最終話 帰還
最後はちょっと長めです。
「いやー、お手柄だったねえ。はい約束の報酬、三十万マオー」
「あはは……えっと、あ、ありがとうございます……」
無事、勇者のハーレムを破壊してきたわたしは、魔王様の城に戻ってきていました。
そしてまた分厚い札束を手渡されます。
正直、手付金の方もまだ一文も使ってないんですが……。
ま、またこんなに……。
魔界でしか使えないお金と聞いていましたが、これはこれからもあまり使う予定はなさそうですね。あの「空間転移魔法」があったら、たいていはそれで事足りてしまいますから。
「それにしても、わずか一日で片づけてしまうとはねえ。いやはや恐れ入ったよ」
「魔王様が発案された作戦が、功を奏したからだと思いますが?」
人型に戻ったクラーラさんが、そのように冷静に言ってきます。
「いやいや。マジョコがいたからこそ、それも成功したんだよ。とはいえ、クラーラもお疲れだったね」
「はっ、恐れ入ります」
クラーラさんはお辞儀をしながら、口元をニンマリとさせていました。
そして真っ赤な舌で、ぺろりと口の周りを舐めます。
う、うわー。エッロ。
なんか知らないですけど、すっごいエロいです。
勇者から「何か」をたんまりと接種したみたいですからね。今のクラーラさんはさぞかし大満足していることでしょう。
「さて。こんなに早く片づけられたってことは、君はかなりこの仕事に向いている、ってことだよね。できたら、もう少し僕らのために働いてもらいたいんだけど……」
「ええっ……!?」
おや。さらなるスカウトを受けました。
というか契約更新、ですかね。魔族の専属ハーレムクラッシャーとして、これからもお願いしたいということでしょう。
で、でも……。
「あの、お言葉ですが魔王様。あいつらの……勇者たちのハーレムは撃退しましたし……もうすることはないんじゃないかと……思うんですが……」
「いや、あるよ」
「へ?」
おずおずと尋ねたわたしに、魔王様は即答されました。
「いやがらせにやってくる勇者は、実はあれだけじゃないんだ。人間たちは定期的に異世界人を召喚しているみたいでね。だから、次のもまたすぐに来ると思う」
「えっ、えええっ!?」
驚きです。
そんなにしょっちゅう勇者が召喚されていたとは。
もしかしたら途中でバッティングすることだってありそうですよね。勇者同士が「お、お前も来たか。どっちが先に行く?」なんて譲り合うことだって……ないとは言い切れません。
いや、それよりも……そもそもその召喚する大元を叩かない限りは、この仕事ってずっと続くんじゃないですかね?
契約の期間はたしか、「彼らがいやがらせに来なくなるまで」だったはず。
適性がなかったらさっきの時点で終わりだったのですが、そういうことなら今後もさらに継続しそうです。
「で、どうなの? やってくれるの、くれないの?」
魔王様は真顔で訊いてきます。
目が、笑ってません。
切実な状況なのは……相変わらずみたいですね。
「ええっと……」
正直、あとどれくらい協力すればいいのかわかりません。
さっきのでもうある程度は満足しちゃいましたし、それになにより、このバッグの中の「ハーレムクラッシャー・ビジョコ」の七巻を早く読みたいです。
わたしは、思い切って言いました。
「い……いろいろと、あ、ありがとうございました魔王様。でも、もうここまででいいというか……そろそろ帰りたいなーなんて、お、思ってるというか……」
ドキドキで、足もこころなしか震えていました。
いつでも帰らせてもらえる、そういう約束だったのです。だから、この仕事を引き受けました。でも……今の魔王様たちの状況だと、もしかしたら引きとめられてしまうかもしれませんね。
「いいよー、わかった。そういう話だったもんね、今までありがと!」
「え?」
ですが、魔王様はすんなりと納得してくれました。
そんなやりとりを見て、クラーラさんがつかつかとわたしの方に近づいてきます。
うっ、く、クラーラさんは、さすがに怒るでしょうか?
