「また……芋っぽいのが来たわね。まぁどうでもいいわ」
目が覚めると、真っ白い空間が広がっていた。
家の玄関をくぐっただけのはずなのにこんなところに来るだなんて。まるで夢を見ているのか、それとも死んでしまったのか。はたまた……。
なんて考えていると、目の前に豪華なソファーと、それに寝そべる女性が現れた。女性は寝そべっているのに随分と立派なドレスを着ていた。ジャージ姿の私とは全然違うなと、自分の女子力の無さになんだか少し落ち込んでしまう。
「また……芋っぽいのが来たわね。まぁどうでもいいわ」
まさかの追い討ちだった。
女性は私のことを、頭の先から爪先までジロジロと舐めるように観察し、そして一言だけ。
「ま、合格ね。……あの憎たらしい男の妹というのが気にくわないけれど、まぁいいでしょう」
とそれだけポツリと言っていた。後半はボソボソと聞こえないほどの声だったけれど。
それよりも何よりも展開が全くついていけない。
私は声をあげてその女性に尋ねてみた。
「ここはどこ? あなたは一体誰なの?」
「ふん、不躾な娘ね。まぁ答えてあげましょう。私のことはそうね……異世界の女神とでも呼ぶといいわ。あなたは異世界の勇者に選ばれたの。そっちで魔王を倒したら返してあげるから、精々頑張って来るといいわ」
何を言っているのか、全くわからなかった。
異世界? 勇者? ラノベの読みすぎなんじゃないだろうか。
しかし、状況が状況だけにそう冗談だとも言い切れない。けれど、目の前の女性……自称女神様の態度のせいで信用しきれないのも事実だ。女神じゃなくて悪魔の間違いだと思う。
「はぁ……理解が出来ないの? これだから人間は頭が悪いわね。チートスキルとかあげるからさっさと異世界へ行ってらっしゃいな。私からは他に言うことはないから」
「はぁ? そんなことを私が聞くと思ってるの? いいから元の場所に返しなさいよ」
「ちっ……この兄妹は本当に……」
露骨に嫌な顔をして舌打ちまでしている悪魔様に、私は呆れて物も言えなかった。
さてどうしようかと考えていると、悪魔様は思わぬ一言を言って来た。
「はぁ、しょうがないわね。向こうに行って魔王を倒したら、あんたが探してる兄を見つけてあげるわ」
私はそのセリフに対し、悪魔様を睨みつける。神だろうが悪魔だろうが、今更そんなことを言って信じられるとでも思っているのだろうか。
けれど、その条件が魅力的だとも私は理解している。どういう形になっていようとも、お兄とまた会えるのであれば、魔王ぐらい倒してみせようとも考えてしまうのだ。
「女神だからそれぐらいは容易いのよ。あなたがちゃんと魔王を倒しさえしてくれればね」
「本当に約束を守ってもらえる保証もないのに、そう簡単にはいと言うと思ってるの?」
そもそもこの場にだって無理やり連れてこられたようなものだ。誘拐同然の扱いなのに、魔王を倒せとか言われて、さらに報酬がお兄だとか、考えれば考えるほど信じられるわけがない。
けれど、けれどだ。
この超常の力なら、警察や興信所でさえ手がかり1つ見つけられなかったお兄を見つけることだって可能なのではないかと思ってしまうのは仕方のないことだと思う。
「ええ、あなたははいと答える。いえ、それしか答えることができないのよ。もう戻ることはできないし、戻ったとしてもあなたの兄はいくら待っても、いくら探してもあなたの前に現れることはないわ」
「っ! お前に何がわかるのよ!」
その不遜な物言いに、私は声を荒げてしまう。この不思議な空間のせいなのか、バチバチと私の身体から電気のような力の塊が放出される。
それをそのまま目の前の女にぶつけたく思うが、簡単に操ることのできないそれは私の周りでバチバチというだけだ。
「まだスキルも与えていないのに、この空間に来ただけでもう魔力を感じてそこまで達したのかしら。これは『あれ』と違って才能があるみたいね。僥倖だわ」
「何をペラペラと!」
とりあえず力のままに殴りかかろうと地面を蹴り、拳を突き出したところで、私の拳は女に当たることなく空中で止められた。止められたというよりも、何かに阻まれたといった様子だが。
女はその様子にケラケラと笑っている。なんとも癪に触る笑い方だ。
「あっはっはっは! 女神たる私を殴れるとでも本気で思ったのかしら! そんなことできるわけがないのに! 同じ女神か、神の力でも持たない限り無理なのにねぇ!」
いちいちイラつかせる言い方だけど、ここまで来たらもう私の出せる答えは1つしかないだろう。
初めから選択肢もなかったようだし、この女の言う通りに行動するのも癪だけど、仕方がないことか。
拳を下ろし、女を睨みつけるのをやめないまま私は彼女に向かって言う。
「……わかったわ。あんたの言うことに乗ってあげようじゃないの。異世界の魔王とやら倒してあげる。そのために力もくれるんでしょう?」
「えぇ、もちろん。それ」
女が空に指を振ると、キラキラとまばゆい光が私の周りにまとわりつき、何かが入っていくのが感じられる。
「向こうに着いたら『ステータスオープン』とでも言いなさい。そうしたら今得た力がどう言ったものかわかるから」
「そう、別に礼は言わないわ」
「ふふ、面白いわね。まぁいいわ。ここでやることはおしまい。では、行きなさい」
言うや否や、又しても浮遊感に襲われる。この移動方しかできないのだろうか。
雑なことしかしない女のことを呪いつつ、私はこの浮遊感にただ流されるままにした。




