第1話 闇の求人広告
わたし、真島妖子は学校帰りにいつもの書店を訪れていました。
今日は待ちに待ったラノベの新刊発売日です。
「ん? なにこれ?」
ラノベコーナーにやってくると、壁に妙な紙が貼ってあるのを見つけました。
「【急募】ハーレムクラッシャー、勇者のハーレムをぶち壊すだけの簡単なお仕事です……?」
それは手書きの筆文字で、特に「急募」ってところは赤字で書かれていました。あとは……細かくてよくわかりません。
なんでしょう、これ。
店員さんが書いたんですかね?
「ハーレムクラッシャーって……あっ、このラノベの広告かな?」
わたしは目の前に平積みされていたラノベをさっそく手に取りました。
『ハーレムクラッシャー・ビジョコ7』
表紙には、勇者らしき男の子がたくさんの少女たちに囲まれています。
そしてその背後には大きく、ピンク色の髪をなびかせた美女が、これまた不敵な笑顔で仁王立ちしていました。
彼女こそがこの小説の主人公、ビジョコです。
そして、わたしの大好きなキャラクターでもありました!
ファンタジーの世界でハーレムが発生するたびに、毎回この「ビジョコ」が現れて、いつのまにかそのハーレム組織を崩壊させてしまうという物語です。
わたしは一瞬でその世界のとりこになってしまいました。
わたしのような見た目も冴えない、かつ恋愛などにも縁のなさそうな「モブ子」にとって、この「リア充爆発しろ」を体現している作品は、まさに心のオアシスです。
わたしのような読者はきっと多いのでしょう。
だからか、人気も今どんどんうなぎのぼりになっています。
今日はその待望の七巻の発売日だったのです。
ああ早く読みたい!
「さてと。お金は……あ、あったあった」
財布を取り出し、一応中身を確認します。
うんうん、ちゃんと千円以上あるな。
よし、レジに持っていこう! と顔を上げると、進行方向に一組の男女がおりました。
全然知らない二人でしたが……制服がわたしと同じでした。
体の距離が近いので、おそらくカップルと呼ばれる二人でしょう。
彼らは……店内の狭い通路をふさぎ、なにやらひそひそ話をしていました。
「うわー、あの子あんな本買ってるよー、まじキモいんですけどー。きゃははっ」
「おい……そんなこと言うなよ、カナ。結構売れてるっていうぜ、あれ……」
あの子……とはわたしのことでしょうか。
まあ、あたりに誰もいませんので百パーわたしのこと、でしょうね。
「えー、売れてるのー、あんなのが? どこがいいの? 結局、ネクラの自己満小説じゃーん? ねえねえ、そんなのよりさー、わたしあっちの少女漫画買いたいんだけどー」
「どれ?」
「ほらぁ、『今日もリア充でメシがうまい』ってやつ」
「ああー、この間ドラマになってたやつか」
「そうそうー。ねえ、あれ、今度映画化もするんだってー。クリスマス前に公開するらしいんだけどさ、今度一緒に観に行かない?」
「いいな。テツヤとミキも呼ぶか?」
「うん! いいね! ふふっ。ちょっと早いけど……素敵なクリスマスになりそう。ね! たっくん」
「バカ。その呼び方は外ではやめろって、いつも言ってるだろ?」
「ふふ、ごめーんって」
おえええええええ!
思わず、わたしはその辺に吐きそうになりました。
み、見るに堪えません。
早く、早くここを突破して、レジへ行かなくては……。
しかし、臆病なわたしは「どいてください」の一言がどうしても言えませんでした。
わたしは永遠にこのバカップルのイチャイチャっぷりを見続けていなければならないのでしょうか?
くう……ッ!
神様、仏様!
とにかく、誰でもいいので助けてください!
モブの一人であるわたしなんかには、あんなリア充の塊みたいな人たちには、恐れ多くてとても声なんかかけられないのです! かといって、あの人たちがどくにはまだまだ時間がかかりそうです。後ろは行き止まり、つまりは袋小路。退路は無しです……。
わたしは、早く帰ってこの「ハーレムクラッシャー・ビジョコ」が読みたいのです。
ですからどうか、奇跡を今ここに!
超特急で起こしてくださいッ……!
「もーやだあ、うふふっ」
「おい! そんな、くっつくなって……」
ああッ! リア充が憎い!
わたしにできないことを平然とやってのける、そして見せつけてくれるッ!
誰か誰か。大事なことなので二回言いますが……誰でもいいんでわたしを助けてください! わたしに、あいつらを押しのける力を、または爆発四散させる力を与えてくれてもいいですッ!
『その願い……叶えてしんぜよう』
えっ?
なんか今、一瞬、変な声……が聞こえたような。
黄色い不思議な球を七個集めると出てくる神様が言い放つ、あの有名なセリフっぽいものが……どこからか聞こえてきたような気が……。
どうもさっきの張り紙の方からみたいです。
低い男の人の声。
「こっちだよ、こっち……。そう。その願いを叶えるためにも、これから君に『面接』をしてあげる。だから、早くこの紙をめくって……」
「は? 面接?」
よくわかりませんが、どうもこの広告の裏から聞こえてきているようです。
店のバックヤードかなんかがこの裏に通じてるんでしょうか?
店員さんも人が悪いですね。助けてくれるなら正面から堂々と助けてくれればいいのに。
そう思いつつ、わたしはその紙をペラリとめくってみました。
すると……。
「え? なに、これ……」
そこには真っ黒な「闇」が渦を巻いていました。
まるで墨汁を流したようなドロドロとしたものが、不自然に壁にへばり付いています。
わたしが超常現象を目の当たりにしてしばらく固まっていると、そこからにゅっと赤い爪を生やした「腕」が伸びてきました。
「ひいっ!」
「ハイ、一名様、さっそくご案内しまーす」
今度は女性の声でした。
腕、というかその手は、わたしの顔をガシッと掴むと、およそその細腕からは想像もつかないくらいの強い力で、ぐいぐいと引っ張ってきます。
え、やだ。
誰か助けて……!
あいにくと近くにはあのリア充カップルしかいませんでした。
どうにかSOSを! と思い叫ぼうとしましたが、口と鼻が謎の手でふさがれていて、まるで声が出ません。しかもあいつら……こっちが大変なことになってるっていうのに、公衆の面前で堂々とキスなんか始めるではありませんか。
も、もはや、わたしのことなどアウトオブ眼中!
「ふ、ふざけっ……! もごもご!」
あーやっぱあいつら死んでほしい。
リア充、爆発しろおおおおおっ!
そんな呪詛を心の中で絶叫しながら、わたしは闇の中にずるずると引きずり込まれていきました。