「それで……ルーカスとティーミリアさんは何をしてたんだよ」
「全く、いい年して何してるエルフ……いや、見た目通りだからいいエルフか……? でも、あのままだと道行く人に水がかかるところだったエルフ。反省するエルフよ」
むちゃくちゃ怒られた。まぁ仕方ないといえば仕方ないんだけど。
ルーカスはルーカスで俺たちが怒られてるのを見て笑ってるし……ジトッと見てやったら「ちゃんと反省してるエルフか!」ってまた怒られた。解せぬ。
「それで……ルーカスとティーミリアさんは何をしてたんだよ」
お説教がようやく終わったので、俺はルーカスに尋ねて見た。何やら話し合いをしていたのは知っているし、それが結構な時間かかっていることも知っているが、その中身まではまだ知らないのだ。
俺の言葉を聞いたルーカスは、真剣な顔つきになり話し始める。
「俺たち……いや、正確には俺とエルフの街か。その行動方針を固めたところだ。お前さんたちにも関係のあることだから聞いといてほしい」
「行動方針?」
「ああ、この前の襲撃事件な。あれのせいでこの街が結構な被害を受けているのはお前さんも十分知っているだろう?」
俺はコクリと頷いた。
ファーミリの生んだ傷跡は1週間ほど経った今でも癒えることはない。人の怪我ももちろんそうだが、人手が足りていない以上、家や建物がそう簡単に直るわけもないのだ。現に俺たちの泊まっている温泉宿にも人は最低限しかおらず、男衆は街で大工の真似事をやっているし、女性の皆さんも毎日炊き出しを行なっていた。
街の雰囲気は悪いものではないけれど、こんな被災地みたいな状況がずっと続いて良い訳ではない。
「その件で、俺からうちの国の王様に騎士団の派遣を依頼しようと思ってな。どのみち俺は打ち所が悪くて実戦にはしばらく参加できそうにないからな。王国へのメッセンジャーをしてくる」
「そっか……それなら俺たちも王都に戻った方がいいのか? 元々王様に言われてこっちに来たんだし」
「いや、それも俺が報告すれば良いから特に戻る必要はないんだが……それよりもお前たちはこっちに行ったほうがいいな」
ルーカスはテーブルの上に地図を広げてみせる。そして、ある場所へと指を指してみせる。
その場所はエルフの島よりも西側、王国とは反対の方向にある国、ヴィヴォール聖教国と呼ばれる国だ。
この世界の巨大な3つの国のうちの1つ、ヴィヴォール聖教国。200年前にも勇者の召喚を行い、また聖女ミレミアの生まれた国としても有名なところだそうだけど、ルーカスと別れてまで急いで行く必要があるのだろうか。
「お前たちも何回か聞いているだろう、勇者召喚。もうそろそろ執り行われるという話を聖教国に送っていた間者から情報を得た」
ルーカスの言葉に、ティーミリアさんもコクリと頷いている。おそらく、間者というのはエルフの国から出されたものなのだろう。
それにしても勇者召喚か。俺が勇者としてあのクソ女神に呼ばれたのに、また別の人間をそう都合よく送りこめるのだろうかね。なんてことを、ルーカスが話をする中で考えていた。
(出来るか出来ないかで言えば、可能なのですよ)
突然脳内に綺麗な声が響き渡る。俺の脳内に声を送れるのはフユしか居ないわけだけど、久しぶりにフユがでしゅましゅじゃない喋り方をしているのを聞いたのでびっくりしてしまった。
「ん? 何かあったか?」
「いや、なんでもない。なんでもないんだ」
びっくりしたのを他の人に怪しまれないように、必死に取り繕う俺をジトッと見ながら、フユは話を進めていた。
(別に、送り込むだけなら幾らでも送り込めるんですよ。それこそ100人200人、それどころか60億人総出で異世界に送り込むことだって、送るだけなら出来ます)
(そういう言い方ってことは、出来ない理由があるんだな?)
(ええ。わかりやすく言うなら、世界というのは1つの家です。その家から出て別の家に入る。そんなことは何人だって出来ます。ただ、その残った家の方はどうなりますか?)
誰も残らなくなった家は手入れをされないのだから住めるような状態じゃなくなっていく……なるほど、それが地球という巨大な規模で起きてしまったら大変なことになるな。
それを管理していたのがフユなんだから、今地球は大変なんじゃないだろうか。
(私が居なくなっても、いきなり地球がなくなってしまうなんてことはないです。部下たちが通常運転しているはずなので。ただ、妹が茶々を出しているとマズイかもしれませんね)
(それはありそうだ……そう言えば、俺が元に戻った時ってどうなってるんだ? ここで何ヶ月も過ぎているんだから、向こうでも何ヶ月も行方不明扱いになってるのか?)
(いえ、アキナさん……この場合はハルトさんですか。ハルトさんが元の世界に戻るのは、あの移動した瞬間になるので、行方不明扱いにはならないですよ。ただ、送られてくる勇者が問題になりますかね。あまりハルトさんに近しい人物、それも、運命や因果に関わってしまうような人が来ると、そうはいかないかも知れません)
フユの話では、俺の見知らぬ人が勇者としてやって来る分には何も問題はないらしいが、俺の身近な人物……例えば家族や親友といった結びつきの強い人物なんかがやって来ると、その人物との因果が結ばれてしまい、状況が変わるかも知れないということだ。
あの陰湿女神のことだから、多少嫌がらせになるような人選はしてくるに違いないだろうな……。
そうなると、勇者召喚は確かに確認しておく必要がありそうな案件だ。
「……おい、聞いてたか? 俺の話ちゃんと聞いてたか?」
「へ?」
フユとの話の方に集中していたせいで、ルーカスの話を何にも聞いていなかった。隣にいるティーミリアさんの顔が怖いことになっている。また説教は勘弁して。
ルーカスは仕方がないといった様子で、同じ話を再度してくれるようだった。
「聖教国には、お前たち2人とモモの3人で行ってもらう。クリスは俺と王国に戻ってもらうからな」




