第14話 マジョコ消失
「だーかーら、マジョコ様はお前らの味方にはならんと、言っとるだろうがああああっ!」
わたしが笑いをこらえている間、クラーラさんの怒りはちょうどMAXになったようでした。
こんなどうしようもない勇者、笑うか怒るかのどっちかですよね。
あー、でもよく考えたらわたしも、だんだんと笑いが怒りへと変換されてきました。
ほんと、いい加減にせえよと。
もうこいつ、わたしの魔法でぶっとばしたいなー。いいですよね? ねえ、いいですよね?
――マジョコ、それはもう少し後までとっておきなさい。ここではまだ、やれることがあります。
おや。実は意外と「冷静」だったんですね、クラーラさん。
さっきのは演技……だったのですか。
流石はクラーラさんです。なにかまだ作戦があるようですね。
「そ、そんなこと言わないでさー、頼むよ!」
ヘタレの勇者の言葉に、クラーラさんは言い返します。
「勇者レオンよ、マジョコ様は『お前が魔王を倒す』というので、面白がってついてこられたのだ。もしそこまで言うのなら、他の仲間二人とここで別れろ。そうすればまだついていかないこともないとおっしゃっている」
「な、なんですって!?」
クラーラさんの言葉に、リリィが悲鳴をあげます。
「マジョコ様なら、この森の中でも魔法が使える。だが、そこの女二人はその程度の戦闘力。かえって『足手まとい』だ。さあ決断しろ。どうする!」
「レオン……」
「レオン君!?」
ネモを「足手まとい」と言って切ってきた三人は、今また新たな決断を迫られていました。
焦ったアザレアとリリィが、勇者レオンに迫ります。
「あ、あんなこと言ってるけど……そ、そんなことしないよね? レオン君は、わたしと魔王討伐を……」
一番動揺しているのはリリィです。
そんなことになっては本末転倒だとでもいうかのように、切実な目でレオンを見つめています。
「レオン。あたしはまあ、魔王討伐してもしなくてもどっちでもいいんだけどさー。でもあの魔女様と二人だけで行くっていうのは、それだけはなんか……納得できないね」
なんでしょう。
このアザレアの目的は、いまだによくわかりません。
この森の中では勇者の「魅了」の力はほぼ無くなっているはずなのに、まだその勇者と一緒にいようとしてるのは……いったいどんな理由からなのでしょう。
勇者レオンはうつむくと、ぼそぼそと言い訳をはじめました。
「お、俺だって、本当はお前たちといたいよ? でも俺も一応『勇者』だからさ。あの人となら、できるかもしれないって、そう考えたら……」
「はあああっ? なによそれ! わたしとの『約束』はどうなったのよっ!」
「結局、あたしよりもあの人かい。あんたはそんな、『魔王討伐』なんてもともと目指すような男じゃなかったはずだ。なのに……話が違うだろ!」
ギャーギャーとなにやらまた騒ぎがはじまりました。
うふふ。仲よくやっていたはずなのに。
ちょっとつついたらこんな風になっちゃいましたね……。やっぱり勇者がろくでもなかったからですかね? 簡単に仲間割れをはじめました。
――面白くなってきましたね。ではそろそろ、ダメ押しといきますか。
ダメ押し?
わたしはクラーラさんの言葉にそっと耳をかたむけます。
――ええ。ここでじっと待っていても、ベヒーちゃんも退屈でしょうしね。一旦「幕引き」をしましょう。
幕引き。
なんのことだろうと思っていると、またクラーラさんが声を張り上げました。
「勇者レオンよ! 結論が出ないのなら、また時間を置いて訊きにくる。それまでよく考えておけ! 言っておくが、マジョコ様はお前にいたく関心が『おあり』だ……それをよく覚えておけ! それまではこの地を去る!」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってくれ!」
幕引き、というのは……なるほど。
一旦姿を消すということのようですね。わたしは「押してダメなら引いてみろ」という言葉をなんとなく思い出しておりました。
勇者は、わたしが消えようとしているので、かなり焦りました。
それはそうでしょう。
手に入れようとしていた相手が、一時的とはいえ完全にいなくなってしまうのですから。
「俺は、俺は……!」
勇者は、なんとかこの場を取り持とうと、その方法を必死で考えていました。
しかし、そんなレオンをクラーラさんが切り捨てます。
「くどい! お前らのもめ事をこれ以上マジョコ様にお見せするな! ……えっ? はい、マジョコ様。おい、お前たち。マジョコ様がお前たちのために、一度だけサービスをしてやるとおおせだ。そこのベヒーモスを、ご自分がいなくなる前にどうにかしてやるとおっしゃっている。では、本当にこれでさらばだ、ニンゲンども!」
――マジョコ、ではベヒーちゃんを適当な場所に転移させてください。そして、我々も一旦彼らから離れましょう。
勇者たちにしゃべった後、念話でクラーラさんから指示が下ります。
わたしはクラーラさんに言われた通り、すぐに空間転移魔法を発動させました。
まずはあのベヒーモスを。
手をかざし、念じます。あ、安全な森のどこかに……行ってください!
「えいっ」
すると一瞬にしてベヒーモスはいなくなりました。
続いて、わたしとクラーラさんを。
「えいっ」
勇者たちから少し離れた大木の陰に、わたしたちは音もなく移動します。
こ、これでいいでしょうか。
――ええ。完璧です。あとは私が念のため、周りの風景にとけこむ幻術をかけておきます。
そう言うと、クラーラさんはパタパタとわたしの頭の上を飛び回りました。
なんだか空中にキラキラと金の粉が飛んでいるような……。
――これは私の魔力のかけらです。これでしばらくは誰からも認識されなくなります。
な、なんかすごい!
イッツ・ファンタジー! 感心していると、またクラーラさんが指示を出してきました。
――ではマジョコ。この状態で、また勇者のすぐ近くまで移動してみてください。彼らから気付かれず、また話し声が聞こえる範囲くらいに。
ま、また難しい注文を……。
というか、またさっきの所に戻るんですね。
はい、わかりました。やってみます。隠密行動開始!
「えいっ」
わたしはまた空間転移魔法を使って、勇者たちのすぐそばに移動しました。
すると……そこには、想像通り「修羅場」が繰り広げられていました。




