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第20話 リリィは…そして勇者消滅

 さて。

 さっきとは違う草原です。


 ネモちゃんとアザレアの様子を見てきましたが、あのリリィという子はどうしたでしょう。

 まあ、あの子は顔を合わせても……ちょっとトラブルになりそうなんで、会わないですけどね。

 だって、魔王討伐を企んでた子ですよ?

 わたしがお詫びって言っても特に何かをしてあげることはできないでしょう。


 一応、彼女がどこにいるのかイメージしてみます。

 すると……まだ森の中にいました。というか、あれ? 迷ってる?

 あの子たぶん、迷ってますよ。


 あちゃー。「方向音痴」ってやつですかね?

 幸い他の魔物と闘ったようには見えないですが……。なんか哀れなので、適当な場所に転移させてあげましょうかね。


「えいっ」


 ここではないどこか。人間界の適当な街に移動させてあげました。

 ふう。

 これで「いいことその三」が終わりました。


 別にしなくても良かったんですけどね、魔界の近くをこれ以上うろつかれても面倒ですし。

 そんなことを考えていると、クラーラさんからの念話が届きました。


 ――マジョコ、マジョコ。もういいですよ。たーっぷりとお仕置きをしておきましたから。今、勇者は私の横で眠ってます。さあ、戻ってきてください。


 う、うわー。

 ちょっとどんな有り様になってるか想像もしたくないですけど……仕事ですからね。行かないと。


「えいっ」


 しぶしぶ空間転移魔法を使うと、わたしはクラーラさんと勇者のいるところに出ました。

 薄暗い森の中、ぱたぱたと一匹のコウモリが飛んでいます。


「クラーラさん! ……あっ!」


 つい、声をかけてしまいました。

 しまった。まだテレパシーみたいに心の声で話していなくてはならなかったかもしれません。


「マジョコ、大丈夫ですよ。勇者はもう、ほぼ気を失っていますから。声を出して会話していても、しばらくは起きないでしょう」

「そ、そうなんですか……?」


 そう言われてホッとしました。

 見下ろすと、たしかに眠っているというよりは「意識のない」勇者がいます。

 全裸で。

 幸い股間の部分は服がかけられていましたが……なんというかこれは「事後」、ですね。


「あの、クラーラさん? これから、どうするんですか。この勇者もこのまま放置ってわけにはいかないでしょう」

「そうですね。勇者は、このあと処分します」

「しょ、処分?」


 ひええーっ、それって……殺すってことですか? もしかして。


「違いますよ。あなたが、その空間転移魔法で、この者をこの世界から排除するんです」

「排除……」

「この者は、もともと異世界から召喚されてきたニンゲン。ですから元の世界にお帰りいただくのが一番なんです」

「あ、ああ! な、なるほどー。そういうことでしたか!」


 はあ……良かった。

 てっきり惨殺死体を製造しなきゃならないかと思いましたよ。

 まあ、こんなクズ勇者、はっきりいって死ねって思いますけど、それでも実際に手をかけるっていうのは……なんかね、わたしには荷が重すぎますし。


「ではマジョコ、この者が眠っているうちに」


 そう言って、クラーラさんがうながしてきます。

 でも、わたしはまだ少しためらっていました。

 このまま勇者を元の世界に戻してしまっても……いいんでしょうか。まあ、あれだけアザレアやリリィから反撃されてましたから、少しは懲りたでしょうけどね。


 でも……。元の世界でも、きっとこいつは……。


「あ、あの、クラーラさん。ちょっとお願いが……」

「はい?」


 わたしはクラーラさんにとある提案をしてみました。



 * * *



 数十分後。

 大きなくしゃみをして、勇者が目覚めました。


「ハッ、お、俺はいったい……ま、マジョコさん?」


 自分が素っ裸でいることに気付いた勇者レオンは、散らばっていた服をかき寄せながら周りを見渡します。


「ど、どこに行ったんだ。俺と、旅をしてくれるんじゃなかったのか!?」

「レオン……」


 ようやく下のズボンだけ穿き終わった勇者の前に、「わたし」が現れます。


「あ、ああ、マジョコさん! いきなりいなくなるなんて人が悪いな。ふふ、さっきはキョーレツだったよ……でも、最高だった。また俺と……」

「ふふ。『また』はありませんよ。それに、あなたにはもう二度と、そんなことはさせません」

「はっ? な、何を……マジョコさん?」

「彼女たちの……心を傷つけた分、罰を受けなさい」


 そう言って、「わたし」は消えました。

 かわりに「ネモちゃん」が現れます。


「レオン……さん……」

「ね、ネモ? ど、どうしてここに!」

「ネモ、ネモの気持ち……どうして踏みにじったの? ネモのこと……大事にしてくれなかった……レオンさん……」

「ネモ?」


 呆気にとられているレオンに、「ネモちゃん」が弓を構えます。

 そしてすぐに矢を放ちました。


「あがっ! ぐっ、ね、ネモ……ッ!?」


 かすったのか、勇者の肩からはどくどくと血が流れます。

 それは空間転移魔法でわたしが出現させた矢、でした。

 一応、重傷にはならない程度に当てたのですが、あれでもけっこう痛いでしょうね。


「いきなり、なにを……! 頭がおかしくのか?」

「おかしくなんか、なってない……ネモが約束しなかったら……ご神木を切り倒すつもりだったくせに。森の精霊を……殺すつもりだったくせに。殺す……殺す……!」

「ね、ネモッ!?」


 ヒュン、ヒュンと連続で「ネモちゃん」が矢を放ちはじめます。


 勇者レオンは話が通じないと悟ったのか、一目散に走り始めました。

 藪の中に逃げ込んだりして、ネモちゃんを必死に撒こうとしています。でも、その前方に「アザレア」が現れました。「アザレア」は軽快にステップを踏みながら、レオンを睨みつけます。


