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第18話 ネモちゃんへお詫び

 気が付くと、そこは広大な平原でした。

 近くには見慣れた黒い森もあります。


「こ、ここは……。そうか、わたし……」


 クラーラさんには「魔王様のところへ行っていなさい」と言われていたのに、結局誰もいないところに来てしまいました。


 だって。だって……。

 あんなのを見せつけられた後で、魔王様と顔を合わすなんて……で、できるわけないじゃないですかっ!

 恥ずかしすぎますよ!

 どんな態度でいればいいっていうんですか? きっと、気まずいことこの上ないでしょうし……。


「はあ……はあ……」


 そんなわたしは若干息が上がっていました。

 クラーラさんたちに影響されて、かなり興奮していたようです。

 にしても、あれは……かなり刺激が強すぎましたね。


「あ、そういえば」


 ふと、わたしはネモちゃんのことを思い出しました。


 今、いったいどこにいるんでしょう?

 急に思い立って、わたしはネモちゃんのいるところに行ってみることにしました。


「えいっ」


 空間転移魔法を使って、また移動します。


 ネモちゃんはもうかなり遠いところを歩いていました。

 ここからではもう、ほとんど魔界の森は見えません。

 草原は途切れ、荒れた大地に一本の細い道が通ってました。そこを、ネモちゃんはとぼとぼと歩いています。


 わたしはネモちゃんのすぐ後ろから声をかけてみました。


「ネモちゃん」

「…………!?」


 いきなり声がしたので、驚いたのでしょう。ネモちゃんはすぐに振り向いて弓を構えました。


「あ、あなたは……」

「ご、ごめんなさい。驚かせて……あの、ちょっとお話しいいですか?」 


 ネモちゃんは、すぐに誰なのか気付いて弓を降ろします。


 実は……わたしにはまったく、何の心の準備もありませんでした。

 ただ会いたくて、やって来てしまっただけなのです。

 自分がどんな立場だとか、そういうことももっと考えなきゃいけなかったのでしょうが……。でも、この子のことを、わたしはどうしても放っておけなかったのです。


「あなた……どうしてここに……レオンさんたちは、どうしたの?」


 ネモちゃんの当然すぎる質問に、わたしはどぎまぎしながら答えました。


「あの人たちは……あ、あの後、『解散』しました……」

「解散!? どうして」

「仲間割れをして……。結局、魔王討伐もしなかった……です……」

 

 事実をそのまま伝えます。

 すると、ギリッと音を立てて、またネモちゃんは弓矢を握りしめました。が、それをまた構えてくることはありませんでした。彼女は悔しそうに顔をあげます。


「精霊たちは……あなたが悪い人じゃないって、言ってる。だから、あなたを傷つけることはしない。でも……でも……」

「ごめんなさい」


 わたしは素直に謝りました。


「ネモちゃんは、あの勇者ともう少し……一緒にいたかったんですよね。それを……」


 彼女は……あれでも彼女なりに勇者が好きだったはずです。

 それを、わたしのせいであんな風に別れさせてしまった。仕事だったとはいえ、それは本当に申し訳なく思っていたのです。


「あなたは……いったい、何なの? 何が目的……なの?」


 わたしの行動が意味不明に見えたのでしょう。

 そう訊いてくるネモちゃんに、わたしは言える範囲で説明をすることにしました。


「わたしは……人の迷惑を考えずに生きている人たちが、許せないだけです。あなたたち……特にあの勇者は、とってもひどいと思いました。だから、罰を与えたんです」

「罰って、何? しかも……そんなの、あなたが執行する権利なんて……」

「すみません。でも、ネモちゃんだって、実はあの人のこと『ひどい』って思ってたんじゃないですか? 聞きましたよ。あなたの村の森のこと……そして、ご神木のこと……」

「…………」


 わたしの言葉に、ネモちゃんはぐっと何かをこらえるように俯きました。


「あの勇者は……御神木を守ろうとしたネモちゃんを脅してたんですよね? あんなの、『勇者』って言えるんですか。そんな人に……」

「でも! ネモは……ネモは、あんな人でも……好きに、なってしまったんだ……。だからッ!」


 ぼろぼろと、ネモちゃんはそう叫んで涙を流しはじめました。

 わ、わたしは焦りました。

 そんな。泣かせたいわけじゃなかったのに。


「ご、ごめんなさいっ。あの、だから……せ、せめて、なにかお詫びを……」

「え?」

「とりあえず、あなたのいた村、というかその森……に戻してさしあげます。だから……ね?」

「ど、どうしてそんなこと……」

「本当に、すまないと思っているからです。とりあえず、どど、どんな場所か教えてもらえますか? そうしたら、そこへ……つ、連れて行ってあげますから……」


 カミカミで言うと、ネモちゃんはクスっと小さく笑ってくれました。


「よくわからないけど……わかった。じゃあ、ここからずっと……あっちの方角。真っ赤な葉の木が生い茂る森……が、フツカ村の鎮守の森だから。その木はそこにしか生えていないから、すぐわかると思う。でも……」


