「なんというか、まるで本当にモモのお母さんみたいだ」
……な、長かった……。
まさかこっちの口を挟む隙すらなくなってしまうなんて思わなかった。なんであんなに長く話しをし続けられるんだ……。話好きとかそういう次元じゃなかったぞ……。
ええと、その話を真実とするならば、目の前のモモは間違いなくモモで、そこには聖女ミレミアの記憶がある。けど、モモとしての意識もあるからまるで二重人格のようにミレミアさんが存在している。
けれど、あの変態SM嬢ファーミリに隷属された時にその記憶は封じられて、ついでにそれまでのモモの記憶も封じられて記憶喪失状態で俺たちの前に現れたと。
それから、気になるのは【鐘錫杖・アスクゥリオン】のことだ。
元々はこのお墓に添えられていたはずのものが、いつの間にか消えていたということだ。そして、それは今俺の手の中にある。
ポシェットからそのカードを取り出す。今になってみればその絵柄に何が描かれているのかわかる。そこに描かれているのは【アスクゥリオン】についている【聖鐘・ベイリュング】。そしてそれを彩る木々の模様。【アスクゥリオン】こそ写っていないものの、タロットカードほどの大きさのカードには鐘の守護者を象徴する【聖鐘・ベイリュング】がしっかりと映し出されている。
これがお墓のすぐ近くに埋まっていたことを考えると、状況証拠的にこうとしか考えられない。
「やっぱり、これが【ベイリュング】……ひいては【アスクゥリオン】なんだろうな……」
「ああ、それがこの子を助ける時に使ったカードですね。……やはりそのカードから【アスクゥリオン】の魔力を感じます。やはりなんらかの力が働いて【アスクゥリオン】がカード化、もしくはカードに封印されたと言ったところでしょうか。しかしそうなると気になるのはこのカード化が【アスクゥリオン】だけなのか、ということですね。他の……例えばクリスさん、あなたは【盾の守護者】ですけれど、その武器である盾は特に封印されていませんよね」
またあのマシンガントークが始まってしまうかと思った……。クリスさんに話を振られたことで止まってくれたけど。
当のクリスさんは突然話を振られてすごい驚いていたけれど。
「い、いえ、これは私が騎士団にいる時から、アキナちゃんと出会う前からずっと使っているもので、【アスクゥリオン】のような伝説の武器ではないですよ。でも、曽祖父の使っていた盾なら実家に保管されていたかと……」
「曽祖父……ひいお祖父さんって……勇者伝説に出ていたジルベルト・マスウェイルさんだっけ?」
「そうですよ」
そういえばクリスさんと初めて会った時に、勇者伝説のことも教えてもらってそんな話をしていたことがあったななんて思い出す。
クリスさんの曽祖父であるジルベルト・マスウェイルは聖女ミレミアと同じく、200年前の魔王討伐の際に勇者と共に戦った【盾の守護者】で、巨大な盾を手に味方を敵の攻撃から守る守護騎士だったのだとか。
「まぁ! ジルのお孫さんだったのですね! そういえば盾を使った動きがどことなくジルのものに似ていたように思います。ジルは寡黙で真面目な人だったのですけれど、勇敢な騎士様だったので私もよく魔物の攻撃から守っていただいていましたわ。あぁ、随分と久しぶりに名前を聞いたものでつい盛り上がってしまいました。すみません置いてけぼりにさせてしまって」
「い、いえ」
いや、昔の知人の話とか聞いたらちょっとテンション上がるのはわかるけど、この人の場合それが話の長さに直結するから、この程度で済んで良かったのかもしれない。
「ああそう、盾の話でしたわね。ジルの持つ巨大な盾、【アルグレンド】はどうしたのでしょうか。あれほどに巨大で頑丈な盾を私は知りませんので、あれがあれば相当な戦力になると思うのですが」
「あれは私の実家、マスウェイル家の屋敷に厳重に保管されています。魔王討伐のの折には使われるかもしれないですが、曽祖父の遺言で人間同士の戦争や私利私欲には絶対に使うなと言われています。マスウェイルの当主は私の父ですが、父もその遺言に従い私ですら1回か2回見たことがあるというだけです」
まぁ、普通に考えたら昔の偉人が使っていた武器なんて国宝みたいな扱いになるよな。むしろ野晒しだった【アスクゥリオン】の方が異常だったと思う。
あ、そういえばカードってもう1枚拾っていたような。
思い出してポシェットを漁ってみると、取り出したるはもう1枚のタロットカードのようなカード。
絵柄は黒ずんでいて見えにくいものの、鎖に繋がれた魔法使いが使うような杖の絵柄だ。
「ミレミアさん、そういえばこれも持っていたんですけど」
「……これは、ちょっと待ってください。……わずかですけど、【魔杖・ダンタリアン】の魔力を感じますね。けれど、【アスクゥリオン】のカードと違って鎖に繋がれているのはなんだか異様と言いますか、少し不気味でもあります。そういえば、杖の守護者はいるんでしょうか」
「いや、杖の守護者はいない。いるのは弓、盾、鐘の3人だな」
弓はフユ、盾はクリスさん、そして鐘はモモだ。守護者と呼ぶのはなんというか変な気分だけど、スキルを使ってそういう風に設定している。
そして持っているカードも鐘と杖、この2枚しかない。
「まぁこれ以上は憶測でしかないですし、話してても仕方がないですね。さて、そろそろあの子に身体を返しましょう。私が話すべきことはこれで全部ですし、私のような過去の亡霊が長々と出しゃばるわけにもいきません」
ミレミアさんはそういうと佇まいを直し、俺たちの方を向き直し、深々と頭を下げた。
「改めて、私と、いえ、この子を助けていただいてありがとうございます。そして、これからもこの子のことをお願いします。ずっとこの木で暮らしていたので世間離れした子ですけれど、それでも良くしていただければと」
微笑みながらそういうミレミアさんの顔は、なんというか、まるで……
「なんというか、まるで本当にモモのお母さんみたいだ」
そう、娘のことを心配する母の顔なんだ。世間知らずの娘を預けることに心配したお母さんの顔。聖女の慈愛なんかじゃなくて、自分の娘を想う母の愛だ。
そのことを指摘され、ミレミアさんはハッとしたような表情になる。
「そう、なのかもしれないですね。血の繋がりも種族も何もかも違いますし、そのような存在だとは思っていても、どこか他人事のように考えていたのかもしれません。けれど、生前子を宿すことがなかった私にとって、この子はやっぱり私の子なのでしょう。……自分で名前をつけなかったのが悔やまれますね。改めて、この子を、モモをよろしくお願いします」
「はい、任されました。守護者として俺も守ってもらいますけど、戦い以外では俺がモモのことを面倒みるよ」
「私も、私も面倒見ます!」
俺とクリスさんがそう言い、ミレミアさんが微笑む。
そしてすっと目を閉じ再び開くと、その瞳は先ほどまでの金色ではなく、ハイライトの消えた深緑に戻っていた。




