第10話 勇者たちの異変
「ねえ、レオン君」
「ん? なんだ、リリィ?」
「『そう』なんだ?」
「へ?」
リリィというのは、あの騎士風のツインテールの子です。
リリィは、アザレアさんよりも少し怒ったようなニュアンスで勇者に語りかけていました。
しゅ、修羅場の予感……!
「『そういう理由』で、レオン君はこの森に入ったんだ?」
「え、えっと……」
そういう理由、っていうのは「勇者がわたしをモノにしようとするために、魔王を倒す気もないのにこの森の中に入った」ってことですね。
「あのさあ……わたしとは一緒に魔王を倒そうって、そういう約束、したじゃない? あれは嘘だったの?」
「え? いやっ、その、国王から頼まれたのはホラ、そもそもそんな内容じゃなかったし……。ていうか、それはリリィが勝手に……で、でも! 今はこうして魔王の城にも現に向かってるし。だから折を見て、本当にできそうだったらやってみる、ってのは……」
「ほんとに、そう思ってる?」
「う、うん。思ってる思ってる!」
「そう……なら、また信じてあげる」
リリィだけは、真面目に魔王討伐をしようとしてるみたいですね。
騎士風の格好をしているだけはあります。
でも、彼女が信じると決めたこの勇者……本当に信じるに値する人間なんでしょうか……?
わたしは絶対止めといたほうがいいって、思うんですけどねえ。
「…………」
そういえばあの民族衣装の子は、ずっと黙りこんでますね。
なんとなく足取りが、みんなよりは重いような気がします。
わたしはちょっと気になって、うしろを振り返ってみました。
「え? あっ、ど、どうしたんだい? マジョコさん」
勇者レオンが、なんか顔を赤らめて、こちらをじっと見つめています。
えっ、何? キモい。
「き、聞こえてた? もしかして、今の話……ヘヘヘッ」
そう言ってぽりぽりと頬を掻いています。
え? 違います。
あんたじゃないですよ。
ネモちゃん、です。
わたしは勇者をガン無視して、じっとネモちゃんを見ました。
うん、やっぱり顔がちょっと……青い気がします。
「えっ、何? ネモ……? 体調どっか悪いのか?」
いまさら気付いた勇者は、そんなことをすっとぼけて訊いていました。
ちょっと……もう、あんたは黙ってろ。
仮にもその子はあんたのハーレムの一員でしょうが。
なんで主であるお前が、こんなになるまで気が付かないんだよ! 遅すぎるよ!
「う……」
ネモちゃんはかなり具合が悪そうでした。
その異変に勇者ばかりか、他の女性陣もいまさら気付きます。
え? ていうか逆に今まで気付いてあげられなかったの? これ……良く考えたら、他のメンバーもどうなのって状況ですね。実は仲が悪い、とか?
「こ、この森……怖い。精霊が……精霊たちの声が聞こえない……!」
精霊?
精霊って……この子は「そういう者」の声が普段から聞こえる子なんでしょうか。なにやらぶるぶると震えながら、この森の異変を感じ取っているようです。が……わたしにはなんにもわかりません。
「あ、あと、レオンさん……レオンさんの力が……」
「俺の、力がなんだって?」
「弱まってる」
え? 力……? 勇者は何か特別な力を持っているんでしょうか。それって……?
そう思っていると、クラーラさんがまた念話魔法で話しかけてきました。
――マジョコ、あなたが魔王様に召喚されて「空間転移魔法」という力を授かったように……勇者はみな人間界の神子によって召喚され、その際に、人間界側の神……「女神」から特別な力を授かるんですよ。だいたいは「魅了」という、誰からも愛されるような「人たらし」の能力を与えらえるようなんですが……それで仲間作りをしやすくしているようですね。
えっ。ひ、人たらし!?
なんて危険な能力なんでしょうか。
それでこの子たちをゲットしたっていうんですか……?
あれ? でもわたし、そういえばこの勇者に対してなんともなってないですよ。
彼の「行動」にはいちいち吐き気を覚えますけど……それ以外には特になにも……。もしかして、「魅了」って力がわたしには効いてないんですかね?
――ええ、あなたにはもちろん効きません。この魔界の森は……魔神様の御加護が働いていますからね、人間界側の神の力はもちろん、その娘の言っているような精霊などの力も、どの力も働かないようになっているんです。それにあなたに至っては、魔神様の力の一部を魔王様によって授けられたのですから、あなた自体にも加護が働いているということになりますよ。
え、そうなんですか?
すごいっ! いわゆる「チート」じゃないですか?
わたしの力もそうですけど、これってものすごい環境チートですよね。
これならまるで負ける気がしません。
心強いことこの上なし、です。
あ、でもそういえば……クラーラさんは? さっき森の外で勇者と対面してましたけど、なんともなかったですよね。クラーラさんもチートなんですか?
――チート? というのがよくわかりませんが……私は一応、これでも魔王様の「側近」ですからね。側近の証として「守りの耳輪」を頂いているんですよ。
守りの耳輪……?
パタパタ飛びながら、クラーラさんはわたしに金のイヤリングを見せつけてきました。
それはコウモリの右耳についていました。
さっきの人型だったときには髪に隠れていて見えませんでしたが、コウモリの姿だとはっきり見えます。なんの装飾もない、金色の輪っか、でした。
――これを身に着けている間は、私にも勇者の「魅了」が効きません。でも……この森に入ったら、そんなこと一切関係なくなりますけどね。ほどなくして彼の栄華も終わるでしょう。
栄華が終わる……。
その言葉に、わたしはごくりと喉を鳴らしました。
この森では勇者の「魅了」が効かなくなる……その効果のほどが、徐々に現れだそうとしていました。




