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第13話 ベヒーモスと戦闘

 ――あー、魔王様魔王様。聞こえますかー? あのー、ベヒーちゃんを戦闘要員としてこっちに一匹寄越して欲しいんですが。ハイ、手の空いている者で。わかりました。五分後ですね。かしこまりました。


 あ、あのー、クラーラさん? い、今のは……?


 ――ああ、念話魔法で魔王様に連絡を取ったんですよ。あなたが魔法を使ってベヒーちゃんを連れてくると怪しまれるので……まずは魔王様の空間転移魔法でこちらに転移させてもらうことにしたのです。


 べ、ベヒーモス?

 それって、あのベヒーモスのことですか!?

 ゲームとかではよく、筋肉モリモリの巨大な牛の姿で出てきますよね。あのベヒーモスが……。


 え? まさかそれと勇者たちが戦うんですか?


 ――そうです。ふふ。さあ、彼らはどう立ち回ってくれるでしょうね?


 クラーラさん、めっちゃ楽しそうです。

 いや、わたしも内心少し楽しみになってきましたけどね?


 しばらく歩いていると、少し先の巨木と巨木の間から、何やら大きな足音が近付いてきました。

 メキメキと木々の枝をへし折る音もします。


「なっ、なんだ!?」


 勇者たちも異常を察知して、前方を見据えます。

 やがて、その者の大きな姿が目の前に現れました。


「あ、ああ……!」

「なにあれ?」

「マズイ、マズイわよあれは!」


 それは、紫色の体毛に覆われた、大きなバスぐらいのサイズの「牛」でした。

 全身岩のような筋肉が隆起しており、二本の黒々とした角を振り回しています。それを近くの木の幹にぶつけ、衝撃で落ちてきた実をむしゃむしゃ。


 あれ、意外と草食……というか雑食なんですね? 牛っぽいからでしょうか……?


 食事が終わると、ずしんずしんとこちらにやってきます。

 その恐ろしく太い四足は、蹄ではなく、鋭い五本の爪がついていました。それを見ると、やはり牛ではないのだとわかります。


 ――ベヒーちゃん、お久しぶりですね。ちょっーとそこの勇者たちと遊んであげてくれませんか? ええ、頃合いになったらあなたをまた違うところに転移させますので。はい。ではよろしくお願いします。


 なにやらクラーラさんから、ベヒーモスに指示があったようでした。


 ベヒーモスは足慣らしをすると、硬直する勇者たちにいきなり突進していきます。

 わたしはすかさず空間転移魔法で近くの木の上に逃げました。

 勇者たちもあわてて左右に散らばります。


「うわっ! や、ヤバい、みんな大丈夫か!?」

「よくわからないけど、強そうな魔物だねえ。とりあえず、かく乱できないかやってみるよー」

「わたしも、倒すのは無理そうだけど、追い払えないかやってみる!」


 動揺しきっている勇者とは裏腹に、頼もしそうなアザレアとリリィです。

 まずはアザレアがどこからか鈴を取り出して、鳴らしはじめました。そしてその音にあわせて不思議なダンスを踊りはじめます。


 しゃん、しゃんしゃんしゃん。

 軽くステップを踏みながら、ベヒーモスの周りを舞いはじめます。


 すると、ベヒーモスの足元はだんだんおぼつかなくなってきました。

 あれは……なんでしょうか。

 この森は、魔神の加護の力が働いているはず。なのに、不思議な力がアザレアには使えているようです。いったいどういうことでしょう?


 ――あれは、魔法の類ではないですね。舞踏による精神攻撃です。


 舞踏による精神攻撃?

 わたしはクラーラさんの説明に耳を疑いました。

 踊りにそんな効果が……なんて、そんなことあるんでしょうか?


 ――あの者は、そういう部族の出なんでしょう。私も噂でしか知りませんが……おそらく、あの体の動きを意識的に相手に見せることによって、相手の精神に変化をもたらすのです。


 へえ、そんなことができる人がいるんですね。

 この森でもこの攻撃方法なら有効ってことですか。すごいですね。

 現に効いているみたいですし、なかなかアザレアは手強いです!


 そんなベヒーモスがクラクラとしているところに、リリィが続いて攻撃をしかけていきました。


「やあああっ!」


 気合いの入った声と共に、レイピアの先端がベヒーモスの前足に突き刺さります。

 ……かと思ったら、すぐに弾かれてしまいました。リリィのレイピアなんて、ベヒーモスにとっては小さな針のようなものです。強靭な筋肉の前に、少しの傷もつけられていないようでした。


「くっ!」


 悔しそうにリリィは一旦下がります。

 今度は近くの木の幹を蹴って、ベヒーモスの背中に跳び移りました。着地と同時に駆けて、ベヒーモスの頭に近づきます。

 ですが、その前にベヒーモスが太い尾をふりまわして、リリィを叩き落とそうとしてきました。


「えっ? やばっ!」


 直前でそれに気づいたリリィが慌てて飛び降ります。


「くそっ! この剣でも、皮膚が弱そうなところなら刺さるかと思ったのに!」


 どうやら顔周辺なら攻撃が効くと思ったようです。

 まあ、そういうところは鍛えられないっていいますからね……。


 一方、勇者はおずおずと大剣を抜いて、少し離れたところからチャンスをうかがっているようでした。


 チャ、チャンスを……うかがっているんですよね? あれは。

 単にビビッて動けないわけではなく。


 と、思ったらやっぱりその通りでした!

