り変わる音がしました。
カチッ。
脳内には、魔法少女の変身シーンのようなイメージの曲が流れます。
腕と足が伸びていきます。
胸がむくむくと大きくなり、腰がきゅっとすぼまります。
髪がざわざわと波打ちながら伸びていき、風もないのにふわりとなびきます。
以上……音楽終わり。
目の奥が熱いです。
頬も。そして首元も。
全身が、地獄の業火のような熱に侵されて――。
気が付くと、わたしは床にうつぶせに倒れていました。
「おーい、大丈夫?」
魔王様の声がして、わたしはゆっくりと顔を上げます。
「えっと……わ、わたしは、どうなって……」
「すごいよ! 見事、君の希望通りになった。おめでとう! めちゃくちゃ、美人だよー!」
「え、そう……ですか?」
「うん。あともう『空間転移魔法』も君の中に実装されてるはずだ」
「空間、転移魔法……」
「そう。これは僕も使える魔法なんだけどね。まあ、実際にやってみればすぐにわかるよ。さあ、そこの魔法の鏡……じゃ、その姿を見ることはできないから、代わりに別の鏡! 普通の鏡をその魔法でこの場に出してみて。うん、この世界のどこかにあるはずだからさ! 探してみてー」
「え、探すって。ええと……」
「はいはい、いいから勘でやってみて!」
勘、って。
まあいいや……。
とにかくわたしは魔王様に言われた通り、鏡を探すため意識を集中してみました。
え? あっ……。
意外と早く見つかりましたね。
とある貴族の御屋敷に、魔法の鏡みたいな豪華な作りの大きい姿見を発見しました。それが、脳内にはっきりと映し出されます。
「えいっ」
そして気合を入れてみると、それはパッとわたしたちの目の前に現れました。
大きな鏡は……わたしの姿をちょうど映し出しています。
「こ、これが……わたし?」
そこには、信じられないものがありました。
ずっと憧れの存在だった「ビジョコ」の姿が、そこにあったのです!
すらりと長く伸びた手足。
Fカップはありそうな巨乳。
細くくびれた腰。
滑らかで雪のように白い肌。
大きな深緑色の目。高くすっと通った鼻。淡く色づき、そして濡れたような唇。
あと……一番特徴的な、ふわっと広がった桃色の長い髪。
さっきの、頭の中で流れていた曲は、そのままこの姿に変わったときのイメージ音楽だったようでした。
服装も、制服からいつのまにか違う物になっています。
頭に、大きな黒いつば広帽。
肩からは長い黒マント。
そして、大きなスリットと胸元が開いた黒いイブニングドレス。
さらに黒のピンヒール。
なんというか……ものすっごいセクシーな恰好です。
「ああ、ビジョコが……! あのビジョコが、目の前にいいいいっ!!」
わたしは感動と興奮のあまり、思わず黄色い声をあげていました。
鏡に近寄って、細部まで舐めるように観察します。
あああああああ素敵! 素敵すぎます! 感動です!
なんて美しいの……わたし!
すると、しばらくして背後からぼそっと誰かのつぶやく声が聞こえてきました。
「まあ、そこそこ綺麗、ですけどね。私の方が、上ですけどね」
今の声は……どうやらクラーラさんだったようです。
振り返ると、面白くなさそうな顔をしてそっぽを向いていました。
ははーん。さては嫉妬、ですね……?
クラーラさんも、もともとものすごく魅力的な方です。
少女のようなのに、大人のようなそぶりや話し方をするので、女のわたしでもドキッとすることがあります。
そんなに美人なのだから、別にわたしと張り合うことないのに……。
そう思いますが、そこはそれ。彼女にもサキュバスとしてのプライドがあるのでしょう。
ですが、わたしも「こちらの方が絶対上!」という自信がありました。
だってこんなに、こーんなに自分の姿に見惚れられるんですもの!
「うーん、ほんと、素敵……!」
まったく、何時間でも見ていられそうです。
いままでの冴えない「真島妖子」はきれいさっぱりいなくなりました。
ごめんなさい、お父さん、お母さん。
わたしはもう「ビジョコ」……。
いえ、これからは魔王様たちにつけてもらった「マジョコ」という名前で、この世界で精一杯「ハーレムクラッシャー」として頑張っていきます!