第19話 アザレアにお詫び
「えーと。それじゃあ、もう行きますね」
「うん。ありがとう! マジョコさん……」
「…………」
はいともいいえとも言っていないのに、ネモちゃんはもうわたしが助けに来ると完璧に信じきっていました。
うーん。面倒くさい、ですね。
いまさら、「呼び出されてもすぐに助けるかはわからない」なんて説明するのはすごく……面倒くさいです。不思議な石「神心石」ももらっちゃいましたしね……はあ。
とりあえず、このままボカしておさらばすることにしましょうか。
うん、そうしましょう!
「伸心石」は、持っていたバッグに入れて、と。
「では……」
まだクラーラさんから「勇者のお仕置きが終わった」という合図がないので、わたしは任意の草原に移動することにしました。
その場所をイメージして、気合を入れます。
「えいっ」
すると、近くに魔界の森が見える草原へと戻ってきました。
「ふう……」
思わずため息が漏れます。
ここまでずっと気を張っていましたからね。精神的な疲れが出たのでしょう。
コミュ障のわたしがよくここまでやりましたよ。
はあ……しかし、ハーレムっていってもただ楽しくやってたわけじゃなかったんですね。
勇者は別として。
ハーレムメンバーの女の子たちは……それぞれにいろんな思惑があったみたいです。ネモちゃんはなんとなく、もうあれで大丈夫かなと思いますが、他の子たちはどうなるんでしょう……。
わたしがそんなことを思っていると、森から見知った人物が出てきました。
アザレアです。
「あ、あんた、どうしてここに……!」
わたしの姿に気が付くと、スケスケの衣装を揺らしながら駆けてきます。
しくじりましたね。
つい、一度来たことのある場所に、来てしまってました。まさか鉢合わせるとは。
「魔女様、レオンたちはどうしたんだい? しばらくしたら声をかけに行くって言ってたろ」
近くに来るとアザレアはそんなことを言いました。
ああ、そういえば……勇者たちの「その後」はアザレアは知らないままでしたっけ。
「まだ、声をかけに行ってません。ですが……あなたは仲間から……その、外されたようですね? あのネモとかいう子のように……」
「だっ、誰のせいだと、思ってんだい! ああそうさ。ネモの気持ちが今になったらよーくわかるよ。でもね……あたしはもう、これでいいって思ってるんだ」
アザレアは、なにかさっぱりしたようにそう言い切りました。
そして、すたすたとわたしを追い越していきます。
「どこへ……?」
わたしはアザレアに尋ねました。
「弟を……弟のツツジを探しに行く」
「弟さん……?」
「ああ。あたしと弟は奴隷として売られていたんだ。あたしはレオンたちに助けられたけど……きっとツツジはまだ……。だから探しに行く。そして、助け出すんだよ!」
その背中は、なにやらとてもたくましく感じました。
でも、実際問題どうやって助け出すんでしょう。
お金を用意して買い取る、のでしょうか? でも、そんな「人間の値段」って、いくら奴隷でも安いとは思えないんですが……アザレアはそんなにお金をたくさん持っているんでしょうか。
それとも。
実力行使、でしょうかね。それはそれでアザレアならできそうですけど……。まず見つけ出すのが大変そうです。そして見つけ出したとしても、すでに誰かに買われていたら……より難しいことでしょう。
「待ってください」
「ああ?」
わたしはアザレアを呼び止めました。
少し怒っているようです。でも、そんなアザレアに構わずわたしはこう提案しました。
「あなたの弟さん、わたしにも探させてください」
「はっ? な、何言って……」
「お詫びじゃないですけど……もし、その弟さんの姿とかがわかるものがあれば……わたしだったら、探せると……思うんです」
「ど、どういうことだい。魔女様、そんな便利な魔法でも使えるっていうのかい……?」
「まあ、そんなようなものです」
アザレアはわたしの言葉にかなり驚いているようでした。
まあ……といってもこの世界に「写真」みたいなものがあったら、の話なんですけどね。
「お詫びって、まさか、あたしがレオンたちのパーティーから抜けたことへのかい? 別に、魔女様がそのきっかけではあったけど、こうなった原因は他にもあったし、そこまでしてもらうほどのことじゃないっていうか。でも……」
動揺しつつも、アザレアはかなり揺れ動いているようでした。
もしそれが可能なら、試したい。そんな淡い期待を持ちはじめているのでしょう。
アザレアは少しだけ考えると、つけていた指輪を外してこちらに持ってきました。
「わかった。じゃあ……見せるだけ見せておくよ。この子だ。この子が……弟のツツジだ」
その指輪には、限りなく透明に近い、水色の宝石がついていました。
その中にぼんやりと誰かの顔が映っています。
それはアザレアと一緒の金の髪に、青い目をした可愛らしい少年でした。
「この子……ですね。わかりました」
わたしは目を閉じると、不思議な宝石に映っている少年を探しはじめました。
どういう原理でその少年の姿が閉じ込められているのかわかりませんが、かなり鮮明な画像です。わたしはその子と同じ風貌の少年をイメージしました。
すると。
すぐに見つかりました。どこかの汚い小屋で、太ったおっさんにビンタされてます。うわー。早く助けないと!
「えいっ」
わたしは空間転移魔法を発動しました。
一瞬で、アザレアの前にその弟くんが出現します。
打たれた頬を手で押さえながら、ぽかんとしている少年を見て、アザレアはすぐにその子を抱きしめました。
「ツツジッ! ツツジぃ……!」
「ね、姉ちゃん?」
「ああ、ほんとにツツジなんだね! ど、どうしたんだい、その顔は!」
ひとしきりハグをしたあと、もう一度たしかめるように弟くんの顔を覗き込むと、アザレアはびっくりした顔で言いました。
「いや、さっき奴隷商のオヤジにさ……。それより、ここはいったい……? どうして俺こんなところにいるんだ? それに姉ちゃんも、なんでここにいるんだ」
あっけらかんとそう問う弟くんに、アザレアは笑顔のままボロボロと涙を流しはじめました。
「そ、そこの魔女様が……さ、あんたをここに……連れて来てくれたんだよ」
「魔女様?」
くるりと振り返って、ツツジくんがわたしを見てきます。
急になんだか照れくさくなってきました。
「よ、良かったですね……その子、つ、ツツジくんで間違いないですか」
「ああ、ツツジだよ。本当にツツジだ。ありがとう……ありがとう、魔女様。うっ、うううっ……!」
アザレアは泣きながら、また弟のツツジくんに抱き付きました。
感動的な姉弟の再会……ですね。
いやあ、とてもいいことをしました。
ツツジくんは顔を赤らめてものすごく恥ずかしがっています。でも、お姉さんのアザレアがいつまでも泣いているので、そっとその手を背中に回しました。
ああ、これ以上わたしがここにいるのは野暮ですね。
いい加減、退散するとしましょう。
まだクラーラさんからのお呼び出しはありません。
わたしは、また違う場所に移動することにしました。




