第12話 ネモ離脱
「あははー、もうやだーレオンったら」
「ったく、こいつめ~!」
「あっ、ちょっと、アザレアとレオン君だけで楽しそうにしてないでよ。わたしも混ぜなさい!」
えーっと。
多少休憩するとは言いましたが、あれは何なんですかね?
どうみても草の上に寝転んでイチャイチャしているようにしか見えないんですが……。
あれが、魔王様たちがずっと見せつけられてたっていう「いやがらせ」なんですかね。
ああ目の毒、目の毒!
そんなことよりネモちゃんです。
ちらっと様子を見てみると、どうやらネモちゃんは普通の顔色に戻ってきたようでした。
どこか空の一点を見つめて、ぶつぶつつぶやいたりもしています。
あれは精霊とお話し……しているんですかね?
「おっ。そろそろ、ネモは体調が戻ってきたみたいだな?」
「そうだねー。でも肝心なのはこれからあたしたちもどうするかー、だよ」
「このパーティーのリーダーは、レオン君……なんだからあなたが決めて!」
勇者レオンとアザレアとリリィが、そんなことを言っています。
わたしはそのすぐ側に立ってましたが、彼らの会話に参加するわけでもなく、なんとなく聞き耳をたてていました。
「あ、マジョコさん」
「……!」
そんなふうに空気になっていたつもりだったのに、突然呼びかけられて、わたしは飛び上がりそうになってしまいました。
いけないいけない。平常心平常心。
代わりにクラーラさんが応えます。
「なんだ、勇者レオン……」
「マジョコさんは……俺たちが魔王を討伐しに行くなら、その間は案内してくれるんだよな?」
「ああ、たしかに、そうおっしゃっていた。だがもし、お前たちにその気がなくなったのなら、今すぐにでも失礼させてもらうぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
レオンはクラーラさんに脅されて、急にものすごく真剣に考えはじめました。
あのおめでたい頭で……一所懸命に。
そして、うんうん五分くらい唸ってから、ようやく結論を出しました。
「よし、わかった!」
勇者レオンはそう言って立ち上がると、ネモのところへ歩いていきます。
「ネモ!」
「な、なに……?」
「やっぱりお前とは、ここでお別れだ!」
「え? レオン、さん……」
うわっ!
やっぱそうなるんですねー! 非情!!
「ここまで……俺たちをサポートしてくれてありがとう。でもこれ以上は、きっとネモのためにならない。むしろここまでついてきてくれて、助かった。ありがとう」
「べ、別に……レオンさんとの『約束』があったから、ついてきただけで……それ以上の……ことなんて……」
あれ?
なんか若干顔赤いですよ、ネモちゃん。あれは体調……じゃなくて、照れてる?
……そうか。
ここは魔界の森の外だから、勇者の「魅了」の力が働いているんですね。
だからネモちゃんは勇者に……。
ああでもあれは……完全にあの「魅了の力」を悪用していますよ!
「ネモ、ここで俺たちが戻るのを待っていてくれてもいいが……いつ戻れるかはわからない。だから、もう先に自分の村に戻っていてもいいぞ?」
「う、うん……。そうだね。じゃあネモ、戻る……」
「悪いな、ネモ」
「ううん。ネモはここまで……だけど、レオンさんは頑張って。リリィ……あとアザレアも……」
そう言って寂しそうに笑うと、ネモちゃんは勇者とリリィとアザレアを交互に見つめました。
ああー、やっぱりこうなっちゃうんですねー。
でもまあ、ここで一人「脱落」です。
意図せず勇者ハーレムの一員を離脱させることができました! ふ、複雑な気持ちですけど……!
「じゃあ、そろそろ行こうか。みんな!」
軽っ!
急にまた軽い感じに戻りました。
勇者レオンは、もうネモちゃんをまったく見ていません! 残った二人の女の子たちにだけ笑顔を向けています。仲間が一人いなくなった寂しさなどどこへやら。み、身代わり早すぎですよ……。
「日が暮れるとマズイ……できるだけ、日中に進んでおこう!」
「そうだねー。でもネモがいなくなるとホント野営とか難しくなるから困るよ……残念だなー」
「しょうがないでしょ! もうこれからは……わたしたちだけでどうにかしないといけないんだから!」
一方アザレアとリリィは、超現実的なことを言ってます。
彼らにとって、離脱したネモちゃんはもう「いないも同然」の扱いのようですね。
うう……なんていうか、あれは教室でのわたしを見ているようです。ああ、ものすごく胃が痛くなってまいりました……。
「…………」
わたしは、黙ったままのネモちゃんを見ます。
どうやら彼女は……パーティーの中でも特に「サポート役」だったようですね。
どういうサポートだったのかは詳しくはわからないですが、アザレアの話によると、かなり便利な存在だったようです。その彼女がいなくなったら……彼らにはこれからどのような影響が出るのでしょうか。
それはそれで、ちょっと見守るのが楽しみになってきましたね。
「では行くぞ! ニンゲンども!」
いつまでもわいわいやっている勇者たちに、クラーラさんが大きめの声で呼びかけました。
すると勇者たちはビクッとなって、すぐにおしゃべりを止めます。
おおおっ、まるでどこかの教官みたいです。
クラーラさん、素敵!! それ、どんどんやっちゃってください~!