 言いかけているネモちゃんをよそに、わたしはすぐに意識を飛ばしました。

 すると、しばらくしてその森が見えてきます。

 わたしは、空間転移魔法を発動させて、自分とネモちゃんをそこへ移動させました。


「えいっ」


 気合を入れると、すぐに景色が変わりました。

 ネモちゃんが、顔を輝かせます。


「え、ここ……ほんとにフツカ村の森……だ。すごい!」


 周囲には、たしかにネモちゃんが言ったように赤い葉の木々ばかりが生えていました。どうやらここで、間違いなかったようですね。


「マジョコさん、こんなことができるなんて……その、本当に驚いた。ハイウィッチというのは本当、だったんだね。別に……頼んでなかったけど……でも、とても助かった。ありがとう」


 そんな風に、ネモちゃんがちょっと照れくさそうにお礼を言ってきます。

 はわあああ……可愛い。


「じゃ、じゃあ、わたしはこれで……」


 これ以上することもなかったわたしは、そそくさと帰ろうとしました。ですが、マントがぐいっと後ろに引っぱられます。


「ちょっと、待って!」


 振り返るとネモちゃんでした。

 えっ、わたし、引き留められてる?


 ていうか、なんなんですか、その可愛い仕草は!

 いたいけな子犬のような目で……み、見上げてきています。はわあああ……ッ!


「あの……マジョコさん。あなたはよく、わからないけど……敵じゃ、ないんだよね?」

「えっと……」


 断言できないのでわたしは言いよどみます。

 敵と言えば敵……なんですけど。でもそうとも今は言えない……ってとこですかね? うーん。


 そんな風に悩んでいると、ネモちゃんはさらにわたしに迫ってきました。


「て、敵じゃないのなら、約束して!」

「え?」

「勇者を……もうこの森に、近づけさせたくない。本当に……悪いと思っているのなら……約束して! また勇者が来たら……ネモを……この森を、助けてほしい!」


 切実な表情。

 あああああ。そして何なんだー、このキラキラとした目は!

 これを無視するなんて、今の、わたしにはとてもできません!


 勇者がこの子を側に置きたくなった気持ち……わかりました。

 とても庇護欲をかきたてられますね。


 でも……そんな約束を勝手にすることは、できないです。

 わたしはあくまでも、魔王様たちから「勇者のハーレムを破壊するお仕事」を頼まれている立場ですからね。そちらが、優先なんです。


「あの、わたしは、誰の味方でもない……です」


 クラーラさんが使った「設定」を、とりあえず言い訳に使ってみます。


「ですから、ずっとここにいて、あなたを守り続けることは……その、できないんです。でも、またそんなひどい人が出現するとわかったら……」


 そう。なにもハーレムは「魔界の森」付近だけに発生するわけじゃありません。

 ここでも、あそこでも……世界中のどこにだって、ひどいやつらは出没するのです。

 ……だから。

 もしレオンみたいな勇者を見つけたら、わたしはその都度、やっつけることでしょう。

 

「その時は……考えなくもない、かな?」


 この言葉を聞いて、ネモちゃんはものすごくキラキラした目になりました。


「ま、マジョコさん……! あ、あなたは……あなたはやっぱりネモたちの、フツカ村の『救世主』になる人だ! ババ様の、お告げにあった通りだ! あ、そうだ。だったら……これを」


 ば、ババ様?

 誰でしょうそれ。ネモちゃんの村のシャーマン的な存在……ですかね?


「はい」


 あと、ネモちゃんはわたしにあるものを渡してきました。

 それは掌サイズの透き通るように赤い宝石でした。


「こ、これは……?」

「ご神木の実から抽出した……液体を固めた物……『神心石』だ。それを持っていると、これと同じものを持っている人に……念を送れる。また森のご神木を切ろうとする人が来たら……ネモがこれに念じて合図を送るよ。だから……その時はまたここに来てほしい!」


 えええーっ、ていうか、なんかやっぱり助ける流れになっちゃいましたよ!

 ど、どーしよう……。


「あはは……」


 わたしは、乾いた笑いをすると途方にくれました。

 まあ、これで呼ばれた際には、その時また考えればいいか……。


 しかし、驚きの「ファンタジーアイテム」ですね。

 念話魔法の道具版、といった感じでしょうか?


 わたしはその「神心石」を手にしたまま、しばらく生ぬるい笑顔でネモちゃんと見つめ合っていました。

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