「ご、ごめんなさっ……!」
「マジョコ。ありがとう、助かりました」
「へ……?」
「ここでお別れするのは寂しいですが、あなたは所詮ニンゲン。そして、この世界の者でもありませんからね。ここまででも、だいぶ救われましたよ。私からも改めてお礼を言っておきます」
「え……?」
そうして、ぎゅっと。
わたしはクラーラさんに抱きしめられてしまいました。
あ、あ……クラーラさんのおっきなお胸が、わたしの胸に当たって……ちょ、ちょっと、これは女の子同士でもちょっとイケナイ気分に……なっちゃいますよ……!
ていうか、それよりも。
意外、というか……こうされるとは夢にも思ってなかったので、なんだかさらに申し訳ない気分になってしまいました。
「す、すみません……く、クラーラさん」
ほんとにいたたまれなくて、わたしは涙目になります。
「いいんですよ。あなたはよくやってくれました、マジョコ」
「…………うっ」
さらにお褒めの言葉をいただくと、もっと良心が痛んできちゃいます。
ああこれ以上は……辛すぎます。
そんな風にされると、断りづらくなっちゃうじゃないですか。
でも……元の世界に戻って、落ち着きたいというのも本音です。
コミュ障にはちょっといろいろと刺激が強すぎて……かなり精神的な限界がきていました。頭もパンクしかけてますし、誰もいないところでちょっと一人になりたい、そんな気分……。
魔王様は、そんなわたしにとても残念そうに言いました。
「君は、この『魔法の鏡』で見ていても、とても優秀なハーレムクラッシャーだったよ。失うのは惜しいが、初めにも言った通り、無理やりさせる気はない。また気が向いたら、考え直してくれ」
「え? 気が向いたら、って……?」
どういうことでしょう。
もうわたしはこれから元の世界に戻る、だけなのに。
「ああ、あの貼り紙ね、ずっとあそこに貼っておくつもりなんだよ。なに、適性のある者にしかあれは見えないようになっている。だから、君さえ良ければ、またあの張り紙をめくって僕らに呼び掛けてほしいんだ」
「え、ええーっ?」
貼り紙って、あの書店にあった「求人広告」のことですよね?
ずっと求人しつづけるつもりなんだ……。じゃあ……。
「そう。これからも、僕らは求人をし続ける……正直、君以上の人材が見つかるとは思えないけどね。すでに実績がある君なら、コンタクトをくれた時点で即採用だ。とゆーわけで、ヨロシク!」
そう言って、魔王様はバチンとウインクを投げかけてきました。
ああ、すごい、さっぱりしてますね。
魔族っていうのは、こういうシンプルな考えの人ばかりなんでしょうか。
「えっと……わかりました。そうですね、一度元の世界に戻らせてもらえるなら、もしかしたらまた……ここに来ることも……あるかもしれません」
「え? あ、そうなの? もう無理しなくてもいいよー?」
「いえ。あの……元の世界に戻っても、きっとまた……リア充とかにムカついて、フラストレーションがたまるかと……思いますし」
「りあじゅー、ってのがよくわからないけど、まあホント気が向いたらでいいよ!」
「……はい」
「じゃあ約束通り、元の姿に戻すね!」
ああ、このマジョコ……もといビジョコの仮初めの姿ともお別れですか。
魔王様が両手を天井に向けます。
そして、部屋の明かりが暗くなって……。
「魔を総べる、偉大なる我が魔神よ……。我の願いを、魔王の願いを叶えたまえ。この者から空間転移魔法の能力と、彼の者が思い描く理想の姿を、奪いたまえ! そして元の姿に戻したまえーっ」
またあの、めっちゃ低い「イケボ」です。
あー、常にこの声だったらいいのに。っていうか、ここでこの魔王様ともお別れなんですよね……。
しばらくすると、天井から黒い光が差し込んできて、わたしの姿がまた変わっていきました。
「う、うううう……うあああああっ!」
全身に耐えがたいほどの熱さを感じ、脳内で何かが切り替わる音がします。
カチッ。
そして、また魔法少女の変身シーンのような曲が……。
腕と足は、縮み。
胸は、しぼみ。
体型は、寸胴になり。
髪は、元の色と元の長さに戻ります。
……以上、音楽終わり。
