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「大丈夫。私が守ってあげます」


『春人さん。アキナってどういうことですか』


  クリスさんの操る馬に乗せてもらい、目的地の村へと向かう。そこまで時間は経っていないというのに、非常に尻が痛い。馬なんて乗ったことがないし、それに長時間乗っていたのだから当然なのだけれど。

  そんな中で、俺に抱えられた女神が念話でそう話しかけてくる。


(って言っても真後ろにクリスさんがいるし声出せないしなぁ……)

『あぁ、心の中で話してくれたらこちらで読み取れるので声に出さなくても大丈夫ですよ』

(うわぁ!?)


  びっくりして身体をビクッとさせてしまう。

  クリスさんに大丈夫かと尋ねられたが、なんでもないと返して意識を女神の方へと向ける。


(そうならそうで最初に言ってくれよ……)

『それはすみません。それで、アキナってどうしてそうなったんですか。春人さんってちゃんと名前があるんですし、そのまま名乗ればよかったじゃないですか』

(そうなんだけどさ……姿が違うのに、本当の名前を名乗るのもなんか違うかなって思ってさ。とりあえずこの姿で、この世界にいる間はアキナで通そうと思ってね)

『春人さんがそれでいいならいいんですけど……』


  女神はそういうと、念話なのにはぁ、とため息をつく。

  さっき思ったことは本当だ。このあきなちゃんの姿で春人を名乗るのは……何か違う。この見た目は、やっぱりあきなちゃんなのだ。だから、この姿でいる間はアキナで通していこうと思う。カタカナなのは異世界風にしたのと、中身が俺なのでどうしても本物のあきなちゃんとは違うからだ。

  そしてもう1つ。考えていたことを女神に相談する。


(それからさ、女神さんのことも名前考えないとな。人前で女神さんとは呼べないだろ)

『それもそうですね……私は元々固定の名前はないので、春人さんがてきとうにつけてください』

(そう言われてもなぁ……じゃあ、そのぬいぐるみの名前、フユってキャラクターなんだけどそれで)

『安直ですけどわかりました。私もこの世界ではフユと名乗ることにします』

(喋れないのにな)

『うるさいですよ……じゃあ春人さん、じゃなくてアキナさん。そろそろ村につくようなので、また後で詳しく話しましょう』


「さぁ、もうすぐ村につきますよ」


  フユが言うと同時に、クリスさんも同じように村が見えたことを教えてくる。目の先には物語にでてくるような、いかにもな農村があった。

  木でできた簡素な家。砂利がばら撒かれただけの道。それだけで、ここが日本では、元の世界ではないのだと実感してしまう。そもそも、あんな化け物に出くわした時点で元の世界ではないというのはわかっているのだけれど。

  村の中へと入っていく。村だと言っていたのに、村人の姿はなく、見かけるのは武装している人ばかりだ。

  馬小屋にたどり着くと、クリスさんは颯爽と馬から降り立つ。


「さぁ、どうぞ」


  そしてクリスさんに手を取られ、いや、ほとんど抱きかかえられるように馬を降りる。

  乗るときもそうだったけど、馬と地面との間は結構間があり意外と怖い。これはきっと、今の俺の身長が縮んでしまったのも大きいのだろう。

  手を取ってくれるのはありがたいけれど、手を取る時の目が現実世界で見たちょっとアレな人たちの目に似ている気がする。具体的には「魔法勇者☆マジカルあきな」のグッズとかを買いあさっていた大きいお友達の目に似ている気がする。

  ……いやいや、さすがに気のせいだと思い首をブンブンと振る。

  妙な浮遊感に落ち着かないでいる。そんな俺を尻目にクリスさんもフユもある方向を見ていた。その方向から、がっしりとした鎧を着込んだ男が歩いてやってくる。


「やぁ、無事に戻って来たねクリス」

「お、お疲れ様です。隊長」


  クリスさんはその男性に向かって、胸に拳を当てたようなポーズをとる。いわゆる敬礼のようなものだろうか。

  遠くから見ても思ったけれど、かなりでかい。2mぐらいはあるんじゃないかと思わせる身長に、それよりもさらにでかい剣を背中に担いでいた。今の俺からすると70cmほども差があるので、威圧感が半端無い。


「他の団員もいない時ぐらい、ディーと呼んでくれていいのに。ところで、このお嬢さんは?」

「任務中ですしそういうわけには。哨戒中に見つけた旅をしてる子で、アキナちゃんと、そっちの魔獣がフユちゃんと言います。ゴブリンに襲われているところを保護しました」


  男はクリスさんから名前を聞くと、片膝をつき俺の目線に合わせて挨拶をしてくる。


「こんにちは、リトルレディ。私はディーン・レリック。ここディカルディ王国の騎士をしている。よろしくね」


  そういうと、ディーンは俺の手を取ってその甲にキスをした。

  瞬間、ぞわわわわと全身に鳥肌が立つ。何が起きたのかうまく認識できない。いや、したくなかった。

  手にキスされた?  変態?  変態なの?  俺男なのに、男に手にキスされた?

