「ふあぁぁ、癒されましゅねぇ……」
宿に来てからというもの、今までのめまぐるしく移動やイベント、探索などがある日々と違い、非常に穏やかな日々を過ごしていた。
というのも、今までの方針通りにいくならばエルフの街に留まらずに次の街に移動するべきなんだろうけれど、ファーミリとの戦いでみんな消耗していたのだ。幸いだったのはエルフの街には優秀な回復魔術の魔術師や、モモの回復魔法があったことだろうか。けれども、ルーカスとポプリは1週間ほどは安静が必要だと言われていた。ルーカスは吹き飛ばされただけだったけれど、打ち所が悪かったみたいだ。
基本的に俺の目的を叶える旅なので、そのためにみんなに無理をさせるわけにもいかない。温泉にも身体を癒す効能があるそうで、折角なのでゆっくりと身体を休める事を決めていた。
「ふあぁぁ、癒されましゅねぇ……」
「そうだな……」
「でも、しょんなとこにはいってっちゃ、やっ、んっ」
「あんまり変な声出すなよ……」
「仕方、ないでしゅよ、こんな、ところにっ、んっ、あっ」
「だから変な声を出すなっての!」
俺の隣であんあんと奇声をあげる犬耳幼女。尻尾までピーンとたててしまっている。
しかし、彼女は別に何か変な事をしているわけではない。
俺とフユが足をつけているぬるま湯の中には小魚が飼われていて、その小魚達が俺たちの足に群がり、つんつんと足を小さい口でツンツンと突っついているのだ。フユのいうこんなところとは足の指の間である。小魚は一応魔物に近い生物ではあるがその力は弱く、痛くもなんともないが非常に足がくすぐったかったのだ。そしてこの小魚は微量の回復魔法を使い、足のむくみや歩く中でできた豆、魚の目なんかを少しだけど癒してくれるそうな。そのために足に群がってくる……ってこれ、まんまドクターフィッシュだよな……。
フユはさっきから、小魚がくすぐったいのかずっと変な声をあげていた。おかげで道行く人に変な目で見られている気がする。
「フユ……もう少し声落とせよ……」
「無理でしゅっ、んっ、これでもっ、我慢してるんでしゅよっ、あっ」
その言葉に、俺は何度目になるかわからない深いため息をついてしまう。
今日はみんなそれぞれやることがあるようで、俺とフユだけが暇だったので、どうしようかと考えた末に温泉を楽しもうということになった。楽しむと言っても裸になって温泉に入るのはまだ抵抗があるので、足湯だったりでまったりと過ごしている。
「これでまんじゅうでもあったら最高なんだけどなぁ」
「残念ながらおまんじゅうも卵もなかったでしゅからねぇ」
足湯で落ち着く前に、温泉宿近くの土産屋に寄ったりして見たが、温泉饅頭も温泉卵もなかったのはなんとなくがっかりだ。温泉といえばそういった名物だろうに。
「でも、トレントの葉で包んだ肉まんじゅうはおいしいでしゅよ?」
「そうじゃないんだよなぁ……おいしいけど」
フユはもきゅもきゅと食べながらそんなことを言う。トレントの葉に包まれた肉まんはその土産屋に売っていた。中身の餡が肉なので肉まんと言っているが、実際は笹饅頭とかに近いものだ。小麦粉で作るような生地よりも餅のようなものに肉が包まれていて、さらにそれをトレントの葉で包んでいる。中にはまるでタケノコのような、シャキシャキとした食感の物がありますます肉まんっぽさがある。……いったいどこまでが魔物の素材なのかわからないのが少し怖い。
そんなトレントの葉の風味が乗った肉まんは意外にも餅生地と肉餡がマッチしてて確かに美味しいけれど、別に温泉とは関係ない気がする。美味しいけど。
「それにしても、みんなどこで何やってるんだろう」
「クリスしゃんは特訓だって言ってなかったでしゅか?」
クリスさんはここのところ毎日のように特訓を繰り返している。幸いにもこの島には優秀なえるふの魔術師や、トレントやドリアードの魔物なんかもたくさんいる。特訓相手に事欠くことはないだろう。
モモはどこで何してるのか全くわからない。フユも知らないと言っていたから、本当にどこにいるかわからないけれど、少なくとも危ないことはしていないだろう。
ルーカスはティーミリアさんと今後のことで話があるって言ったっけ。ポプリはまだ本調子じゃないらしくて今も部屋でだらしなく寝ているんだろう。
「みんな色々やってるんだなぁ。忙しそうだ」
「アキナしゃんが暇そうにしているのが、おかしいと思うんでしゅけど」
「うっ」
確かにまずいなって自覚はあるけれど!
しかし何もすることがないのもまた事実だ。
訓練や特訓をしようと思っても、素のステータスじゃ何ができるわけでもない。かと言ってこの世界の情勢に詳しいわけでもないから難しい話もできない。どこかに遊びに行こうにも、1人で出歩くなとクリスさんに止められてしまっている。
「なーんにもやることがないんだなぁ」
水を足でぱちゃぱちゃさせる。年甲斐もなくー見た目上は年相応だけどー楽しくなってしまったので、動かす足の勢いは次第に大きくなっていった。
思いの外勢いよく飛んでいった水は上空で弧を描き、そのままフユの顔へとかかってしまう。
バシャン、と頭から水をかぶったフユは、当然のように全身がずぶ濡れで、耳も尻尾もへたんとしている。
「アキナしゃん……?」
「いや、その、ごめん……」
肩をわなわなと震わせて、明らかに怒っているフユに対して俺はとにかく謝る以上の術を知らなかった。
しかしいくら謝ったところでフユが許してくれるわけもなく。
「ごめんで済んだら警察も騎士団もいらねーんでしゅよぉ!」
フユは足湯の中に飛び込むと、両手で水を救い、俺の方に思いっきりかけた。俺が足で跳ねあげたのとは比べ物にならないほどの量の水が、俺の全身をずぶ濡れにさせる。着ている服が全身に張り付き、なんとも気持ち悪い。水に濡れた髪が身体中に張り付くのもそうだ。
そんなずぶ濡れの俺を見て、フユはお腹を押さえて大笑いをしている。そんなに俺がずぶ濡れなのが楽しいかそうですか。
「ふんっ!」
俺はフユのいる方向目掛けて足を振り上げる。すると立ち上がった水しぶきは当然フユの方へと飛んでいき、笑っているフユの顔面に降り注ぐ。
水がかかり濡れ犬となったフユは、俺の方を睨みつける。
「何するんでしゅかぁぁ!」
「そっちこそなぁ!」
たまたま通りがかったティーミリアさんとルーカスに水がかかり、俺たちが怒られるまで後数刻の時が必要だった。