わたしは若干の悲しみをこらえながら、自分の姿を「魔法の鏡」の隣にある、大きな姿見に映しました。
ああ、そこにいたのは、元の冴えない「わたし」です。
丈の長いスカートをはいた、ブレザー姿のモブ女子高生がそこにいました。
「じゃあ、その魔法の鏡に飛び込めば、もう元の時間の、元の世界に戻れるよ。短い間だったけど、これでさらばだ。真島妖子」
「今までお疲れ様でした。どうぞ、ゆっくりなさってくださいね」
「魔王様、クラーラさん……さよならっ!」
わたしは、二人の顔をそれ以上見ていられなくて、振り切るようにして「魔法の鏡」に飛び込みました。
* * *
気が付くと、わたしは元の世界……例の書店に戻っていました。
書棚と書棚の間の通路には、あのバカップルがまだいちゃついています。
「ゆ、夢……だったの?」
白昼夢にしては、ずいぶんとリアルな夢でした。
まさか、と思って顔をあげると。
壁にあの求人広告が貼られています。
――【急募】ハーレムクラッシャー、勇者のハーレムをぶち壊すだけの簡単なお仕事です――
達筆な筆文字。
そして、この広告をめくれば、またあの異世界に行くことができる……のです。
でも、わたしはくるりと踵を返しました。
「あっ」
足元に学生かばんが落ちています。
それは、わたしのものでした。
やはりここに置いてきていたようですね。
ん? というか、「ハーレムクラッシャー・ビジョコ」の七巻はどうしたでしょうか。
はたと身なりを確認すると。
あの、謎の皮でできたウエストポーチを、身に着けていました。
はわああああっ!? も、持ってきちゃったあああああっ!!!
ど、どうしましょう。
異世界の「ブツ」を持ってきてしまいました!
あー、中にはたしかに「ハーレムクラッシャー・ビジョコ」の七巻と、四十五万マオーと、ネモちゃんからもらった「神心石」……があります。
……う、うん。
見なかったことにしましょう。
とりあえずわたしは「ハーレムクラッシャー・ビジョコ」の七巻を取り出して、レジへと向かうことにしました。
が、目の前には、まだあの宿敵「バカップル」がいます。
普段だったら絶対にそこを通れません。
でも……そのときのわたしは、なぜかひるむことなく、叫んでしまっていました。
「一刻も早くわたしは家に帰って休みたいんだ! そしてこのラノベを読みたいんだっ! ど、どけ、どけっ! 最大空間転移魔法、『リプレース』ッ!!」
両手を前に突きだします。
あの魔法はもう取り上げられてしまいましたし、この世界ではそんなものが効かないこともわかっています。
でも、わたしは、そう叫ばずにはいられませんでした。
何かを叫ばなければ。
何かをしなければ。
現状は変えられないとわかっていたから……。
すると、バカップルの女の方が、笑いをこらえながらこちらを見てきました。
「えっ、なになになにー? なんか、変なこと言ってるんですけどー! 怖っ!」
「お、おい、行こうぜ……」
同時に鬼気迫った顔でもしてたんでしょうか。わたしは。
とにかく、変なやつには関わるなとでも言うかのように、あっけなくやつらは行ってしまいました。
拍子抜け、です。
ハーレムクラッシャー……。
この世界では、さっきの世界のように大層なことはできませんが……でも、わたしは、今のことにも少しスカッとすることができました。
「さ、さてと……レジに行きますか」
前を向き、手にしたラノベの表紙をちらっと見ます。
気のせいかもしれませんが……そこに描かれたビジョコは、なんだかより晴れ晴れとしたような顔に見えました。
おわり
ここまでご覧下さいまして、ありがとうございました。
「テンプレの勇者ハーレムを爆発させたい!」という一心で書き始めたのですが、読者のみなさまも楽しんでいただけたでしょうか。
まだまだあの異世界にはハーレムがはびこっています。
なのでまた、現世でフラストレーションをためた主人公が、あの書店の広告をめくるかもしれません。
その時はまた違うハーレムを破壊するでしょうが……ひとまずはここでいったん〆です。
できましたら感想をいただけますと大変うれしいです。
それではまた次の作品にて。
津月あおい