「あ、アザレアッ? お前まで、どうしてここに……もう行ったはずじゃ」

「レオン、アンタには失望したよ。ホント、あたしのことはどうでも良かったんだね。もっといい女を手に入れるまでの代用品だ。奴隷で売られている時の方が、まだマシだったよ!」


 そう叫ぶと、「アザレア」は側転をしながら素早く勇者に肉薄してきました。

 勇者は丸腰でした。

 あの大剣があれば応戦もできたでしょうが……。


「ぐ、ぐはあっ!」


 勇者が腕をクロスさせて防御していたところに、「アザレア」の回転蹴りがクリティカルヒットします。

 勇者を吹っ飛ばしたのは、本当は「腕の太さくらいの丸太」でした。これはわたしの魔法で出現させたものです。これも当たったらそうとう痛いはずです。


 そこへ、今度は「リリィ」が現れました。


「あら、また会ったわね、レオン君」

「り、リリィまで……ど、どうなって」

「結局、魔王討伐はするの? しないの? あの魔女といい仲になっちゃったら、もうどっちでも、ふふ、どうでもよくなったわよね? そうよね。最初からそんな気はなかったのよ。あるのはただ女とイチャイチャしたいっていう気持ちだけ」

「ぐあっ! い、いいいいっ、痛いっ、やめろ!」


 ぐさ、ぐさと「リリィ」はレイピアの先で勇者の脚を刺しはじめています。

 それはわたしが空間転移魔法で出現させた、栗のようなイガを持ったこの世界の木の実でした。


「うふふふ。痛い? 痛いでしょう? わたしたちの胸の痛みはこんなもんじゃないわよ!」

「う、うあああっ! や、やめろおおっ!」


 勇者は顔面蒼白で逃げ出していきます。

 逃げて。逃げて。走って。

 三人の女の子たちから逃げ回ります。


「待って……レオンさん……」

「待ちなよー、レオン」

「待ちなさいよ、レオン君!」


 三人が三人とも笑顔で追いかけてきます。


「うああああああああっ!!!」


 勇者は死に物狂いで走り続けました。

 でも、本人はそうしているつもりでも、すべてはクラーラさんの幻影です。地面に寝っころがって、足をじたばたしているだけ。


 ――マジョコ、もうこんなものでいいのではないですか。そろそろこの勇者、精神が崩壊しかかっていますよ。


 ええ。ありがとうございます、クラーラさん。

 でも、もう少しだけ……。


 わたしは地面に寝転がったままじたばたしている勇者にそっと話しかけました。


「レオン、勇者レオン。あなたはずっとこの三人に追いかけられるんですよ。地の果てまでも。どこまでだって、ずっと彼女たちがついてきてくれるんです。良かったですね。これが、あなたの望む本当の『ハーレム』ですよ」

「ああ、ああああっ……! ち、違う! 俺は……俺はああああっ! こんなはずじゃ……俺はこの世界で可愛い女の子たちと、仲良く……現実世界ではできなかったモテ男になって……」


 その後三十分くらい、このクズ勇者さんにはクラーラさんの幻影の中で「追いかけっこ」をしてもらいました。

 そして、その口から泡が吹きだしたころ。


「もう、いいですかね。そろそろ充分、トラウマになってきたと思うんですが。これくらいすれば、たぶんもう……」


 ――そうですね。マジョコ、では最後にその勇者に……「最大空間転移魔法」をかけてください。


「最大、空間転移魔法……?」


 ――ええ。それは「別の世界」に物を移動させる魔法です。勇者を元の世界に戻すのですよ。魔王様があなたを召喚したのも、この魔法だったのですからね……いわば空間転移魔法の奥義のようなものです。


「お、奥義……わたしにそんなこと、いきなりできますかね」


 ――できます。すでにあなたは魔王様から、魔神様の力の一部を与えられているのですから。


「そ、そうなんですか……? わかりました。じゃあ、とりあえずやってみます!」


 わたしはさっそく、このクズ勇者を「元の世界に戻す」イメージをしてみました。

 元の世界、元の世界……。

 あれ? どうやらこの勇者、わたしとは違う世界の住人らしいですよ?


 なぜそういったことがわかったかというと、いきなりその情報が、どどーっと滝のように頭の中になだれ込んできたからです。

 これも魔神様の力、なんでしょうか……。


 とにかくわたしは、その勇者がいた世界を明確にイメージすると、彼に向かって両手を突き出しました。

 そして、ずーーーーっと胸に抱えていた気持ちも一緒にぶちまけます。


「永久に……お前は、ハーレムをつくるなっ! そして、女の子を二度と傷つけるなっ! 元の世界に還って二度とここへ来るなっ、クズ勇者ッ! 最大空間転移魔法『リプレース』ッ! ええいっ!」


 突如、頭に浮かんだ「呪文」を叫び終わると、勇者レオンはきれいさっぱりいなくなりました。

 もうこの世界のどこを探してもいません。


 どうかあのクズが、ここで起こったことを振り返って、二度と悪さをしませんように。そして、できたら不能になりますように。


 そんなことを、わたしは強く何者かへと願ったのでした……。

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