第11話 仲間割れ
「力が弱まってるって……俺の、『魅了の力』がか? そんな……俺だけは大丈夫だと思っていたのに……国王と神子が言っていたことはやっぱり――」
「ど、どうしたんだ、レオン?」
「レオン君?」
「レオン……さん……」
勇者はぶつぶつとつぶやいたかと思うと、みんなの顔を見回しながら叫びはじめました。
「だ、ダメだ! ここから先は危険だ。みんな一旦戻るぞ!」
「うん。それは、いいけどー」
「ちょ、ちょっと待って! レオン君」
「リリィ……とりあえず、移動……したい」
そう言って、勇者たちは元来た道を引き返していきます。
ですが、そこにクラーラさんが声をかけました。
「どうした、ニンゲンども! 魔王の元へ行くのではなかったのか?! まさか、怖気づいたか」
すると勇者が振り向いて言いました。
「ち、違う! ネモのために一旦、戻るんだ。ここの森はおかしいって、直に体験してわかったからな。ま、マジョコさん」
勇者レオンはバツが悪そうにそう答えると、わたしを見ました。
「すまない。そういうわけで、案内は一時中断してほしい。態勢を立て直すまで……もう少し一緒に行動してもらえると、助かる!」
「…………」
わたしはただ黙って勇者レオンを見つめていました。
うっ……平常心、平常心。
笑いたくなるのをこらえて、ミステリアスな人間を演じ続けます。ううっ。でも、だ、ダメです。やっぱ笑いそうになってしまいます。く、クラーラさん、助けて……。
――マジョコ、私だって高笑いしたくてしょうがない状態になってるんですよ。無理を言わないでください。しかしまあ、ここまで動揺するとは……。魔神様に感謝しませんとね。ここで勇者たちとお別れするのももったいないですし。しょうがないので一旦一緒に戻ってあげましょう。
そう念話で話し終えると、クラーラさんは勇者たちに言いました。
「ふん。マジョコ様はご寛大だ! その娘に免じて、一度森の外へ戻ってもいいとおっしゃっている」
「そ、そうか。ありがとう! 恩に着る!」
ふたたび爽やかスマイルです。
あああああ。これも、ネモちゃんをしっかりフォローしていたんだったら、少しはマトモに見られたのに! あああああ!
早く……物理的にぶっとばしたいです。
* * *
しばらく道を引き返すと、無事、元の草原に戻ることができました。
さて、こっからどうなるか……成り行きを見守るのがとっても楽しみですね。
「ちょっと、レオン君! 話が違うじゃない!」
おや、リリィがまた勇者に食ってかかりはじめましたよ?
「ネモが体調悪くなったからって……簡単に引き返すとか。魔王討伐はどーするつもりよ!」
「リリィ……」
今それを言うのは、「アウト」ですよ。
まだ顔の青いネモちゃんが側にいるんです。彼女を前にしてそんな話をしだすなんて……この子、それでも「騎士」なんですか? 思いやりとか、そういう配慮の気持ちはまったくないようですね。
クソ勇者にお似合いのクソ女騎士、です!
「リリィ、ごめん……この森が……あそこまで怖いところだったなんて……ネモ、知らなかったんだ……」
そんな風にネモちゃんは申し訳なさそうに謝ります。
なんて、いじらしいんでしょう!
それに引き換え、なんとリリィのわがままなことか……。
それにしてもなんで、そんなに魔王を倒したがってるんでしょうね。野心家というかなんというか……ちょっとリリィはその気持ちが強すぎじゃないですか?
まあ魔王討伐とか志す人はそういう正義感の強い人が多いんでしょうけど……。
一方、勇者は苦言を呈しはじめました。
「リリィ、前も言ったかもしれないが……この魔界の森は『魔神』という魔族の神が加護をしている森なんだ」
おや、その情報、よく知っていましたね?
勇者はある程度この森のことをわかっていたようです。
「ここでは、俺たちの神のあらゆる加護の力が無効化されちまう。お前の飛翔の魔法だって、女神様の加護の力の一部だ。この前、何度も何度も試して『無理だ』ってわかっただろ?」
「そっ、それは、そうだけど!」
飛翔の魔法……それは言葉通り「空を飛ぶ魔法」でしょうか。
それならきっと上空から魔王の城が見えたでしょうね。
でも、見えてもそこへはたどり着けなかったことでしょう。なぜなら「魔界の森」がその魔法を無効化し、森の上空を飛べなくさせてしまうから。
「ネモにも、それに俺にも影響が出た。あのまま何も考えずに進むのは、ちょっと危険だった……わかってくれ」
「くっ……」
ああー、ですよねー。
うん、とっても悔しいはずです。
レオンの話によると、どうやら何度も何度も森の上を飛ぶことを繰り返して……でもそれがことごとく失敗していたようですね。
勇者レオン自身、あまり魔王討伐に乗り気でなかったようですし。
余計目的地に辿り着けないとわかって、リリィは絶望したことでしょう。
結局、それっきり彼女は黙ってしまいました。
代わりにアザレアが一歩前に出てきます。
「とりあえずさー、ネモはもうこの森には入れないみたいだし……魔王討伐を実行するつもりなら、結局、あたしとレオン君とリリィの、この三人で行くしかないんじゃなーい?」
「そう……だな。あとあそこにいるマジョコさんが加わってくれれば……」
そんなことを話し合いながら、二人がわたしを見てきます。
え、わたし? いやいやいや!
それよりネモちゃんをここに置き去りにする作戦、なんですか、それ?
ひ、ひどい! それはあんまりにもひどいです。
「ネモは……。ネモも、それでいい……実際足手まといだったから……そうしてくれていい……」
ううっ、なんてことを、具合の悪いネモちゃんに言わせるんでしょう!
ネモちゃん……。
ちょっと敵ながら同情してきちゃいましたよ。
まあでも「森の中にネモちゃんをこれ以上立ち入らせないほうがいい」っていうのはわたしも同意見なんですけどね。
これ以上中に入ったら、たぶん体調、もっと悪くなっちゃうでしょうし……。
でも、でもやっぱりひどいです。こいつら性格悪すぎ!
「リリィも、それでいいか? どうしてもやるんなら、もうその方法しかないんだが……」
「な、なんでわたしに訊くのよ? わたしは、あなたとした約束を実行してほしい……だけ。ネモはその……」
リリィは苦悶に満ちた表情を浮かべると、固く目を閉じました。
この子にも、ほんのわずかでもネモちゃんを気にかける心があったようですね。ネモちゃんもよく「リリィ」って呼びかけてましたし。それなりに慕い合っていた時期もあったのでしょう。
今は……ちょっと違うようですが。
「なんだよ。いまさらネモに遠慮してんのか?」
「…………」
勇者の問いに、リリィはもう答えられないようでした。
どうやら、これ以上は議論にならないようです。
とりあえず、ネモちゃんの体調が落ち着くまで、わたしたちは草原に座って体を休めることにしました。