 女の子たちは果敢に戦おうとしているのに、「勇者」だけはビビッて行かないとは。

 なんたる腑抜け……。


 わたしはいよいよ幻滅し、軽蔑の目を勇者……のようなものに向けました。


「こ、この俺の剣ならイケるはずだ! だが、いやもし……」


 なにやらぶつくさと、つぶやいてます。

 まあ、不老不死になってないですからねー。怪我とかをするのが嫌なのかもしれませんが……。


 ――あの勇者、ほんっと面倒くさいですね。ベヒーちゃん、そのニンゲンの男から先に攻撃してみてくださいませんか?


 痺れを切らしてクラーラさんがそう念話で語りかけると、ベヒーモスは雄たけびをあげて勇者レオンに突撃していきました。


 グオオオオオオッ!


「えっ! ど、どうして!」

「ちょっ、待ちなさい!」


 アザレアとリリィがあわてて対応しようとしますが、間に合いません。

 ベヒーモスは二人を振り切って、勇者に迫っていきました。


「ううっ! よ、よしやってやるっ!」


 勇者レオンは剣を構えると、向かってきたベヒーモスに切りかかりました。

 ザシュッ!

 大きく振りかぶったそれは、見事、ベヒーモスの胸を切り裂きます。


 グオオオオオッ!


「おおっ、やった!」


 喜んだのもつかの間。ベヒーモスが角をまた振り回し、それが運良く? 勇者の胴体に当たりました。

 ドカッ!


「ぐはあっ!!!」


 薙ぎ払われた衝撃で、レオンは天高く飛んで行きます。

 うわー、あれ大丈夫かな。

 さすがに死んじゃうんじゃ……。


「レオン君ッ!」


 リリィが悲鳴をあげて、全速力で駆けていきます。

 木の幹を蹴って跳び上がり、空中で奇跡的に勇者をキャッチ。


 ですが、ベヒーモスもそれをすぐに追ってきました。

 ば、万事休す!


「ちょっと待ちな!」


 ここでアザレアさんがまた登場してきました。今度は腰をくねくねと動かしながら、ゆったりとした動きの踊りをはじめます。

 するとベヒーモスは目をとろんとさせはじめました。

 あれは……眠りの効果がある、とかですかね?


「アザレア、ありがとう! でも、このままじゃ……」

「そうだね。いつまでこの状態を保てるか」


 リリィとアザレアはお互いに険しい表情でベヒーモスを睨んでいました。


「ううっ……」


 そこで、ちょうどレオンが目を覚ましました。


「れ、レオン君?」

「レオン、大丈夫かい!?」

「あ、ああ……」


 リリィの腕の中で、レオンが顔を上げます。

 多少ダメージを負ったようですが、死ぬほどではなかったようです。

 ……ちっ。

 あ、思わず舌打ちしてしまいました。いけないいけない。


「う、受け身が良かったからかな……ちょっとズキズキするけど大丈夫だ。でもこいつは、俺の『聖剣』でも、この程度しかッ!」


 そう言ってベヒーモスを悔しそうに見つめます。

 うーん。弱い。

 彼らの中に「倒せないだろうな」という諦めムードが漂いはじめました。


「あっ、そうだ、そういえばマジョコさんは!」


 そんな中、突然思い出したように、勇者がそう叫びました。

 え? なんでしょう。

 もしかして……いまさらですけど、心配でもしてくれたんですかね? 大丈夫ですよ。わたしはあのベヒーちゃんに攻撃されることはありませんから。ま、そんなことは口が裂けても言いませんけどね。


「マジョコ? あの、魔女様かい?」

「えっと……あ、あそこよ!」


 リリィが指差した方向を、三人が見上げてきます。

 木の上にいたわたしは、彼らを無表情で見下ろしていました。平常心平常心。さて、彼らは今度は何を言ってくるのでしょうか。それを想像すると、どのパターンもやっぱり笑ってしまいそうになるのですが……。

 平常心、です。


「マジョコさんお願いだ! 俺たちと一緒に戦ってくれ!」


 ぶほっ。


 少しだけ、ふ、吹き出してしまいました。気づかれてないといいのですが……。

 な、なにかと思ったら、まさかそんな……。


 わたしは、またまた勇者のトンデモなお願いを聞かされる羽目になったのでした。

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