  あまりのことにその場から動けなくなっていると、クリスさんが俺からディーンさんを引き剥がした。フユもがるると威嚇している。


「ディー!  何してるんですかっ!?  うらやま……じゃなくて、失礼でしょう!?」

「いやいや、これはレディーに対する挨拶だよ」


  ぎゃーぎゃーと言い合う様を、俺はただただ放心して眺めていた。

  ふと、後ろに気配のようなものを感じて振り向くと、なんだか優男っぽい人が立っていた。


「クリスもディーンもうっせぇなぁ。嬢ちゃんもそう思うだろう?」


  いつの間に近くに!?  と思った俺は急いで距離を取る。それに気がついたのか、フユが俺とその男の間に入り威嚇をする。ていうかお嬢ちゃんってなんだよ!?  そう思ったけれど、今の俺の姿はたしかに嬢ちゃんっていう感じだわ……。


「おいおい、勘弁してくれよ。そこの変態騎士と違って俺は何もしないから」

「変態騎士とは心外だな。君こそ女の子に後ろから声をかけるだなんて、不審者と変わりなのではないかね。なぁルーカス」

「旦那ほどじゃねぇよ。だから嬢ちゃん、そこの魔獣を止めておくれよ、な?」


  ルーカスと呼ばれた彼は、マントを被った優男だ。マントの下に何が隠れているのかは見えないけれど、ゲームとかではこういう人って斥候役で弓とか短剣とか使う感じだ。そんな彼も、フユの威嚇にタジタジの様子だ。子犬でも唸っていれば意外と怖いものである。

  ディーンさんは笑っているが、その後ろにはクリスさんが腕を捻っている。それでも笑顔を保って……よくよく見れば結構歪んでいた。

  そんなごたごたはあったが、拠点になっているテントへと案内された。村の中心にあるそこには他の騎士団の人や、様々な装備に身を包んだ人たちがいた。彼らは冒険者というそうで、魔物を倒したり薬草のような素材を集めて生活をしているそうだ。ルーカスさんも、騎士団ではなく冒険者なんだそうだ。

  俺も男なのだけれど、今のこの身体から見るとこうも屈強な男はどうにも怖くなってしまう。

  恐らくはこの場に年端もいかない少女がいるのが珍しいのでじろじろ見られてしまうのだろう。どうにも落ち着かず、思わずクリスさんの服の裾を掴んでしまう。


「大丈夫。私が守ってあげます」


  クリスさんはこちらを向いてそう微笑む。俺は慌てて掴んでいたクリスさんの裾を放す。


「お前たち、このお嬢さんは騎士団で保護したお客様だ。手出しはするなよ」


  ディーンさんが全体に響き渡るようにそう言った。それを聞いた冒険者たちは興味を失ったかのようにこちらを見なくなった。

  俺はほっと息をなでおろす。


「すまないね、どうにも気が立っているんだ」

「そういえば、何か異変が起きているって……」

「あぁ、詳しいことは向こうのテントで話そう。女性用……実質クリス副隊長専用だが、構わないか?」


  ディーンさんはクリスさんにそうたずねる。クリスさんも事情はわかっているので、仕方なしにといった様子だが了承する。


「ルーカス、君も来てくれないか。フリーだし、手は空いているだろう?」

「あぁ、構わない」

「じゃあ、いこうか」


  テントの中に入ると、ディーンさんが腰掛ける。クリスさんも続いて座り、俺にここに座るようにともたらす。ルーカスさんは何か警戒しているかのように入り口付近に立ったままだ。

  俺は言われた場所に座り、あまりの空気の重さにフユを抱きしめる。


「じゃあ、こっちのことを話す前に、君のことを教えてもらおうかな」


  ディーンさんは、笑顔のままそう言ったのだった。


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