「あの……そう、あからさまに警戒されてしまうとさすがに私も困ってしまうのですが……」
聖女ミレミア。200年前の魔王復活の折に勇者とともに立ち上がり、【鐘の守護者】として鐘錫杖を振るい魔王討伐に貢献したという伝説の人物である。物語の中では品行方正な人物であり、お淑やかで淑女の鏡と言われているほどだ。今の世でも、淑女を目指すなら聖女ミレミアを見習えと言われるほどだという。
そんな人の名前を、目の前にいるモモが、自分のことだと名乗っている。
……さすがに怪しすぎて警戒する。俺もこの世界に来てここまで、色々な魔術を見て来たので【変装魔術】とかがあっても驚かない。きっとその魔術を使って変装して俺たちを襲って……はっ、そうか! こいつはきっとあの変態SM嬢の仲間に違いない、さっきの報復とかで俺のことを襲いに来たに違いない!
「あの……そう、あからさまに警戒されてしまうとさすがに私も困ってしまうのですが……」
モモ……いや、とりあえずミレミアさん (仮)とでもしておこうか。ミレミアさん (仮)の様子はどうも演技という風には見えない。少なくとも本当に俺と話をしたいと思っているように見える。
後俺ができる事といえば【鑑定】をしてみることぐらいだけど、【鑑定】をしてもモモのステータスが表示されるだけだ。
クリスさんの方を向くと、クリスさんも首を振るだけだ。敵対の意思は感じられないのだろう。
「まぁ、警戒するなと言う方が無理ですよね……この子ドライアドですし、この子の記憶を見るに私が亡くなってから200年は経っているようですし……」
ミレミアさん(仮)の顔がどんどんと浮かないものになっていく。ぶつぶつと独り言を繰り返し続け、あんまり近寄りたくない。なんというか、正直見ているこっちが気まずくなる。まるで俺たちがいじめているみたいだ。
このままではラチがあかないので、取り敢えず話だけでも聞くことにする。モモの偽物で虚言癖の変人だったらどうにかしてモモの居場所を吐かせよう。
「あの、聖女ミレミア、いや、ミレミアさんでいいのかな? 一旦落ち着いてください」
俺がそう言うと、ミレミアさんは顔を上げてパァッと明るい笑顔になる。
さっきまで疑ってかかっていたせいで、その笑顔を見せられると良心の呵責がひどい。
「そ、そうです! 私がミレミアさんですっ!」
「だから落ち着いてくださいって! 深呼吸、吸ってー、吐いてー」
ミレミアさんは慌てすぎて深呼吸がひっひっふーになってる。こりゃダメだ。ていうか異世界にもラマーズ法ってあるんだな。いやミレミアさんが焦りすぎて変な呼吸になってるだけかもしれないけれど。
しばらくしてようやく落ち着いたミレミアさんが話し始める。
「その、ごめんなさいね。こうして『私』の意思でちゃんと話すのってやっぱり200年ぶりとでもいえばいいのでしょうか。感覚的にはそうでもないのですけど、でもこうして現世に出て来たのはやっぱり200年ぶりですし、ちゃんとした話になるのは200年ぶりになるのでしょうね。さて何からお話しましょうか。ここはやっぱり『私』のことでしょうか、それとも私たちが相手にしていた魔王とかご一緒させていただいた勇者様のこととかも知りたいですよね。けれど時間はそうあるわけではないですし何から話せばいいか迷ってしまいますね。そうそう、『この子』によくしてくれた事や、隷属から解放してくれた事もお礼を言わないといけないですし、ああ困っちゃいますね」
「ストップ! ちょっとストーップ!」
あまりに突然に展開されたマシンガントークに俺とクリスさんは終始押されっぱなしというか非常に困惑したというか。とにかくこっちとしても聞きたいことはたくさんあるのに一切口を挟む隙がなかったのだ。
なんというか、聖女というイメージからか、それとも先ほどの祈りの所作を見ていたせいからかわからないけれど、大人しい丁寧な淑女なイメージだったけれど、結構話好きというのか。とにかく一度口を開けばなかなか止まることがないのだ。まぁ聖女だし説法とかを披露することがあっただろうからそこから来ているのかもしれない。
ヒートアップしてしまったミレミアさんをなだめ、まず1番の疑問を聞くことにする。話が止まらなくなりそうだけど、この人に喋ってもらわないと進まないしな……。
「それで、あなたの正体はなんですか? 聖女ミレミアってのはまぁとりあえず認めるとしても、俺たちにとってその身体、顔はモモのものですし」
「そうですね。それを語るには、まず魔物の成り立ちから語らないといけないでしょう。あなたたちは魔物がどういう風に生まれるか知っていますか?」
こっちが質問したはずなのに、逆にミレミアさんに質問を返された。ああもう、長々と話し始める準備ができているんだろうな。
魔物の成り立ちなんて俺が知っているはずはなく、クリスさんの方を向き聞いてみる。
「私も詳しくは知らないのですが、魔石を核に肉体を形成されて魔物が生まれる。そしてそれはヒューマンやエルフのような人族の近くでは起こらず、森や山、海のような自然豊かなところでしか起こらない。だから魔石をそこらに捨てるな、というのは騎士団で習いましたね」
魔石を核に生まれるから、魔物から魔石が取れるのか。けど、人族の近くでは魔物は生まれないというのはどういうことなんだろう。
「そうですね、ではなぜ魔物が人の街では生まれないのかというと……」
「待って、そこはいいから、ミレミアさんのことを」
「あ、そうですか……」
なんだか長くなりそうだったので早めにストップとかけたが、その途端に露骨にしゅんとされてしまった。可哀想かもしれないけれど、こうでもしないとこの人際限なく喋りそうだったし……
「……それで、私のことですか。私はまぁ、聖女ミレミアを名乗っていますが、正真正銘この木に宿るドライアドです。ドライアドやドリアード、トレントは魔石と木が結びついて魔物化したものになるんですが、この魔石になったものというのが問題で、私こと聖女ミレミアの遺骨が魔石化したものがこの世界樹に結びついて魔物になったドライアド。それが私の正体です」
なんかまた、とんでもない爆弾が投下された気がする。