「…………」
わたしは、クラーラさんについていきながら、ネモちゃんをちらっと振り返りました。
ネモちゃんは、ずっとずっとわたしたちを見つめています。
その姿が、森の木立に隠れて見えなくなるまで。彼女はずっと、見送り続けていました……。
* * *
さて。ふたたび魔界の森です。
先ほどと、ほぼ同じルートを進んでいます。
歩けども歩けども、同じような景色が続いており、退屈なのか勇者たちはさっきからぼそぼそと話をしていました。
「しかしなあ、ネモも、この森にあんな悪影響を受けるとはな」
「しかたないよー。精霊に頼りきりの部族だったんだからさー」
「あなたたちねえ、生活の一部が突然消え失せるっていうのは、それだけでもだいぶ堪えるものなのよ? あの子のことは、そんなに責められることじゃないわ」
「そうは言ってもな」
「だよねー」
リリィは若干、ネモに対して理解があるようでした。けれど、勇者レオンとアザレアはそんなことはどうでもよく、ただ困ったと自分の事しか考えていないようでした。
ただただ呆れて、ため息が出ます。
「……ねえ、レオン君? あの子としていた『約束』って何だったの?」
リリィは突然そんなことをレオンに訊きはじめました。
あ、それ、わたしもちょっと気になってたんですよね。
勇者はちょっと黙った後、しぶしぶといった感じで話しはじめました。
「あいつには『黙ってろ』って言ってたから、あいつからお前たちに話すことはなかったと思う……。俺さ、あいつの村の近くの森に、不老不死の薬を探しに行ったことがあるんだ」
「不老不死ぃ?」
「あ、それ、聞いたことがある。フツカ村の近くの森に、不老不死の霊薬が存在しているって」
勇者の話に、思わずわたしも驚きました。
まあ異世界ですからね、そんなファンタジーな薬があってもおかしくはないです。しかし「不老不死」ですか。すごいですね。
「俺は……国王から言われてたんだ。『魔王と闘う機会がないとも言えないから、一応そこでゲットしとけ』ってさ。国王も、以前そこで手に入れたらしいんだ。で、探してみたらさ、あったわけ」
「へー、それどんな薬だったのー?」
「よく見つけられたわね。あの森って、たしか人を襲う野生動物がたくさんいなかった?」
「まあ、そこはさ、動物たちにも俺の『魅了』の力を使って穏便に回避したわけよ」
「なるほどー。ほんとレオンのその力って、便利だよねえ」
「はいはい……それで? その薬ってどんなのだったの?」
わたしも気になります。
どんな薬だったんですかね。
「国王いわく、その森で一番大きな木を切り倒してそこから湧き出る樹液、だってさ」
「樹液ー?」
「え、でもレオン君、その木だってどうしてわかったの?」
「森でさ、たまたまネモに会ったんだ。それで……その木のある場所を教えてもらったんだよ。それは森の御神木だった。以前国王に切り倒されて、その木とは違う二代目の御神木だったけどな。同じ種類の木だったよ」
「まさか……」
「それ、ネモの前で切ったの?」
勇者はこほんとひとつ咳払いをしました。
「いいや。切らなかったよ。あいつが泣いて頼んできたからな。『この木は村の、この森の御神木なんです。精霊様の宿る、大事な木なんです。お願いです。切らないでください。不老不死は無理ですが、あなたの傷や状態異常をこのネモが治します。あなたの仲間になります。ですからどうか切らないでください』って……」
「ああ、それで」
「それがレオン君とネモの『約束』だったのね」
「そういうこと」
あー、なんていうんでしょうか。
勇者っていうのは、時には外道なこともしなきゃいけないようです。
不老不死じゃないと、普通は魔族や魔王とは戦えないでしょうしね。そういうクエストも……必要なことなんでしょう。
でも、それをネモちゃんに懇願されて、思い留まった経緯があったわけですか。
それで、ネモちゃんは勇者の仲間になった。
でもその本当の理由は「ご神木を人質にとられてのことだった」……なんて。
他のメンバーたちには、たしかにあまり知られたくないことだったでしょうね。
外聞がそうとう悪いですから。
勇者なのに、そんなことで仲間を引きいれたなんて……仲間や世間に知られたら、かなりの恥です。だからこそ「黙ってろ」なんてレオンはネモちゃんに口止めしていたのでしょう。
――マジョコ、これはかなり有益な情報を手に入れましたよ。勇者の大きな弱点です。
え? な、なに? 何のことですか?
わたしは首をかしげます。
――勇者が「不老不死」に成り損ねた、という話ですよ。ということは、物理攻撃で死ぬ可能性大です。
あ。そ、そうですね……。
クラーラさん、抜け目ないです。しかもそのことにものすごく喜んでます。
と、とにかく……今はこのハーレムの人数をさらに減らしていかなくてはなりません。
このあとはどうすればいいかと、わたしはクラーラさんに念じてみました。
――ふふ、では試しに、私たちの仲間「強ーい魔族」を彼らにぶつけてみましょうか。
はい?
今なんかとっても物騒な言葉を聞いたような……。
――「その子」と闘わせて、さらに彼らを徹底的に追いつめるのです! そうしたら……あいつらどうなってしまうのでしょうね?
うわー、なんか知らないですが、えげつなさそう!
――あとは、頃合いを見はからって、あなたがその魔族を「空間転移魔法」でまた森の別の場所に避難させれば、魔族の子も大ダメージを負うことはないはずです。うん、これも計画通りです!
計画……いったいどれほどのパターンを、魔王様たちは用意してたんでしょうか……。
ものすごい執念深さを感じます。
――ふふふふ。これはかなり、面白いショーになりそうですよ。ニンゲンどもが、醜い感情をさらけ出し、お互いを傷つけあう……ああ、なんて素晴らしいんでしょう! 早くその光景が見たいですね! うふ、うふふふふ!!
邪悪な笑い声が、脳内に直接……!
わたしはこれからのことを想像して、どっと冷や汗が出てきました。




