「さぁてね……んじゃあ、いくぞ」
プツリ。
軽快な音楽の流れるテレビの電源を消す。どうやら寝ぼけてテレビの電源を入れてしまっていたようだ。
流れてくる音楽は『魔法勇者☆マジカルあきな』のOP。再放送をやっているようで、2年前に行方不明になったお兄が好きだった歌だ。
私はこの歌が嫌いだ。いなくなったお兄のことを思い出すからだ。
「……ちっ」
当たっても仕方がないことなのはわかってはいるけれど、それでも苛立たずにはいられなかった。
私はシャワーで濡れた髪のまま着替え外へと出ると、そのまま走り出した。がむしゃらに、意味もなく、風を切り、全力で走り抜ける。ランニングとかそう言うものではなく、ただ勢いのままに走るだけだった。
しばらく走り立ち止まり息を吐く。いつの間にか、小高い山の上に建てられた木造の屋敷へとたどり着いていた。たどり着くまでには、結構な段の階段を登らないといけないんだけど。
屋敷の庭を勝手知ったるように進むと、庭の真ん中で座禅を組んだ男の人がいるのが見えた。まるでその周りだけ時が止まってしまったかのように穏やかで、肩や足元には小鳥が留まっている。
そんな仙人みたいなことをやっている知り合いに、私は声をかける。
「おはよう、たか兄」
「夏蓮か。またこんなとこまで……って野暮だな。ほれっ」
たか兄は近所に住んでいるお兄の友達だ。お兄とは交流がずっとあったみたいだけど、私はお兄が行方不明になってから久しぶりに関わるようになった。昔はよく家にも遊びに来てて、その時に一緒に遊んでもらったりしたけれど、私が歳を重ねるごとにあまり一緒に遊ぶことは少なくなっていった。
小さい頃に見たたか兄は、黒髪の真面目なお兄さんって感じだったけれど、今はオレンジ色に髪を染めてなんだかぱっと見はとてもチャラい。けどやってることは座禅で精神統一ってなんかもうアンバランス過ぎて突っ込みきれない。
私が声をかけるとたか兄は私に竹刀を投げてくる。およそ女の子に投げつけてくる物じゃないと思うけれど、私はそれを受け取って中段に構える。
対するたか兄は竹刀を片手で、同じく中段に構えているけど剣道の構えじゃない。どちらかと言うと、西洋の騎士のような構えをしている。
「本当……たか兄のそれはどこで覚えてきたんだか」
「さぁてね……んじゃあ、いくぞ」
瞬間、フッとたか兄の姿が消える。音も気配もなく近づいてくるのを察し、竹刀で右方向に防御をする。ドンピシャでたか兄の剣が当たる。
重い。一体どれだけ修練を積めば、どれだけ筋力をあげればこれだけの重い剣を打てるのだろうか。
吹き飛ばされそうになるのを必死でこらえ、いなすように剣を逸らしていく。
「ひゅう、結構本気で打ち込んだんだけどな」
「嘘、たか兄まだ全然本気じゃないでしょ」
「んなことねーって。さすがに1年半も相手にしてりゃあ、力もつくわな」
そう、たか兄とはほとんど毎日ここで剣を打ち合っている。
ここはたか兄の親戚筋の神社なのだけど、庭の掃除をするのを条件に庭を自由に使わせてもらってるのだとたか兄は言っている。
たか兄の剣術はどこで習ったのかわからないけれど、間違いなく普通の剣術じゃない。もっと、実践的な剣を振るっている。私も何年も剣道をやっているけれど、こんな剣筋は道場じゃ見たことがない。
「ほれ、腕が下がってきてんぞ。もうちょい腰を入れろ」
「やって、るってのぉ! このぉ!」
たか兄の言葉に、癇癪をぶつけるように剣を打ち付ける。けれど、そんなことじゃたか兄に当たることなんてあるはずもなく。
その後も何撃も何撃も打ち合い、気がつけば日はてっぺんまで昇っている頃合いだった。結局まともに当てることは一度もなかった。
はしたないとはわかっていても、その場に大の字で倒れこみゼエゼエと息を吐く。そのすぐ側にたか兄も座り込んだ。息が乱れることはなく、なんとも余裕そうなのが癪に触る。
「飯、食ってくだろ。 今日も来ると思ってたしな」
「……やっぱり、わかっちゃうか」
「毎日のことだしな。……俺の方でも探してるから、お前はもう少し落ち着け。その方があいつも気が楽だろうよ」
お兄がいなくなってから、私はそのことから思考を振り払うように、がむしゃらに剣を振った。部活や道場だけでは飽き足らず、なぜか剣を振っているたか兄を見かけてからは、たか兄にも付き合ってもらっている。
というか、お兄がいなくなってからの私は、友人曰く鬼気迫るものがあると、あまり手合わせをしてくれなくなった。
子供染みた八つ当たりなんだとは、自分でも自覚がある。けれど、それでも。私がお兄を失った悲しみは私にしかわからないんだ。
昼食をご馳走になり、神社から家へと帰る。剣を振り少し落ち着いたものの、胸に穴が開いてしまったような気持ちは埋まることはない。
トボトボと歩き家に着き、玄関を開け、足を踏み外した。
「はえっ?」
間抜けな声を出し、そのまま体勢を崩してしまった私はまばゆい光の中落ちて、落ちていく。
それが、長い長い旅路の始まりだった。




